イヤサキ
目を覚ますと、暗闇だった。人の気配があった。複数人の足音だ。
口も手も動かない。猿ぐつわのようなものをはめられていて、後ろ手に縛られている。目隠しもされているようだった。
地面の冷たさが体温を奪っていって、ずっと同じ姿勢でいたせいで、片脚がしびれていた。
詠唱を封じたつもりだろうけど、詰めが甘い。
オレに詠唱なんて必要ないからだ。
誰か走らないけど、さっさと戒めを焼き切らせてもらおう。
「……?」
おかしい。発動しない。
いや。正確には発動しているはずなのに、なにか強い力でかき消されているのだ。
火を起こそうとした。
一瞬、それはほんの火花程度だけ発現して、すぐに消えてしまったようなのだ。
舌打ちをしたい気分だった。けど、我慢だ。目を覚ましているのを悟られるのは、まずいだろう。
「……総員、配置につけ」
深い苦労が滲んだような、しゃがれた声がした。どこかで、聞き覚えがある男の声だ。
女の声が、それに応じた。
「これはこれは。盛大なパーティにお招き頂き光栄の極みでございます。仮面で隠していてもわかりますわ。あなたフェルデリック卿……。いいえ、元騎士団長閣下とお呼びいたしましょう。しかも、国宝である竜玉まで持ち出されて。ご苦労されたことでしょう?」
フェッテの声だ。まさか、助けに来てくれた?
まずい。ここは、なにかの力で魔術が使えないのだ。
「魔術師の口は人と自然を惑わすものだと私は知っている。だがお前には、証言してもらいたい事がある。真実を聖神の光で照らすのだ。誰があのお方を弑したのか。貴公が聡明ならば救われる。分かるであろう」
言葉とは裏腹に、複数人の殺気立つ気配があった。抜刀し、金属が滑る音がほうぼうから聞こえる。
フェッテがおかしそうにくすくすと笑う。
「ふふ。白々しい。死んでないと困る、の間違いでしょう。王の弟であるバーデン公としてはね」
「そのようなことはない。あのお方さえ生きていれば、このようなことにはならなかった。それが貴公の罪だ。彼は死んだのだ」
「本当に笑わせてくれますね。まさか忠臣たる卿が、アントルシャ王子の即位を阻止しよう思っているはずもありませんよね? 王子彼は必ず暗君……いいえ。王と同じように傀儡となる、と。そんなこと、卿が思っているはずもありませんものね。
卿。はじめから答えは決まっているのです。私の進むべき道は変わらない。彼は生きているのですよ。おわかりですか」
挑発するように、フェッテのせせら笑う声が響いている。
怒号はなかったけれど、場が少しさざめいた。
「もう少し、頭のいい女かと思っていたのだが」私の首筋に、冷たい、尖った感触がある。「フェッテ。動くな。動けばこの名も知らぬ学生は死ぬ」
「……はあ。魔術を封じておいてそれですか。私をどれだけ恐れているんです。それだけ頭数を揃えておいて情けないと思わないんですか」
「安い挑発には乗らんよ」
「そのようで。それなら、仕方ないですね」
「貴公! 動くなと言っている!」
「嫌ですよ。どうせなら抵抗して、可能な限り道連れにしてから死にます。こんなことだろうとせっかく色々準備してきたんです。これとかどうです? ゴーレムちゃん。自立して動くんですよ、これ。小さくて可愛いでしょう」
「……貴公。魔力のあるものはここでは動かんぞ」
「あら残念。じゃあ、これ。バジリスクのナイフ。これすごいんですよ。剣士の魂がエンチャントされてて、石化の魔術もかかってます。宿す魂にもよるんですが、ある程度の剣術を、なんと練習いらずで身につけられる優れもの。……ってあ。魂も毒も消滅しちゃってる。ただのナイフですねこれ」
「それで我々と戦ってみるか?」
「御冗談を。私、剣術得意じゃないんですよ。魔術師なんですよ、私。そんなことできるわけないじゃないですか」
「我々を馬鹿にするのもいい加減にしてくれないか」
フェルデリック卿の口調の隅に、苛立ちが滲んでいる。
目隠しをされているから、何が起きているか、正確にはわからないけれど、フェッテは昔と変わらないみたいだ。
人をおちょくって遊ぶのが好きなんだ、このひと。
こんな状況なのに、すっかりフェッテのペースに巻き込まれていて、どこか気の抜けた空気すら漂っている。
それを引き締めるように、卿が大きく咳払いをして、言葉を続ける。
「もう、いいだろう。そろそろ死んでもらおう」
「待って。待ってください! これで最後、これで最後ですから! はい。ただの爆弾!」
「き、貴様ッ!? やれ! 殺せ!」
どよめきが波のように広がって、私の首筋から冷たい感触が離れた。その刹那、くぐもった声が頭上にから聞こえた。
「うぐっ」「な、なんだ!?「わからん!? 急に現れたぞ!?」
私の周囲がひど騒がしい。地面越しに、足音がいくつも響いている。
「エカルテ!」
え。
目隠しが解かれた。
飛び込んできたのはシエルの顔だ。泣きそうな顔をしている。
「今、解くからね!」
その向こうではフリックが剣を構えて周囲を威嚇しているのが見える。
ここが大きな倉庫のような場所であることを、はじめてしった。
「え。なんで? シエル、フリック」
頭が回らない。フリックがちらと私に視線を送った。
「ぼくたちだって、よくわからないよ! けど、話は後だ!」
彼の額には汗が滲んでいる。
ぐるりと、ボロ布をまとった集団に囲まれているからだ。
多くが目以外の顔を隠しているけれど、その目元は魔族の特徴である赤い光を宿しているのが伺えた。
「あははは! でかしたよ、君たち! 地面から頭がひょっこり出たときは何事かと思ったけどさ!」
私が学校都市の外に出てきたときのように、地下墓地とつながったルートでもあったのだろう。
フェッテがお腹を抱えて大笑いしているけれど、ちっとも状況は好転していない。
まともに魔術以外で戦えるのは、フリックだけなのだから。
「それで? 子供が増えた程度で何が変わると言うのだ。構わん。子供ごと殺せ」
卿の号令で、一斉に魔族達が私達ににじり寄る。それでもフェッテはにこにこ顔だ。
「うりゃあ!」
彼女が山なりに投げたそれが、上空で光を放った。
衝撃と、轟音。
周囲にいた魔族達が、咄嗟に散った。
「フェ、フェッテ!? き、貴様!」
卿が狼狽した声を上げた。
実際のところ、それはそこまでの破壊をもたらしたわけではない。
けれど、衝撃と轟音は周囲の兵士を威嚇するには十分だった。
「わはははは! ほーれ、もう一個!」
ずしん、とお腹に響く轟音が響いた。
「貴様! 魔術師としての誇りはないのか!」
「ありませんよ、そんなもの! 誇りで飯が食えるんですか! 私は職にありつけますか!」
フェッテ、苦労してきたんだね…。
「やれ! 近づいてしまえばなにもできん!」
「近づかれる前に逃げるに決まってるじゃないですか! ひゃっひょー!」
フェッテに肉薄した魔族の刃が、奇妙な叫び声をあげた彼女のナイフによって躱され、その瞬間懐から爆弾を投げて相手をふっとばしている。
剣術できないんじゃなかったのかよ。もう何が本当かわからない。今のフェッテは走りながら辺り構わず爆破しまくるただの爆弾魔でしかない。しかもめちゃくちゃ楽しそう。
「エカルテ、今のうち逃げよう!」
でも、おかげであたりはひどく混乱してくれた。シエルの手を掴んで、立ち上がる。
同じ姿勢で固まり続けていが脚が、しびれてふらつく。
「脚が……」
「肩、つかまって!」
シエルに肩を貸してもらって、歩き始める。
前方にフリックがたち、魔族から奪った剣を振りかざして牽制しつ
「シエル、エカルテ! ぼくの後についてきて!」
前方にフリックが立ち、魔族から奪った剣を振りかざして周囲を牽制しつつ、進む。
その背中はとても大きく見えた。
あんなにひどいことを言ったのに、シエルも君も、変わらない。変わらないでいてくれる。
私は変わりたいなって、思う。二人の笑顔が、もっとみたい。すとんと、何かが胸に落ちた気がした。私は彼らが本当に好きなんだ。
帰ったらフリックに謝りたい。そうしたらまた3人で、遊びにでかけたい。ちゃんと、好きって、言いたい。
「エカルテ!」
彼に突き飛ばされて、シエルと一緒に地面に倒れ伏した。
血だった。
私達の背後から迫った魔族の大ぶりの剣。それを、彼は受けた。肩から脇にむかって、刃が走る。
彼が姿勢を崩すのが、いやにゆっくりと写った。
「っ。あああッ!」
彼が踏みとどまる。虚を突かれた魔族の腹を彼の一閃が薙いで、どさりと倒れた音がした。
「……大丈夫? エカルテ。シエル」
振り返った彼の服は鮮血に染まっていた。
「フリック。なにいってるんだよ。君が、なんで」
「ああ、うん。なんか、だめだな、ぼく。もうちょっと行けると思ったんだけどなあ。やっぱり、プロには適わないや」
普段通りの、のんきな声だ。
彼はなんでもない風にのんきに笑ってみせた。
顔色は秒ごとに失われていく。もう、蒼白に近い。
命が失われていくのが、目に見えてわかった。
いやだ。
「ここまでだな」
倒れた魔族を踏み越えて、別の魔族が剣を振り上げる
「まだだ」
フリックがふらつきながらも、なお、剣を構える。
いやだ。
当然の帰結ではあるのだ。
フリックは強い。ただ、あくまで学生としてだ。それに、魔術の使えない魔術師が3人。
対するのは死線をくぐり抜けてきた魔族のプロの兵士。それに、勝てるわけがない。
そんな当然の帰結を、私はどうしても信じられなかった。
私のせいだ。私が、王子だったからだ。私が、きちんと寮に帰らなかったからだ。私が、私のせいで、フリックが死ぬ。
いやだ。
「いやだ。いやだ。いやだ!」
吐き気を伴う力の奔流があった。
力そのものに体の境界線を失っていく感覚があった。
世界そのものに溶けていく、そんな感覚だ。
「エカルテちゃん! それ以上力を高めないで!」
フェッテの叫び声が遠い。
「竜玉の魔力が溢れるだと? まさか! 持ち主に、戻ろうと……!?」
白い光があった。
上昇と落下をいくどともなく繰り返すような、胃の捻転するような感覚。
それでもフリックと、シエルの手を強く強く、握り続けた。
……静けさに目を開けた。空気中に湿気た魔力を感じる。
目を開ける。薄暗い、平原のようだった。
すべてが、夢だったのではないかと思う。
空に浮かんでいるのが、黒い太陽だったからだ。
本で読んだ知識が、浮かんだ。
“かの土地の濃すぎる魔素は日の光を黒く変色せしめ、さながら明けぬ夜が続くかのようであった。その様子から、冒険王アルディアは、世界から隔絶されたこの辺境の地をこう名付けたのである。
常闇の大陸、と。“




