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転機

「こい」


 こい。れんあい。自分とは意図的に距離をおいていた単語だった。


「そう。恋」


「で、でも。フリックは男だし」


 ぎゅっと膝の上で拳を握った。


「うん? フリックくんっていうんだ」


 マルグリットさんにきょとんとされて、焦る。顔がすぐに真っ赤になったのを感じた。


「あ……えっと。二人ともに、かんじる感情なので。同時にって変です」


「あたしはいま恋人が4人いるけど」


 平然と言い放たれた。ちょっとめまいがした。


「……えっと。それにシエルは、女だし」


「あたしの一番の相方だったやつは、女だったよ。今も、一人は女だし」


「もう。マルグリットさん、自分の事ばっかりじゃないですか」


「そりゃそうだよ」彼女は世をせせら笑うような顔をした。「あたしはあたしの目でしか世界を見れないから、当然でしょ。別に何人と同時に付き合おうが、相手が男だろうが女だろうがおかしくないって、あたしは思ってる。好きになる対象が一人。そして異性に限定されている人たちより、あたしはちょびっと広い。それだけの話しだろ」


「……私は、わかんないです」


「わかんなくていいよ。特にあたしは、ガキだから。」


「ガキなわけ、ないです。立派に仕事もしてるし、みんなから認められてるのに」


 それに、体だってちゃんと大人だ。私とは違う。


「ガキなんだよ。あたしはさ、一番好きな人の恋を、恋のままにしておきたかった。体を貪り合って、傷つけあって、また貪り合う。それだけでよかった。お互い年食ってさ、あの頃は若かったね、なんて子なり孫なりの顔を見て日向で語り合うなんてごめんだね。ぞっとする。そんなのは愛だ。好きじゃない。愛に移行したくなかったんだよ」


「私は、貪るとか、そういうんじゃなくて……ただ」


 ただ、なんだろう。どうなりたいんだろう、二人と。

 二人には、本当に幸せになってほしいって思ってるんだ。じゃあ、私はどうしたいんだろう。どうしたらいいんだろう。

 言葉に詰まっていると、マルグリットさんは喋りすぎたときの、バツの悪そうな表情を浮かべて、私の頭を軽くつついた。


「ま。エカルテ。君はそうやって考えられるだけ、偉いし大人だよ。好きと言える特定の人に特に嫌われたくなくて、対等に見てほしくて、それで苦しんでる。それは恋してる女の子そのものだって、あたしは思うよ」


「……?」


 なにか、走りさるような、鋭い魔術の気配を感じた。

 その刹那、家の中の魔術灯が消えた。

 一気に深淵に落とされたように、目の前がなにも見えなくなる。


「おい! 誰だ!」


 マルグリットさんが叫んで立ち上がる。


「んぐっ」


 立ち上がろうとした。その体を、誰かが抑えた。口元を抑えられ、声が出せない。

 魔術を――!

 力が入らなかった。

 頭が、ひどく重い。少しの吐き気と、強い虚脱感。まずい。この術式は知っている。昏倒の魔術だ。

逃げなきゃ。

そう思っても、体は動かない。

糸を切られたように、体が崩れる音を、どこか遠くできいた。


 

……。


 これでいい。仮にエカルテが死ねばお嬢様は悲しむだろうが、将来的に有益なのは目に見えている。いつまでも、”平民の子”に現を抜かすなど、公爵家の令嬢としてあってはならないことだ。

 だが、これは事のついでのようなものだ。今や平民似すぎないエカルテに既にそこまでの価値は感じていない。

 

 大事なのは、彼女の危機に引き寄せられるであろう裏切り者の方だ。エトワル王子を擁立しようとしていたことで、バーデン公爵家の立場は非常に危ういものとなっている。

 だからこそ、裏切り者を一番に見つけ、処分せねばならない。腹立たしいことだが、今はまだ、あのメギツネに恭順の意を示すしかあるまい。

 フェッテ。

 バーデン家のために死んでくれ。


「……後は、運次第。いや、あいつらと、王子本人次第か」


 迷っていた。お嬢様の泣き顔がどうしても、ちらついた。甘くなったものだと自分でも思う。

 だから、後は運に任せることにした。

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