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まるで

 なにやってるんだろうな、とため息を付いた。

 深夜の学校の敷地内でをあてもなくさまよっている。


 寮に戻りたくないんだ。こんな泣き顔で戻ったら、シエルは心配するだろう。

 そしたら、シエルにもまた酷いことを言ってしまいそうだ。


 ただ、フリックにも傷ついてほしくない。それだけを伝えたかったのに、本人を前にすると上手くいえない。言えないどころじゃない。あんな態度をとってしまって、結局彼を傷つけた。言わないで良いことを言った。

 シエルとフリックに優しくされると、ひどく心がざわざわするのだ。二人のことは大好きなのに、なんでなんだろう。なんで心の底から信じられないんだろう。最低だ。最近自分がよくわからないんだ。


「帰りたくないな。いっそ街にでも出ちゃおうかな……」


 言ってみただけだ。

 4年生と言えど、深夜に出歩くことは厳禁だ。検知魔術に察知されるのがおちだろう。


「でしたら、街への道をご案内いたしますが」


「う、うわ!?」


 闇からこぼれてきたんじゃないかってぐらい、気配がなかった。彼の金色の髪が、魔術灯の黄色い光に照らされて、きらめいていた。


「どうしました? そんなに驚かれて」


「ルティレ……こんな夜中に何やってるんだよ」


「私めはバーデン家とその令嬢であるお嬢様をお守りするのが役目でございますので。夜の見回り中でございます。日課なのですよ」


「そ、そう……なんだ」


 ルティレは真顔のまま、恭しく腰を曲げた。長いお辞儀を終えて、顔を上げて言った。


「私が使っている、察知されづらいルートがございます。それならば街に出ることも可能ですが」


「……」

 逡巡して、長いうしろ髪をいじった。どうしよう。戻りたく、ないんだ。

 でも戻らなかったら、余計に心配をかけてしまうだろうし。


「なにやらお悩みのご様子ですね?」


 彼の偽物色の目が、鈍く光った気がした。


「うん。まあ、人間関係でちょっと」


「さようでございますか。エカルテ様は昔から人間関係に悩まれてきておられましたからね。おいたわしいことです」


「ルティレ。私達はただの同級生なんだから、普通にしゃべってよ」


 少し、自身の言葉に棘を感じた。むっとしたのだ。慇懃無礼ってこういうことだと思う。


「これは失礼。そうだな。俺からできるアドバイスもさほどないが。悩んだときは距離をあけるっていうのも一つの手だとは思うぞ。俺はそうしてる」


 ルティレが相好を崩して、皮肉っぽく笑う。魔族であることを隠し続けている彼だけれど、その高すぎる身長だけは、紛れもない魔族のそれなのだ。フリックも相当に高いけれど、彼には感じない、睥睨されるような威圧感をどこか感じていた。


「距離?」


「そうだ。俺もお嬢様と長いからな。どうしても上手く行かないときだってある。そういうときは、できるだけ…職務に差し障りのない範囲だが、物理的に距離をおいてるよ。近すぎるのも、かえって良くない事が多いから。1日ぐらい、お互いに顔を見ないほうが良いことだってある」


「距離……」


 近すぎる距離。

 確かに、そうかもしれない。ずっと3人で居続けてきた。だからこそ、私は彼らのことがよくわからなくて、傷つけているのかもしれない。ちょっとぐらい居なくなったほうが、私にとっても彼らにとっても良いこと、なのかなあ。明日は、学校休みだし。


「まあ、エカルテに当てはまるかは俺にはわからんがな。さて。そろそろ個人的な見回りに戻るとするよ」


 彼が私の横を大股で歩いていく。足音もなく、私の背後の闇に消えていく。

 考えるまもなく、私は呼び止めていた。


「ルティレ!」


 振り返ると、闇の向こうから声がした。


「はい。いかがされました?」


「……ルートを、教えてほしい」



「ええ。喜んで」


 きっとこれで、良かったんだ。




……。


 彼に案内されたルートはかつての地下墓地を通るものだった。

 学校の下にこんな広大な空間が広がっているなんて。

 アドバイス通り、彼から魔術灯のカンテラを譲ってもらって正解だった。

 湿気でぬめった壁沿いに歩いていく。足元もぬかるんで、時折コウモリなのか、空を飛ぶなにかの気配も感じた。


 怖かった。でも同じくらいわくわくもしていた。

 まるで冒険だ。そうだった、私はこういうのも、昔は好きだったんだ。

 冒険ものの小説が好きだった。男っぽいからって最近全然読んでいなかったけれど、ひどく懐かしくて、ひどく新鮮だ。

 制服のスカートが泥に濡れるのが鬱陶しくて、横を結んだ。腿が丸見えになるけど、どうせ誰も見ていない。荒々しく大股でどんどんと進んでいく。不思議と、気分が良かった。


 随分歩いたような気がする。もう、日付も変わっている頃だろう。

 脚が疲れて、ここに入ったことへの後悔が脳裏に去来し始めた頃。

 ようやく地下墓地は上り坂へと転じた。

 感覚的にはとっくに学校都市を抜け出してしまっている。一体、どこに通じているんだろう。ルティレは街だと言っていたけれど。

 上り坂をの突き当りに、朽ち果てかけた梯子を見つけた。

 見上げるとかすかに光が漏れている。


 迷うことなく、梯子を登った。もう、戻るのも難しい距離だ。

 梯子を登りきって、頭を出した。家の中のようだった。

 

 木造で、天井も壁も穴だらけ。

 どうみたって廃屋だ。

 腰にくくりつけていたカンテラを差し出すと、ぼうっと朽ちた木の壁が浮かび上がる。同時に壁越しに、がやがやと猥雑な人の気配を感じた。


「ここ、どこなの?」


 恐る恐る穴だらけの扉の隙間から外を覗く。

 その風景はニーズー繁華街に似ていた。けれど、明らかに質が違う。学校都市にはない、下劣なものであるように見えた。


「わぁ…」


 感嘆と、おっかなびっくりの声が口から漏れた。

 今は確かに夜のはず。周囲は煌々とした灯りに照らされ、街自体が紫だのピンクだのの、酒場を始めとした店々が魔術灯の怪しげな光に包まれている。


 胸が高鳴る。学校都市のなかにこんな場所はない。

ここは、外だ。王都のどこかの、大人の世界だ。

私は今みんなと違う場所にいる。そのことがなんだか誇らしかった。


 深呼吸を一度して、朽ち果てた扉を押した。

 一歩踏み出すと、そこは大通りのようだった。

 

 通りがかった男が私の脚元をちらと見る。粘っこい視線に、今の姿を思い出して、慌ててスカートの結び目を解いた。

 そうだった。私は女なのだ。急に現実感が戻ってきて、さっきまでの高揚が一気に吹き飛んでいく。お腹がぎゅうっと締め付けられて、それでも脚は前に進んだ。

 

 あまり、顔を上げないほうが良い気がする。

 さっきから歩いているのは柄の悪そうな男ばかり。しかも酔っぱらいばかりと来た。

 帰りたい。でも、今更戻るのもださい。

 もう、随分夜が更けている。今戻るとシエルにまた心配される。また子供扱いされてしまう。

 おとなになるんだし、これくらい大丈夫だよ。この話を持ち帰って、シエルに自慢するんだ。


 さらに一歩、踏み出す。

 大通りを、大人に混ざって歩いていく。

 大きな酒場の前で大人の男と露出の高い女性が絡み合っている。


 どこかで喧嘩の声に混ざって、甲高い嬌声も聞こえている。

 心臓が飛び出しそうなぐらいどきどきしていた。

 子供は私ぐらいで、しかも明らかに小さいことでかえって目立っているような気がする。


「ねえ、君。大丈夫? 泥まみれよ」


 酒場前の客引きの女性が、私にせせら笑うような声音で言い、肩を抱いていた男が追従する。


「よう。一緒に遊ぼうぜ? こっちこいよ」


「ちょっとやだ。汚れちゃうじゃない」


「冗談だよ冗談」


「わ、私だ、大丈夫ですから!」


 足早に店の前を去った。とにかく、どこかで落ち着かないと。

 でも、どこへ?

 学校都市の中ならまだ分かるけれど、土地勘もなにもない場所だ。

 ルティレ、確かにここも街だけど!

 

 あーあ。私、なにやってるんだろう。

 どんっ、と鈍い音がした。

 俯いて歩いていたら、何かにぶつかったみたいだ。


「おい。いてえじゃねえか」


「…あ」


 歯のない男が私を睨みおろしている。


「ご、ごめんなさい!」


「まちやがれ! ガキ!」


 男の怒鳴り声が背中から追ってくる。咄嗟に路地を曲がった。男の声はとっくに聞こえないけど、止まるのは怖い。


「や…きゃあ!?」


 視点がぐるりと回った。

 両手を突っ張って、ぬかるんだ地面になんとか突っ張る。


「ん……おー? な、なんだあ?」


「え。……ええ?」


 背中を家につけて、路地に座り込んでいた男の脚に引っかかったのだとわかった。

 私は男の脚の上に倒れ込んでいる。膝が男の脚に乗って、お尻を彼に向けた格好になっている。


 胡乱な目がすーっと開くのがゆっくりと見えた。


「おー。なんだぁ。娘っ子がいるぞぉ」


 彼の手が私の膝裏に触れる。全身に怖気が走った。


「ひっ」


 両手で必死に這い出した。顔がぬかるんだ地面に塗れるのを厭う余裕もない。


「んーぉー。のーみすぎたなぁ」

 

 なんとか立ち上がって、また走る。

 心臓がさっきとは違う高鳴りをしていた。握りつぶされそうな、嫌な高鳴り方だ。

 走って、走って、走った。もうどこをどう来たのかすらわからない。気づけば比較的大きな通りに戻ってきている。カンテラは、とっくにどこかに落としてしまった。

 怖いよ。


「……う」


 だめだ。泣きそうだ。俯いて、通りの隅っこをできるだけ目立たないように歩く。

 ぽたりと、一粒落ちた。

 魔術で対処することすら思いつかなかった。何も考えられなかった。できたことは泥の中を入りまわることだけだった。


 私はひとりじゃなにもできないんだ。

 怖い。怖いよ。シエル。フリック。助けて。


 優しくされると嫌だ。子供扱いされると嫌だ。

 そんなことを思って、ごめん。ごめんなさい。

 二人に迷惑かけたくない。でも、迷惑かけないと生きていけない。

 そのことがすごく情けなくて、涙が止まらなかった。


「……ううう」


 目元の涙を乱暴に拭う。拭っても拭っても溢れてきた。

 シエルとフリックに会いたいよ。二人に迷惑かけても、二人がいないとだめなんだ。


 寂しいよ。怖いよ。私、二人にすごく助けられてた。そんな事わかったのに。

 もうやだ。それでも足を止めるのは怖くて、泥に塗れた体のまま、酔っぱらいの行き交う道をひたすらに歩き続けた。


「ちょっとエカルテ!? どうしたのさ、こんなところで!」

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