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わからねえよ

 一曲踊った後に、はたと気づく。

 先に行ってるはずのメリアをそろそろ探さないと。

 心配しているだろう。

 レーネと合流しているのかな?

 シュシュもまた後でって言っていたけれど、いったいどこにいるのやら。


「シエル、フリック。私、メリアやレーネを探してみるよ。シュシュも、どこかにいるだろうし。先に行っててもらったんだ」


「ああ。うん。それなら」


 フリックがオレの背後を指さしている。振り返ると、シュシュがいた。


「探さなくても、いやって程目立ってたわよ、あなたたち」

 あきれたような口調だったけれど、目元は彼女にしては穏やかに緩んでいる。

 オレもちょっと照れ笑い浮かべて答えた。


「私、ダンス下手だから」


「3人で踊るなんて、確かに不格好ではあったわね。けれど男性のステップ似合ってたわよ。その恰好も」


「…うん。オレが、昔学んだステップだから」


「そうね。……本当に、そうね」


 シュシュが前髪を直して、オレも後髪に触れた。

 彼女の目が揺らいだのは、もしかしたら気のせいだったのかもしれない。

 瞬きをした次の瞬間には、彼女は普段通りの毅然とした態度に戻っている。


「ああ。エカルテ。メリアを探しているって言っていたわよね」


「そうなんだよ。心配かけてると思うから」


「だったら、講堂の裏手にいると思うわよ」


「裏手?」


「ヴァロッテに誘われたのよ」


「え?」


 全身が総毛だった。なんで。

 オレが放置してしまったからだ。メリア。きっと断り切れなかったんだ。

オレはまた、間違った。自分のことばっかりじゃだめだってさっき思ったばっかりなのに!


「オレ、行くよ!」


 踵を返し、走り出す。背後からシュシュの声が追ってくる。


「ちょっと! いくらあなたでも無粋よ!?」



 その言葉の意味は、考える余裕はなかった。

 ただ、昔のヴァロッテがメリアにした仕打ちだけを思い出していた。




 「ヴァ――!」


 言葉をなくした。

 壁を曲がったところで、ヴァロッテとメリアの姿を見つけたのだ。

 彼は、片膝をつき、メリアの片手を取っていた。そのポーズの意味するところは、それを見て、ようやく、オレは分かったのだ。



「エカルテ!?」 


 二人の声が重なって、見開かれたまん丸な猫の目と、ヴァロッテの釣り目がちな目がこちらに向けられている。

 月が出ていて、あたりは死んだように静かだった。


「あ。あれ? オレ……」


 ヴァロッテは子供の悪戯にため息をつくように、大きく息を吐いた。「驚かすなよ、エカルテ。まあいい」オレから目をそらして、メリアを見上げた。

 オレだけが入れない世界が、確固としてそこにあるかのように感じた。


「……返事を聞かせてくれ、メリア」


 メリアは一度耳をぴくりと上下させ、ゆっくりと目を閉じた。


「わたしは……」


 メリアが押し黙る。静謐な空間。見えない壁に遮断されたかのように、明るい月明かりに照らされた二人が、どこまでも大人に見えた。


 だからだろうか。

 この大声が、自分のものとは思わなかった。


「ヴァロッテ! 自分のしたこと忘れたの!」


 気づけば、わめき散らしていたのはオレだった。

 彼に大股でにじりよる。走ってきた心臓が、耳元で騒がしかった。

 さすがに彼ももう、無視できないようで、立ち上がり、オレをにらみ下ろす。

 それでも、どこか余裕のある、やっぱり、子供を相手にするかのような態度のままだ。


「お前な。無粋にもほどがあるぞ」


「だって!」


 なんでこんなに腹が立つのだろう。何が気に食わないんだろ。


「わかってるさ。自分のしたことは。だが、それとこれは関係ない。いや、あるか。だけどな。あると言うのは、相手に失礼だ。俺が彼女に愛を伝えたのは断じて贖罪のためではないからな。エカルテ、お前のようにガキの正義感ばかり振りかざす奴にはわかんないだろうな」


「私は…オレは、」


 フリックの顔を思い出した。シエルの言葉を思い出した。大人なら、許すべきなんだろう。関係ないよ。オレは、オレの言いたいこと、はっきり言うんだ、今度こそ。


「オレだけは、お前を絶対許さない」


「ガキだな。お前は」


「ガキでいいよ! 自分のしたこと、人を傷つけたこと、ちゃんとずっと背負えよ! みんなが忘れても、オレだけは絶対忘れない!」


 彼は鼻で笑い飛ばして、肩をすくめた。


「お前が言うなよ。人を傷つける? お前だって、そうだろう。なあ、エカルテ。俺は知ってるんだぜ」


「なにがだよ」


「白々しい。たまねぎカフェでの出来事、有名なんだよ。いつまでフリックのことをつなぎ留めておく気だよ。あいつだって貴族なんだぞ。奴が無為に年を取る。お前のしてることの重大さぐらいわかるだろ? それに、その恰好に“オレ”ね。まさかお前シエルともそういう関係って言うわけでもないんだろう? そうだとしたら最悪だな。いつもシエルに守ってもらって、かたやフリックに気のあるふりをする。お前こそ、人を傷つけてるんだよ」


 嘲笑混じりに彼は言う。オレは両手をぎゅっと抱いて喘ぐように答える。呼吸が苦しかった。


「わかってるよ……オレが、中途半端なせいってことぐらい。わかってるよ!」


「わかってないな。中途半端とかじゃないんだよ。たった一つだけだ。お前がいったい誰をあいしてるのかってだけの単純な話。それだけで解決するのにお前はやらない。俺は想いを告げたぜ? お前とは違う」



 また、あいだ。知らないよ、そんなもの。好きじゃだめなの?

 耳をふさぎたいのは、きっと図星だから。彼の小ばかにした、ガキを蔑むような目から視線が外せなかった。


「ヴァロッテさん。申し訳ありません」


 シエルがシュシュにしたような、乾いた音。それよりもはるかに大きな音が響いた。


「……ティル・テ・ティル・ティル・メイリア」


 ヴァロッテは赤くなった頬を撫でることもない。ただ、頷いただけだ。

 メリアは顔を上げ、目元にはうっすら涙がにじんでいて月の光に輝いている。


「ヴァロッテさん。わたしの友達を悪く言わないでください」


 淡々とした、感情のにじまない声だった。


「わかってるさ」


「勝手に思いを告げて、自分だけすっきりしないでください」


「わかってる。わかってるよ」


「獣人が、しかも平民のわたしが、あなたの正妻になんてできるわけが無いんです」


「わかっている」


「わたしは、必ず冒険者になります。世界を変えたいって思っています。だからわたしはあなたの気持ちは受け入れられません。あなたは、将来、なにがしたいんですか?」


「……わからねえよ。どうせ全ては兄貴が継ぐんだ」


 すねたように吐き捨てる彼と、オレ自身がどこか重なって見える。

 ヴァロッテもきっと何がしたいか、わからないんだ。

 あいするひと。

 そんなの、わかんないよ。


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