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シャッセ

 二人でぼんやりとみんなの様子を眺めている。

 講堂の床にお行儀悪く座ってた。ふたりとも言葉を発さず、みんなの喧騒はどこか遠い。

 シエルと肩と肩が触れ合い、どちらともなく手を重ねた。

 メリアやシュシュと合流しないとな、と頭のどこかでは思っているけれど、今は彼女から離れたくなかった。

 シエルが泣くなんて、思わなかった。

 彼女に子供扱いされることが、最近はずっと嫌だった。頼られたくて、反発して、酷いことを言ったこともある。それでも、彼女はオレの事で泣いてくれる。

 シエルはずっとオレのことを見てくれている。いつからかそれが当たり前になって、シエルは優しいのが普通。そんなこと絶対ないのに、すっかり自分の事しか見えなくなっていた。

 シエルの隣に立ちたい。ずっとそればかりを考えていた。でも、それだけじゃだめな気がした。



「うあー!」 


「うわっ!?」


 びっくりして、軽くお尻が浮いてしまった。

 沈黙を破ったのはシエルの大きな声だった。


「格好悪いところ見せちゃった!」


 はにかみながら、シエルが肩を起こした。ぬくもりの残滓が少し寂しい。


「私…嬉しかった。格好悪くなんて、ない」


「うーん。でも、泣き顔とか、弱ってるところとか、エカルテには見せたくないんだ」



 あっけらかんと言い放つ彼女に対して、オレの気持ちは沈んだ。


「私が、頼りないから?」


「じゃなくて!」彼女は慌てたように口元に手をやって、しばらく「うーん」と唸りこんだ。

 しばらくすると柔和な顔つきに戻り、体をさっきよりも随分寄せてくる。脚と脚がくっついて、シエルの肩にオレの髪がかかる。ふんわりと、ゼラニウムの匂いがかすかにした。


「えっとね。頼りには、してる。いざっていうときは、すごく頼りになるしね。普段は……泣き虫だけど」


「どうせオレはすぐ泣くよ」


「拗ねないの。上手く言えないけど、わたしはさ、エカルテの前では笑顔でいたい。たぶん、意地、みたいなものかなあ。それがわたしなのかなあ?」


 オレは、去年のあの日、シエルの笑顔以外が見たいって彼女に言った。彼女に変わってほしかった。

 シエルは屈託なく笑い、オレの目の奥を覗き込むように、見つめてくる。


「なんで疑問形なの」


「よくわかんないから。あ。でも一つ分かる事があるよ」


 彼女はぴっと人差し指を立てる。


「なに?」


「エカルテのことが好き。男だろうが女だろうが、それは変わんないよ」


「すぐ……そういうこと、言う」


 目をそらした。膝の中に顔を埋める。恥ずかしいよ。

 同じくらい、嬉しかった。


「すぐっていうか。言ったの、すごく久しぶりなような、そうでもないような」


「……うん。そうだよ。すごく久しぶり」


「あ、やっぱり? エカルテ、ちゃんと覚えてるなんてえらいね」


 シエルはからかうように笑って、俯いた頭を優しく撫でてくる。

 なんだかガキ扱いされたみたいで、それにオレだけ覚えてるなんてなんだか悔しかった。


「別に」


「もしかして、寂しかった?」


「べつに」


「かわいいなあ、エカルテは」


 彼女が密着して、更に頭を撫でられる。たぶん、にやついた顔をしているんだろうな。

 オレは、勢いよく顔を上げ、シエルを睨んだ。


「もう! からかわないでよ! だいたいシエルはいつも――」


 言葉は出なかった。そこにあったのは笑顔なんかじゃなくて、静かでまっすぐな瞳だった。


「からかってないよ。わたし色々、考えちゃってさ。どうしても、好きって言えなかった。ごめんね、エカルテ。たぶんこれからもそういうこといっぱいあると思う。だからこそ、笑顔で居たいんだ。君の前だけでも」


「オレ、」


 言いたいことが頭の中を渦巻いている。オレの本心は言葉の海に溶けていて、すくい上げても結局何だったのか、どろどろになったそれからはさっぱり分からない。

 だけど。ちっとも気の利いた言葉じゃないけれど、どろどろのまま言葉にすることだって、オレにはできるはずななんだ。


「……さびしかった」


 なんて身勝手で、なんて子供じみた言葉だろう。膝の裏がきゅっとするようだった。

 顔だって、またうつむいてしまった。こんな顔恥ずかしくて見せられない。耳まで真っ赤だろうから。

 男とか女とか体裁とか、恥とか、そんなものを取っ払ったら出てきたのはそれだけだった。


「うん。わかってる」


「……」


 だめだ。恥ずかしすぎて死にそうだ。


「ちょっとエカルテ。黙らないでよ! 恥ずかしいじゃん!」


「だ、だって」


「あ。フリックだ。ほら」


 シエルが短く言った。ようやく顔を上げられて、彼女の目線を追うと、ダンスホールの真ん中あたりに彼が居るのが遠目に見える。


「ほんとだ。女子に囲まれてる」


「相変わらずモテるんだねえ」


 4人ほどの女性に囲まれて、何やら困った顔を浮かべている。

 あ。なんか断った。女性が彼を引き留めようと手を伸ばすも、彼はひらりとかわし、爽やかな笑顔で手を振っている。


「なんか、遠いなあ」


「そう?」


 フリックを取り囲んでいる彼女たちは、フリックのことが好き。

 恋愛したいと思っている、男と女。

 うーん。よくわからない。よくわからない大人の世界に行こうとしている彼が妙に遠い。

 自分が恋愛するとしたら、どっちになるんだろう。

 シエルのこともフリックのことも、好きだ。シュシュのことだって、嫌いじゃないんだ。

 シュシュのは、あいって本人が言った。あい。あいあい。あいと、好きって違うのかな。よくわかない。


「あ。こっちに気づいた」


 シエルの言ったとおり、彼はオレたちを発見したようで、にこりと一度微笑んでから、足早に歩いてくる。その後ろでは女性たちが恨めしそうな目をしていて、ちょっと怖い。身なり的に、貴族の女子も混ざっているような。大丈夫なんだろうか。


「やっと見つけた。なんでこんな隅っこにいるのさ。探してたんだよ」


 そんな目線は気づいてか、気づかないでか。いつものようにのんびりとした口調で彼が座り込んでいるオレたちを見下ろした。


「エカルテの男装姿に見惚れてて」


「うん。珍しい格好してる」


 フリックが興味深そうにしげしげとオレを見る。

 男の姿だし、がっかりしてるよね。

 ぎゅっと膝を抱えた。だって、彼は女になってほしいとはっきり言っていたんだ。


「似合ってるよ。エカルテ」


「似合う!? 私、男の格好してるんだよ。よく見てよ!」


 勢いで立ち上がる。彼と並ぶと、身長も、体格だって、すごい差だ。

 男に戻りたかった日もあった。彼を見るとやっぱり遠い。オレの、可能性。もしかしたらこうなれてたのかもっていう、胸の痛み。


「男装も似合うよね。ポニーテイルもなんか新鮮だ」


「フリックは、女の私が良いって言ったじゃない」


 勝手に期待して、勝手に裏切られた気分になっている。

 女になって欲しいって言ってよ。


「言ったね。もちろん今もそうだし、あの日の言葉は後悔してない」


「じゃ、じゃあ。もし。もしだよ。私が男になったらどうするの。好きじゃ、なくなるよね」


 オレは、何を訊いているんだろう。言ってしまってから、後悔した。

 彼は特に驚くこともなく、いつものようにのんびりとした態度のまま、微笑んで、答える。


「好きの意味はかわるかなあ。ぼくは男で、その魂は女性を愛する(さが)だから」


「意味って……? 嫌いには、ならないの?」


「当たり前だよ。嫌いになるわけがない。ただ、言葉にするのは難しいな」


 彼はそう前置きして「そうだねえ」と顎に手を当ててしばし目をつむる。

 それから言葉を継いだ。


「エカルテは、村でぼくに友達だよって言ってくれたよね。すごく、嬉しかったんだ。あれって、ぼくが男だから言ったの?」


「ちがう」


「女だったら、言わなかった?」


「ちがう……フリックだから言った」


「うん。そういうことなんだと思う。ぼくは君が女だから恋をした。それは事実だ。だけど、ぼくたちはどんな性別だろうが友達になっていたんだ。そういう『好き』になっていただけだ」


「男でも、女でも良かったってこと? 私、どっちがいいか、どっちになるべきか、もうわかんないんだ」


「そうだよ。ぼくは……ぼくたちはさ、大丈夫だよ、エカルテ。だから、後は君の気持ち次第。君が決めなきゃね」


「フリックも、シエルと同じこと言うんだ……」


「シエルならそう言うだろうね」


「あはは。ばれてる。ま、わたしら3人はいつまでも幼馴染だし。味方だし。大丈夫だよ、エカルテ。死ぬほど悩みなよ」


「ふたりとも、厳しいよ。シュシュよりよっぽど厳しい」


 鼻がつんとしたけど、涙はこらえた。

 シュシュみたいに、こっちになれって教えてくれるのって、すごく優しい。

 あい、なんだとおもう。

 でも、オレは。



「それよりさ! 踊ろうよ! せっかくだし!」



「フリック、さっき誘われてたじゃん? もてるねえ」


 シエルが冷やかすように、にやりを笑い、彼の袖をひっぱる。


「シエルとエカルテと踊りたくてさ。モテるわけじゃないよ。家柄の問題」


 フリックも平然と受け流す。こんなこと、昔はできなかったのにな。


「行こう? エカルテ」


 シエルと


「行こうよ、エカルテ」


 フリックの2つの手。それを、私は両手でそれぞれ取った。

 3人で踊るんだ。

 って。あ!


「私、男性のステップしかしらないよ! 二人に、恥かかせちゃうよ!?」


「適当に踊れば良いよ! わたしだって、見てほら! すっごい顰蹙! 笑っちゃうよ!」


 同じクラスの子は、もうシエルにすっかりなれている。けれど、他の学年や別のクラスは、やっぱり魔族である彼女が堂々とホールの真ん中に出てくると、ぎょっとするような目を浮かべるのだ。


 それでもシエルが笑う。


「関係ないよ、周りなんてさ。なあ、エカルテ? ぼくらはまだ子供で良いんだ」


 フリックも、笑う。


「……うん!」


 私も、笑った。

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