あい
お知らせ
前話の『服』ですが最後半部分をばっさりカットし、若干展開を変えております。
具体的には最後の3行程度のみ少し変わっています。
シュシュはこんなに素直じゃないし、エカルテはこんなに悟ってないよねって違和感があったためです。
申し訳ございません。
全生徒が座れるだけの椅子と長机を用意して、なおかつ前方にダンスホールを確保してなお余る程に講堂は広い。古めかしい石造りの建物の中は、料理の匂いが充満していて、壇上には音楽係の生徒が次の曲の準備を始めている。
談笑する生徒達の格好ときたら、てんでばらばらで統一感のかけらもない。
女装、男装はまだ地味な方で、ドラゴンの着ぐるみや、中にはゾンビやグールを模したメイクをしている生徒までいる。
講堂の壁一面に映し出された幻影で、何かの物語を上映しているのも見える。
魔術で染めた髪色も、今日は一段と鮮やかに個性の花をさかせていた。
赤、緑、青…金色…何あれ。7色に光り輝いてるよ。
基本的に、授業以外での魔術の使用は禁止になっているから、今日限りのお目溢しなのだろう。
毎年楽しみにしている生徒がいる理由も分かった気がする。
今日限りは、いつもと違う自分になれる。そういう場なのだろうと、思った。
ここなら、オレも浮かないで済みそうで、ほっと胸をなでおろした。
いつもと違う自分。
結局オレは、男性ものの服を脱げないでいる。確かめたかったのだ。
苦しいのは、無理して女になろうとしているから。
シュシュはそう言った。
違う。違うよ。どっちにも、なりきれないから苦しいだけだ。
オレは、ちゃんと女になってこれからも皆と暮らしていく。スカートだってすっかり慣れたし、女風呂だって入れるようになった。女子達が行っているお店にだって、オレは行った。髪だってバリエーションは少ないけど、最近は一人で編めるようになってきた。
オレはちゃんと女になっているはずなんだ。
だから、男の服を来て出かけたら、違和感があるはず。
オレは女なんだから。
ぶかぶかすぎる袖をまくりあげる。
ちっとも体に合っていない。シュシュ。オレの小ささを見くびり過ぎだよ。
「シエル。変だよね? この格好」
隣を歩くシエルに言った。
ひとまず席を確保してから、メリア達を探そうと、生徒でごった返している講堂をきょろきょろと辺りをうかがいながら歩いている。
変だよって、言ってほしかった。
喧騒の中、シエルはぽんとオレの頭を軽く叩いた。
「すごく可愛いよ。エカルテは何を着ても似合うよね」
明るく弾んだ声が帰ってきた。胸がざわざわとして、オレは胸元を押さえる。
男の服が、似合う。嫌だよ。そんなの。それじゃだめなんだ。
「ちゃんと答えてよ、シエル」
「ちゃんと答えた」
ぽんぽん、が止まって、そのまま頭を撫でられる。
目を上げると、彼女は静かな目をオレに向けていた。
「あんまり焦らないで。シュシュちゃんに言われたこと、気にしてるんだよね」
「……うん。おれ、間違ってるのかな。シュシュが正しいのかな」
「シュシュちゃんの言った事は、正しいと思うよ。エカルテが悩む理由、とか。わたしが依存してる、とか。本当によく見てるよね。昔からエカルテを知っているだけあるよ。あるべきものがあるべき姿に戻る。それは、正しいに決まってるんだよ」
「え……」
オレは言葉を失って目を伏せた。
シエルも、そう思っているんだ。オレがもとに戻ったら、今の関係じゃいられないのに。
一人取り残された気がしてとても寂しかった。
ぎゅっと暖かい手がオレの指に絡む。絡んだままぐいと引っ張られる。
後ろのオレが転びそうになるのも構わず人をかき分けて、シエルは進んでいく。
彼女の爪が食い込んで、痛みが走る。彼女に表情はなかった。
怒った時の顔だ。
「し、シエル? いたいよ」
「正しいからなに? 関係ないよそんなの。綺麗なだけの正しさより、汚くても痛くてもちゃんと向き合おうと生きてきたエカルテのほうが、よっぽどえらいよ! わたしはあなたが一人で大丈夫って言える日まで、この手を離さない。誰にもエカルテの文句なんて言わせない。
依存? 甘やかし? そうだよ。わたしは間違ってるよ! 汚いよ! どろどろだよ! きれいなだけの感情でエカルテを見れないよ。嫉妬だってするし、エカルテが自立するのも寂しいって思うこともあるよ。言われなくったって、分かってるよ!」
いつのまにか、講堂の隅っこにまで歩いてきていた。この辺りにまでくると、人の姿は殆ど見えない。
シエルは手を離して、石壁にもたれかかる。背中から、崩れるように座った。
膝を抱えて座る。スカートなのに、気にもとめない。
彼女は顔を膝に埋めてしまって、どんな顔をしているのか、わからない。
「――エカルテはどっちの服だって似合うよ。男とか女とか、どうだって良いよ。大丈夫、大丈夫だから。エカルテ。大丈夫だから」
「……なんで、シエルが泣くんだよ」
大丈夫、大丈夫。言い聞かせるような言葉は、漏れ聞こえてきたその声は、涙混じりのくぐもったものだった。
「だって、わたし、なにもしてあげられない。エカルテ、苦しいよね、つらいよね、どっちかを選べなんて言われても、わかんないよね。男もの、変だって、言ってもらいたかったんだよね。女湯だって、入りたくなかったんだよね。つらいの、わかってるのに、なにも、できること、みつかんないよ。シュシュちゃんは、ちゃんと考えて、行動に移してるのに。あいしてるんだって。あいなんだって。好きなだけじゃ、だめなのかな」
「……シエル」
だけど、今まで聞いたどんな声より、綺麗だって思った。
オレは彼女の隣にしゃがみこんだ。膝を抱えて、脚を開いた。すごく久しぶりだった。スカートだったら、出来ない座り方。
気の利いたことなんて、何一つ思い浮かばない。
「うれしい。ありがとう」
今の気持ちを、伝えることしかオレには出来ない。




