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らしさ

 もうすぐ4年生。ついに上級生の仲間入りだ。

 初夏の盛り、もうすぐ新たな一年生が入ってくる……前に、『ラ・ブーム』と呼ばれるダンスパーティが開かれる。元は創立記念の行事だったらしいのだけれど、たぶんそれを意識している生徒は少ない。皆で学校の講堂を貸し切り、で食べたり踊ったりする。それだけだ。

 3年生から、卒業研究のためにほとんど学校に居ることのない7年生が一堂に会する唯一の機会だから、勉強が手に付かないぐらい楽しみにしている子もいるし、そうでもない子もいる。


 私は…後者かな。最低限は踊れるけど、やっぱり苦手だ。

 例によって引きこもりに近い生活だったから。

 

 夜通し行われるそれは、3年生以上になってからはじめて参加することが許される。

 学校公認でその日ばかりはいくら夜ふかしをしても叱られない。大人の入り口。ある意味ではこれが私達にとっての成人の儀式なのかもしれない。まだ14歳だけど。


 そんなわけで、だだっぴろい調理場でひたすらに野菜を切っていた。

 他にも数名男女入り乱れて忙しそうに作業をしている。

 生徒がすべての準備を行うこのパーティで、私は料理係になったのだ。

 大量の料理を作る必要があるから、仕込みとして朝からひたすらに野菜の皮を剥いたり、切ったりしていた。

 元々、手先を使う作業は好きだ。料理自体も、時折学校の設備を借りて、お菓子なんかを作る程度には、好きだ。基本的に寮の食事を摂るから本当に趣味程度なのだけれども。


「シエルが料理苦手って知らなかったー。手先器用そうなのにね」


 隣で包丁を振るうメリアが、とととんと小気味のよい音を立てている。結構なハイスピードだ。

 私も同じようにとんとんとん、と答える。

 シエルは会場設営に回っていて、調理場には居ないのだ。


「実際器用だよ。料理はやりたがらないだけ。性に合わないってさ。将来は王都で魔道具屋やりたいって言ってるひとが何言ってるんだかって感じだよね」


 私が苦笑交じりに言うと、メリアは「あはは」と笑って冗談っぽく答えた。「じゃあ、将来はエカルテが家事をやって、シエルがお店をやればいいよ。二人仲いいしさ」


「そんなの、想像も――」シエルが働いてるところは、すぐに思い浮かんだ。その後ろで自分が料理を作っているのも。「案外、良いかもね」


 将来なんて、全然考えたことがなかったけれど、その未来も楽しそうだって思えた。

 私は、何がやりたいんだろう。何が、できるんだろう。魔術は好きだ。研究とか? うーん。

 ふと、メリアはどうなんだろうって尋ねてみる。


「メリアは、将来はなにするの? 学校出たら」


 目線はまな板に送ったまま、手も動かし続けながら。

 小気味いい音は続いている。


「わたしは冒険者になりたい」


「え」


 あっさりと言い放たれたそれは、大人しいメリアのイメージとかけ離れていて、一瞬冗談かと思った。

 包丁を止めて、彼女の方を見ると、ゆらぎのない目と視線が交差した。

 本気なんだ。


「やっぱり変って……思う?」


「ごめん。そんなつもりじゃなかったけど、びっくりはしたかも。冒険者って、命の危険もある職業って聞くから」


「大丈夫。自分でも気が弱いの分かってるし、向いてなさそうとも、思う。でもやりたいんだ。広い世界をこの目で見てみたい。そこでいっぱい成果を上げて、名を挙げて、獣人の地位の向上に一役買えたらって――」


 彼女を私があまりに熱心に見ていたせいだろうか。彼女ははっとしたように、猫の耳を折り曲げ、顔を赤らめた。「ってわたしなんかが、出来るかもわかんないのに、何言ってるんだろ」


「そんなことない。メリアはすごいよ。そんな事までもう考えてるんだ」


 本当にそう思ったんだ。

 将来どころか、自分の事以外もしっかり考えているなんて、尊敬の念すら抱いてしまう。

 けれども、彼女は自信なさ気に耳をたれ下げたまま、苦しそうな表情だった。


「……ねえ。エカルテ。お礼、ちゃんと言えてなかったけど……ヴァロッテ君に怒ってくれたこと、嬉しかった。本当に、ありがとう。自分で言わなきゃいけなかったの。わたし、弱虫だから言えなかったの」


「私……余計に、拗らせちゃったし……お礼、言ってもらう資格ない」


「あるよ。わたし、本当は許したくなかった。それでも、弱虫だから。笑って、良いよなんて言ってしまったの。ちっとも、すごくなんてない。だから……言ってくれて、本当に、嬉しかった。あの時のエカルテ、すごく格好良かった」


「……っ」


 あ。

 鼻がつんとした。

 咄嗟に包丁を置いて、しゃがみこんだ。

 食物に涙を落とすわけには、いかないから。


「え。わ、わあ!? どうしたのエカルテ! ご、ごめん! わたし変なこと言ったよね!?」


 上からうろたえた声が聞こえる。私はひたすら首だけを振った。

 声が、上手く出せなかった。


「いって、ない。ごめん、よかった」


 鼻声で、なんとかそれだけ言えた。

 嬉しかったんだ。メリアが私のこと嫌いになってなくて。勝手にまた涙が出てきた。

 謝りたかった。怒ったのを、後悔もして、ごめんって。


「エカルテ」


 メリアが手を拭う気配があった。それから、頭にぽんと優しく彼女の手が置かれる。

 ゆっくりと、彼女の手が私の頭を撫でていく。

 手で涙を何度こすっても、だめだった。


「す、すぐ、なきやむ、から」


「平気平気。わたし達の部族にね、泣くことを恐れない者は強いって格言があるの。エカルテ見てると、それ思い出したよ。なんか、シエルがエカルテのこと大好きな理由、なんとなくわかる気がする」


「やっほーう! つまみ食いしに来たよ! …あ。メリアがエカルテ泣かせてる」


 シエルの声だ。すごく元気で大きな声だ。


「うん。泣かせちゃった。ちょうどシエルがエカルテの事好きな理由が分かったよって話してたの」


 頭を撫でながら、メリアが答えると、シエルが歩いてくる気配があった。


「そうなの? 好きなところ。かわいいところ? 可愛いでしょ、エカルテって」


 撫でられる手が増えた。

 私はまだしゃがみこんだまま、何度も目元を拭っている。


「うん。とっても」

 

「泣き虫なところが、また可愛いくてね!」


「確かに泣き虫だねえ。放っておけない感じ。シエルは、そういうところも好きそう」


 くすり、とメリアが笑うと、シエルもまんざらではない声で応じた。


「まあ……うん。否定はしないかな。わたしってばお姉ちゃんだし」



 なでなで。

 なでなでなでなで。二つの手が私の頭を行ったり来たり。

 あーもう!

 私はがばっと立ち上がると、二人を見上げた。

 涙とか止まりきってないけど、もういい! 好き勝手言ってくれちゃって!


「な、泣き虫じゃ、ない! ――って」


 叫ぶと同時、柔らかなものに包まれる。

 背中に手を回され、抱きしめられていたのだと気づいたときには、シエルの体が目の前にあった。


「久しぶりにエカルテを抱いた気がする」


 満足気に頷いているけど、言い方!


「抱くって、シエル!? 何いってんの!」


「メリアも来て来て。エカルテを挟もう。無駄に」


「え。わ、わたしも?」


「うん、おいで!」


 おずおずと、メリアが近づく気配があった。「じゃあ……ちょっと失礼して」

 前からはシエル。後ろからはメリア。

 ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、暑い。苦しい。柔らかい。


「…えっと、シエルはなんでエカルテが泣いていたのか訊かないの?」


 挟んだまま、背後からメリアの声が聞こえた。


「うーん。エカルテの顔を見れば、悪い理由じゃなさそうっていうのは分かるし。そもそもメリアがそんなことするはずないし。泣き止むまで、こうして居たら、それでいいかなあって」


「そっか。本当に仲いいねふたりは」


「うん!」


「……う」


 なんでみんな、こんなにひとに優しく出来るんだろう。

 あ。止まりかけてたのに。最悪だ。シエルの胸の中で、うーとか変な声が出て、余計に涙が止まらなくなった。


「って、エカルテ。なんで余計にないてんの!」


 シエルもびっくりしたみたい。そりゃそうだよね。


「だって、みんな、やさしくて……うれしくて」


「そんな理由っ! その理由は流石に予想してなかったよ! 最近泣きすぎだよ、エカルテ」


 茶化すような口調は、それでも優しかった。


「だ、だって」


「でもまあ……。それがエカルテらしいんだよね?」


 メリアの声も穏やかで、たぶん、私は本当に嬉しかったんだと思う。

 いろいろ良いことも、悪いことも、考えていた。

 ただ今は、友達が優しくて、嬉しい。それだけの涙であることが、とても嬉しかった。


「うん。これがエカルテだよね」


 私らしさ。私って、何なんだろう。いつものような焦燥感の中ではなくて、純粋に知りたいってこの時は思った。



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