なにか
目的のたまねぎカフェに到着したのはちょうどキャトレールの時間だった。
休日だし、おやつをこの時間に取るこの国の慣習も相まって、学生でごったがえしている。
なんとか焼き菓子と紅茶と席を確保できたのは、ちょっと運が良かったかも。
いや、悪かったかも。
空いている席が他になかったし、入れてくれたことにはとても感謝はしている。
けど、やっぱり気まずいよ。
なんでよりによってヴァロッテとフリックが一緒の席に居たんだろう。
「おい、エカルテ。そう睨むなよ」
ヴァロッテが猫でも追い払うように、手を振った。
彼は露骨に眉をしかめて、鬱陶しそうな顔を隠さない。
私自身、無自覚に威嚇するように目を釣り上げていたのかも知れない。
なんで一緒にいるの! という視線をフリックに向けると、彼は、頬を掻いてはにかんでから私とシエルの顔を交互にみやって、言った。
「たまたまそこで一緒になったんだ」
「嘘つけ。女においかけられて、俺をダシに逃げただけだろうが」
ヴァロッテがフリックの肩を小突くと、彼は「そんなことないよ」と曖昧に笑う。
フリックも変わっていってるんだなあって、思う。
なんだか、背中のあたりがぞわりとして、それから胸が苦しくなった。
どっちも声変わりが済んで、低く男らしい声になっている。
身長だってびっくりするぐらい伸び続けてるし、ヴァロッテなんて、口元に産毛のようだけど、うっすらとしたヒゲだって見える。
でも、体の成長だけじゃない。
私はフリックの事をもっと、不器用な人だと思ってた。
いつぞやに自分で言ってた、「顔だけは良い」
もう、それだけじゃないんだ。いつの間にか、女性をあしらう術だって身につけている。
「悪い男だね」
シエルが無邪気そうに笑うのを横目に、クッキーを口に運んだ。
甘さの中に少しほろ苦い所もあって、美味しい。
身長の伸びはじめたフリックが、女子から人気が高いのは知っていた。
もしかしたら気づいていなかっただけで、入学当初からそうだったのかもしれない。
「シエルまで。違うって。それより、シエルとエカルテはどこかにでかけてたの?」
「あ! そうなんだよ。見て見て」
頬が緩んだのが自分でもわかる。見せたかったんだ。
私はポーチからさっきの香水の小瓶を取り出して、テーブルの上に置いた。
ちょっと大人になった証拠みたいなもの。「シエルと一緒に言ってきたんだ。ほら、クラスで話題になってたお店。可愛いでしょ」
「うん。きれいだと思う、けど。エカルテもこういう小物好きなんだ。ちょっと意外」
フリックは指先で小瓶を軽くつついてから、冗談っぽく笑いながら私の方へ目を向けた。
「意外ってなんだよ。私だって興味ぐらいあるよ」
フリックにも無理をしたのを見透かされた気がして、お尻をもぞもぞ動かして座り直した。
「いいデザインだね、これ」
「良いでしょ」
テーブルの小瓶を、だらしない笑い声をしながら指先で弄ぶ。
かなり緊張したかいがあった。にやにやが止まらない。
「でもさ、ちょっと前までは魔術書にしか興味なかったよね」
「私だって、いつまでも子供じゃないんです。今だって魔術書は好きだし、魔術の鍛錬だって好きだけど。女の子っぽいものだって、興味あるよ!」
ムキになってるなって自分でも思う。
そっかそっかって言いながら、フリックは目を細めた。
なんか茶化されてる気分。
って。あ。
魔術書で思い出した。
「あー! フリック! 家の魔術書見せてくれるって約束! 私忘れてないからね!」
嘘。
今思い出した。
私達がまだ村に居て、フリックがまだ泣き虫だった頃の話だ。
「よく覚えてるなあ。すごく昔のことなのに」
「いつだって、約束は約束だよ! そんな酷いこと言うんなら、もっと色々なことを思い出しそう。例えばフリックが昔お父さんの自慢――」
「え、エカルテ! 僕が悪かったから!」
「思えばフリックも大きくなったよねえ」
シエルがコーヒーカップを置きながら、ほっと息をついた。
「しみじみしないでよ、シエル。似たような年のくせに」
「だって、ほら。ちょっと立ってみて」
「ん? ああ」
シエルに促されるまま、フリックは立ち上がる。
グランさんが長身だから、そうなるんだろうなとは思っていたけれど。
「フリック、君はどこまで大きくなるんだ……」
私は立ち上がった彼を見上げて呻いた。
でかいよ。めっちゃでかいよ。
「まだ伸びてる」
「理不尽だ……!」
机に突っ伏した。泣きたくなる。
「ねえ、シエル。エカルテはどうしたの?」
「身長低いの気にしてるみたい」
「それは…なんていうか、ごめん。そんなに気にしてるんだ」
「そのうち立ち直るから平気だよ。わたしは身長大きいのが、嫌なんだけどなぁ。小さい方がかわいいよ」
「皆色々悩んでるんだねえ」
大きくなっても、のんびりした口調なのは変わらない。
顔を上げると、やっぱりぼんやりした顔をしていた。
悩みなさそうな顔してる。別に腹は立たない。
むしろ変わってないところを見つけてほっとした。
「っていうか!」私も立ち上がって、フリックの元に詰め寄って見上げる。「そんなに気にしてない!」
もちろん嘘。本当は死ぬほど気にしてる。
「そっか。エカルテはそのままで十分可愛いと思うよ」
「え。あ。うん」一瞬何を言ったか理解できなかった。彼の肩のところに私の頭がある。みおろされる瞳はどこまでも優しい。近くで見るとやっぱり大きいなあ、フリック。「…え? いや、急に何…ていうか、そんなこと言って、恥ずかしくないの?」
「ええ! 酷くない!?」
冗談めかして言った割りに、彼が傷ついた顔をしている。
私は両手を後ろに組んでぎゅっと握った。
だって、急に言われてびっくりしたんだ。言葉を選ぶこともせず、そのまま口をついていた。
「あ……ごめん。びっくりしたから。……でも、オレ」
「オレ」はフリックにすら聞こえないぐらいのとてもか細い声。
口の中だけで、オレは男なんだよともごもごした。
オレ。自信を持っては言えない言葉になってしまった。昔のオレは男だったのに、この声と同じぐらい、どんどん昔の記憶は小さくなって、頭の片隅に追いやられてる。
代わりに大きくなってきたのは、一体何なんだろう。
いま私の体には一体何が入っているんだろう。
「謝らないでよ。酷いっていうのは、冗談だから」
「……うん」
「ごめん」
「え?」
なんで謝られるんだろう。顔を見上ていると、フリックはぎゅっと唇を一文字に暫く結んでいた。
しばらくそうして沈黙して居たけれど、どこか観念したような顔をして言った。
「ぼく、なんていうか…また、びっくりさせてる。緊張して、何言ってるかわかんないとこ、ある、今」
「そんな風に、見えないのに」
「ならいいんだけど。前も、びっくりさせちゃったしさ。水泳を教えてたときに。嫌だったよね」
あのときは、急に触られて確かにびっくりした。
でも、
「……いやじゃ、ないよ。フリックは……幼馴染だし…」
なんか背中がむずむずする。なんで私はあんなにびっくりしたんだろう。
伸びた前髪を指先でいじりながら、なおした。
「そっか」
「うん」
「そっか。よかった」
「…うん」
フリックが脱力したように、柔和な顔になる。
ほっとした顔はまだ、幼さが残っていて昔そのままのように見えた。
私は彼が変わってないことが、嬉しいみたいだ。
仲間を見つけたような薄暗い安心感のなかに、よくわからない感情も混ざってた。




