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魔術の練習とスカート

 この村、シュースーに来てから一週間が経過していた。

 オレもこの村の生活にようやく慣れてきたし、それほど多くない大半の店は回りきってしまった。


 エルテ大森林にほど近い、林業と農畜産を主体とする小さな村で、人間よりも家畜の数のほうが多い田舎だ。だけどここ、フラック領の中心地でもあるのだ。


 この村にはまだ若い領主が住んでいて、ゆるい治世を敷いている。

 ソテ王国は元々小さな国家群が連合して生まれた国だ。

 王制を敷いてはいるが、成り立ち故に諸侯が力が強く、その土地を治める人物のカラーというものが如実に出る。

 この村の穏やかな雰囲気は村に暮らす人々と、領主が生み出しているのだろう。

 会ったことはないけれど。

 


「ごちそうさま」

「ごちそうさま!」


 朝食を食べ終えたオレとシエルは食器を洗いに向かう。

 ソレイユとリンバはすでに出かけている。

 朝早くに井戸が壊れたと依頼が入ったらしい。

 彼女は村の魔道具の修理と作成を一手に担っているのだ。

 リンバは、なんだろう。聞いてないや。たぶん、仕事だろう。


「エカルテちゃんは今日も魔術の練習? わたしも一緒に練習していい? 来年試験だから」


 家の台所にある極小組み上げポンプをぎしぎしと上下させると、冷たい水が流れ出す。


 地下水組み上げ用の魔道具の一つだ。魔道具作成と修理を生業とするこの家庭だからあるのか、それともどこの家庭にもあるのか。王宮から出たことのなかったオレにそれは分からない。

 ともあれ王宮と大差ない生活ができるのは、本当にありがたい話だ。

 毎日風呂にも入れるしね。


「うん。君も一緒に行こう」


「……」


 シエルが無言でじいっと顔を近づけてくる。

 あ、怒ってる。


「し、シエルちゃん」


「えへへ」


 すぐにニッコリに戻った。

 ずっとこの子のペース。良いけど。


「今日こそはおそろいにしようね」


 おそろい。

 このおそろい攻撃に、オレは参っている。

 シエルはいつもスカートを穿いていて、オレもおそろいにしようとするのだ。


 というか母のソレイユ自身も意気込んで現在おそろいの服を縫ったりしている。

 なんだこの家族は。オレの魂をどこまで汚そうというのだ。


 分かってるよ。善意だってことぐらい。


 ちなみに今日は膝丈の白いワンピース。生地がやたらふわふわしていて、いかにも少女って感じ。

  

「いやだ」


 当然オレは首を横に振る。全力で。


「なんで! 絶対似合うのに! エカルテちゃん美人だし!」


「美人じゃないよ。……とにかく、スカートは穿きたくない。穿いたことないから」


 鏡で見る度に、青白い肌に三白眼気味の、目つきの悪い顔が写っている。

 今はショートカットにしたから多少はましだけれど、無造作に髪が伸びまくっていた時は、まるで幽霊みたいだった。

 オレの顔ながら、とても生意気そうだし美人とは思えない。


「そんな事言ってるけど、試験に通ったら来年から制服着るんだよ? 制服はスカートなんだよ」


「!?」


「学校、通うんでしょ?」


 愕然とするオレにとどめを刺すようにシエルは言った。


「……通う。制服……そうだった」


 考えてみれば、当然だ。


「ね? 試験もだけど、こっちも練習しなきゃでしょ?」


 シエルはにっこりとした。

 有無を言わせず、オレの肩に手をかけてぐいぐと部屋に押し込んでいく。


 薄々気づいてはいた。

 この1週間で、オレはすっかり彼女の”妹”になってしまったことに。


「ま、待って。心の準備が!」


「はーいはーい。いくよエカルテちゃん」




 ああ。汚された。


「すごく似合ってるじゃん! わたしひと目見たときから、エカルテちゃんはこういう服似合うと思ってたんだよ!」


 オレの服を下着まで引っ剥がした後、満面の笑みでシエルは言っていたけれど、全然嬉しくない。

 薄っぺらなワンピースは本当に大丈夫かってなる。


 股下も当然ながら、全体的に体がすーすーして不安で仕方がないのだ。

 あとパンツまで代えさせられた。女物に。最悪だよ!


「エカルテちゃん、脚、そんなに広げて歩いちゃだめだよ。スカートなんだから」


「……ええ?」


 め、めんどうくさい!


「ちょっとずつ、練習しないとね」


「そのうちね」


「もう! エカルテちゃん!」


「シエルちゃん。さっさと練習しよう」


 オレとシエルは”おそろい”で村の端まで着ていた。

 広がっていた畑も終わり、森が近くに見えている。


 背後で頬を膨らませていそうなシエルを無視して、オレは魔術の鍛錬に入る。

 と言っても、出来ることは限られている。

 単純明快。物理的な体力を鍛えるのと同じだ。使い続け、身体に負担をかけるのだ。


「フェオ・イス」


 両手から作り出した水球をどんどん大きくしていく鍛錬を行っていた。

 今はちょうどバスケットボールぐらいの大きさだ。


「天より降りし生命の水を巡り巡りて我が手中に還す。ウォーターボール」


 隣でシエルも同じ水魔術を構築する。魔族のハーフということもあるのだろう。

 みるみるうちにバレーボールぐらいの大きさになる。

 オレも負けじとどんどん大きくしていく。今は、子供一人分ぐらいの大きさになっている。


「ねえねえ。エカルテちゃん」


「うん? なに?」


 水球を維持しつつ、前方を見ながらシエルの声を聞いた。


「なんか、詠唱違うよねわたし達。なんでだろ」


「さあ……わかんない。なんか、発動するんだよね」


 これは本当のことだった。オレは識字できた時から、王宮の魔術書を読み漁っていた。

 それらには長ったらしい詠唱が書かれていたが、試しに詠唱を端折ってみたらできた。


 それだけの理由だ。

 ただそれだけでは安定しないから、最低限の言葉をフェッテより学んで今の形に落ち着いている。

 ルーン魔術というらしく、使い手はかなり珍しいというか、フェッテですら出来ないのだという。

 へへん。ちょっと自慢だ。


 惜しむらくは、王宮に大量においてきた魔術書達。

 まだ学んでいない魔術も大量にあっただろうに。


「ふうん。世の中って不思議。……うあー!」


 シエルの腕がぷるぷるとしはじめた。


「もうちょっと」


「限界!」


 シエルは腕を下ろす。水が形を失い、地面で派手な水音をたてた。


「エカルテちゃん、まだ大きくなるの?」


「うん。もうちょっと」


 今は大人がすっぽり入りそうな水球が、オレの目の前に浮いている。


「ひえー。すごいね!」


「まだまだ。ってあれ?」


 なんだか、森に土埃が上がっている。

 シエルも気づいたようで、背伸びをしてそちらをみやっている。「エカルテちゃん、あれなんだろう」


「た、たすけてー!」


 水球の構築をやめ、しばらく眺めていると、男の子が必死の形相で駆けてくる。


「エカルテちゃん!?」


「魔獣だ」


 本で見ただけの知識だけれど、あれはソーンボアーだ。

 ハリネズミのような体毛を持った大きなイノシシ。それが3体。

 彼を追いかけていて、


「こっちにくるよ!?」


 シエルが悲鳴を上げる。

 確実にこちらに向かっていた。というか彼が誘導していた。

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