表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/75

男の子、女の子。

「はーあ」


 授業の合間。シュシュは席についたまま、つい彼の姿を目で追っていた。

 濡れカラスのような艷やかな黒髪の彼は、いつもの友人たちと変わらず談笑している。

 そこにいるのがなぜ自分ではないのだろう。


「シュシュ姉さん、元気ないっすね…じゃなかった。お元気おありにありませんわね」


 隣の席のアンの人懐っこそうな丸い目が覗き込む。

 小柄な体躯に、ショートカットの髪がよく似合う、子犬のような娘だ。

 基本的に直感で動いているシュシュ。アンも同種の人間らしく、妙に気が合った。

 気づけばほとんど毎日一緒に行動を共にしている。


「急ぎすぎたかなって思うのよ」


 趣旨も脈絡もなにもなく。独り言のようにそれだけ言うと、アンはにやりと口の端を上げる。

 聞かれたくないことは深く突っ込んでこない、この子の性格が好きだった。


「悩んでますわね」


「さあ。どうかしら」


「シュシュ姉さんって、女の子が好きなの?」


「いっそそれなら良かったわね」


 はーあ。もう一度シュシュは大きくため息を付いた。

 泣いていたわね、エカルテ。昨日のことをぼんやりと思い出していた。

 


……。


 やってしまった、やってしまった、やってしまった!

 シュシュの前で、泣いてしまった。

 我慢していたのに。

 シエルやフリックと離れ離れになるって考えたら、勝手に出てきたんだ。

 

 どこまで弱いんだ、オレは。

 もう男としての挟持なんてちっとも残っていないのかも知れない。


 結局彼女に反論すら出来ず、逃げるように部屋から慌てて立ち去って、そのまま寝室のベッドにダイブした……くてもできないのが、本当にもういやだ! 

 やるべきことをやらないと、大変なことになる。こんなところだけは冷静で嫌になる。


 トイレで涙をとめて、体を整えて、顔を洗ってからベッドに戻った。

 もう、シエルに心配かけたくなかった。


 彼女の顔を見るのがその日ばかりは怖かった。

 自分のこと、気持ち悪いって、恥ずかしいって思わないって約束したのに、破ってしまった事が、申し訳なかった。


 シュシュの言う通り、すべてリセットして男として生きていけば、こうやって悩むこともなくなるのだろうか。


 フリックに、男の子に告白されてどうしようって、悩むことも、なくなるんだろうか。

 そしたら、辛くなくなるの?

 男として、平穏に暮らす事。そんな道もあるんだ。


 うーあー。最低だ! オレの全部が最低だ!


「エカルテ、遅かったね。大丈夫?」


「大丈夫! もう寝るから、明日ね!」


 二段ベッドの下のシエルが、はしごを登る気配があった。

 オレは布団を頭からかぶって、真っ暗闇を睨んでいる。

 やがて「おやすみ。また明日ね」と優しい声だけがした。


 シエル、約束破ってごめん。

 心の中で、意味もないのに、謝る自分が本当に最低だと思った。


…。

 翌日の夜。


「あ」


「『あ』って」フリックが冗談めかして笑う。


 訓練場に来ればフリックと鉢合うのは分かっていたけれど、行かないのもそれはそれで変な気がした。意識してるって思われるのも、恥ずかしい。


 最近は無詠唱術とは対極とも言うべき、古代魔術にも取り組んでいる。まだ、詠唱が圧縮される前の術法だ。時間はかかるがその分威力はお墨付き。

 感情の振幅がそのまま威力に直結する術式が、今のオレには合っている。そんな気がした。


「ごめん」


「今日も訓練?」


「うん」


「そっか。ぼくも一緒にいい?」


「うん」


 ……。どうしよう。なんだかすごく気まずい。

 男同士。そのはず、だったんだけれどな。


「エカルテ」


「ひゃ、ひゃい!」


 隣に急に立たれて、びっくりして体ごと飛び退く。

 露骨に距離を取られて、フリックはちょっとしょげた顔をした。

 ごめんって思うけど緊張するんだ。なんで?

 


「そんな反応しなくても!」


「…ごめん。びっくりした」


「ぼくの方こそ、ごめん。いろいろと驚かせちゃったんだよね。急ぎすぎたかなとは思ってる。シュシュさんに取られそうだったからさ。怖かったんだ。でも、後悔はしてない」


「フリックも、怖いことがあるの?」


「たくさんあるよ。ぼくはあんまり昔から変わってないと思う。魔術の授業が怖い。テストが怖い。ピーマンが怖い。おばけが怖い。将来お父様の後をしっかり継げるか、怖い。怖いことだらけだ」


「すごく大人になったように見えるのに。同い年なんて、とても思えない」


 オレが言うと、フリックは目線を外して、カカシの方を睨んだ。

 まるでそこに不倶戴天の敵がいるかのように、彼にしては珍しく、ほんの少しの焦りが滲んだ声たった。


「ぼくは、もっと大人になりたい。エカルテを取られそうと思った時、いてもたってもいられなくなった。君がどういう反応をするか、分かってなかった。

 違う。言い訳だ。

 分かってたんだ。君が3人を望んでいることぐらいずっと分かってた。ぼくたちは、幼馴染だからね。分かってて君に婚約を申し込んだ。ほら、ちっとも大人なんかじゃない」


「ちがう。すごいと、おもう」


「どこが!」


「いろいろ。私は、恋愛とか、正直わからない。でも、フリックのことはすごく尊敬してる。ううん、今した」


「なにそれ。変なエカルテ」


 くすり、とオレは笑った。フリックも微笑んだ。

 ちょっと、近づいてさっき飛び退いた距離が縮んだ。


「シエルも、フリックも、皆、すごいなあって私は思う」


 なんだかうまく、言葉が出ない。

 フリックは前に進んだ。傷つくことも、厭わなかった。

 決して『3人』をないがしろにしたかったわけじゃない。

 自らの行い知った上で、ちゃんと選んで行動したんだ。


 大事なものを失う覚悟を持って、目指すものへと歩いていく。

 例えそれが、居心地の良い過去だとしても。

 大人に持っていけないものは、きっとたくさんある。


 得て失って、傷ついて。また得て失って。その繰り返し。

 それがきっと大人になるってことなんだ。

 

 じゃあ、オレはどうする?

 言わなきゃ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ