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どうしてこうなった

「まずはこうやって片側の耳前の髪を三つ編みして、ヘアピンで止めてっと」


 鼻歌交じりにオレの髪をシエルは編んでいく。

 ――泣かないでジャネット、トゥララララ!


 なんか陽気な曲だなあってぼんやりと聞いていた。

 目の前のシエルの手が魔法みたいにせわしなく動いている。

 今朝はかなり早起きした。フリックと出かける、当日だった。


「これを、ぐっと上げてとめて……。次は反対っと」


 今度は反対の方を編み始める。しばらくして、手をぱんと叩いて、にっこりと笑った。


「出来た! どう? 鏡見てみて!」


 差し出した手鏡を覗き込む。両サイドの三つ編みが、トップに乗っていてまるでカチューシャでもつけているみたいだ。


「す、すごい。なにこれ!」


 いつも無造作に伸ばしていただけのミディアムヘアが嘘みたい。

 これが本当にオレ?


「可愛いでしょ」


「う、うん」

 

「ちゃんと口に出して言って」


「か、可愛い。すごく、可愛い。私じゃないみたい」


「へへー。素直でよろしい」


 シエルは両手に腰をやって、満足そうににっこりしてうなずく。


「ありがとう、シエル。服だけじゃなくて、髪までしてくれるなんて、思ってなかった」


「せっかくのデートだし、おしゃれしていかなきゃ」


「デートじゃなくて。違うよ。フリックとは話にいくの」


 彼はオレが元男だと知って、どんな結論を出したんだろう。

 黙っていたオレを許してくれるのか。断ってしまったオレと友達で居てくれるのか。

 怖いけど、それを、聞きに行くのだ。


「分かってる。しっかり話してきてね。フリック君、すごくいい人だから、大丈夫だよ」


「あれ。シエルは一緒に来てくれないの? フリックと会うんだし、シエルが居ても別に平気だよ」


「エーカルテー。何言ってるの」


 シエルは呆れたような半笑いを浮かべた。困った妹をみるような顔だ。

 それから、ずいっと顔をよせて、お互いのおでこをぴたりとくっつける。


 オレがちょっとどぎまぎすると、彼女はふっと頬を緩める。

 紅玉の瞳がとても綺麗だった。


「わたしが行ったら話し合いにならないでしょ。フリック君だって気を使ってちゃんと言いたいこと言えないと思う」


「そうなんだ?」


「そうなんだよ」


 昔はいつも3人で居たのにな。

 なんだか、やだな。

 そう思っているのは、オレだけなのかな。


「大丈夫。どうなろうが、わたしはエカルテの側にいる。わたしは、お姉ちゃんだもん」


「どう、なろうが?」


 オレが分からないって顔をしてると、シエルはおでこを離して、ぴんと指先でオレのおでこを軽く弾いてから、にっこりする。


 いつものニコニコ顔。


「ほら。可愛いんだから、ちゃんと笑って。行ってらっしゃい」



「……うん? じゃあ、行ってきます、シエル。メリアにレーネ」


「エカルテ。どこからどうみても可愛い女の子だよ、今。自信持って」


「そう?」


 シエルの嬉しそうな顔と女って言葉に「あれ?」って思ったけど、あまりに彼女がニコニコしているから訊けなかった。


 シエルは、オレが女だと嬉しいのかな。

 でも、違うはずなんだ。


 シエルはオレはどっちでも良いって言ってくれた。シエルが嘘を言うはずない。

 レーネはにやにやした顔で。メリアはどこか心配そうに、手を振って見送ってくれた。



……。



 『たまねぎカフェ』は昼前から結構混んでいた。

 魔法学校の学生がやっぱり多くて、カフェテラスも半分くらいは埋まっている。

 約束の時間よりかなり早めに着いてしまった。イスに座ってきょろきょろとあたりを見渡す。

 フリックは流石にまだ来ていないみたいだ。


 落ち着かない。髪に手をそっとやった。

 三つ編みの感触があって、シエルがそばに居てくれる気がして、どきどきした心臓が少し落ち着いた気がした。

 シエル。シエルがそばに居ないのって、なんだかとても久しぶりな気がする。

 夜の訓練とか、人を避けて入っていたお風呂のときとか、居ないことは結構あるはずなのに不思議だ。

 寂しいって思った。

 シエルがそばに居ないとこんなに寂しいんだ。知らなかった。


「おまたせ、エカルテ。待たせちゃったね」


 フリックが手を振りながらやってきて、オレは立ち上がる。

 彼はオレの髪をちらってみて、それから服の方へ目線を下げた。


「似合うね、それ。自分でやったの?」


「フリック。ううん。全然待ってない。シエルが、してくれたんだ」


「そっか。今日は一緒に?」

 

「ううん。一人で行けって言われた。誘ったんだけど」


「……。シエルが」フリックはちょっと空を仰いで一瞬思案顔になった。すぐにきれいに笑顔になって言葉を続けた。「エカルテ。なにか飲む? 注文してくるよ」


「え。あ、私、来たのはじめてで、良くわかんない」


「そっか。じゃあぼくのおすすめでいいかな。クレームで」


 クレームが何かわからないのでオレは曖昧に頷く。「う、うん。じゃあそれで」


 フリックは手慣れた様子で店舗内に入っていく。

 いつ、どうやってああやって慣れたんだろう。一年生のときに出来た男子の友達も結構多いみたいだし。

 オレの知らないフリック。とても不思議だ。

 今日は不思議な事が多いなあって椅子に座り直しながら思う。


「あ! 見つけましたわ、シュシュ姉さん! エカルテですわ! あんなところにいやがりましたわ!」


 おお? 大声で名前を呼ばれて体ごとそちらに向けた。

 なんかものすごい勢いで小さい女の子がオレを指さしていた。顔は知っている。

 クラスメイトの、確かアンだ。あんまり話したことはないんだけども。


「ちょっと、アン! 声が大きい! もう少し様子を見ましょうって――ああもう! ばれちゃったじゃない!」


 ばっちり、シュシュと目があってしまった。

 シュシュと、アン。ガーデンパラソルの柄に隠れようとしても、細すぎて丸見えだ。ちょっと離れて睨むようにオレを見ているルティレもいる。

 なんだろうって見ていると、肩を怒らせてシュシュがつかつかとオレのもとへ歩いてくる。

 顔もなんだか険しい。怒っているみたいだった。


「エト……エカルテ!」


 オレを見下ろして、シュシュは眉をハの字にした。

 一瞬、オレが日にちを間違えたかと思った。

 けど、確かに明日のはずなんだ、シュシュと話し合うのは。


「あれ。シュシュ。どうしたの? 話し合いは、明日だったはずだよね」


「どうしたもこうしたもありませんわ! なんですの、その格好は!」


「なにって……」


「あなたは――」流石に、周囲の目を慮ってくれたのか、シュシュはオレの前の座席に座りテーブル越しに身を乗り出して、低い声で続けた。「あなたは、男でしょう。どうしてそんな格好をしているの。ねえ、お願いよ。昔に戻って頂戴。

 わたくしが必ずあなたをもとに戻して差し上げる。そう言いましたわよね。あなたは、男に戻る気はないのかしら?」

 

「わ、私は……」


 男。確かにそうだけど。

 じんわりと手に汗が滲んだ。はあ、はあって息が荒くなる。

 息が苦しい。恥ずかしいって、押し込めても押し込めても胸から感情が溢れてくる。


 オレは気持ち悪くない。恥ずかしくない。

 シエルがそう言ってくれたじゃないか。


 男、だった。でも、オレは。

 髪に手をやった。

 

 シエル。オレ……どうしたらいいの?


「エカルテは女だよ。シュシュさん」


 ことり、とテーブルにふたつのカップが置かれた。コーヒーのいい匂いがした。

カフェオレというか、カフェラテというか。そんな感じの飲み物がぐるぐる渦を巻いていている。

 シュシュの目線が外れると、ようやく息が吸えたきがした。


 静かにフリックも椅子に座る。丸テーブルに3人。フリックを睨みつけるシュシュ。

 異様な空気だ。シュシュは剣呑に言う。


「フリック・フラック。あなた、何をおっしゃっているのかしら。何も知らない他人は口を挟まないでくださいませ。これはわたくしとエト……エカルテの問題なのよ」


「知ってるよ。エカルテから聞いたんだ。元々男だったって」


「それは、本当なんですの? やっぱりあなた――エトワルなのね」


 元々は明日話す気でいた。これ以上エトワルと呼ばせないためにも、事情を説明せねば、と。


 オレは頷く。シュシュはちょっと傷ついた顔をしたけれど、すぐにとてもうれしそうに。

 子供のように、満面の笑みを浮かべたのだった。


「やっぱり! 良かった! やっぱり、生きていたのね。わたくし、信じていたのよ。あなたが死ぬはずがないって!」


「事情があって、言えなかった。ちゃんと、説明するから、エトワルと私のことは呼ばないで」


「ええ。ちゃんと聞かせてもわうわ。それでしたらなおのこと、フリック・フラック。エカルテのことは諦めて頂戴。彼は男に戻るべきよ」


「ちょうど良かったよ。ぼくもずっと考えていたんだ。エカルテ。ぼくの答えを、今から言うよ」


 フリックが柔和だけど、決意の滲んだ目をしてオレを真っ直ぐに見つめる。

 

「エカルテ。君は男か女か自分じゃわからない。だからぼくの気持ちは受け入れられない。そう言ったね」


「……うん」


「ちょっと、なにをおっしゃってるのあなた!」


「シュシュさん。今だけは少しぼくに話をさせて」


 変わらず、やわらかな口調だ。でもその目には有無を言わさない強い光があった。

 その顔はオレ達を叱ったグランに、よく似ている。


「ぼくが君を女にしてみせる。君が女になった時。その時、まだぼくへの気持ちが少しでも残っていたら。もう一度、答えを、考えてくれないかな」


「待ちなさい! エカルテは男に戻るのよ! それが元あった姿。正しいあり方なのよ! フリック・フラック。わたくしがそのようなこと許さないわ!」


 シュシュが立ち上がり、フリックに勢いよく指をさした。

 口調が小さな頃にそっくりで、とても怒っているのが、良く分かる。

 フリックも立ち上がり、シュシュの言葉を受け止めるように両手を開いて、静かに宣言した。


 怒鳴られているに少しも動じるところがない。

 オレだけが両者の顔を何度も見比べて、「あの」とか「ねえ」とか情けない声を出している。


「ぼくは負けない。かならずエカルテを女にしてみせる」


「良いでしょう、フリック・フラック。あなたも貴族ならば、誇りをかけて正々堂々勝負よ。わたくしは必ずエトワルを男に戻して見せますわ」


 なに、これ。

 どうして。どうしてこうなった!

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