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デートだよ。

 二年生になった。学校に入って二度目のマドモの月(9月ぐらい)がきた。

 退屈とは違う、時間の長さと密度を感じている。

 大げさかもしれないけど、もう10年も学校に居るような気がするのだ。


 毎日色々なことがありすぎる。

 1年の成績によってクラス替えも行われ、オレとシエル、それにメリアやレーネも無事Aクラスに残留。フリックもAクラスになった。幼馴染や友達がみんな同じクラス。

 素直に、嬉しかった。


 概ね平和に過ごしているのだけれど、目下の困りごとといえば、


「失礼するわ!」


 今日も今日とて、朝の寮の寝室に大音声が響き渡り、ドアが勢いよく開かれる。

 皆起きていて、着替えなんかを始めている時間だ。オレも髪を整えていた。

 結局ヘアピンすら一度も付けていない。へたれ。

 ルームメイトは1年の時と変わらない。

 みんなも慣れたもので、もう振り返ることすらしなかった。


「シュシュちゃん。いらっしゃい」


 シエルが挨拶をするとシュシュも「おはようございます、みなさん!」なんて返してたりする。

 そんな声を聞きつつも、オレは着替えするペースを早めた。さっさと制服着てしまおう。


「エトワル、ちょっといいかしら」


「エトワルって呼ばないで。今度呼んだら一生口聞かないから」


 振り返るとシュシュが男子の制服を持って立っていた。満面の笑み。

 じろ、と睨み上げる。身長も抜かされてしまった。


 子供の口喧嘩みたいな言い草で、でも真剣に聞こえるように言ったつもりだ。

 エトワル。その名前を知っている人がそれほど多いとは思えないけれど、せっかくフェッテがくれた平穏を乱すようなことはしたくない。

 誰が、どこで、勘付くかわかったもんじゃないのだ。


「今日は男子の制服着ていきましょう」


 ちっとも怯みやしない。


「なんで?」


 何度目だろう、これで。

 『生き森』での出来事があってから、シュシュはなぜだかオレがエトワルだと断定して、それを元に行動している。

 そしてこの質問も、何度目なんだろう。同じように答えが帰ってくる。


「あなたを男子に戻すためよ」


「意味がわからない。何度言えば分かるの。私は、エカルテ。…………なんども言ったよ」


 へたれ。

 女とはっきり言えばいいのに。オレのへたれ加減。


「そう。もう散々議論はしたわ。なぜあなたがエトワルにしか使えないはずの魔術を使えるのか、とか。あなたの過去、とかね。『分からない』とか『記憶がない』とか。すべてはぐらかしているのだもの。

 それに、わたくしにはあなたが迷っているように見えるの。いつもどうしてはっきり女だって言わないの?」


 この子は、賢い。思い込みが強すぎるところもあるけれど、昔からそうだった。

 痛いところを的確についてくる。


「ねえ、シュシュちゃん。エカルテがエトワル?っていう男の子っていう話も、よくわかんないんだけど、確かにエカルテは迷ってるとき、ある。でもね――」


 シエルが間に入って、心配そうに眉を下げてオレと彼女の顔を交互に見ている。

 オレの腕にそっとふれてから、困ったように笑った。「エカルテはエカルテだよ。どっちでも良いってわたしは思うな」


「詭弁よ。どうあがいても、ニンゲンには二種類の性しかないもの。どちらかを選ばなきゃいけないのなら、男に戻って欲しいじゃない? わたくしが必ず戻る術を見つけてあげる。そのときに、心まで女になりきってしまっていたら手遅れなのよ。なぜならわたくしが女であるからよ。

 ――ねえ、シエルさん。あなたは違うの?」


 ああ、痛い。王族としてある意味鋼のように真っ直ぐに育てられた彼女の理論は、正しい。

 だからこそ聞きたくない。

 シエルの口から結論なんて聞きたくなかった。

 耳を塞いでしまいたいのに、目線はシエルの唇から離れなかった。


「わたしは違うよ。エカルテが選んだほうでいい。それでも、ずっと一緒に居る」


 あっさりと微笑んだままのシエルは言った。そうだよね。シエルならそう言ってくれている。

 わかりきっている事だ。だから、不安になったのはきっと、オレ自身の問題なのだ。


「そう。優しいのね。甘やかしすぎだとは思うけれど。欲しいものを手に入れるためには、ニコニコしているだけじゃだめなのよ。常に全力で走るべきなのよ。そうしなければ失ってしまうわ」


「よくわかんないけど。シュシュちゃんがエカルテのことをすっごく想っているのは分かったよ! わたしもエカルテに可愛い服とか、おしゃれしてもらうのすごく嬉しいし!」


 シュシュの言う通り、ニコニコしたままシエル。

 それに毒気を抜かれたように、シュシュは嘆息した。

 肩の力が抜けたように、少し口の端を上げて微笑む。


「……あなたも、変わった人よね。そうね。今日は言いすぎたわ。エカルテも、シエルも、みなさんもお騒がせしてごめんなさい。服は今日のところは諦めるわ」


「今日のところは」


 オレが眉をひそめると、彼女はそんなの意に介さないという風に、腕組みをして堂々とうなずいた。


「ええ、もちろん。エトワル――エカルテの事は諦められるものですか。必ずあなたを戻して差し上げるわ」


 オレよりよっぽど王族らしいよ。自分が正しい事を少しも疑っていない。

 そこが、いいところでもあるのだけれど。


「だから私はエトワルじゃないってば」


 無駄だろうけど、もう一度言った。

 ああ、やっぱり聞いちゃいない。

 彼女は美味しいプリンを食べた時の子供のように、ぱあっと満面の笑みを浮かべ、オレの両肩をがっしり掴んだ。


「そうだ、エカルテ! デートしましょう!」


「デート?」


「そう。二人で街を歩くの。きっと楽しいわ。あなたも、昔を思い出すかも知れないもの」


「そう……?」

 

 断るべきか、逡巡した。一度もちゃんと話したこと無かったなと思う。

 オレはもうエトワルではないと、どうすれば分かってもらえのか。

 それを、しっかり話すべきなんだろう。

 …正直わかってもらえる自信はないけど、やらないよりはましだろう。「分かったよ」


「次の休日に、ランチバスケットを持って。エカルテ。わたくし達はもう、3年もしないうちに大人になる。それを忘れないでね。それでは皆様御機嫌よう」


 傲岸不遜。嵐のような人。まさに彼女のためにある言葉だなと思った。

 彼女が去った部屋の中で、レーネの苦笑交じりのため息が漏れた。


「相変わらず、すげえ人だね。色んな意味で」




……。


 なぜ生物は無限の自己増殖とも言える無性生殖から、有限の命である有性生殖を選択したのか。

 そんな面倒なことをしくさらなければ、オレは迷わなかったのに。

 なんてね。

 衒学ぶって、やさぐれて見たい気分だった。


「なんか、大変なことになってるねえ」


 その日の夜、談話室で、正面のソファーに座ったフリックが目を丸くした。

 オレの両隣にはシエルとメリアが座っている。

 夜は談話室で、4人で会話するのが日課になっている。レーネはその日の気分で居たり居なかったりする。


 その日はシエルが口火を切った。その話題が今朝のことだった。

 流石に男に戻す云々のところは説明しづらかったのか言わなかった。

 オレ自身、どう伝えるべきか、伝えないべきか迷っている。


 話を聞き終わったフリックは「はー」と関心したんだか、呆れたんだか分からない顔をしている。

 

 オレ自身、愚痴を言いたい気分だった、のかも。


「そうなんだよ。全然分かってくれなくて。デートとか言い出して」


「デート! エカルテ、行くの?」


 フリックが血相変えて、オレを見つめている。

 オレは首を横に振って、眉を寄せて中途半端な笑顔を作った。


「ちゃんと、お話しなきゃって思ってるんだ。デートって向こうは言ってるけど、私自身言いたいことを言いに行くだけ」


「デート。デートかあ」


 あ。フリックが固まってしまった。

 オレを真っ直ぐに見下ろしたまま、口をぱくぱくさせている。言いたいことがあるけど、言葉にならない。そんな感じだった。


「フリック、どうかした?」


 オレが尋ねるとフリックははっとしたように目を見開いて、それから顔を赤らめて座り直した。「ごめん、なんでもない。びっくりしちゃっただけ」


「そう? うん、でもびっくりするよね。いきなり部屋に来てそんな事言いだしたら」


「うん。そうだよね。そうだね。そうだよね」


 さっきから目が合わない。変なフリック。


「フリックさん。ちゃんと、言ったほうが良いです」


 それまで黙っていたメリアが、珍しく力強い口調でいった。

 驚いて横を見ると、猫の耳がぴくぴくと動いている。

 

 それが引き金になったのかは、分からない。

 フリックは急にがたりと立ち上がった。

 3人の視線が一斉に彼に集まった。


 身長、伸びたね、フリック。なんでかそんな事を思った。


「エカルテ」


 静かな声だった。声変わり中のちょっと不安定な声。

 視線はどこまでも真っ直ぐ、射抜いてくるような鋭さがあった。


「は、はい」


 なんだかちょっと気圧されて、ソファーにお尻を真っ直ぐに正した。

 お説教でもするのかな、そんな雰囲気だったんだ。


「ぼくとも、デ、デー……」


「デー?」


「……遊びに行こう」


「あ。うん。いいよ」


「え。そんなあっさり?」


「うん。友達同士で遊びに行くのに、あっさりもなにもないでしょ」


 何の気ないように、微笑んで答える。口調もあっさりとしたものだったと思う。

 ため息が聞こえた。シエルとメリア、二人分、たぶん意味の違うもの。


 深くはそんなに考えなかった。

 何かに似ている気持ち。


 ああ、そうだ。飼い犬の出産を見守っていた時が、こんな気持だった。

 新しく生まれてくる命への期待。それと同じぐらいの大きな心配と不安が混ざったような気持ち。


 『わたくし達はもうすぐ大人』


 シュシュのそんな言葉が脳裏に浮かんでいた。

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