表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/75

魔術を使ってみる

 オレは、男だ。ずっと男として生きてきた。

 それが、女? オレのアレは、どこにいった!?

 そんなはずはないのだろうけど、体のバランスすら悪くなった気がする。


 ベッドの上で魔術で作り出した水鏡を覗き込む。

 色白の黒髪の子供が、無愛想にこちらを睨んでいる。何だこの目つきの悪い女の子。


 大丈夫だ。

 髪を切ればまだ男として通用する。

 今は、まだ。

 成長しきらないうちに。取り返しがつくうちに。なんとしても男に戻る方法を見つけるんだ。

 オレは男だ。オレが男以外になるなんて、考えられない!


「お。起きたか。っておめえ魔術なんかできんのか」


 炭焼きから戻ってきたリンバが、オレの水鏡を横から覗き込みながら言う。


「ええ、はい」


 どう答えるべきか分からず、オレは曖昧に頷く。


「へえー。なんか良いところの出だったりしてな。ガキだってのに妙に口調が大人びてるもんな」


「……どうなんでしょうか」


 今後出会う人々にオレは素性を言うべきではない。

 フェッテにもリンバにも、そしてオレ自身にも危険が及ぶだろう。


 リンバは木こりと炭焼きをしつつ、オレの面倒を見てくれている。

 素性も知れないオレを、だ。


 それに彼は毎日床で寝ている。

 粗末な炭焼き小屋だ。ベッドはもともと1つしかない。

 オレ自身彼と一緒に寝ること自体構わないし、なんならオレが床で寝ることも申し出たが「娘に怒られるからよ。何歳でもれでぃーとして扱え、だってよ。笑っちまうぜ」と例の不器用な笑顔で答えた。


「おめえ、記憶は戻ったのか?」


「いえ。まったく……」


 だから、オレは記憶を失ったことにした。

 面影どころか性別すら変わっているのだし、よっぽどのことがなければ見つかることもないだろう。


 話を聞く限り、ここはソテ王国内のようだ。本で読んだ知識によれば、現王は獣人を嫁に貰い、多種多様な人種を受け入れようと様々な政策をくりだしている、らしい。

 

 生まれ国でもあるアポテオーズ王国の隣国であり、魔石資源を巡った対立も多く、両国間は決して良好な関係とは言えない。

 だがアポテオーズ王都からかなり離れた場所にいるという事実は、オレを安堵させた。

 

「そうか。ま、焦らなくても構わねえよ。炭焼も、もうちっとかかるからな。養生して、そっから考えれ。とりあえずメシにすっか」


 彼はテーブルに向かうと、熊のような大きな背中をオレに向けた。

 ナイフを取り出し、干し肉を切り分け始めたようだった。



「すみません。なにからなにまで」


「ガキが謝んじゃねえやい。おめえはあれだな。もちっとガキらしくしたほうが良いな。喋り方も、もちっと可愛げがある方が良いぜ」


 くつくつと背中をゆらして、彼は笑う。

 可愛げのある、喋り方。子供らしさ。

 難しいな。


「はい。あ、うん。そうだ、リンバさん」


「あんだ?」


「オレも外に出たい」


「……」無言で彼は振り返り、ちょっと目を見開いた。やっぱり目は鋭いが、これは別に彼が起こっているからでないことも最近分かった。


「別に構わねえが、なんか用事か?」


 言い訳は、考えてある。


「魔術を試してみたいんだ。そうしていたら、きっと思い出すこともあるかもしれないから」


 オレの目標は2つだ。

 1つは、強くなること。


 そのための魔術の鍛錬だ。

 王家の人間は元来魔術に優れる家系であり、生まれた時にその保有魔力量を測定される。

 オレは兄より遥かに保有魔力量が優れていたのだ。せっかく授かった才能だ。伸ばさない手はない。まあそのおかげで今の状況になっているのだけれども。


 生まれ持った才能と、フェッテという優秀な師のおかげで、同年代の子供どころかそこらの一般的な魔術師より、相当にオレは強いと自負している。

 孤独な王宮の中で、魔術と本こそが、この世界における心の拠り所だった。

 だからこそ、暫く魔術を行使していない今の状況が不安なのだ。

 女になったことで魔術に変な影響がなければいいが。


 2つ目は、今できた目標だ。単純だ。男に戻ることだ。

 術はフェッテにも解けないと言っていた。だが方法がこの世に無いわけでもないだろう。

 それを求めて、旅をすることになるかもしれない。ならば、やはり魔術だ。武力はあるに越したことはない。


「ついてくるぐらいなら構わねえよ。寝てばっかも毒だろうしな」


 リンバは腕組みをしながらうなずいた。


「ありがとう」


 後は、この鬱陶しい髪をどうするか。




「ウル」


 リンバについて、森に入った。

 適当な木に向かって魔術を放つ。属性を持たない、ただの力としての初歩的な魔術だ。

 結果を見て安心する。

 キレイな断面図を残して、木が大きな音を立てて倒れたからだ。

 鈍っては居ないようだ。


「へえ! こりゃ大したもんだな! すげえじゃねえか、娘っ子! 俺は魔術には詳しくないから適当だけどな! ワハハ!」


 リンバは大きな体を揺らして、大げさに拍手をしてくれる。

 純朴すぎる反応が、ちょっと恥ずかしい。

 そう言えばこうやって褒められたことってあんまりないな。


「アンスール・ハガル」


 手の中に氷球を作り出す。

 属性魔術も、問題なく使えるようだった。

 

「お。今度は氷か! 食えるのか!それ! 娘っ子本当に大したもんじゃねえか」


 また大げさな拍手をもらう。本当に恥ずかしい。耳が熱くなってきた。


「た、食べても消化されないよ。でもそういう魔術もある、はず。生活魔術……とかいう……。習っておけばよかった」


「……。習う、か。娘っ子はこれは、学校にいくべきかもしれねえなあ」


「学校……?」


 そうか。王宮の外には学校があるのか。

 オレは学校に通ったことがないのだ。フェッテが字や魔術から、すべてを教えてくれていた。

 兄は、しっかりと通っていたようだけれど。


「おうよ。結構でかい学校でな。えーと。なんとか魔術学校ってんだ。俺の娘も、通ってほしいんだがな」


「そうなんだ」


「あー。その、なんだ。おめえ、これから行き先とか、ないんだろ」


 リンバがガリガリと頭を掻いた。


「うん」


「うちに来いよ。お前一人ぐらい増えたって変わらねえ。それに娘も喜ぶと思うんだよ。妹を欲しがってたからな、あいつ」


 この男の家族の安全と、魔術があるとは言え9歳の子供が生きていける確率。

 心配と打算。勝ったのは打算だった。


「……うん。行きたい」


「よし! 決まりだな! そう言えば、娘っ子。お前名前は? 名前も思い出せないか?」

 リンバは両手を大きな音で合わせた。ぱんっ、と小気味良い音が響いて、彼は歯を見せて笑った。


「あ、そっか。ええと。名前、名前――」


 鬱陶しい前髪を指先で弄びながら、ちょっと考える。

 捨てられた、オレの過去。ならオレは「名前は、エカルテ」


「エカルテか! よろしくな」


「うん。リンバ。ごめんね。迷惑かけるけど」


「あん? 謝るなって。お前は本当にガキらしさがないな! ガキなんて大人に迷惑かけて大きくなるもんだろうが」


「うん」


 彼は腰に手を当てて、ガハハと笑う。

 オレは強くならねばならない。彼のたくましい姿を見て、そう感じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ