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リンバに出会う

 ひどい頭痛で目が覚めた。赤茶けた天井が見え、背にはベッドの柔らかな感触がある。

 たぶん、あの世ではない。


 オレは本当に助かったのか?

 周囲を見渡すと、木組みの小屋、なのだろうか。

 質素な最低限の家具だけが置かれており、暖炉の火がぱちぱちと小気味の良い音を立てていた。

 質素なテーブルには無造作に干し肉が置かれているが、人の姿は見えない。


「っ……」


 困った事にそれら全てがぐにゃぐにゃと歪んで見える。


 頭を抑え、なんとか立ち上がるも、すぐに力が抜け床にへたりこんでしまった。

 ひどい熱だ。

 無意識に「うう」と唸り声が口から漏れてしまう。服もびっしょりと冷たく気持ちが悪い。


 小屋の扉が乱暴に開かれた。

 顔をなんとか上げると、片手に斧を持った熊のような大男がオレを、じろりと睥睨した。


 ああ、くそ。

 オレはやはり助かってなんか居なかった。

 力を振り絞って、魔術を構築しようとするも、さらなる頭痛を招くだけだった。


「あ、ぐあ……いってぇ……」


 床に這いつくばるオレから、間抜けな声が漏れる。


「おい。おめえなーにやってんだ」


 熊はオレの体を軽々と持ち上げると、そのままベッドにそっと降ろした。

 もはや抵抗する気力や体力を失ったオレは荒い息のまま体を預けることしかできなかった。

 人を殺したことがあるかのような鋭い目つきが、オレを覗き込み、何度も所在なさげにぱちくりとしばたかれている。


「娘っ子やい。とにかく寝てろ。ひでえ風邪ひいてんだよ。今水と食いもんもってきてやっからよ」


 なにか聞こえた気がしたのは、きっと熱のせいなのだと思った。

 それから、また眠りに落ちた。




 暫く眠って、ようやく頭痛も収まったようだった。

 上体を起こすも、やはりまだ頭はぼーっとしているが、物が歪んで見える事は無かった。


「うわっ」


 唐突に湿った何かを投げつけられ、びくりと飛び上がるそうになった。

 ベッドに落ちてへばりついた薄汚れたそれを恐る恐る手に取ると、水に濡れた布だった。


「ほれ。それで体拭いてろ。汗かいてんだろ。水飲むか?」


 影がさして、熊男がどっかりとベッドサイドに座る。

 水差しをオレに差し出し、見上げると口の端をぴくぴくさせていた。

 オレはそれを受け取り、真鍮の曇ったそれをじっと見つめた。


 善意、なのか測りかねていた。

 彼が敵か、味方なのかも分からない。

 

「あの。教えていただきたいのです。ここは、どこなのでしょう。貴方様はどちらさまなのでしょうか。オレはどうしてここにいるのでしょう。記憶が、まったくないのです」


「お、おう。なんだ、えらく上品にしゃべるじゃねえか」


 なぜだか男はちょっとひるんだけれど、顎ヒゲをさすりながら答える。


「ここはエルテの森の炭焼き小屋で、俺は炭焼き職人のリンバってもんだ。

 おめえは3日前の大雨の日に、仮面の変な女が運んできてな。

 唐突に預かってくれって言うじゃないか。もちろん最初は怪しいんで、断ろうと思ったけどな、土下座してまで必死に頼むからな。俺も断れんで」

 

 ガハハ、と笑いまた熊は口の端をぴくぴくさせた。まさか笑顔かこれ。

 フェッテが何故この男にオレを預けたのか、理由はわからない。

 だが、それを聞いて安心すると、喉がひりつくほど乾いていることに気づく。

 

 オレは水差しに、勢い口を付けた。

 

 喉を鳴らして、口から水が溢れるのも厭わず一気に飲み干す。

 体中に水が戻り、心まで上向いていく気がした。良かった。助かったんだ。


「……すみません。喉が死ぬほど乾いていました」


 オレは水差しから口を離して言う。


「うははっ。良い飲みっぷりだ。安心したぜ。おめえは3日も寝てたんだからよ。

 あー、それとな。汗もかいてたんで、悪いが体は拭かせてもらったからな。ガキでも、気にすんだろそういうの。

 俺の娘がよ、よく言うんだよ。お父さんはでりかしーがないってよ。10歳の癖にませてていけねえや」


「はあ。娘さん。別に男同士だし、気にしませんよ。むしろ拭いてくださってありがたいぐらいです」


 当面、危険はなさそうだし、熊もといリンバは毒の無い男のようだ。


「あ? なにいってんだおめえ。女だろう、どうみても。髪もそんなに長くて」


「髪……? ああ、これは……。事情があって。違います。オレは男ですよ」


 『別人にする』

 フェッテがそう言っていたのだから、髪の変化はぐらいはあって当然だろう。

 だからさほど気にはしていなかった。


 オレはもともと色素の薄い金色の髪を、短く切りそろえていた。

 今は、腰まで届く鬱陶しい黒髪になってしまっている。

 魔術とは言え、短期間によく伸びたものだ。


「……おめえ、本当に大丈夫か? おめえは、女だろ。まあ、まだ寝てたほうが良い。熱あるんだよ」


 リンバが、心底心配そうに眉をひそめる。

 その素朴さが、かえって恐ろしい。背中を這い上がるような不安感がオレを襲った。

 いや。そんなまさか。


「ちょっと失礼します」


 リンバに背を向け、ベッドに立ち上がった。

 彼の大きなシャツを1枚羽織っているだけだから、服を脱ぐのは容易だった。

 胸から腹にかけては以前とほとんど変わらない。

 9歳の子供相応のままだ。若干お腹が丸くなった気はするけども。

 目線をさらに下にやる。


 ない。

 

 念の為、触れても見た。


 ない。


「ない」


 ない!!!

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