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ホットケーキとエスコート

 シュシュがなぜ別国の魔術学校にいるのか。

 アポテオーズ王国にだって、魔術学校は当然ある。


 あちらの国では貴族しか通うことは出来なかったけれど、そこは問題にならないだろう。

 なにせ王家に連なる公爵家の令嬢なのだから。

 彼女と話したことは実はあまり多くはない。

 

 ただその中でも、ちょっときつい性格だなってことはすぐに分かった。

 彼女は涼し気な目をした男子とよく一緒にいるようだった。

 そっちの方も見たことがある。バーデン家の見習い執事だ。年齢も同じだったはずだ。



 考えても仕方ないや。

 向こうもオレに気づいていないみたいだし、自ら関わりに行くこともないだろう。


 ただ、気になることもある。フェッテのことだ。

 教える相手もいなくなり今どうしているのだろうか。彼女なら、知っているだろうか。

 だけどそれを尋ねることは叶わない。フェッテが施してくれたすべてが無駄になってしまう。


 オレの学校での生活目標は『程々に優秀であること』だ。

 資料にアクセスしやすくなる程度に、教師に優秀さは示したい。だけどそれはあくまで目立たない程度でいい。

 

 第二王子の頃に目立ちすぎた結果が、暗殺という最悪な結末だったのだから同じ失敗はしない。

 目立っても良いことなんてないのだ。

 特別生を維持しつつ平穏に過ごして卒業を目指すのだ。卒業して、それからどうなるんだろう?

 オレの将来。さっぱり見えない。


 そんな思いはありつつも、学校生活は平和に過ぎていく。

 わけがなかった。

 女として団体生活に馴染むのがこんなに面倒なんて思っても見なかった。


「エカルテ、あーしー!」


 休み時間にこうやってシエルによく怒られている。

 今日は椅子に座ってる時に脚を開きすぎたのを、シエルに見つかった。ご立腹だ。


 制服はネイビーのブレザーに膝下くらいのスカート。

 油断して時々シエルに叱られることもいまだにしょっちゅうなのだ。

 村でスカートの練習をさぼった成果を存分に発揮中。はあ。もう。

 正直参っている。


 だって村では他人の男といえば、せいぜいフリックぐらいだったんだよ。

 ありとあらゆるところからの視線を意識して生活するなんて、頭おかしくなる。


 階段。座るとき。モノを拾うとき。風が吹いた時に。今までの所作を変えなければならない。

 見られる側に変わったんだって、実感する。あんまり嬉しくはない。


「大丈夫。今日のオレは一味違う!」


 にやり、と口の端だけを上げた。

 腕組みしてオレを見下ろすシエルに向かって、スカートを持ち上げてみせる。

 大丈夫、下にキュロット穿いているから。


「もう……。エカルテ! いい加減スカートも慣れないと、将来困るのはあなたなんだよ? 少なくても卒業まではスカート穿くんだし。お姉ちゃんとして心配だよ」


 その口調が割と真剣だったので、オレも表情を正した。

 将来、かあ。全然実感がない。


「将来なんてまだわかんないよ」


「だーめー! ちゃんと考えるの!」


「シルフィードさん。一緒にトイレ行かない?」


 オレとシエルが振り向いた。どっちもシルフィードさん。

 シエルはまだなにか言いた気だったけれど、さっと一歩体を引いた。

 オレのもう一つの悩みのタネ。


 何かにつけて集団行動したがる女子。

 入学して一週間。

 分裂と統合を繰り返し、そろそろ明確にグループが完成しつつある。

 ホットケーキならそろそろ固まって焼き上がりの頃。

 んで。


 最後のメイプルシロップとばかりにオレをよく誘ってくれる子達がいる。


 シルフィードさんへのお誘いに、シエルが含まれていたならば、ありがたいんだけどね。


 さっきからこの子はシエルの方を見もしない。

 オレはにっこりと笑顔を顔に貼り付けて答える。


「ごめん、今はいいや」


「そう? シルフィードさんってさ、なんだか男っぽいよね? 時々オレって言ってるし。すごく恰好良いと思う!」


「あはは。そうかもね」


 嫌味のつもりだったんだろうけど、事実オレは男なんだから正解だ。

 実害もないしスルーだ、スルー。男だし、オレ。

 女の世界になんてどのみち無理。


「じゃ、またね」


 オレが手を振ると、相手もにこりと手を振って、複数人の友達?とトイレに行ってしまった。

 最後までシエルの方を見ようともしなかったな、あの子。

 

「行ってきても良かったのに」


「シエルと話してた」


 シエルは大げさな笑顔になった。


「エカルテって美人だし、グループに入れたい人多いと思う」


「ふーん? そんなもん?」


 ただの目つき悪い顔にしか見えないけど。


「うん。たぶん」


「シエルは、大丈夫なの?」


 あからさまに避けられているけど、とは言えなかった。

 シエルは察したように、苦笑いを浮かべた。そんな笑い方、つらいよ。


「慣れてるの。魔族だし、わたし。村の外にいたときは、いつもこんな感じだったよ」


 150年前に終結した人と魔族の争い。最終的には人側が勝利し、魔族は常闇の大陸に追いやられた。とっくに和解を済ませているが、人々の間には未だにしこりとして残っている。


 王宮ではオレも、魔族が悪役の本をよく読んだものだ。それこそが、人々に根付いている意識ということなんだろう。


「ま。オレはシエルと一緒にいるよ」


 自然とそんな事が口から出ていた。


「友達、できなくなっちゃう。エカルテまで。それ、やだよ」


 彼女はこの時はじめて、笑顔を顔から消してつらそうに眉を下げる。

 その事に、胸がぎゅっと痛んだ。

 人のことばっかり心配して無理して笑わないで良いのに。


「オレにはシエルとフリックがいる。それで十分」


「エカルテ……なんか今日は珍しく格好いいね」


「珍しくは余計。では参りましょうか、お嬢様」


 オレは立ち上がり、右手を伸ばして手のひらを下に向けた。

 シエルはきょとんとするばかりだったので、思わず吹き出しつつ言った。「左手を重ねるの」


「え、ああ! なんか本で見たことある!」


 第二王子のときに身に着けた所作は、まだ残っている。

 オレはシエルの手を引き、エスコートする。


 シエルははにかんで、それからは言葉を発しなかった。静かなシエルは珍しい。

 珍しいのはお互い様か。


 行き先はトイレだけどね!

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