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これから

無性に外から見たエカルテを書きたくなったのでこんな感じになりました。

次回からは戻ります。

 魔道具の動力源である魔石。

 危険な地にこそ多く眠る魔石と遺物を発掘する冒険者。

 魔道具の開発・研究を行う魔術師。


 この三本柱が、国を豊かにしている。

 すべての基礎になっているのは、魔術師だ。

 魔術師が居なければ魔石などただの石ころに過ぎず、魔道具も生み出されることがない。

 また、冒険にも魔術師は必要不可欠である。戦力的な意味合いも大きいが、その最大の理由は水だ。

 飲用に適した水を生み出す魔術――水聖魔術は、生活魔法と総称される種々の魔術の中で最も高位のものであり、冒険において最も貴重な存在である。

 飲用水を生み出す事のできる魔術師の恩恵の計り知れなさは、かの冒険王アルディアも著書『冒険のすべて』で語っており――


 滔々と語るグランに、フリックはたまらず割り込んだ。

 最後まで聞いてたらいつまでかかるか分かったものじゃないよ、と思った。


「あの、お父様。ぼく、もう大丈夫ですから」


「ちゃんと覚えたのか? ここは絶対筆記に出るはずだ。大丈夫か? 本当に覚えたか? フリック。間違いはないか? ハンカチは? 食事はどうする? 試験場所は覚えてるな? シエル達との待ち合わせ時間もちゃんと確認したか?」


「大丈夫です! それに筆記は、たぶん平気です。実技は自信ないですけど……」


 グランは朝からこんな調子だ。

 今日は試験当日なのだ。

 全諸侯領で一斉に開始される入学試験は、フラック領において一番大きな村。

 要するに、このシュースー村で実施されるのだ。


 グランは朝からフリックに何度も教科書の一節を読み聞かせては、リビングをうろうろと歩き回っている。

 フリックの方はといえば、緊張を通り越してしまったのか、かえって落ち着いてきた。今は紅茶をゆっくりと飲んでいる。


「大丈夫だ、フリック。安心しろ。実技は最低限魔術の素養があることを示すことができれば、それでいい。リラックスだ。失敗してもいいさと考えるんだ。そもそも魔術師は国の礎であるからして、ひろく一般国民にその素質あるものを求めるべく――」


 また父が語りだしそうなので、フリックは慌てて先んじた。

 一番リラックスが必要なのはお父様だと思う。一応口には出さないでおいた。


「王立魔術学校はすべての魔術適性のあるものを入学させるよう努めるべし。ですね。全ての諸侯領で試験が実施される理由でもあります。

 大丈夫、もう覚えてます。でも、例年に何十人かは落ちるって噂だし……それに、同じクラスになりたいですから」


 フラック領で魔術を使うことの出来る子供はそう多くはない。おそらく10人に満たないだろう。

 そもそもソテ王国の全諸侯領地の子供を合わせても、百数十名程度にしかならないのだ。


 そのうちの数十人。

 割合的には少ない人数ではないが、そこに自分の名前があったら、すごくいやだ。恥ずかしいなんてものじゃない。

 それに、エカルテとも離れ離れになってしまうし。



「エカルテとか?」


 そんなフリックの心境を読んだわけじゃないのだろうけれど、グランがぐるぐるをやめて、神妙な顔をしてフリックを見下ろしていた。


「シエルとも、です」


「彼女たちは、おそらく特別生になるのだろうな」


 魔術適性と筆記の合計でクラスが決まるのだ。

 特別生に選ばれると学費の免除が受けられるから、彼女たちはそこを必死に狙っている、と言っていた。


「でしょうね……。ああ、ぼくにも魔術の才能があったらなあ」


 魔術学校は7年制で、年齢に関係なく入学できるが、『概ね11歳までに魔術の才能を示した者』というのが暗黙のルールになっている。

 それは魔術だけでなく、語学や算術といった通常の学校としての機能も有しているからだ。

 フリックは10歳。ぎりぎりの年齢だ。


「学費なら心配しなくていいのだぞ」


「ありがとうございます、お父様」


「……お前の心配はそこではないのだろうがな」


「せっかく友達になれたので、二人と」


 グランは目を細めて、なんだか懐かしいもので見たような顔をしている。

 フリックがもう少し大人であるならば、その目はかつての自分と重ねている目であると分かったことだろう。

 のちに妻となるシェネ・オード公爵令嬢に恋い焦がれていた時の自分を、グランは思い出していた。


「そういうことにしておこう。ああ、フリック! もうこんな時間だ! 大変だ!」


「まだ時間はかなりありますよ、お父様! 試験会場だってすぐ近くなんですし!」


「そうか……そうだったな」


「でも、そうですね。エカルテ達も迎えに行きたいですし、そろそろ出ようと思います。彼女たちとも試験前に話をしておきたいですから」



「では……」グランがぎゅっと眉を寄せる。緊張が溢れるほど滲んだ顔だ。「行って来い、フリック。一人で――いや。なんでもない」


「ええ。行ってきます、お父様。一人で大丈夫です」


 フリックは笑顔を見せ、屋敷を後にする。

 抜けるような青空が広がっていた。



 

 村の魔道具屋を尋ねると、すでにシエルとエカルテは庭に居た。

 二人で魔術の打ち合いをしているようで、小さな水球があっちこっちに行ったり来たりしている。


「天より降りし生命の水は巡り巡りて我が手中より離れん」


 エカルテの手から離れたこぶし大の水球と、


「天より降りし生命の水を巡り巡りて我が手中に還す」


 シエルの手から離れた水球がぶつかり、まるでスライムのように合体し大きくなる。

 水の属性を帯びてはいるが、魔力そのもの故に飲用は出来るが、体に吸収されない水だ。


「いい感じ。シエルの魔力、すごく安定してる。オレのはどうかな」


 二人が手を下ろすと、水球の形が崩れ地面へと崩れ落ちる。

 それと同時、シエルがエカルテに真正面から抱きついた。


「エカルテのも暖かくてほわほわしてる!」


「ちょっとシエル。くっつきすぎ」

 

 不満そうな口調とは裏腹に、口にはほほ笑みを浮かべていた。

 フリックはその様子を暫く眺めていることにした。なんとなく入りづらかったのだ。

 女子の世界って感じで。


 髪型も二人はおなじおかっぱだけれど、日に照らされた白と黒が対照的だ。

 表情も対照的だ。

 目が大きく人懐こそうにいつもニコニコしているシエルと、切れ長の釣り眼がちの目で、時々憂いを帯びた表情を浮かべるエカルテ。どちらも、美のつく部類の少女だ。


 知れず、フリックは目でエカルテを追っていた。

 シエルに抱きつかれ、照れくさそうにはにかんでいる彼女の表情は、とても柔らかい。


 ベリーショートの時は、どこかフリックの中にもまだ同性と接しているような感覚があった。

 本当に女?なんて訊いてシエルに怒られたこともあった。

 髪を伸ばし、背も少し伸びた彼女。

 日に日に女の子らしくなっていく。日の元で柔らかな表情を浮かべる彼女は、妙に光り輝いて見えた。なぜだか心臓がばくばくと騒いでいる。


「あ、フリックだ」


「フリック君! やっほう!!!」


 二人がフリックに気づいて、シエルが大声で手を振っている。

 フリックも笑顔を作りながら、胸をぎゅっと手のひらで押さえた。

 試験の前に、何を考えているんだぼくは。そう戒めた。


「いよいよ試験だね」


 フリックが歩み寄ると二人が大きくうなずいた。


「フリック、大丈夫? 緊張した顔してるね」


 エカルテが首をちょっとかしげて、フリック同じ目線で見やる。

 黒髪がさらりと揺れた。


「大丈夫。でも、やっぱりちょっと緊張するよ」


「そうだよね。私もすごく緊張してる」


「わたしも! 筆記すっごい苦手なんだよ。すっごい不安」


「ぼくは、実技だなあ……」


「フリックは、才能ある。だから大丈夫。頑張って。私も体力テストが不安だし」


 エカルテが微笑むと、フリックの胸はもう一度大きく跳ねて、思わず空を見上げた。

 いい天気で風はとても気持ちがいい。

 エカルテやシエルと笑い合って、こんな日が、変わらない日が続けば良い。

 いや、と彼は思い直す。

 

 時が流れ行くならば、ちゃんと前に進まなければ、きっと幸せだってつかめない。

 泣き虫フリックも、いい加減卒業だ。


 大丈夫。ぼくは、ちゃんと前に進めている。

 いつか、ちゃんとできたその時に、その横にお父様やエカルテが居る。

 そうなると良い。そうなれるよう、進んでいくのだ。


「ありがとう。頑張ろう、皆」


 フリックは握りこぶしを作って、もう一度空を睨んだ。



……。 


 試験の結果は、合格だった。グランは「そう気落ちするな。成績上位であることは間違いないのだから」と慰めてくれて、発表の夜は年老いたメイドがフリックの好きな食べものばかりを用意してくれた。

 シエルもエカルテも、特別生に選ばれた。


 だが、フリックは選ばれなかった。

 どこかに、当然という気持ちもあった。


 彼女たちと違うクラスになるという事実はフリックの肩に重くのしかかる。

 二人なしで、新たな環境に放り込まれる。その事実が、やっぱり辛かった。

 フリックはテーブルの向こうのグランの顔を、精一杯顔を上げて笑いかけた。 


「お父様。大丈夫です。ぼくは、これからなんです。ここから、ぼくは、がんばります」


「フリック……。大きくなったな。私の、自慢の息子だよ」


 ぼくは、変わる。フリックはそう決心した。

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