作戦を決行しました
俺はマーラベット召喚のために着ていたドレスからいつもの服に着替えてから、作戦を決行することにした。
女装のままだとふざけていると思われそうだからだし、人目が気になる。クリストファーから一切ツッコミがなかったのは不思議だが、多分奴は俺に興味がないだけだろう。
「何で着替えてるんだ?」
ソファーでくつろぎながら着替えをじーっと見ていたマーラベットが、残念そうにしている。
俺は本当は男だからいいけど、本物の姫の着替えをジロジロ見たらセクハラだぞ。エロ猫め。
「実はマーラベットには言ってなかったけど、俺男なんだ」
「男!?」
マーラベットは驚きのあまり飛び上がって毛を逆立てた。
「えっ、えっ、男!? セドリクスが男!?」
マーラベットは混乱している。
っていうか、セドリクスって普通に男っぽい名前だろう。猫の感覚だと違うのか?
「こんなに可愛いのに男なの!?」
「うん、男なんだ」
どうしても信じられないと言いたげなマーラベットに、もう一度俺の口から男だと伝える。
「……百歩譲って男なのは許してやる。可愛いから!」
「ありがとう」
男だったら契約破棄だ! とか言われなくて良かった。
契約の一方的な破棄は代償を伴うから、マーラベットとしても避けたいのかもしれない。
「ただ、大人になっても可愛いままでいてくれ。ゴツくて筋肉隆々の男臭い男にはならないでくれ!」
「だ、大丈夫じゃないかな」
ラティクロでは開始前に死亡退場しているから立ち絵はないが、なんとなく線の細い美男子を想像してはいた。
それに、あのお父様の子供ならば綺麗系の大人に成長を遂げるとは思う。
……確証はないけれど。
「頼むぞ! あと、ドレスは似合うからたまに着てくれ!」
「考えとく」
「一日一回な!」
「それは多いなぁ」
まぁ、騙してしまったことへの後ろめたさもあるし、時々だったら女装してあげよう。
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「お父様! お父様!」
俺は城中を出来るだけ焦った様子を見せながら走り回り、色んな人に声をかけ、お父様を見つけ出した。
「王子殿下。国王陛下は執務中です。謁見を賜る場合は事前に申請するようにと申し上げましたが」
「それどころではないのです、大臣!」
大臣は謁見の申請をせずにお父様に会おうとした俺を咎める。申請をしなければならないことは、当然知っている。前回はきちんと申請したし。
それをすっ飛ばしたのは、早くお母様に特効薬を飲ませたいと言うのもあるが、突然神の啓示を受けて嬉しさと驚きで昂揚している様子を演出したかったからだ。
「祈りが、届いたのです! お母様の病を治して欲しいという私の願いが、天にいらっしゃる神様に届いたのです!」
「……どういうことだい?」
お父様は不思議そうな顔をしている。大臣も事情が分からないと言った様子で、心配そうに俺を見ている。
「神様から、透明病に効くという特効薬を授かりました。私のこの手で、お母様にこの薬を飲ませれば透明病は良くなるとのことです」
俺は小瓶に入ったピンク色の特効薬を見せた。
「このピンク色の液体が、透明病の特効薬?」
「……王子殿下。夢でもご覧になったのでは?」
お父様はまじまじと小瓶を見つめているが、大臣は疑っているようだ。
「大臣」
俺は昂揚を鎮め、落ち着いた声で大臣を呼び、真っ直ぐ見据える。
「我らラティア王家は初代勇者ラティア様の時代より、神様にご加護を与えて頂いています。勇者ラティア様の血を引く私の祈りが届き、神様が救いの手を差し伸べて下さったと言うのに、あなたはそれを夢だと仰って無碍になさるおつもりですか?」
大臣の言動を咎めるように冷ややかに言うと、彼はすくみ上った。
この国で、勇者ラティアは絶対者。そして、勇者ラティアは神の加護を受けている。
勇者ラティアの血を引く王家の者の祈りが天に届き、神から加護を与えられたという話を否定することは、勇者ラティアと神の加護を否定することに等しい。すなわち、この国を否定するも同然。
「出過ぎた言動です。お許しを」
「許します」
大臣は跪いて謝罪する。俺は頷いてその謝罪を受け入れた。
「お父様。お母様に会う許可を下さい。私は、神様から頂いたこの特効薬で、お母様の病を癒してみせます」
お父様は腕組みをして考えている。
ラティア王家の者として、神の啓示を否定することはできないはずだ。それは国の歴史を否定する行為だ。
しかし、透明病が我が子に移ることも危惧しているのだろう。
「お願いします! 神様がここまでして下さったのにお母様を救うことが出来なかったら、私は一生後悔します! 神様にも申し訳がありません。我々が神様を信じなければ、二度と助けて下さらないかもしれません!」
さぁ、どうだ。
神が二度と助けてくれないのは、困るだろう。ラティクロの世界では、神の加護が必要になる場面がある。魔人王を倒すために、主人公アルたちは神の加護を得る。神の加護がなかったら、魔人王には勝てない。
勿論、お父様がそんな未来を知っている筈はないが、神の加護を受けた勇者の国で、神が二度と助けてくれないと言うのは結構な脅し文句になる筈だ。
「……わかった。君と神様を信じよう」
「ありがとうございます!」
「王妃謁見の許可証を書く。それを、見張りの兵士に見せなさい」
お父様は大臣から紙とペン、印鑑を受け取り、一筆とサインを書いて印鑑を押した。
そこには「第一王子セドリクス・ラティアに、王妃フローラ・ラティアとの謁見を許可する。国王ステファン・ラティア」と書かれている。
これで、お母様の病気を治すことができる。