薬を渡す作戦を立てました
ユーフォリアの花は、マーラベットの「華麗なる闇の魔法」とやらでピンク色の液体にされて、小瓶に詰められた。
これが、透明病の特効薬。
「おい、ガキ」
マーラベットに顔を埋めたままのクリストファーに声を掛けられる。話しかける時くらい、相手の顔を見たらどうなんだ。
「お前の母さん、何の病気なんだ? ユーフォリアの花が効く病気なんて聞いたことがない」
「お母様は、透明病と言う病気です。体が透けて最後には消えてしまう病気で、ユーフォリアの花があれば特効薬を作れるって……マーラベットが言ってました」
協力してもらった手前、事情はしっかり話した。報酬もマーラベット触り放題権だけで、超格安だし。お世話になったのだから、聞かれたことは答えなければ。
「そうか……マーちゃんは物知りな猫なんだねぇ。どこから来た猫なのかなぁ?」
「ふふん、凄い猫だろう! 僕は闇より生まれし深淵の闇の猫マーラベット! 闇の力は万能なのさ!」
「そうかそうか、しゅごいねー」
クリストファーは猫撫で声でマーラベットを褒め称えながら、優しく撫でている。マーラベットは自慢げだ。
このマーラベットと言う猫は、闇を最強で格好良くて強い何かだと思っている。闇なのに邪悪さが一切ないところは、ラティクロ通りだ。
「おそらく、城の連中はそれが透明病の特効薬だと言っても信じないだろう。例え王子から貰ったものだとしても、治療師は怪しげな薬を王妃に与えはしない。いいか。お前がその薬を透明病の特効薬だと言い切れるのであれば、誰かに託すな。自分で王妃に渡して、飲むところを見届けろ」
クリストファーからアドバイスを貰う。
なるほど、確かに。
マーラベットに顔を埋めたままだけど、アドバイスは的確だ。
王子とは言え子供が、治療方法が解明されていない病気の特効薬を持ってくるのは不自然だろうとは、俺も考えていた。俺がこの特効薬を治療師に託しても、怪しんだ治療師が捨ててしまう可能性もある。
しかし、お母様との面会は禁止されている。一体、どうしたら。
「何を難しい顔をしている?」
黙って考え込んでいると、顔半分をマーラベットに埋めたまま、左目だけをこちらに向けたクリストファーに聞かれる。
「お父様から、お母様との面会を禁止されているんです。伝染病かもしれないから、うつると困ると言われて」
「うつっても、その薬が特効薬なんだろう? 別にうつってもいいじゃねぇか」
「はい、それは構わないのですが大人たちはそうは思っていません。お母様との面会は禁止だと、お父様から言われています」
「何が困るって言うんだ?」
クリストファーは不思議そうにしている。
「禁止されたから入れないのか? お前、いい子ちゃんのガキだな。うちのクソガキなんざぁ、付いてくんなって言っても平気な顔して付いてくるぞ」
うちのクソガキ。
おそらく、主人公アルのことだろう。俺と同じ八歳の主人公アルは、現在クリストファーの弟夫婦の養子として生活しているはずだ。
「ガキがお父様とのお約束しっかり守ってんじゃねぇよ。忍び込め」
主人公アルがクリストファーの後をくっついて、野原を駆け回ったり、山を飛び回ったりするのとは訳が違う。
お母様は王妃で、寝室の入口には見張りの兵士が二人もいる。見つからずに侵入することは不可能に近い。
「見張りの兵士に見つかっちゃいますよ」
「見つかったらぶっ飛ばせ」
「無茶言わないで下さい」
将来、規格外を除いて世界最強と呼ばれた十八歳のセドリクスなら兵士二人を強行突破して中に入ることもできるだろうが、俺はまだ八歳だ。現時点で、大人の兵士二人を相手して勝てる自信は全くない。
「はぁ……情けないな。マーちゃん、この生真面目なガキご主人と一緒に、王妃と直接会う方法を考えてやってくれ。俺はもう行く」
「もう行っちゃうのか?」
「ああ。もうすぐ、夕飯の時間だからな。たまちゃんや、動物さんたちにご飯をあげなければ。マーちゃんにもまた会いに来るぞ」
「おう。いつでも来い」
クリストファーは窓から出て行った。
ちなみに、たまちゃんと言うのはクリストファーが飼っているドラゴンのことだ。今まで窓辺に停まっていて、窓から出たクリストファーと一緒に家に帰って行った。
さて、どうしたものか。
ざっと考えただけでも、案はいくつか浮かぶ。
作戦その一。
マーラベットを使って正面突破する。闇の猫マーラベットの力をもってすれば兵士二人くらいは簡単に倒せるだろう。が、騒ぎにはなりそうだ。王子乱心、とか言われるかもしれない。
マーラベット一匹を暴れさせてその隙に入り込むという手もあるが、そうなると今後マーラベットを城で飼うことが難しくなる。それは良くない。使い魔契約違反になりそうだし、マーラベットには今後も働いてもらおうと思っている。
作戦その二。
マーラベットに睡眠魔法を使ってもらい、見張りの兵士を眠らせる。作戦その一よりは騒ぎにならずに事を済ますことができそうだ。
……まぁ、何者かによって見張りの兵士が眠らされたと発覚したら、賊の侵入を疑われるだろうし、眠らされた兵士二人は十中八九クビだろうが。
作戦その三。
窓から入る。お母様の部屋は三階だが、マーラベットを使えば入れないことはないだろう。鍵がかかっていた場合、窓ガラスは犠牲になるが。
……窓ガラスが割れた音で見つかり、王子乱心コースまっしぐらだな。
作戦その四。
ファンタジー世界ではよくある「神の啓示」があったことにする。
現代日本だったら、まぁ信じてもらえない。ちょっと電波を受信してしまった病気の人になってしまう。
しかし、このラティア王国の初代国王は勇者ラティアだ。勇者ラティアは、神の加護を得て魔王と戦った英雄。この城にも、神の加護を受けた光の剣エターナルが保管されている。
実際、邪神とは言え神であるマーラベットと契約が結べるくらいだし、人間と神との交信は不可能ではない。
それに、俺は勇者ラティアの血筋であるラティア王家。その中でも、勇者ラティアの生まれ変わりと言われている子供。現状、神との交信に一番近い場所にいる人間だと言える。
その俺が、神の啓示を受けて病気を治す薬を授かったと言えば、信じてみようという気になるのではなかろうか。
よし。作戦その四で行こう。
「よし! 兵士をぶっ倒そう! 僕に任せろ!」
「だ、だめだよ!」
マーラベットは迷わず作戦その一を選ぼうとする。
全く、どいつもこいつもなんて血の気が多いんだ。
俺はマーラベットに作戦その四を説明した。
「そんなまわりくどいことしなくても、ぶっ倒せば入れるのに」
「暴力は良くないよ。乱暴者の悪い猫はお城にいられなくなっちゃうかも。そしたら、一杯可愛がれなくなっちゃう」
「何っ!? それは良くないな」
マーラベットは暴れた時のリスクを理解したのか、大人しくなった。