何でも屋を呼びました
マーラベットを呼び出してすぐ、俺はクリストファー・シータに宛てた手紙を書いた。
それを兵に持たせ、城に来るようお願いした。命令ではなく、お願いだ。命令だと言ったら、あの男は来ないだろう。絶対に。
手紙の内容は、こうだ。
「クリストファー・シータさま。
はじめまして。ぼくはセドリクス・ラティアと言います。お城に住んでいます。
今、ぼくのおかあさまが病でくるしんでいます。とても悲しいです。
お母様の病をなおすために、ユーフォリアの花がひつようです。でも、遠いお山にあってぼくではとりに行くことができません。
どうか、力をかしてください。おねがいします。
ぼくにできるお礼はなんでもします。ためておいたおこづかいの5万Gはぜんぶあげます。
ぼくも妹のシルフェリアも、猫のマーラベットもクリストファーさまがお城に来てくれるのを待っています。
セドリクス・ラティア」
我ながらいい出来だ。
子供の無邪気なお願いと見せかけながら、依頼内容、お金は5万Gしかないこと、猫のマーラベットがいることをしっかり盛り込めている。
あとは、マーラベットと一緒にクリストファーを待つだけだ。
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「おい、ガキ。俺を呼んだのは、お前か?」
クリストファーはすぐに来た。
……窓から。いや、ここ三階なんですけど。
さすが、規格外男。登場の仕方も規格外だ。
やや長めの真っ青な髪を一つに束ねた、ガラは悪そうだが美しい男だ。年齢は二十代後半くらいだろう。この世界にはイケメンしかいないのか。乙女ゲームかってほど、イケメンしかいないぞ。
羽織っている茶色のマントが、窓から吹き込む風で揺れる。
窓の外に、彼が乗って来たと思われるドラゴンが停まっていた。本物のドラゴン、でかい。
「はじめまして、クリストファー様。私の名前は、セドリクス・ラティアです。こっちは、猫のマーラベット」
俺はクリストファーにマーラベットを見せる。腋に手を入れて持ち上げたので、マーラベットはびっくりするくらいびよーんと伸びた。
クリストファーは目をまん丸にして、マーラベットを凝視した。そして顔を背けて、口元を手で覆い、ぷるぷると体を震わせている。
「ゔぁゔぁゔぃー!」
掌で口を押さえ付けて、言葉にならない声を上げた。完全に不審者だ。
「ごほん。で、俺はユーフォリアの花を採ってくればいい訳だな?」
クリストファーは咳払いをしてから、態度を整えて依頼に関する話を始める。
「はい。お願いできますか?」
「お願いできるかできないかは、報酬の交渉をしてからだ」
……ですよね。
「お金は、払います……。貯めておいたお小遣いは、5万Gあります。足りなければ、これから一生分のお小遣いをクリストファー様に差し上げます」
「あのなぁ。ガキからそんなチンケな金額巻き上げる趣味はねぇよ」
「でしたら、何をお支払いしたらよろしいのですか? 私はどうしてもユーフォリアの花が必要なのです!」
俺は必死に懇願し、クリストファーにすがりつく。
すると、クリストファーはゆっくりと指差した。……マーラベットを。
計算通りだ。
そう。このクリストファー・シータという男は、規格外の化け物で金の亡者の癖に、動物さんが死ぬほど好きなんだ! 自宅の庭に『クリスの動物王国』という牧場を作って色んな動物を飼い、何でも屋で稼いだ金は全部動物さんたちのために使っているのだ。
勿論、猫も大好きだ。マーラベットを餌にすれば絶対に釣れると思っていた!
「……触ってもいいですよ」
「いいのか!?」
マーラベットをクリストファーの方へ差し出す。
クリストファーは宝物でも受け取るかのようにマーラベットを大切に抱き、優しく頭を撫でている。
「ゴロゴロゴロゴロ」
「ゴロゴロ言ってる……!」
「クリストファーって言ったな?」
「猫ちゃんが喋った! 可愛い!」
「ユーフォリアの花を採って来てくれたら、いつでも僕に触りに来ていいぞ!」
「わかった! 俺、猫ちゃんのために絶対ユーフォリアの花を採ってくる! 大船に乗ったつもりで任せてくれ!」
「おう。じゃぁ、行ってこい!」
「行ってくる!」
マーラベットは事前に教えておいた通りに、クリストファーに報酬の提示を行う。俺から言うより、マーラベットから言った方が効果があると思ったから頼んだ。
マーラベットの言葉が効いたのか、クリストファーはひとしきりマーラベットを可愛がってから勢いよく窓から出て行き、ドラゴンに乗って空の彼方に消えた。
その一時間後。クリストファーはユーフォリアの花束を持って帰ってきた。また窓から。
思った以上に早い。
「ユーフォリアの花だ。俺と結婚してくれ」
マーラベットの元へ行き跪いたクリストファーは、花束を捧げながらプロポーズした。……愉快な奴だなぁ。
「結婚は断るが、触っていいぞ」
「わーい! もふもふだねー、マーラベットー。マーちゃぁん。はにゃにゃーん」
クリストファーはマーラベットの腹に顔を埋めながら撫で回している。
俺はクリストファーの手からそっとユーフォリアの花束を取り、枯れないように花瓶に挿した。