猫を呼び出しました
自室へ戻った俺は、手始めに主人公アルの使い魔であった闇の猫マーラベットを呼び出すことにした。
……女装をして。
違うんだ。俺の趣味じゃないんだ!
マーラベットは無類の女好きで、女に物凄く甘いんだ。猫の癖に人間の女が大好きなんだ!
幸い、シルフェリアのドレスを拝借して着た俺は凄く可愛い。どこからどう見ても、ショートカットの女の子だ。さすが王子の容姿!
主人公アルはマーラベットを力で服従させて契約したが、俺はまだ子供だ。勝てるかどうかわからないので、別の作戦を考えたのだ。
自室の大きめの紙に魔法陣を描く。
マーラベットを呼び出す魔法陣は、自作画像素材を用意して作ったからある程度覚えている。三十路で死んだ時から数えて十二年も前に作った素材だから、若干うろ覚えだけど。いけるいける、やれるやれる。自分を信じろ、セドリクス・ラティア!
「我が血を糧に、開け魔界の門……」
魔法陣に血を一滴垂らして唱える。
……ちなみに俺はこの手の詠唱台詞を考えるのが凄く苦手だった。簡素であまり格好良くない詠唱なのは許してほしい。
「我が呼び声に応え、闇の中から出でよ! 邪神マーラベット!」
……と、ここまで唱えて気付く。
マーラベットって、そういえば邪神だったな!? ラティクロでは、お茶目で少し魔法を使う闇の猫って感じだったからすっかりその設定を忘れていた。
詠唱が終わると魔法陣が黒紫色の禍々しい光に包まれ、中から山のように大きな黒い塊が顔だけを出す。俺の顔以上に大きな赤い目が鈍く光り、俺を見据えている。
……やべぇ。これ、なんかまずいものを呼び出してしまったのでは?
「我が名は邪神マーラベット。我を呼び出したのは、お前か?」
黒い塊はマーラベットだと名乗る。想像してたのと違う!
「そうです! 私があなたを呼び出しました! 私と契約して、お母様を一緒に助けて下さい!」
俺が声を掛けると、マーラベットは魔法陣からビュルビュルと上に向かって飛び出して、俺の腕の中に収まった。その時には少し大きめな普通の黒猫になっていた。子供の体で支えるにはやや重い。
「いいぞ! お前可愛いから、契約邪神になってやる! その代わり、お前は一杯僕を可愛がるんだぞ。それが契約の対価だ」
……ちょろい。
っていうか、契約の対価安い。可愛がるだけでいいのか。俺は元々猫が好きだから、対価どころかご褒美だぞ。
主人公アルの時の契約の対価は、魔力半分と死後の魂だった。主人公アルが死んだら、魂を食べるらしい。
女の子補正凄い。女装だけど。
契約の証に魔法陣に垂らした俺の血がしゅるしゅると紐になって、マーラベットの首に巻きついて真っ赤なリボンになった。マーラベットは自慢げだ。
可愛い女の子の飼い主が出来たと思ったんだろうが、ごめんな騙して。
「お前、名前は?」
「セドリクス・ラティア」
「そうか。よろしくな、セドリクス」
名前で男だと気付くだろうかと思って本名を名乗ったが、マーラベットは全く気付かず俺にキスしてきた。俺のファーストキスはの相手は猫か。別にいいけど。
「はぁん、可愛いご主人様ー」
マーラベットは機嫌がよさそうに喉をゴロゴロ鳴らして、俺にスリスリしている。
良かった。一時は得体の知れない化け物を呼び出してしまったかと焦ったが、ちゃんと猫だ。
「それで、マーラベット。お母様を助けてほしいんだけど」
「いいぞ。セドリクスのお母様ならきっと美人で綺麗だろうしな! どうしたらいいんだ?」
「お母様は、透明病っていう病気なんだ」
「透明病か。厄介だな」
透明病だと聞いたマーラベットは顔をしかめる。
厄介なのか?
ラティクロではサクッと特効薬を作って、サクッとシルフェリアを治していたような気がしたが。
「治せないの?」
「ああっ、そんな悲しそうな顔をするな! 材料さえあれば大丈夫だ!」
材料。ユーフォリアの花のことか。
「ただ、その材料を手に入れるのが大変なんだ。魔吸石鉱山っていう山の頂上にあるから」
魔吸石鉱山。
オズワルド公爵領にある山で、魔力を吸収する石である魔吸石が採れる。魔吸石は様々な魔法道具の素材となるが、使い方を間違えると魔力を吸収されすぎて死に至ることもある扱いの難しい鉱石だ。
オズワルド公爵領では魔吸石を採掘して売っているが、魔吸石の扱いに慣れた彼らでも立ち入ることができるのは鉱山の入り口だけ。頂上なんかに行こうとしたら、辿り着く前に魔力を吸われすぎて死んでしまう。
主人公アルは魔人なので魔力が有り余っている。だから、魔吸石鉱山に入り頂上まで行きユーフォリアの花を手に入れることができた。魔吸石鉱山に入る時だけは、他の仲間たちは鉱山の麓でお留守番だった。マーラベットでさえ、お留守番組だった。
勿論、俺に魔吸石鉱山に入れる程の魔力はないだろう。セドリクスは人間だし。おそらく、現在の主人公アルもまだ八歳なので一人で魔吸石鉱山に入ることは難しいだろう。
「大丈夫。ユーフォリアの花を採って来られそうな人を、知ってるから」
マーラベットを呼び出した理由は勿論特効薬を作ってもらうためだが、もう一つある。
マーラベットの力で、あのキャラクターに動いて貰おうじゃないか。
規格外を除き世界一の剣士と言われていた十八歳の国王セドリクス・ラティアを遥かに凌ぐ、世界最強の化け物。振るった剣は地を穿ち、海を走って渡り、崖を垂直に登り、絶滅した古代生物ドラゴンを従える者。
金の亡者クリストファー・シータに。
通常あのクリストファーに命令することなど、国王でも不可能だ。
奴は何でも屋なので金を積めば依頼はこなすだろうが、いくら掛かるかわからない。俺のお小遣いでは絶対払えない額だろう。王妃の病を治すためだと言えば国家予算を使うことも可能だろうが、ユーフォリアの花で透明病が治るという話は、現時点で大人たちから見たら信憑性に欠ける話だ。国家予算は使えない。
だが、俺は知っているのだ。クリストファーに言うことを聞かせる金以外の方法を!
何故ならこの俺こそが、ラティクロの制作者だから!
「マーラベット。その人に、ユーフォリアの花を採って来てって、マーラベットからもよーくお願いしてね!」
「お? わかった! 僕からもそいつによーくお願いするぞ!」
「うんっと可愛くお願いしてね!」
「わかった!」
マーラベットは元気に返事をする。素直でいい猫だ。
これで、百人力と言えよう。