剣の師匠がつきました
……俺は今、死の淵に立たされていた。
それは魔人教団によるものでもなければ、リディア公爵によるものでもない。
元々存在した、と言うか俺が知り得た死亡フラグとは全く無縁の、予期せぬ死亡フラグ。
どうしてこうなったかって?
元を正せば、俺が悪い。俺が……お父様に、剣の師匠をつけて欲しいと頼んだこと。あれが、全ての発端だったに違いない。
「おらあっ! ちんたら走ってたら死ぬぞ、クソガキ!」
訓練場で木刀を振り回しながら俺を追ってくる、青髪の悪魔。規格外の化け物。これが、俺の剣の師匠らしい。
なんでこいつを選んだんだ、お父様。俺を殺す気か!
クリストファーの振り回した木刀は、城壁を薙ぎ倒し瓦礫に変えていく。木刀って、木で出来てるんだよな? 城の壁は、石でできてるんだよな? 普通、木で石を叩いたら木が壊れるよな!?
なんであいつの木刀は壊れないんだ!
俺は逃げた。必死で逃げた。とにかく逃げた。でも、子供の足ではすぐに追いつかれる。
「死ねえっ!」
クリストファーが振り下ろした木刀を間一髪でかわす。俺の真横に振り落とされた木刀は、石畳の地面を貫いて土を掘り起こした。
いや、まじ、勘弁してください! 今、死ねって言いましたよね!? 死ねって言いましたよね!? 絶対殺す気ですよね!?
「ッチ、外したか」
今、舌打ちしましたよね!?
やばいやばいやばいこの人、本当に剣の師匠としてここに来たんだろうか。俺の暗殺を依頼されて殺すために来たんじゃないだろうか。俺は殺されるんだろうか。
クソ! 一度は言葉を交わした仲なのに、この薄情者め! 死んだら祟ってやる! 猫に嫌われる呪いをかけてやる! 一生マーラベットに嫌われろ! バーカバーカ!
クリストファーは木刀を地面から引き抜く。俺はその間に逃げ、再び走り出した。
どうしよう。このままじゃまじで死ぬ。
いっそあの一撃を食らって楽になってみるか? クリストファーが本当に剣の師匠であるならば、殺しはしないだろう。……いや、無理だ。殺すつもりはなかったとか言ってあっさり殺されるか、これくらいで死ぬなんて生きる価値なしとか言ってあっさり殺されるかどっちかだ。
返り討ちにする? 剣の腕では敵わない。立ち向かったところであっさり殺されるだろう。普通の魔法もおそらく効かない。規格外の化け物は異常に魔法耐性が高い。だが、失われし古代の魔法であれば……!
ちなみに俺は普通の魔法はほとんど使えない。ラティクロではレベルが上がるごとに勝手に魔法を習得する。RPGツクールに元々実装されているサイドビューデフォルト戦闘で、発動の方法に理屈はない。スキル一覧から選べば勝手にMPを消費して勝手に発動する。
だが、失われし古代魔法は戦闘中だけでなく、イベントでも使われた魔法だ。具体的に言うと魔人教団の教祖ガルシアが、主人公アルたちを滅ぼすために使う究極魔法。詠唱で発動する物なので、詠唱さえ知っていれば使える。……はず!
俺は走って逃げながら、呪文を詠唱する。
「神の定めし世界の理に抗い!」
ちなみにもう一度言う!
「全てを破壊し無に還せぇぇっ!」
俺は呪文の詠唱を考えるのが苦手だ!
「カオスインフィニティー!」
ついでに言うと呪文の名前を考えるのも苦手なのでよろしく!
詠唱と共に魔法が発動し、巨大な爆発が訓練場を破壊する。……思った以上に凄い効果の魔法だ。
あと、魔力消費量やばい。ふらふらする。こんな魔法を十ターン毎に撃ってきたガルシア、化け物かよ。
薄れゆく意識の中、俺は爆発の中無傷で佇む規格外の化け物の姿を見ていた。
……無傷かよ。
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「死んだ!?」
目覚めると、俺は自室のベッドの上にいた。
「いや、死んだのはお前んちの訓練場だよ」
呆れた声で俺に話しかけてきたのは、クリストファーだった。剣を置き、マントを脱いでソファーでくつろいでいる姿は、およそ化け物とは思えない。どこかの優雅な貴族のようだ。青い髪が宝石のように輝いていて、美しい。見た目だけは。
クリストファーの腹の上では、マーラベットが寝ている。重そうだ。
「お前なぁ。剣の訓練中に魔法を使う奴があるか」
「はぁ。殺されると思ったもんで」
「訓練で殺すかよ」
「いや、死ねええって言ってましたけど」
クリストファーは気まずそうな顔をしている。
「それはアレだ。本気でやらないと訓練にならないから、俺なりに気合を入れただけで」
「殺すつもりはなかったと?」
「そういうことだ」
なるほど。確かに、倒れた俺を助けてここまで連れてきてくれたのだから、殺すつもりはなかったのだろう。
「クリストファー様が暗殺者じゃなくて良かったです」
「お前、俺が暗殺者だと思ったのか?」
「はい。あまりにも殺意剥き出しで殺しにかかっていたから」
いやー、まじ焦ったよ。死亡フラグ回収する前に死亡退場かって思ったよ。
「そりゃー悪かったな。剣の師匠なんて初めてやるから」
だろうなぁ。規格外の化け物が剣の師匠とか、意外にも程がある。
「どうして私の師匠をして下さる気になったのです?」
「お前に興味があったから」
「私に、ですか?」
「巷ではお前は神から透明病の特効薬を授けられて王妃を治したことになっている。でも、あの薬は本当はユーフォリアの花を使ってお前が作った物だ。いや、作ったのはまーちゃんだけど」
クリストファーは自分の腹に乗っかっているマーラベットを優しく撫でる。
「他にも人が知らない特効薬とか、魔法とか、金儲けになりそうなモン知ってんじゃねーのか? ああん?」
「いえ」
クリストファーはなぜか近寄ってきて俺にメンチ切ってくる。チンピラか。怖いからやめてくれ。
「じゃぁさっきの魔法は何だ? 王族とはいえ、あんな威力の魔法を子供が知ってる訳ないだろ。あれは失われた古代魔法だ」
「たまたまです、たまたま」
この世界は俺が作ったゲーム『Latia Chronicle』であるが、世界の全てを把握している訳ではない。俺が知っていることはせいぜい、ゲーム中に出てきたことと、裏設定として考えておいたものくらいだ。
現状、俺に使える魔法もさっき使ったカオスインフィニティーだけだし。他は発動条件がわからないので、初級回復魔法のイエルすら使えない。
「まぁいい。金儲けになりそうなネタがあったら俺に教えろ」
「はぁ、まぁいいですけど」
「とりあえず、透明病の特効薬は三つほど作れ」
「……何のために?」
「売るんだよ!」
それは……いいのかなぁ。
クリストファーに渡して闇のルートに流すよりも、正規のルートで販売した方がいいのではないだろうか。いや、でもユーフォリアの花は現状ではクリストファーにしか採って来られないし、彼の協力なくして作ることは不可能。ここで彼の反感を買ったら、もう二度と透明病の特効薬は手に入らないのか。それは厄介だな。
「わかりました。透明病の特効薬三つ、作ってお渡しします。……困ってる方のために役立てて下さいね」
「ああ、勿論だ」
「買った人が破滅するような高値で売らないで下さいよ!」
「当たり前だろ。俺は良心的な何でも屋なんだ」
クリストファーは微笑む。そう言えば俺が依頼した時も、ガキからチンケな金額を取る趣味はねぇと言ってお金は取られなかった。身体能力は化け物じみてるけど、意外と良心的な商売をしているのかな。
「依頼人は生かさず殺さず。限界を見極めて細く長く搾り取るのが商売ってモンだろう!」
……前言を撤回する。
この人は間違いなく、悪徳何でも屋だ。
「その代わり、俺はお前に剣術を教えてやるよ」
「お手柔らかにお願いします」
「でも、いいのか? あんな魔法が撃てるくらいだったら、剣より魔法の腕を磨いた方がいいんじゃないのか?」
「いえ。剣でお願いします」
子供だったことや失われた古代魔法を撃ったことを踏まえても、一発魔法を撃っただけで魔力が枯渇して倒れるようでは俺の魔法の才能はあんまりないだろう。……魔人教団の教祖ガルシアなんて、平気で十発くらい撃つしな。
ラティクロの作中でも、セドリクス・ラティアは剣の腕が凄い凄いとは何度か言われていたが、魔法に関しては一切触れられていなかった。おそらく、魔法はそこまででもないのだろう。
それなら、魔法は一般的な治癒魔法などを少し覚えられれば十分だ。その程度なら、特別師匠をつけなくても日々の学問の中で身につけられる。
「お前のことは、なんて呼べばいい?」
「呼び方、ですか?」
「お前の名前、長いんだよ。セドリクスって、毎回呼べるかよ。舌噛むだろ」
いや、噛まないだろ。噛んでる人、見たことないぞ。
「なんかあだ名とかないのか?」
「はぁ。王子とか、殿下とはよく呼ばれますが」
「そういうのはあだ名って言わない」
ですよねー。
うーん。あだ名なー。
主人公アルは、アルードラだけどアルって呼ばれてるよな。クリストファーだとクリス。そういう略称みたいな物のことだろう。
セドリクスだと何になるのだろう? セド? いや、言いにくいぞ。
「次の稽古の日までに考えておけ。次は三日後だ」
「は、はい」
「それと、腹筋百回、腕立て百回、スクワット百回、走り込み十キロ毎日やること」
「は、はい。……はい?」
今なんて?
「じゃ、頑張れよ! 俺は動物さんたちにご飯をあげる時間だから帰るぞ」
クリストファーはこの前と同じように窓から出て行き、ドラゴンに乗って空に飛び去った。
……俺はこれから、毎日過酷なトレーニングメニューをこなさなければいけないのか。