表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/15

お母様に薬を飲ませました

 お父様の許可証を持って、お母様の寝室へ向かった。

 三階の東端の部屋が、お母様の部屋だ。煌びやかな金の装飾が施された赤紫の絨毯が敷かれた廊下を、突き当たりまで歩いていく。

 部屋の扉の前には、見張りの兵士が二人立っていた。


「ここは王妃様の寝室。治療師の方以外、お通しすることはできません」

「国王陛下から許可を頂いています。通らせて下さい」


 俺はお父様の許可証を高らかに掲げて兵士に告げる。


「失礼致しました。お通り下さい」


 兵士二人は綺麗に揃った動きで扉の両端に避けた。

 きちんとノックをしてから、中に入る。


 部屋は落ち着いた品のある調度品で揃えられている。お母様の趣味だろう。

 お母様ことフローラ・ラティアは、元々はリガーナ公爵家の令嬢だ。おっとりした優しい女性で、あまり派手ではなく落ち着いた物を好む。容姿はシルフェリアとよく似ていて、青みがかった銀髪に紫色の瞳の美しい人だ。

 部屋は昼間だがカーテンが引かれていて、薄暗い。静かに休むためだろうか。


 中に入ると、治療師が三人いてこちらを見た。一人は女性。後の二人は男性だ。


「きゃあっ! セドリクス様ぁっ!!」


 俺に気付いた女性の治療師が、こちらを向いて奇声を上げる。俺は驚いて、ビクッとなった。何なんだ。


「オリビア師長。王妃様の御前です」

「お休みになられている王妃様の部屋で騒がないで下さい」


 男性治療師二人は、冷静な声でオリビア師長と呼ばれた女性の治療師を咎める。慣れた様子だから、オリビア師長の奇声はいつものことなのかもしれない。


「失礼致しました、セドリクス王子殿下。治療師長を務めさせて頂いております、オリビア・ウィンスレットと申します。お目にかかれて光栄でございます」


 オリビア師長は、シンプルな水色のスカートの裾を持って軽くお辞儀をする。

 オリビア師長は幼さの残る面立ちをしていて、身長も低い。体も未成熟で、徐々に女性らしい体つきに成長している途上と言った感じだ。八歳の俺が言うのも何だが、まだとても若い気がする。


「はじめまして、オリビア師長。私は第一王子セドリクス・ラティア。お父様から許可を頂き、この薬をお母様に飲んで頂くために来ました」


 俺はオリビア師長に特効薬が入った小瓶を見せる。

 オリビア師長は、顔を近付けて小瓶をまじまじと見ている。


「この薬は! 透明病の特効薬!」


 オリビア師長は驚いている。

 驚いたのは、こっちだ。見ただけで、この薬が透明病の特効薬だとわかるのか。治療師って凄いんだな。


「どどどど、どうしたんですかこの薬!」

「えっと……神様にお祈りしていたら、神様が授けて下さいました」

「神様がっ!? 授けてっ!? さすが、セドリクス様ー! 神の子!? 神の子なの!? 美しい尊い」


 オリビア師長は俺が神様から特効薬を授かったと言う話を聞いて、また興奮している。……まぁ本当はマーラベットっていう邪神様が作ってくれたんだけどね。


「早速、王妃様に飲んでいただきましょう!」

「はい。お母様には、私からお渡しします」

「ご一緒させてください!」


 オリビア師長は人生で一番幸せな瞬間に浮かべるようないい笑顔で、俺をお母様のところまで誘導する。

 きっと、今まで一生懸命治療してきたお母様が元気になることを期待して、喜んでくれているんだな。


「お母様。セドリクスです」


 オリビア師長と一緒に天蓋付きのベッドに近づき、声を掛ける。


「セドリクス……どうして、ここに」


 お母様は弱々しく掠れた声で返事をした。体調はあまり良くなさそうだ。


「神様から、透明病の特効薬を授かりました。お母様に飲んでいただきたくて、持ってきたのです」

「まぁ……」


 事情を説明すると、お母様は天蓋から掛けられたレースのカーテンを開けた。

 お母様の体は、透けている。青みがかっていた銀髪も、アメジストのように美しかった紫色の瞳も、消えかかって色味がわからない。

 思わず息を呑む。このまま、消えてしまうのが透明病なのか。


 俺は靴を脱いでベッドに上り、お母様の隣に座った。


「さぁ、この小瓶に入った薬をお飲みください」


 俺は小瓶の蓋を開け、お母様の消えかかった手に持たせた。落とさないように一緒に支えて、お母様が飲み干すのを見届ける。


「ありがとう、セドリクス。良くなるような気がするわ」

「はい。ゆっくりお休みになって、早く元気になって下さい」

「そうね……。そうなったらいいわね」


 お母様は消えかかった手で俺の頭を撫でて微笑んだ。お母様の目には、小さく涙の粒が輝いている。


「今日は会えて嬉しかったわ。でも、もう来てはいけませんよ。あなたまで病気になったら、母は悲しいです」

「大丈夫です。透明病は移りません。それに、なっても神様が授けてくださった特効薬がありますから」

「そうね……。でも、次に会うのは元気になってからにしましょうね」

「わかりました! お母様が元気になったら、また来ます」


 俺は素直にベッドから降りて、お辞儀をしてから立ち去った。

 ラティクロでシルフェリアが透明病になった時は、特効薬を飲んで一晩眠ったら良くなった。お母様の方がシルフェリアよりも進行していそうだから一晩では難しいかもしれないが、良くなっていくに違いない。

 早くお母様の元気な顔が見たい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ