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「お兄様に近づくなんて、何様なのよ」
呟く声は、本気を孕んでいて、自分自身ですらも背筋が凍るような気がした。
「貴方なんて、死んでしまえばいいのよ」
梅子というあたしは、両手で彼女の背中を押した。
豪華な作りのエントランスホールに繋がる長い中央階段の一番上から、あたしはヒロインの背中を押した。
転がる身体がおもちゃみたいに、コロコロと転がっていくのを眺めて、笑った。
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目をつぶるたびに、あたしは、梅子という悪役に変わってしまいそうで不安になる。
ようやく眠りの世界に入ったあたしは、不思議な夢の世界に来たことにすぐに気が付いた。
ふわふわと、高い高い空から落ちてくる浮遊感がある。
怖いというよりも、気持ちが良い。
「来たよ」「梅子、来た!」
下で待っていたのは、神社で会った阿吽の狛犬たち。
「僕たち、梅子を待ってた」「待ってよ」
二匹の狛犬たちにあたしは、「ありがとう」と答えた。
「梅子の不幸体質の治し方はわかんないけど」「わかんないけどね」
「梅子の大事な人の姿を見せてあげることはできるよ」「できるー!」
二匹はあたしの手を引いて、走り出した。
神社の前に座っていた狛犬像の姿とは異なり、ふさふさの毛並みを持った2匹の狛犬があたしの前を走っている。
「見える」「ほら、見えるよ」
狛犬くんに促されて、足元を見ると、そこは懐かしい場所。
1ヶ月前まで住んでいた、旭院の町。
つまり―――乙女ゲームの、舞台となる町だ。
エリートが多く住む町であり、日本の最先端の科学が詰め込まれた未来都市。
過去から考えれば魔法と呼べるほどの科学が詰め込まれた旭院。
狛犬くんたちとともに、フワッと下に降りていくと、見慣れた町並みが広がっていた。
自動運転の自動車が駆け抜けていった。
「奏音!」
聞きなれた名前にびっくりして、声のほうに焦点を合わせた。
「はーい」と鈴がなるような可愛らしい声で反応したのは、乙女ゲームのヒロイン 広水奏音だ。
「一緒に行こう」
どうやら、登校時間らしく、声をかけた男とヒロインは肩を並べて歩き出した。
「君の、お兄さん?」「お兄ちゃん?」
狛犬くんたちの問いに、あたしは一拍、間を空けて頷いた。
あたしの兄はヒロインの攻略対象 神林 大和だ。
「まだ、妹さん。連絡が付かないの?」
うつむいたままの花音が、兄に〝あたし〟のことを訊いた。
自分の話題にドキッと胸がなる。
「そうだね、ケータイも繋がらないし、どこでどうしてるんだろうね」
淡々と答える兄の表情が、あたしの位置からは見えなかった。
「母は、〝もう関わるな〟の一点張りでね。腹を痛めて生んだ実の娘だっていうのに」
息をのんだ。
わかっていたことを、言葉にされると、意外とダメージが大きいんだって思った。
人に不幸を撒き散らす存在であるあたしを、母は煙たがっていた。
大事な息子である兄に被害が及ぶことを何よりも、嫌った母。
あたしが兄に近づくだけで、目を吊り上げて怒鳴った。
あたしが消えて1番、喜んでいるのは、母なんだろう。
「あたしは、梅子に会いたい―――」
ポツリとつぶやいた声は、風に巻き上げられてあたしに届いた。
ギュッと唇をかみ締める。
声の主は、乙女ゲームのヒロインであり―――あたしの親友。
「奏音」
1ヶ月前までよく、呼んでいた親友の名が、自然とこぼれた。
―――会いたい人に、いつでも会える人ばかりじゃない。
2018.12.24 一部設定変更のため、内容変更いたしました。