9.底にある危機
この後出てきた地下のモンスターは、軒並みさっきのオーガと同じかそれより厄介なくらいのヤツばかりだった。
宙を飛ぶ火の玉、普通のよりデカくて目がらんらんと光る化け物狼、オーガより更に背の高いつるっぱげの一つ目巨人などなど。
そのくせ、どれも魔石も落とさないし素材にもならない。こりゃ冒険者から敬遠されるわけだね。
「イヌイさん……こんなに凄かったなんて!」
ま、そんなモンスター達も俺の前ではエンカウント即グッバイ。最初は俺より前に出ようとしていたアビも、その光景を何度も見て、メインはすっかり俺に任せてサポートに回るようになっていた。
「いやー、それほどでも。この剣の力だよ」
一応謙遜はするけど、褒められて悪い気はしない。特に相手がこんな可愛い女の子だと。
「いいえ、もちろんその剣の切れ味はバツグンですけど、身のこなしも尋常じゃないです! なんですか、目に見えないほどのスピードって! これで冒険者登録したばかりなんて、今まで何をなさってたんですか?」
「いや俺はーーあ、えー、話すとちょっと長んだけどさ……」
こんな感動している相手に、特に何も、とは答えづらいので、生まれてこのかた田舎で修行漬けだったことにしておく。これならこの世界の常識知らずなのも納得してくれるでしょ。
「私もスピードには自信がありましたけど、イヌイさんにはちょっと敵わないです。そこにあの剣の切れ味が加われば防御も回避も不可能になっちゃうし、一種のコンボということでしょうか。あんな夢みたいな極意を実現させたのは、何という流派なんですか?」
やべ、そこはまだ考えてないところだ。適当に言ったツケがこんなに早く来るとは。
「あー、えーと、自己流というか」
「自己流⁉︎ それであんなテクネを?」
「あ、いや、色々な所で習ってて……あ、そうそう! この前は赤剛赤石流の道場にも行って、マキノって人に手ほどきを受けたよ」
「赤剛石流のマキノ⁉︎ "青の侍"の第二十席じゃないですか! どうやって会ったんですか?」
「え、フツーにワウラの街で道場に行ったら出てきて……」
"青の侍"ってなんだ? だいたい二十席って凄いのか分からんよ。
「元々お知り合いってことですかね……? だってそんな簡単に会える人じゃないから、国家級征伐から帰ってきたタイミングで約束されてたとか? とにかく、あれだけの武人とお付き合いがあるのなら、納得です」
勘違いも甚だしいけど、なんとか誤魔化せたかな? 今がチャンス、早めに話を変えよっと。
「あ、あそこ! 階段じゃない? 結構早めに見つかったね」
「あ、いえ。あそこは別の場所に降りるルートみたいなんです。行きたい所へはもっと奥にある別の階段が繋がっています」
複雑! ま、アビの気は逸らせられたから良しとしよう。
***
そんなわけで階段を通り過ぎ、少し進むと上り階段があった。あれれ?
そこを進むと、ホールに出た。ここ、見覚えあるような?
「え? ここ、最初のホールですよね。戻ってきちゃった? そんな、もう一つ階段があるはずなのに……」
アビも同じことに気付いたようで、不思議がっている。
どうやら調べた情報と齟齬があるらしい。でもここまでほぼ一本道で、他に下れそうなルートはなかった。
ということは、やっぱりさっきの階段を行くしか選択肢はないのでは?
「仕方ありません。戻ってみましょう」
が、案の定もう一度ぐるっとしてきただけで、迂回路はなし。こりゃいよいよかな。
「あの階段を下ってみるのはダメなの? 間違ってたら戻ればいいじゃない」
「いえ……あの階段は全然別の危険な所に繋がっている、いわば罠のようなもののはずなんです。それを知っていてあえてあそこを行くのは、ちょっと気が進まないというか」
アビの心配ももっともだ。二の足を踏むのも分かる、
でも、他に可能性はなくて、そして彼女は一人ではなく俺もいるのだからーー
「大丈夫、行ってみようよ。危ないと思ったらすぐ引き返そう、ね?」
「……分かりました。竜穴にいらずんば宝を得ず、ですよね」
異世界格言、頂きました。意味もスッと通るやつで助かります。
さて、鬼が出るか蛇が出るかーー
「オーガが出るかワームが出るか、エルフは度胸のドワーフ間抜け、です。行きましょう」
立て続けに飛び出る異世界格言。最後だけ急にディスり挟んできたけど、これも意味は分かる。てか、エルフなのに結構口悪いのね。もしかしてアビってダークエルフなんじゃないの?
「オッケー、行こう。俺がついてるよ」
「おっけー、てなんですか? とにかく、行きましょう!」
そこは通じないんかい! 感覚狂うねまったく。
***
そうして、俺達は階段の前までやってきた。
この先に待ち構えているのがなんであれ、わざわざ海を渡ってまで目的のためにがんばるアビのために、俺も全力でサポートしようと決意も新たにして、いざ。
「じゃあ、まず私からーーッ⁉︎」
そうしてアビが最初の一段に足を置いた瞬間。
階段はガラガラっと音を立て、ソッコーで崩れてしまった。
「キャアアアアアアア⁉︎?」
運悪くそっちの足に体重が乗り切っており、アビはぽっかり空いた穴に落ちていく。
「アビ、掴まれ!」
俺も全力で手を伸ばすが、ここで体を支えようと壁に手をついたのがいけなかった。
「ーーうおおおおお⁉︎」
なんとその壁もズルッと崩れ、完全にバランスを狂わされた俺もアビを支えることができず、逆に引っ張られて一緒に落ちていってしまう。
***
こんな初っ端から罠にハマるとは、我ながら情けない! ありがちっちゃありがちの展開なのに!
自分の間抜けさ具合を呪いつつ、俺とアビは底の見えない暗がりへと消えていくのだった。