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似たものどうし

作者: 砂乃 路傍
掲載日:2017/12/05

ちょっとした青春短編です。気楽に読んで頂けると幸いです。

「終わっちまったな。俺の青春」


 高校三年生の俺は、校舎三階にある教室の片隅、椅子ではなく机の上で、照明も点けずに黄昏れていた。

 壁掛け時計の針は、午後五時をとっくに過ぎている。無造作に開け放った窓の外では、動き続ける時計と同調するように、日暮れが近づいていた。


 俺は、ついさっきまで青春の真っ直中にいた。何と言っても、今日は県高校総体初日だったのだから。

 それに、何を隠そう、俺はバレーボール部の主力選手で主将。俺のように運動部に所属する高校生且つレギュラーであったなら、誰でも輝ける時間である。

 それがたったの3セット、一時間も経たずに終わってしまった。格下と目された高校相手にまさかの逆転負けを喫したのだ。トーナメント戦であるから、見事な初戦敗退である。


 試合直後、他の部員は泣いていたが、俺は泣くどころではなかった。予想外の結果に、涙も流れないほど茫然自失だったのだ。

 その後、どうやって着替えて、どうやって後かたづけをして、どうやって学校まで戻ってきたのかもよく覚えていないほどである。ようやく、自分で喋ったと自覚できた言葉が、先程の気障ったらしい台詞というわけだ。


 当たり前の話であるが、俺も今時の高校生。普段からこんな台詞を吐くような男ではない。それなのに、映画でも使われないようなクサい台詞が口をついて出たのは、今日という日が、良くも悪くもこれからの人生で忘れられない日になるであろうからだ。むしろ、忘れないようにするため、わざと記憶に刻印される言葉を使った、と言えなくもない。口から外に出してしまった今では、そう言い聞かせている。


「あれ?一人でなに黄昏てんのよ」

 不意に俺の後方、教室の出入り口から、からかうような若い女の声が聞こえてきた。

 聞き慣れた声に俺は振り向く。

 俺の返答を待つことなく、セーラー服姿の女子が俺の方を見ながらに教室に入ってきた。


 俺と彼女は、小学校時代からの知り合いだ。

 いや、ずっとクラスが一緒だった上、自宅もそれほど離れていないから、知り合いよりは親しいのかも知れない。だからといって、友達だと宣言し合った記憶もない。腐れ縁という間柄が正しいかどうかも分からない。


 俺は、感傷的な気持ちから、途端に不機嫌な気分になった。もう少し一人でいたいのは正直な気持ちだったし、この場面で他人をからかうような口調が気に食わなかったせいである。何より、彼女が他の女子に比べ近しい存在だからこそ覚える、俺の精神領域に無断で入るにも似た感覚──それが嫌だったのだ。


「別に、黄昏れてなんかいねえよ」

「うそつけ、どこからどう見ても黄昏れたでしょ。なに、もしかして初戦敗退とか?」

 俺は、(こいつ、知っててわざと聞いてきたな)と、心の中で呟いた。

 これは、いつものことである。彼女は、俺をからかうことを楽しんでいる節があるのだ。


「そう言うお前はどうなんだよ」

 ぶっきらぼうな口調で、俺は女子バスケットボール部の主将を務めている彼女に聞き返す。聞き返した途端、彼女は黙りこくってしまった。


「もしかして、初戦敗退とか」

 俺は、ここぞとばかりにやり返した。普段の鬱憤を晴らそうという思惑もある。


「……そのとおり。可笑しいでしょ。ベスト8は確実って言われてたのにね」

「えっ、マジかよ……」

 俺は、彼女が喉の奥から振り絞った声を聞き、それ以上言葉を紡ぐことが出来なくなった。この高校の女子バスケットボール部は、そこそこ強いからだ。


「監督から部員全員まで、揃いも揃って油断しきっていたのよ。勿論、あたしもね。気付いたら逆転されてさ。追い上げて同点にしたけど、最後は相手校のブザービーター。対戦相手舐めてたから、勝利の女神様にそっぽむかれたんだね、きっと」

 俺に対して敗退の原因を言い終わった彼女は、上を向いて視線を逸らす。

 涙をこぼすまいと、堪えに堪えての仕草だと俺は思った。事実、彼女の瞳は潤んでいる。


「俺も、似たようなもんだったよ」

 話すつもりのない言葉が、俺の口から出た。


 同じ初戦敗退同士、傷を舐め合おうとか、そのようなつもりはなかったのだが、どうしてか喋っている。いや、話したということは、心の奥底で彼女に聞いて貰いたかったのかもしれない。


「そうなんだ。さっき、あんたのとこの後輩に聞いた話、冗談じゃなくホントだったんだね」

「負けたのは本当なんだから、今更、誰も嘘なんて言わねえよ」

「だよね。あたしたち、また、似たものどうしだね」

 彼女は上を向くこと止め、俺を視界に置きながら歩み寄ってきた。ゆっくりと、机の上に座っている俺の隣──机に付随する椅子に座り、それまで注いでいた視線を逸らす。


 俺は、彼女が振りまいた清潔感のある香りを鼻腔に感じながら、「似たものどうし」という彼女の言葉を反芻した。

 彼女の言う「似たものどうし」が、俺はどうしても好きになれない。的を射た言葉だから、尚更認めたくないのだ。


 俺と彼女は、見た目の違いこそあれ、成績や運動神経といった点では似通った部分が多い。もし、同一の性別であったなら、『コピー』や『ツイン』などという、有り難くない渾名を付けられていたかもしれない。


 おまけに、青春の舞台であった部活動での苦労も、似たものどうしだった。

 最低限しか指導しようとせず、あまり熱心ではない顧問。ちょっと上手いが故にさぼり癖のある部員達。どれも共通事項である。

 お互いそれらを補うのに難儀したのは、同じ体育館で練習していたからこそ分かる。それぞれの対極にいた女子バレーボール部と、男子バスケットボール部が上手いことまとまっていたから、余計に自分達が苦労している心持ちになったものだ。

 部活終わりの下校時、期せずして一緒になった時などは、自然と愚痴の言い合いになった。


 そういえば、俺と彼女は部活中に負傷した時も一緒だった。

 俺はスパイクを打ち込んだ後、ネット際で相手ブロッカーの足に踏まれて。彼女は、リバウンドの競り合いで足を踏まれて。それぞれ仲良く全治二週間の捻挫を負った。

 今では笑い飛ばせる話だが、当時は二人共に「なんで俺が」「なんであたしが」と、恨み言ばかり吐いていたものだ。


 だからこそ、俺は彼女の言葉を頭の中で繰り返した。

 あっけなく初戦敗退して、部活に打ち込んだ青春が終わった日も同じ、という現実を突きつけられると、彼女の言葉を認めざるを得ない。血の繋がりがあってもここまでは似ないだろうな、と思う。


「そうだよな。認めたくないけど、ここまできたらそうなのかもな」

 俺は、彼女に体ごと振り向いた。美人未満の顔が、俺の双眸に映し出される。今の今まで、何故か憎めなかった顔だ。

 何故か、彼女も視線を逸らさない。


「それは、認めるってことでいいのかな?」

「そう言ったつもりだったけど」

 俺とのやり取りで、彼女の顔に、らしくないたおやかな笑みが浮かんだ。


 俺は、その笑顔を見て、不覚にも顔が火照ってしまった。照れくささのため、一時的に体温が上昇してしまったことを自覚する。


「なに、至近距離で人の顔見て赤くなってんのよ。あんたちょっと……」

 キモい、とでも言おうとしたのだろうが、流石にそれは言い過ぎになると気付いたようだ。彼女は笑みをやめ、口を噤んで俯いてしまう。


「言えばいいじゃねえか、何だってよ。今更、気を遣う間柄じゃねえだろ」

 俺は、照れを隠すために冷静を装って、俯く彼女に話した。キモい、と言われて喜ぶ性癖は持ち合わせていないが、今の彼女になら言われても、大して心外ではない。


「そう……だよね。気を遣う間柄じゃないんだよね」

「そうそう。俺とお前は、初戦敗退まで一緒になって、部活が終了した日も同じの似たものどうし。いつものように、愚痴ろうぜ」

 俺は、俯きながら話す彼女に笑いかけた。


 俺の言葉に、彼女は俯いていた顔を上げる。その顔は、どうしてか真剣味が備わっていた。

「この際だから…気を遣う間柄じゃないから……言うね。愚痴る前に」

「おう、何でも言えよ」


 この後、一拍の間を置いて、彼女の口から意を決した言葉が出た。

 思いもしなかったその言葉を、俺が生涯忘れることはないだろう。部活ばかりに打ち込んでいた高三男子である俺には、「キモい」なんかよりも遥かに衝撃的な言葉だったからだ。


 彼女の言葉を耳に入れた俺は、一瞬だけの間、試合に負けた瞬間よりも五割り増しで頭の中が真っ白になった。

 俺が正気を取り戻して尚、彼女は真顔を崩していない。


 どうして彼女が、このタイミングでこんな話をしたのか、甚だ疑問に思ったが、今はその話題でお茶を濁す時ではないと即座に判断した。大切なのは、本心からの答えを出すことだ。入らぬ時間を空けて思わせぶりな態度をとるのは、双方にとって良いものではない。


 俺は、彼女に答えを出した。その答えを聞いた彼女は、先程のたおやかさはないが、俺が知る限り最高の笑顔を見せてくれた。


 俺の顔がまたもや火照る。生涯で初めての経験だから、致し方ない。


「帰ろっか、一緒に」

「そうだな」

 お互いの間に流れようとした、気まずい沈黙を嫌って破ろうとする点も、似ていると思う。


 俺は、机から降りた。そして、椅子から立ち上がり、短めのスカートを僅かになびかせながら廊下に出ようとする姿を目に焼き付け、横に並ぶ。


 俺が後日に聞いた話では、彼女は部活を引退したら告げると心に誓っていたそうだ。時間を置いてしまえば、受験勉強やら何やらで忙しくなり、言う時期を逃すだろうから、逃したら、ずっと離ればなれになるかもしれないから、と。


 俺はと言えば、そこまで考え及んでいなかった。それはそうである。相手が俺のことを本心でどう思っているか──なんて思考したことすらなかったのだから。自身の奥底にある感情にも、彼女から言われるまで気が付かなかった。恐竜並みの感覚と言われても反論はできない。

 よって、彼女から「鈍感すぎ」と言われても、真面目に頷くだけだ。それでまた彼女にからかわれるのだが、それはまた別の話になる。


「明日からどうするんだ?」

「んー、しばらくボールは触りたくないし、見たくないなあ」

「なんだよ、俺と一緒かよ」

「あはは。あたし達、やっぱり似たものどうしだね」

 俺と彼女は、誰もいない廊下を歩みつつ、互いに顔を向けて笑い合う。今までより、何倍も魅力的に見える彼女から出でた言葉は、俺の中において既に気に食わないものでは無くなっていた。


 似たものどうしである俺と彼女の、球技に捧げた青春は終わった。直ぐさま、二人同時に新しい別の青春が始まったのは、やはり似たものどうしだからなのかもしれない。

                                    了

有り得ないかも、けど有り得るかも。

物語としてはありふれたものを書いてみよう、と思ってつらつらと書き記しました。

読んでくださってありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] キャラの心理を表す繊細な描写の数々が心に響く作品ですね。 2人の関係が自然で初々しく、温かな気持ちになりました。
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