点夜線夜8
エンジンを切り、バイクを押して校舎に向かった。
深夜のため幾分不気味な様子はあるが、木造建ての校舎は、あの頃の記憶のままだった。
正面玄関にぞろぞろとならんだ下駄箱。規則正しくならんだ、手洗い用の水道の蛇口。校舎から突き出した時計台。
それらの造形ひとつひとつに思い出が詰まっていた。
感傷に浸っていると、急に後ろから声をかけたれた。
「もしもし、こんな夜中に勝手に校舎に入ってはいけませんよ」
振り返ると老人が立っていた。
僕は驚きのあまり、おしっこを漏らすところであった。
「君は何の用事で学校に来たのかね」
老人の後ろには用務員用の小屋があって、そこには灯り付いていた。
そうか、宿直員がこの学校にはいたのだ。思い出した。
思い出したが、今目の前にいるこの老人は、僕の記憶にはない。
とりあえずその場を取りつくろう。
「いや、すみません。僕はこの学校の卒業生です。近くを通っていたらつい懐かしくなって、勝手に入って来てしまいました」
「ああ、そうですか」
老人は怒る素振りもなく、僕に近づいてきた。
「でも今は深夜だ。夜に学校を訪ねるのは感心しないですね」
「はい。おっしゃる通りです」
「また日を改めておいでなさい」
「そうですね。そうさせてもらいます」
老人に向かって一礼をして、またバイクを押して元来た場所へ向かった。
老人は去り際に「気をつけて」と言い、僕を見送ることなく踵を返し、宿直室へ向かった。
グランドに入る路地に戻り、バイクに跨ってエンジンをかける。
最後にちらっと校舎を眺めた。本当に懐かしい。
多分またここへ来ることはないだろう。だから最後にこの光景を目に焼き付ける。脳裏に焼き付ける。
僕が卒業した小学校は、人口減少のため生徒数が減少して廃校となった。
3年前に校舎の取り壊しも完了したと、同級生だった友人から聞いている。
「さようなら」
そう言い残し、僕は元の世界へ帰った。