点夜線夜7
深夜になり、いつものように散策に出かけた。今日は竹原にやって来た。
海風の中を、バイクの排気音がプルプルと響いていた。
海岸沿いの細い道を走っていると、前方に大きな岩のような物が、向かう先の道を塞いでいるのが見えた。
近くまでやって来て、バイクを止めてみて見ると、それはジャガイモだった。
とても大きなジャガイモだった。人の背丈の倍程はある。
表面には土が付いていて、その土はまだ湿っぽく、たった今畑から掘り起こされたように新鮮だ。
僕は来た道を戻るべきか、目の前のジャガイモも創意工夫を凝らして料理するかを悩んでいると、突然、ジャガイモが僕に語りかけてきた。
「もし、そこの旅の人。私の話を聞いてもらえませんか?」
「え、もしかして、君が話しかけているのかいジャガイモ君」
「はい。私があなたに話しかけているのです、旅の人」
「そうなのか、君は言葉を話せるジャガイモなのだね、ジャガイモ君」
「はい。私のように大きく育った作物は、人の言葉を話せるのです」
「それは知らなかった。僕はまた少し賢くなったような気分だ。ところで君はどんな話を聞いて欲しいのだい?ジャガイモ君」
「はい、実は私を海に行きたいのです」
「海へ?」
「はい。海へ」
僕は不思議に思った。彼の目の前はもう海だ。ジャガイモ君と僕がいるのは海岸沿いの道で、その道の下方三メートルには波しぶきが立っている。
「ジャガイモ君、目の前は海じゃないか。君はもう海へたどり着いているよ?」
巨大なジャガイモは何とも悲しそうに答えた。
「いいえ、私はまだ海にたどり着いてはいないのです。自らの力でどうにかここまで来たのですが、ご覧のように目前で力尽きてしまったのです」
「つまり」
僕はジャガイモにさらに問うた。
「つまり、君は、自分の力でここまでやって来たのかい?」
「はい」
僕は海とは反対側の山の斜面をみた。そこには草や小さな木々をなぎ倒してできたわだちが残っていた。
ジャガイモは更に続ける。
「私は何年も何年も、あの海を見ておりました。そして何時からか、あの海に行ってみたい。実際にあの巨大な海に我が身を浮かべ、漂いたい、そう願い続けていました」
その願いは、目前にあった。目下三メートルの所にまで迫っていた。
「ですから、旅の人。もしあなたが私の話しを聞いてほんの少しでも同情して、この哀れなジャガイモめを助けたいと思って頂けるならば」
「ならば?」
「手を貸して頂きたい!」
ジャガイモは叫んだ。
「よし!わかった!」
僕も叫んだ。
そして僕はジャガイモ君の身体を押して、道を転がすことを試みたが、うまくいかなかった。
ジャガイモ君の身体は重すぎたのだ。
ならばと、バイクに跨り、エンジンをかけ、一旦その場から離れて加速をつけ、バイクごとジャガイモ君に体当たりしたが、これも駄目だった。
ジャガイモ君少し揺れただけで、バイクはヘッドライトの辺りがべこべこになっただけだった。
「こうなったら!」
僕はバイクのサイドバックから、たまたま、本当にたまたま持っていたダイナマイトを取り出し、山の斜面側のジャガイモ君の脇へ仕掛けて火を放った。
「ジャガイモ君!」
「はい!」
「行くのだ!君は!海へえええ!」
「はいいいい!」
ドカーーーンッ
ジャガイモ君は宙に舞った。
ジャボーーンッ
そして海へと落ちた。
「ジャガイモくーーん!!」
一度沈んだジャガイモ君はまた海面にその身を浮かべた。
「旅のひとおお!ありがとうございましたーーっ!」
ジャガイモ君は波に揺られながら沖へと流されて行った。
「君はこれからどうするんだーーっ!!ジャガイモ君!?」
すでにかなり沖に流されたジャガイモ君は、元気一杯に答えた。
「私はこれから、海を流れて世界中を回ります!そして沢山新しい物を見て、新しい知識を得て、立派なジャガイモになろうと思います!」
「そうか!がんばれよーーっ!」
手を振る僕に、さようならと答えたジャガイモ君の声は波の音で微かにしか聞こえない。
僕は夜の海に向かっていつまでも手を振りながら考えた。
ジャガイモ君がこのまま潮の流れに乗り、向かう先。
そう、そこは香川県。
ここは瀬戸内海であった。