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朝はいつもお母さんのバタバタした準備の音で起きていた、というか起こされていた。
二階の寝室でママと隣同士で寝ていたけど、朝起きると隣の布団はもう空。
一階に降りると、ママはいつも表現しやすいくらいバタバタと準備をしている。
おたまを落としたり、たまにつまづいたり、常に小走りで移動してるからだ、絶対。
おはよう、と言うとママはいつも何か準備をしながらおはよう、と返してくる。
わたしのほうなんか見る暇もない。
そして、そのまま大急ぎで家を出て行ってしまう。
急に物音一つしなくなった家。
テーブルの上には、ママが用意してくれた目玉焼き一つだけが置いてある。
食べる頃にはもう冷めちゃって、でも温めるのもめんどくさくていつもそのまま食べる。
ママは忙しいのに、朝ごはんを作ってくれている。
休む暇もなく、私のために働いてくれてる。
私は愛されている。
毎朝、そう自分に言い聞かせないと、一人で冷たい目玉焼きなんて食べていられなかった。
ーーーー
がんがんっ!
頭に大きな振動が響いてくる。
がんがんっ!!
痛い、痛い!
思わず飛び起きた。
目を開けるとそこには知らない空間。
あ、ここはあの男の家か。
そういえば、これからどこで寝るかってなって、男二人と同じ部屋で寝るのはまずいだろってなって私はリビングで寝たんだった。
そして、隣を見るとあの男が立っていた。
上は暖かそうな白のパーカーで下は黒いスウェットを履き、片手にフライパン、片手におたまをもって立っている。
すぐにわかった。
こいつ、フライパンとおたまを叩いて起こすという古風な起こし方をしたな、と。
「その起こし方やめて?」
朝から頭がズキズキ痛むのは勘弁だ、と思い私がそう伝えると、彼は強気に
「俺は小さいころからこれで起こされてきたんだ。慣れると頭がしゃきっとしていいぞ。
」
と言った。
ちょっと自慢げなのが腹立つ。
でもそんなわたしのイライラは、部屋に漂う美味しそうな匂いですぐに収まった。
「ほら、朝ごはんさめるぞ。」
彼の言葉に私は咄嗟に布団からでて、食卓の椅子に座る。
白米と味噌汁、あとは煮物とか卵焼きとかおかずが何個か置かれていた。
どれもみんな白い湯気がたっていて、私の心までも暖かくさせる。
昨日の夕ご飯から思っていたけど、この人相当料理うまいんじゃないのか?
ふと部屋を見渡して見る。
ほこりなんて一つも転がってない。
フローリングもピカピカだ。
物だってちらかってない。
男の一人暮らし、舐めていた。
うちのママとは桁違いだ。
朝ごはんは目玉焼きだけじゃないし、部屋だって掃除されてるし。
まぁ、ママが仕事で忙しいんだから仕方ないんだけどさ。
すると彼もエプロンを外して、私の前に座ったので私はお味噌汁に手をつけた。
大根と油揚げの味噌汁。うんまい。
次は、野菜づくしの煮物。これもうんまい。
彼の料理に魅了されっぱなしでいると、彼は納豆を混ぜながら言った。
「すすき、学校はどうするんだ?」
え?今日、日曜じゃないの?、と一瞬ぎょっとしたけど、すぐにそういう意味じゃないとわかった。
「今通ってた学校がね、前のうちよりこっちから通うほうが近いらしいの。」
「え?!そうなの?!」
「うん、だから学校は心配しないでいいよ。」
私がそういうと彼は安心したのか、お味噌汁をすすった。
次は、私が聞く番。
「あのさ、私、まだ高校一年生だし、これからの教育費とかはどうするの?」
本当にずっとこれが気になっていた。
高校一年生なんて学校の行事とか、教科書とかでお金もかかるだろうし、生活費も二倍になる。
この人はきっと若さ的には大学生とかだろうし、バイトの収入だけで二人も生きていけるのだろうか。
すると彼は、味噌汁をテーブルに置くと
「お金は大丈夫。心配すんな。」
とあっさりと言い放った。
どこにそんな確信があるんだろうか。
親から大量に仕送りをもらっているのか?
だとしたらちょっと情けない。
それとも闇バイトにでも手を出しているのか?
あまりに言い切るから、私の悪い想像力が働いてしょうがない。
そして、また一つ聞きたいことが浮かんだ。
「あ、あとあと。」
「次はなんだ。」
彼はちょっとうざったそうに返す。
ちょっとそれに傷つきつつも、聞いた。
「あなたのこと、なんて呼べばいいですか?」
「んえ?」
彼は意外だったのか、素っ頓狂な声をあげた。
「藤原さん…も嫌だし、杏太郎さんも新婚さんみたいで気持ち悪くて。」
「そ、そうだな。」
気持ち悪い、のワードにちょっと彼は傷ついているみたいだ。
あっちも私のことをいつのまにか”すすき”と名前呼びしてるわけだし、私も彼のことをどう呼ぼうか考えていたのだ。
でも全く呼び方のアイデアが浮かばず、未だに心の中では”彼”と呼んでいるけど、一緒に住む人をこれからずっとこう呼ぶのもなんだかアメリカのホームドラマみたいで落ち着かない。
「友達とかからはなんて呼ばれてるの?」
わたしはそう聞いた。
すると彼は、んーと口を紡ぐとこういった。
「一人だけ”キョン”と呼んでる奴がいる。」
「ぐっ。」
予想外の可愛い呼び方に思わず、吹き出してしまった。
キョン。
いい。
「決定。」
「まじかよ。」
男、いや、キョンの顔に難色が浮かんでいる。
でも、なんだか呼びやすいし、響きが可愛いし、これしかない!
「うお!やべ!」
するといきなりキョンが慌てて残りの朝ごはんを口に書き込み始めた。
と言うかもう”キョン”呼びに慣れている自分。
キョンは、秒で残りの朝ごはんを平らげると自分の食器をシンクに運んだ。
そして、一旦リビングから消えてこっちに戻ってきたきた時には昨日きていたスーツを着ていた。
そして、わたしに向かって言った。
「んじゃ、俺、会社行ってくるから。」
え…………?
「会社員なの?!」
私は驚きすぎて、思わず声がひっくり返る。
するとキョンは
「あれ、言ってなかったっけ?」
とあっけらかんに言った。
だから、お金のことは心配するなと言ったのか。
というか自分の居場所といい、職業といい、大事なこと言ってなさすぎ!
「夕方には帰るからな、昼は冷蔵庫のやつ適当に食べてな。自分の荷物送ったりすんだから親戚に連絡しとけよ。あと、宿題もやっとけよ。あと、まぁ迷わない程度にここらへん散歩でもしてろ。」
ほんの何秒かで、キョンは私に今日のやることを伝えた。
でもあまりに流暢に言うので、ほぼ私の頭には入っていない。
そして、キョンは滑るように早く部屋を飛び出していった。
ーーーー
「あ、もう12時。」
時計を見るともうお昼になっていた。
キョンに言われた通り宿題をやったり、朝ごはんの食器洗いもした。
たしか、お昼ご飯は冷蔵庫にあると言ってた。
一人暮らしにしてはなかなか立派な冷蔵庫を開けて見ると、そこには食材もたくさん入っていたけど無数のタッパーが入っていた。
タッパーだけで冷蔵庫の3分の1のスペースが埋まっている。
私は一個一個中を開けてみてみた。
ハンバーグ、煮物、炒め物、カレー、まだまだある。
相変わらず全部美味しそう。
でも、これ全部私に?
夕飯の分も兼ねているにしても、あまりに多すぎる。
男子の食べ盛り長いな、なんて思いつつ、私はハンバーグの入ったタッパー以外は冷蔵庫に戻した。
そして、ハンバーグを電子レンジに入れて温める。
それと同時だった。
がちゃ、とどこかの扉が開く音がした。
私は咄嗟にしゃがみこむ。
この近さからして、すぐそこのベランダのドアが開いたみたいだった。
人の歩いてくる音がする。
「誰かいんのか?」
誰に言ってるかもわからないその声に私は、縮み上がる。
キョンではない、知らない男の人の声。
足音はゆっくりキッチンに向かってくる。
あまりの恐怖に目をふさぐこともできない。
何もできないまま、キッチンからひょこっと人影が現れた。
金髪、ピアス、スウェット姿、知らない男。
そいつもしゃがんだ私に気づく。
ばっちりと目が合う。
「ぎゃーーー!!」
私は本能的に声をあげた。




