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電車が駅を出発してしばらくたった。
ドアから見える景色は、スピードを保ったままどんどん流れて行く。
男はわたしの腕を掴んだまま停止している。
すると、突然小さな声でつぶやいた。
「俺何してんだ……。」
そう言うと、男は両手で頭を抱えた。
その言葉を聞いて、男がやっと冷静を取り戻したんだと悟った。
わたしを連れ去ったのは可哀想なわたしを見て一瞬の気の迷いだったんだろう。
一瞬でも本気でどこかへ連れてってくれると思った自分がバカで、恥ずかしくなった。
「ごめん、次の駅で降りるから。」
私は自分の足元を見ながら、言葉を落とした。
そしてこれからの生活を想像した。
きっと親戚の誰かに拾われるか、保護施設にでも入れられるんだろうか。
幸運にも親戚の誰かが引き取ってくれて、新しい家族に
「私たちのこと、本当の家族だと思ってね。」なんて言われるけど、何年たっても絶対そんなこと思えないんだろう。
これから起こる現実を予想していると、急に男が両手で私のほおを挟み、自分の方を向かせた。
彼の手はやっぱり熱くて、私のほおまで熱が伝わるのがわかる。
「帰りたいのか?」
男は私に聞いた。
「わたし、もう子供じゃないし、高一だし、お金もかかるし、いろいろ難しいお年頃だし、今日初めて会った人にに迷惑かけられない………。」
正論を並べてますます悲しくなった。
彼が私を拾うことなんてありえないし、できないことなんだ。
彼はきっとまだ大学生くらいだ。
これから彼女もつくって結婚もして、楽しい毎日があるんだろう。
そんな生活、わたしが奪っていいわけないんだ。
「でも、あっちにいたって笑えないんだろ?」
彼は、純粋にそう聞いて来た。
「笑え………ない。多分。」
嘘はつこうとしたけど、つけなかった。
本当に自分がこれから笑える気がしなかったのだ。
「じゃあ俺とくるしかねえな!」
彼はそう言うと、弾けたように笑った。
その笑顔はわたしの心をどれだけ溶かしたら気がすむんだろう。
気づけば、わたしはまた泣きそうになっていた。
彼の両手を引き剥がして、自分の目をこすった。
「絶対後悔するよ?捨てるなら今のうちだよ?」
わたしは突き放すように言った。
捨てられたくないくせに、拾って欲しいくせに。
わたしって結構めんどくさいやつなんだな。
「今、お前を見捨てたら俺は死ぬまで後悔するわ。」
彼はためらうことなく、そう返した。
というか、そう返すと思っていた。
わたしはもう知っている。
彼がどんなに優しい人なのかというとこを。
「年頃女子、どんとこい。」
彼は楽しそうにそう言うと、右の手のひらをわたしに向けた。
もう知らないからね?
後悔したって知らないからね?
ありがとう。
わたしはそんなことを込めながら、彼とハイタッチした。
電車はそれから、私たちを遠くへ運んでいった。




