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隣にいること  作者: しずく
3/8

3

気がつくと、わたしは自分の部屋のベッドで寝ていた。


目が覚めても体が重くて、私は仰向けのまま天井を仰いでいた。


どうやってケーキ屋さんから家まで来たのかと一瞬疑問に思ったけど、ぼんやりとあの男におんぶされてきた様な記憶があった。


わたしよく知らない男の人におぶられてなにしてんだ……。


嫌悪感より恥ずかしさが優って、自分の顔が熱くなるのがわかった。


その時、わたしの部屋のドアを誰かがノックした。


横たわったまま、はぁいと言うとドアがゆっくりと開いた


親戚の誰かが心配してきてくれたとおもったら、白いお皿を片手に持ったあの男が立っていた。


私は咄嗟におんぶのことを思いだして、気恥ずかしくなって顔まで布団に潜った。


「なんだなんだ、おんぶされたのが恥ずかしいのか?」


男は、楽しそうにそう言った。


答えが的を得すぎて、なにも言い返せない。


というか、本当におんぶされてたのか!


わたしは布団の中で顔を歪ませていると、男はわざとらしくため息をつくと、残念そうに言った。


「そんなんじゃお寿司残ってたけど、たべれないかぁ。」


私は布団から目覗かせて、男が楽しそうにニヤニヤしてる顔をにらんだ。



「元気そうでよかったわ。もう気持ち悪くないか?」


男はベットの横にあぐらをかいて、お寿司を頬張る私を見つめながら聞いた。


わたしは、大丈夫と言う代わりに玉子を口に頬張ってみせた。


すると男は、ははっと目を細めて笑った。


わたしの部屋にいるからだろうか、二人きりだろうか。


男のふわふわな黒髪をみていたら胸がきゅっとしぼんだ気がした。


「あのさ。」


「ん?」


「どうしてこんなに優しくしてくれるの?」


私は思い切って聞いてみた。


男はただのママの同僚で、私のことは知らなかったはずだ。


それともママが私の話でもしていたんだろうか。


一人でいたわたしが可哀想にでも見えたんだろうか。


それとも….


「私が可愛かったから?」


「阿保か。」


冗談なのに、そんなに咄嗟に返さなくてもいいじゃないか。


男は前かがみになって、銀色の腕時計をいじりながら


「なんでだろうなぁ。」


と呟いた。


「鼻くそがついてたから。」


「ばか。」


こいつもくだらないことしか考えてないじゃないか。


別に笑う雰囲気じゃなかったけど、また思わず頰が緩んでしまった。


この人は私のことをどうみてるのかよくわからないままだったけど、もうそれでいいとおもった。


私の本能がこの人を受け入れてるようだった。


だから部屋に入られても、おんぶされても不思議と不快には思わなかった。


多分、これが嫌いじゃないってことなんだと思う。




「じゃあ俺帰るわ。」


「え。」


男はそう言うと立ち上がってドアノブに手をかけた。


「まって。」


自然に声が漏れていた。


「おくる!」


行かないでとか、もうすこし隣にいてなんて言えない私には、この言葉が精一杯だった。



ーーーー



「なんでおじさんがついてくるんですか。」


「なっ、私は君がこいつを駅までおくるって言うから心配で来たんだぞ?さっき君は倒れちゃったんだから。」


なにこれ、デジャブ?


あの男を一人で送る予定だったのに、またおじさんがついて来て結局、3人でまた揃ってしまった。


すこしがっかりだけど、でも少し安心した。


二人でいるとうまく話せるかわからなかったし、緊張してしまうと思ったから。


案の定、私は家をでてから男に話しかけられないでいた。


男はそんなことどうもしないって感じで、私の隣を飄々と歩いている。


なんかむかつく。


ケーキ屋さんにいった時と変わり、外の景色はもうオレンジの光に包まれて世界が黄金色だった。


たまにすれ違う人たちは、みんな仕事終えたのかどことなく顔が疲れていた。


隣を歩く男の顔を見上げてみると、白い肌がオレンジの光があたっていた。


私は、好きな物はずっと見つめていられるたちだが、彼の顔もずっとみれると思った。


イケメンではないけど、目立った短所もない彼の顔がなんだか好きだった。


私は色素が薄いほうが好きっていう好みもあるかもしれないけど、彼の顔は私を心地よい気分にさせて、きっと私の敵ではないと感じさせてくれた。


「お、もう着いたな。」


おじさんの声ではっとして前を見ると、もう駅の入り口に私たちは立っていた。


「じゃあ、改札通る前にお別れだな。」


家をでて、初めて彼の声を聞いた。


彼は悲しそうでも、嬉しそうでもない声でそういった。


こんなに寂しいのは私だけなのかと、悔しくなって


「ホームまで送る!」


とわがままをいった。


おじさんも彼も、目をまるくしていた。


私は彼らを置いて、先頭きって持って来ていたパスモで改札をとおってやった。


これでもう戻れない。


私は振り返って、後ろからついて来ていた彼らを見るとすたすたとホームに向かった。


ホームに立っていると、彼とおじさんもきて3人でホームに並んで立った。


「なん分の電車に乗るんだ?」


おじさんがそう男に聞くと


「45分っす。」


と、男は返した。


携帯を取り出して時間をみると、今の時刻は43分。


あと2分。


如実に出た残り時間がわたしをあせらせる。


何か言うことはないのか、言い残したことは無いのか。


携帯を教えて?名前を教えて?

どこに住んでいるか教えて?



たくさんあるのに優先順位がつけれなくて、なにも声に出せない。


「あ、そうだ。」


男が突然そういって、ズボンのポケットに手を入れた。


そして、わたしの左手を取り手のひらにものを乗せた。


わたしの手の上には、木で掘られた栗のキーホルダーが置かれていた。


色も塗られておらず、ただ本物の栗と同じくらいの大きさの栗に掘られた木の塊だった。


その木の塊には、巧妙に「すすき」とひらがなで黒のマジックで書かれていた。


私の名前だった。



「すすきって名前、可愛いでしょう?

”好き”ってはいってるんだよ?ママ、すっごくお気に入り!」


私が小さい頃、ママが得意げに私にそういったことを思い出した。


「お前、モンブランくってたろ?だから栗好きだと思って。」


男は、真剣にそう言った。


たしかに栗はすきだけど、モンブランがすきと同じレベルでは無いと思った。


てか、こんなんどこでかったの。


はたして需要はあるのか。


「ほんとばかっ。」


さっきまでの硬かった空気が嘘みたいに、ゆるんで私はまた笑ってしまった。


「へへっ。」


私の頭上で彼も、恥ずかしそうに得意そに少し笑った。


「2番線、電車が参ります。」


ホームにアナウンスがなった。


せっかくゆるんだ空気がまた私を固めた。


手のひらの栗を握りしめる。


「やっぱさ、俺思うんだ。」


電車が私たちを横切っていき、私たちの髪の毛や服を揺らす。


「お前は笑ってるほうがいいぞ。」


男はそう言うと私の頭を今までより強くぐしゃぐしゃと触った。


「じゃあな、すすき。」


彼がわたしの頭を強く触ったせいで、そう言った彼の顔は見えなかった。


ずるい、ずるい。


最後に変なプレゼントなんかくれて、わたしの名前を呼んで、笑ったほうがいいとかいって。


ずるい。


「無理だよ。もうわたし笑えない。」


私がそう言うと、頭を撫でていた彼の手が止まった。


ずっと黙っていたおじさんも心配そうに、


「す、すすきちゃん?」と言った。


私は、彼の手をはねのけて顔を上げて彼の顔を見て言った。







「もう知ってるよわたし。ママがいないこと。」





そう、私はやっと思い出したのだ。


ママが3日前出張先で、事故で死んでしまったこと。


今日うちで行われていたのはママの葬儀だったこと。


そして、親戚たちは記憶を無くした私を傷つけないように黙っていたこと。


気づけば、私はぼろぼろと泣いていた。


「もう私一人ぼっちなんだ…。誰もいないんだ……。」


彼は黙って、聞いてくれていた、と思う。


「ママにはもう、もう…会えないんだ。」


もう涙は止まらなかった。


歪んだくちから、しゃくりあげる声も止まらない。


「だからもう、これから、多分笑えない。」


その時、ぷしゅーっとドアの開く音がした。


中から人が出てきて、はりつめた空気の私たちの横を通り過ぎていく。


彼は今、どんな顔をしているんだろうか。


困っているだろうか、めんどくさがっているんだろうか。


「なぁ。」


彼は、こう続けた。


「俺と一緒に来るか?」



心臓がどきっとした。


見上げると彼は、今まで見たことない真面目な顔で私を見下ろしていた。


すると横からおじさんが


「な、何バカ言ってんだ!本当に誘拐する気か!」


と怒鳴り込んできた。


その通りだ、この人は本当にバカ。


でも、私にはこの選択肢以外残っていない。


わたしがこれから笑っていける選択肢以外。



「づれでっで………。」


ぐちゃぐちゃの顔で、絞り出すように言った。


「ひとりにしないで……。」



それは一瞬だった。


わたしの体をひょいと引っ張った彼の腕にわたしは引き寄せられ


気づけば電車乗っていた。


それと同時にドアが閉まった。


振り返ると、ドアの向こうでおじさんがあたふたと悶えている。


そして、電車はゆっくりと動き出した。


そこでわたしをつかんだ彼の手がとても熱いことに気づいた。


彼は、ドアの外を見つめていた。


























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