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隣にいること  作者: しずく
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あれから10分ぐらいたってくると、さっきまで和室にいた人たちがみんなぞろぞろと私たちのいるリビングに入ってきた。


おじさんたちは、みんな次々とオレンジジュースの他に用意されていたビール瓶を開けて、顔をほころばせながら飲み始める。


さっきまで男と二人でのんびりとしていた空間が一気に、酒気を帯びた楽しそうな愉快そうな空気に変わった。


わたしはなんだか居心地が悪くなって、席を離れてリビングをでて、お庭にでた。


リビングとお庭を続くガラスの扉を閉めて、花壇の前にある茶色の椅子に腰掛ける。


お庭は普通の一部屋分くらいの広さで、パパとママがよく色んなお花を植えていた。


けど、今はもう肥料も何も残ってない茶色の土。


花があるのと無いのでは、こんなにも眼に映る景色が違うのかとあらためて痛感させられた気がした。


なんだか可愛くて穏やかなものを見たくなってきた。


急にママに会いたくなってきた。


ママは一週間前に、仕事の出張で家を空けてそこからまだ帰ってきてない。


3日くらいで帰ると言っていたのに。


何かあったんじゃ無いかと心配でたまらないのに、何故かここ最近自分が何をしていたかの記憶が思い出せない。


でもきっと私はママの友達や仕事関係の人たちにママの居場所を聞き回ったに違いない。


でも、誰からも連絡は来ない。


私はおもむろにため息をついた。


ガラスの向こうは知らない人だらけ。


ママと二人で住んでいた家が滅多に食べないお寿司や、知らない人たちの匂いで充満していて、それもなんだかわたしを心寂しい思いにさせる。


ママ、早く帰ってきてよ。


「おい!娘!」


後ろから私、だろうか、呼ぶ声がした。


この声は、あの男の声だ。


振り向くと、やっぱりあの男がガラスの扉を開けてこちらを見ていた。


「ちょっとついてこい、ケーキ食うぞ。」


男はそう私に言い残すと、足早に玄関の方へ向かった。


ーーーー


「別におじさんはさそってないんですけどね。」


男は歩きながら右隣をみて、目を細めながら言った。


そんな感に触る言葉に、おじさんは


「なっ、私はあんたが女の子をどっかに連れ去ろうとしてるんじゃないかと思って見張りにきたんだぞ!どっか、変なとこに連れてこうとしたら警察呼ぶからな?!」


あぁ、頭の髪もまばらないい年したおじさんが若者の挑発に乗っちゃって。


大人気ない。


私は、男に誘われるまま、家を出て男と近くのケーキ屋さんに行くことになった。


なんでこの人がうちの近くにケーキ屋さんがあるのか知っていたのかは分からないけど、そんなことは別に気にするほどじゃなかった。


二人で家を出ようとすると、親戚の一人のおじさんが私たちをひきとめて


「その子をどこへやる気だ!私もついてくぞ!」


と荒々しい口調で言い、今謎のメンバーでケーキ屋へ向かっている。


「いいか、この正体不明の男が何かしようとしたら直ぐに逃げるぞ。」


おじさんは首を前にひょいと出して、男の左隣で歩いていたわたしにそう言った。


おじさんの顔は、本当に鬼気迫っていた。


私は納得とも哀れみとも見える笑顔をおじさんに向けた。


「だから、別に変なこととか考えてませんから。俺は子供より巨乳の熟女のほうが好みですし。」


余計な一文にわたしはなんだか少し癇に障った。


おじさんの疑いの目はますます男に向けられている。


「わたしだってBカップはあるからね?!」


「それは言うな!」


私の言葉に、おじさんと男が一斉にこちらを向いて言った。


それがなんだか仲良しみたいで、私は思わず笑ってしまった。


なんだか顔がうまく動かなくて、最近あまり笑っていなかったんだと気付かされる。


すると男は


「やっと笑ったな。」


と言って、また私の頭を撫でてくれた。


「俺は、香織さんの部下ですよ。」


男は、ぽろっと呟いた。


香織とはママのことだ。


私ははっとして


「ママは?!今どこにいるの?!」


と男に聞いた。


そんな私を見下ろした男は、時間が止まったように少し沈黙すると


「出張が長引いちゃってさ、もうすぐ帰ってくるよ。」


と、私に優しく言った。


私は全身の力がすうっと抜けて言ったのを感じた。


よかった、何かあったのかと思った。


さっきまで威勢の良かったおじさんはすっかり黙って、私たちの通り過ぎる景色を見ている。


気づけば私たちはもうケーキ屋さんの目の前にいた。


私はモンブラン、男はチーズケーキ、おじさんは小さなパフェを注文した。


「なんで誰よりも可愛いもん注文してんすか。」という男の問いかけに、おじさんは

うるさいっと一蹴した。


おじさんが店員から3人分のケーキを乗せたトレーをテーブルへ運ぶ姿がなんだか異色で、私はまた笑ってしまった。


出入り口とは反対側のドアに、小さなお庭とつながっており木のテーブルと、椅子が4つ並んでいる。


私たちはそこへ座った。


ママの無事を知った私は、今までの暗い気持ちが晴れてとっても清々しい気分で、ケーキの甘みがより私の心を癒してくれた気がした。


急に元気の出た私は、男にいろいろ聞いて見たくなった。


「お兄さんは、なんさいですか?」


「25」


「彼女いる?」


「二問目でその質問かよ、いねえよ。」


「ママは仕事場ではどんな人?」


今まで淡々と答えてきたのに、急に答えが返ってこなくなった。


男はフォークを口に挟みながら、うーんと声を出すと


「ちょー、いい人。」


と言い放った。


多分、この人は嘘はつかない人だとわたしは分かっていた。


だからその答えがなんだか嬉しくて、私はモンブランに乗っかっている栗にフォークをさした。


(落ち着いて聞いてね…?)


突然だった。

頭の中で不思議な声が聞こえた。


歳をとった男の人の声だろうか。


(貴方のお母さんはね…。)


急にモンブランがグラグラして見えて、手に力が入らなくなった。


フォークがわたしの手からするりと抜け落ちて、テーブルに落ちる。


(出張中にね…。)


目に焦点が合わなくなって、体も揺れているようだった。


なに?どうしちゃったの?


怖い、怖い。


(車で…。)




「おいっ!!!」


なにか紐が切れたように、わたしの意識がぷりつと途切れた。


冷や汗をびっしょりかいているせいか、身震いがした。


周りの景色は….ちゃんと見える。


目の前には、目を丸くしてこちらを見ているおじさん。


わたしの横には、あの男が不安そうな顔してわたしの右腕を握っていた。


「どうしたんだよ、急に。」


男はわたしの目をじっと見ながら、自分も落ち着けるようにわたしにそう問いかけた。


私、どうしたんだろ。


なんだか急に視界がぐらぐらして、頭の中に声が聞こえてきた。


それは、なんだか聞き覚えのある声だった。


今の私には、つい最近の記憶がない。


本当にここ3日間だけの記憶が思い出せないのだ。


何時に起きた?

学校は行った?

誰と話して、何を勉強した?

放課後には誰と遊んだ?

家に帰って何を食べた?

何時に寝た?


隙間風が通るように、わたしの記憶はさらさらと頭から抜けていく。


「わたし………。」


男の目はまだこちらを心配そうに見つめている。


わたしは、自分の右腕を握ってる男の腕を左手で掴んだ。



「私、何か大事なこと忘れてる?」



そう聞いた私の顔は、ひどく怯えて歪んでいたに違いない。


思い出したいのに、それを手繰り寄せる紐もない。


「知らない」ことがどんなに、自分を苦しめて不安にさせるか。


すると男は、さっきの心配そうな顔からころっと穏やかな顔に変えると


「大丈夫。」


ぽつりとそう言った。






























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