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たった一人の魔物使い  作者: 壬黎ハルキ
第五章 エルフの里
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第九十六話 再会、そして襲撃!



 翌朝、マキトと四匹の魔物たち、そしてブレンダを交えた計六名は、エルフの里を出発していた。

 南の方角へと進んでおり、今のところは穏やかな森の風景が続いている。野生の魔物が飛び出してくることもなかった。

 瑞々しい森の空気を堪能するマキトたちの後ろでは、ブレンダが周囲を見渡しながら、訝しげな表情を浮かべていた。


(こうして見ると、平穏な光景そのものだな。特に怪しい気配も感じないが……)


 勘違いだったのではと思いたくなるが、それは淡い期待なのだろうと、ブレンダは思えてならなかった。


(せめてマキト君たちには、ムダな危険が及ばないようにしなければなるまい。でなければ、私がこうして同行している意味もないからな)


 ブレンダが表情を引き締めたその時、突然マキトの頭の上に乗っていたロップルが動き出した。


「キュウッ!」

「わっ、な、なんだよいきなり?」


 突然飛び降りた衝撃を味わい、マキトは体を揺さぶられながらも前方を見る。

 走り出したロップルが立ち止まっており、キョロキョロと周囲を見渡す。まるで何かを見つけて、それを探しているかのようであった。


「キューッ! キュ、キュウゥーッ!!」


 かつてないほどの必死さが込められた声で、ロップルが思いっきり叫ぶ。すると近くの茂みがガサガサと動き、一体の白い魔物が出てきた。


「ミュ?」


 その魔物はキョトンとした表情で鳴き声を上げながら、首をコテンと傾げる。

 ロップルによく似た姿をしているが、耳の形が明らかに違う。ロップルがネコだとすれば、相手はウサギと言ったところだろうか。

 恐らくフェアリー・シップなのだろうと、マキトは思った。


「ミュミュミュッ!」

「キュウッ!」


 ロップルとその相手は嬉しそうな笑顔で駆け寄り、楽しそうにじゃれ合い出す。その姿にマキトたちは呆然としていた。


「どうやらあの子、ロップルと仲良くしていた友達みたいなのです」

「へぇー、そうだったのか」

「ピキィー」


 マキトとスラキチは、ラティの通訳を聞いて素直に驚いた。そしてブレンダが、同じく驚いた表情で歩いてくる。


「驚いたな。まさかこんなにあっさりと見つかるとは……遭遇するのは、困難を極めることだろうと思っていたんだが……」


 言葉のとおりの表情を浮かべるブレンダに対し、ラティがロップルたちに視線を向けたまま言う。


「案外あの子たちも、いつもはすぐ傍にいたのかもしれませんね。ヒトが近づいてきたら、すぐさま逃げ出しちゃってただけで」

「なるほど、それなら納得だ……っと、なんだかこっちを見てきているな」


 ブレンダが頷いていると、相手のフェアリー・シップの視線に気づく。その表情は無に等しく、どんな気持ちで見ているのかは定かではない。

 やがてラティがロップルたちの元へ赴く。同じ魔物同士ということもあってか、相手もそれほど警戒している様子は見られなかった。

 スラキチも気合いを入れてフェアリー・シップの元へ向かう。自分も一肌脱いでやるぜ、と言わんばかりの様子を見せていた。

 しかし、少し力が入りすぎて大きな声を出してしまい、うっかりラティも含めて相手を驚かせてしまうのだった。

 それに気づいて申し訳なさそうにするスラキチであったが、フェアリー・シップともすぐに打ち解けて仲良くなり、四匹は一緒になって遊び出していた。

 そんな光景を見守っていたマキトは、自身の左肩に乗ったままのリムにも声をかけてみる。


「リムも行ってきたらどうだ? 皆も楽しそうに遊んでるぞ?」

「くきゅー……」


 しかしリムは弱気な声とともに、マキトの後ろに隠れてしまう。どうやらリムは人見知りならぬ、魔物見知りな部分があるようだと、マキトは思った。

 無理に行かせたところで、変に拗れるだけかもしれない。とりあえずまたの機会に回そうかとマキトが思ったその時、リムが来ていないことに気づいたロップルが走ってきた。


「キュ、キューッ!」

「くきゅー」

「キュキュキュ、キューキューッ」

「くきゅ……くきゅくきゅー」


 何を話しているのかは正確には分からないが、どうやらロップルがリムに、一緒に遊ぼうよと誘っているのだろう。

 そう思いながらマキトは、肩に乗ったままのリムの首根っこを掴み、ロップルの前に下ろしてやった。


「くきゅっ!?」

「キュゥ」


 驚くリムに対し、ロップルは嬉しそうな表情でリムに近寄る。どうしようと言わんばかりにあたふたするリムのところに、スラキチとフェアリー・シップもやってきた。


「ピキャ」

「ミュ」


 その鳴き声は普通ながら、どこか優しさが込められているとマキトは思った。そしてラティもリムの元へ飛んできて、笑みを浮かべながら優しく撫でる。

 リムはしばらく四匹を見渡し、そして少し考え――


「くきゅっ」


 しっかりとした鳴き声とともに、首を縦に振るのだった。

 魔物たちが嬉しそうに歓声を上げる中、ラティがマキトのほうを向く。


「マスター、皆でちょっと遊んでますね」

「あぁ」


 そしてラティを交えた五匹は、楽しそうに遊び出した。最初は戸惑っていたリムだったが、次第に笑顔ではしゃぐ姿を見せていった。

 下手に介入せず、しばらくラティたちに任せたほうが良いかもしれない。

 マキトがそう思っていると、なんと相手のフェアリー・シップが、マキトの元へと近づいてきた。


「えっと……」


 無表情でひたすらジーッと見上げてくるフェアリー・シップに、マキトはどう反応したモノか迷っていた。


(とりあえず、頭でも撫でてみるか)


 そう思いながらマキトは、その場にしゃがんで恐る恐る手を伸ばす。未だジッと見上げてくるフェアリー・シップの頭を撫でると――


「ミューミュー……」


 嫌がるどころか、むしろ気持ち良さそうな反応を見せていた。少なくともマキトに対しては、警戒心を解いてくれたようであった。

 それを見たロップルたちもまた、嬉しそうにマキトたちのほうに駆け寄り、五匹揃ってマキトとじゃれ合う光景を作り出してしまった。


「全く……キミは相変わらず、凄い光景を見せてくれるな」


 ブレンダが苦笑を浮かべながら言った。

 驚いてはいるのだが、普通に納得してもいる。そんな自分がいることに気づき、すっかり順応してしまったかなと、ブレンダは思った。

 明るくて賑やかな声と、溢れんばかりの笑顔が広がるその光景は、まさに穏やかで平和そのものだと言えていた。このままずっと、この時間が続けばいいのにとすら願いたくなる。

 しかしそれもまた、ほんのつかの間の一時でしかなくなるのであった。



「同感だよ。本当にキミは……憎たらしいくらいにオレを驚かせてくれる」



 凍てつくような声が突如放たれ、穏やかな空気が一瞬にしてかき消される。

 マキトが立ち上がり、慌てて周囲を見渡すと、木の影から一人のエルフ族の青年が姿を見せた。


「お前は……ラッセルか?」


 目を見開きながら問いかけるブレンダの頬から、一筋の汗が流れ落ちる。

 ラッセルのことは彼女もよく知っていた。人々のために正義を尽くして戦う彼の姿は、とても輝かしいと思っていた。同じ魔法剣士として、良き好敵手になれると認めているくらいに。

 しかし今の彼は、そんな輝かしさとは真逆の、真っ黒な闇を取り込んでいた。

 優しくも力強い澄んでいた目は、真っ赤に血走って鋭さを増しており、醜いという言葉が当てはまってしまう。浮かべている笑みも、見ている側からすれば、恐怖を感じずにはいられないほどであった。


「どうしたと言うんだ? お前ともあろう者が、何故そんな……」

「黙れ」


 ブレンダの質問を、ラッセルが笑みを浮かべたまま冷たい声で遮る。


「別にオレがどうしようと勝手だろう? 余計な邪魔をしないでもらおうか」


 その返答にブレンダは目を疑った。ラッセルという人物は、こんなにも態度を悪くさせるほどだっただろうか。

 少なくとも、人を虫ケラの如く、上から見下ろすようなマネは絶対しない。むしろそんな人物に向かって、真正面から堂々と説教するほどだろう。

 ここでブレンダは、ラッセルの異変に対して一つの可能性を思い立った。


「どうやら悪い魔力にでも憑りつかれたようだな。恐らくそれで正しいだろう」


 ブレンダの言葉を聞いたラッセルは、驚いたような反応を見せる。


「ほぅ、魔法は使えなかったと思ったのだがな」

「確かにそのとおりだ。しかし、それなりに魔力の流れを感じることはできる。これも全ては、長老様から修業をつけてくださったおかげだ!」


 その響き渡る凛としたブレンダの声は、誇らしさが込められていた。それに対してラッセルは、納得するかのように小さく笑う。


「フッ……なるほど。しかし憑りつかれたとは心外だな。俺がこの魔力に選ばれたんだ。おかげですこぶる体が軽い。今のオレなら、魔法でどんなモノでもぶっ飛ばせそうだぞ!」


 誇らしげに大声で笑うラッセルは、もはや狂ってるようにしか見えなかった。

 そしてラッセルは、視線をブレンダからマキトのほうに切り替え、腰に携えている長剣を抜いた。


「マキト。オレから奪った大事なモノ……ここで返してもらう!」


 ラッセルが勢いよく走り出し、マキトに向かって鋭い刃を振りかざす。しかし次の瞬間、ガキィンという金属がぶつかり合う鈍い音が響き渡る。

 素早く割り込んだブレンダの剣が、ラッセルの剣を押さえていた。

 やがて互いの剣が離れ、ラッセルは忌々しそうにブレンダを睨みつける。


「お前もオレの邪魔をするか。だがまぁ良い。肩慣らしにはなるだろうからな」


 どこまでも下に見ているような態度で、ラッセルはブレンダに剣を向ける。

 ブレンダはギリッと歯を鳴らし、そして叫んだ。


「ここは私が引き受ける! 魔物たちを連れて、今のうちに逃げろ!」


 その指示にマキトは一瞬戸惑ったが、すぐに表情を引き締める。


「行くぞ!」


 掛け声とともに、マキトが森の奥へと走り出し、魔物たちが後を続いていく。

 マキトたちの足音が遠ざかっていくのを感じ取ったブレンダは、安心するとともに剣を構えた。

 しかしブレンダは次の瞬間、大量の冷や汗を流しながら剣を震わせていた。体の中を大きな恐怖が駆け巡っているのだ。

 対峙しているだけで、押し潰されてしまいそうな感覚。段々と気が遠くなってくるような感じさえしていた。

 しかし、ここで怖気づいて諦めるわけにはいかない。少しでもマキトたちが逃げる時間を稼ぐため、そしてラッセルを倒して話を聞くためにも、ここで戦わなければならない。

 ブレンダはそう強く思いながら、息を整えた。同時に、ラッセルの言葉について気になることがあった。


(マキト君がヤツから何かを奪った? にわかには信じがたいが……ヤツを倒した際には、そこのところもしっかりと聞かねばなるまい)


 人から何かを奪うような悪い心を持っていない以前に、人から何かを奪えるほどのズル賢さと器用さを持っているとも思えない。どちらかというと、物事をあまり深く考えずに、真っすぐ思うがままに突き進むクチだろう。

 それがブレンダから見る、マキトの印象であった。

 しかしラッセルの様子からして、さっきの言葉が本気であるということも、また確かだろうと思えていた。

 やはりこの場で考えていても分かることはない。全てはラッセルを押さえてからだと、ブレンダは剣を握る手に力を込める。


「どうした? 遠慮などせずに、どこからでもかかってくると良い」


 ジッとしているばかりで動いてこないブレンダに、ラッセルは少々拍子抜けしたと言わんばかりに、やや大げさに肩をすくめる。

 その瞬間、ブレンダは思いっきり地を蹴って動き出した。


「はあああぁぁーーーっ!!」


 ブレンダは掛け声とともに、迷いなく剣を振りかぶる。段々と距離が縮まっていくと同時に、ラッセルの口元が段々と吊り上がっていくのが見えた。

 全速力で向かっているハズなのに、ブレンダにはその時間が、やけに長く感じてならなかった。

 そして数秒後――――大きな爆発音が、森の中を響き渡らせるのであった。



次回は火曜日の0時~1時(月曜日深夜)あたりに更新する予定です。

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