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たった一人の魔物使い  作者: 壬黎ハルキ
第五章 エルフの里
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第九十一話 明日の予定を決めましょう



 月が照らす真夜中の平原を、一人のエルフ族の青年が歩いていた。

 風によって、結わえた金髪が強風によって左右になびき、胸元に着けられた勲章のバッジが月明かりによってキラッと光る。そしてその体には、真っ黒なオーラが纏っていた。

 ユラリユラリと倒れそうで倒れず、疲れていそうに見えて疲れておらず、まるで無になっているかの如く、ジッと前を見据えて歩き続けていた。

 気配を消しているワケでもなく、野生の魔物も青年の存在に気づき、襲い掛かろうと身構える。

 しかし次の瞬間、魔物はビクッとした反応を見せた。

 そして――青年はニヤリと笑いながら、その魔物を見つめていた。


「グ……グルルルル……」


 唸り声を上げながらも、足は自然と後退する。青年が一歩踏み出す度に、魔物は一歩下がる。

 やがて魔物は耐えきれなくなり、そのまま踵を返し、全速力で離脱していく。それを追いかけようともせず、青年はストンと立ち尽くしていた。

 ガサッ――――

 近くでそんな音が不意に聞こえてきた。

 青年が顔だけを傾けて振り向くと、そこには一匹の魔物が、茂みの奥から怯えて見ていた。

 そして青年が再びニヤリと笑みを浮かべた瞬間、ガサササッと大きな音を立て、魔物はどこかへいなくなってしまった。


「フッ……取るに足らないとは、このことか……」


 血走った赤い目をギラリと光らせ、青年は西の方角に視線を向ける。


「そうさオレは強い……負けるわけがない」


 青年は唇を釣り上げさせ、そして歪んだ笑みを浮かべる。


「ただ魔物と遊ぶしか能のない子供なんかに、オレが負けるわけがない! それを刻み込ませてやる!」


 その瞬間、申し合わせたかのように強風が吹き荒れる。同時に、金髪を結わえている紐がプツッと切れて飛んでいく。

 長い金髪があちこちに乱れ、表情の醜さをより一層引き立てていた。


「待ってろよマキト……お前が奪った仲間の心を、このラッセルが取り戻す!」


 闇に染まった金髪の青年、ラッセルの高らかな叫び声は、風に乗って遠くまで飛んでいく。

 その直後に、狂ったかのように上げる笑い声もまた同じく――――




「……っ!?」


 マキトは背筋をゾクッと震わせ、思わず食事の手を止めてしまう。

 セルジオの屋敷で美味しいご馳走を楽しみ、すっかり身も心も温まっているハズなのに、何故いきなり寒気が走ったのだろうか。

 周囲を見渡してみるが、特に何もない。同席しているセルジオやブレンダ、そしてコートニーも、特に異変を感じている様子はなさそうであった。

 気のせいだろうかとマキトが視線を戻すと、ラティの視線とぶつかった。


「どうかしたのですか、マスター?」

「いや、なんでも……なんか変な感じがしなかったか?」


 なんでもないと言いかけたマキトだったが、やはり気になったので、とりあえずラティに聞いてみる。しかしラティは訳が分からなさそうに、ただ首を傾げるばかりであった。


「別に何もないですよ?」

「うむ。特に異変らしきモノは、ワシも感じないが……」


 そう言いながらセルジオは立ち上がり、窓の外を覗いてみる。

 あちこちで松明の炎が燃え盛り、耳をすませば冒険者たちの楽しそうな声が聞こえてくる。

 至っていつも通りな、エルフの里の風景であった。


「まぁ、本当に何かあったとしても、ワシがすぐに気づく。心配することはない」


 セルジオが胸を張る姿は、本当に頼もしいと思える。マキトもひとまず安心することはできたが、心のどこかに、小さな何かが残っているような気がしていた。

 それもとりあえず置いておくためにも、マキトは話題を変えることに。


「ところでさ、明日ってどうする?」


 マキトの呼びかけに、コートニーがうーんと考える仕草を見せる。


「里を散策してみるとか? もしくは近くの川で釣りをするとか……」

「木の実を集めるのもやってみたいのです」

「あー、それも良さそうだよね」


 ラティの木の実集めという提案も良さげだが、コートニーの意見も捨てがたいとマキトは思う。


「じゃあ散策がてら、釣りと木の実集めをしてみるってことで」

『さんせーっ♪』


 コートニーとラティが揃って明るい声で返事をする。そこに同席していたブレンダが、飲み物を片手に得意げな表情を浮かべながら言った。


「ならば明日は、私が里の案内人を務めて……」

「ダメだ。お前にはワシが出した使いがあるだろう。忘れたとは言わせんぞ」


 セルジオからきっぱり言われ、ブレンダはなんとか弁解しようとする。


「し、しかし長老様……」

「この子たちも冒険者の端くれだ。自分たちの力で色々やらせたほうが、いい勉強にもなる。そのことはお前も良く知っているハズだろう?」

「ぐぅ……」


 何も言い返せず、ブレンダは押し黙ってしまう。その隙を突いて、セルジオはこれ見よがしにニヤリと笑みを浮かべた。


「まぁ、ここは一つ諦めて、明日の朝一番で使いに出るんだな。かなり面倒な仕事になるだろうから、やりがいがあると思うぞ?」


 セルジオの表情は意地悪そうな笑みだったが、その眼力は有無を言わさない迫力が確かにあった。

 もはや抵抗してもムダだと、ブレンダは観念した。


「……分かりました。お使いのほうに行かせていただきます」

「うむ。よろしく頼むぞ」


 項垂れるブレンダに、セルジオは満足そうに頷いた。そして今度はマキトたちに視線を向ける。


「お前さんたちも気をつけてな。里は自由に見て回って良いが、もし何かあれば、すぐに帰ってくるのだぞ」

『はーい!』


 マキトとコートニー、そしてラティが声を揃えて明るく返事をする。スラキチとロップルも、一緒に鳴き声で返事をしていた。

 明日が楽しみだとワクワクしながら思うマキトたちは、ブレンダの羨ましそうな表情に、全く気づくことはなかった。



 ◇ ◇ ◇



 翌朝、マキトたちも里の冒険者たちに交じって水汲みの手伝いをしているとき、ロップルに関する興味深い情報を聞いていた。


「フェアリー・シップを見た?」


 マキトが訪ねると、冒険者の青年が水を汲んだ桶を手渡しながら言う。


「あぁ、間違いないよ。何匹かで固まってうろついてたぜ」

「俺も見た見た。てっきりこの辺じゃいないって思ってたからよ」


 マキトの後ろに並んで桶を持つ冒険者も同意した。その冒険者の桶を受け取りながら、水を汲む冒険者は更に言う。


「でも期待はしないほうが良いと思うぞ? 俺たちの姿を見るなり、慌ててどっかへ逃げちまったからな」

「ありゃあ、相当ヒトに対して警戒していたよなぁ。むしろこっちが驚いたよ」


 二人の冒険者からの情報に、マキトとラティは顔を見合わせた。

 ちなみにロップルは今、この場にはいない。セルジオの屋敷でスラキチと留守番をしているのだ。

 ロップルがいなくて、ある意味良かったかもしれないと、マキトは思う。もしもいたら、余計な混乱をさせてしまう気がしたからだ。

 情報をくれた冒険者たちに礼を言い、水の入った桶を持って、マキトとラティは屋敷への道を歩いていく。

 その途中で、ラティがさっきの話についてポツリと切り出した。


「わたしたちが近づこうとしても、逃げられちゃう可能性もありますね」

「そうだな。もしもソイツらと運良く出会えたら、なんとかロップルと会話だけでもさせてやりたいけど……」

「……なんだか難しそうな気がするのです」


 そうだろうなぁと、マキトは思った。仮にロップルの姿を見ても、逃げ出してしまう可能性だって否定できない。まともな会話をしたければ、それこそ運の要素も絡めなければ厳しいだろう。


「出会うにも話すにも、運に賭けるしかないってことか……こりゃ難題だな」

「難題以前に無理だと思うのです。なのでマスター。わたしたちに黙って、一人で探そうだなんて思わないでくださいね!」


 ラティにビシッと言われたマキトは、苦笑しながら頷いた。


「分かった分かった。どんだけ信用ないのさ、俺って」

「だってマスターってば、普段は凄く面倒くさがるのに、いざとなったら誰よりも早く行動するじゃないですか。それも大体思いつきとかそんなのですし……」

「……そうかな?」


 自覚は全くなかった。むしろ今言われて、初めて気づいたくらいであった。

 ラティもそれに気づいたのか、これ見よがしにハァとため息をつく。


「もういいです。とりあえずロップルにさっきの話を伝えに行きましょう。前にもロップルは無理に探さなくていいって言ってましたし、きっと今回も同じようなことを言うと思いますけどね」


 ラティはマキトの返事を待つことなく、セルジオの屋敷に向かって飛んでいく。マキトは水の入った桶をギュッと強く持ち直して、小さな笑みを浮かべつつ、ラティの後を追って歩き出すのだった。

 そして、屋敷に戻ったマキトとラティは、留守番をしていたロップルにさっきの話を伝える。

 ロップルは驚いていたが、ラティの『無理に探さない』という意見に、納得の意思を見せていた。仲間たちに会いたい気持ちはあるが、マキトが無茶をして大事になるほうがもっと嫌だと言ったのだ。

 要するにパンナの森のときと全く同じ意見だったのである。

 魔物たちの意見が一致したため、これは流石に従う他はないとマキトは思った。その旨を伝えると、魔物たちは満足そうに、そして安心したと言わんばかりの笑顔を見せた。

 そんなマキトたちの様子を見ていたコートニーは、微笑ましそうな表情を浮かべてジッと観察していた。


(今までに何度も思ってきたことだけど、あんなに魔物から大事にされているヒトっていうのも、ホント珍しいよね)


 普通に魔物を従えている冒険者は見たことはあるが、あそこまで主人を想う魔物というのは、マキトを除いて他にいただろうか。

 それともこれこそが、魔物使いの真髄だとでも言うのか。

 マキト以外の魔物使いが今のところいない以上、比較のしようもない。しかし、コートニーはここで一つの考えに至った。


(そもそも……マキト以外の魔物使いって、本当にいないのかな?)


 考えてみれば確証はない。もしかしたら冒険者として表に出ていないだけで、数人くらいは存在している可能性だって十分あり得る。

 もし他に魔物使いがいたとして、その人とマキトが出会ったのならば、その二人は立派なライバル関係として、互いに切磋琢磨し合えるのではないだろうか。

 しかし、今ここで考えても仕方がないことに変わりはなかった。


(マキトにライバルができたら、一体どうなるんだろう? ラティたちと必死になって頑張るのかな? いや、意外とマキトは何も変わらないかもな。むしろ相手のほうが、勝手にライバル視して勝手に熱血全開で頑張るとか……あり得るかも)


 コートニーは面白そうに笑みを浮かべながら、魔物たちとじゃれ合うマキトを、ジッと見つめるのだった。



 ◇ ◇ ◇



 朝食を終えたマキトたちは、里の郊外に出ていた。

 建物や訓練場からも離れたその先は、緑がいっぱいの大自然――すなわち大きな森が広がっていた。

 ユグラシアの大森林とはどこか似ている雰囲気もあるが、やはり決定的に何かが違うとマキトは思った。それが何なのかまでは、上手く説明できなかったが。

 とりあえず迷わないよう注意しながら歩いていた、その時――


「ん?」


 ガサガサと茂みの奥から音が聞こえてきた。マキトが首を傾げていると、一匹の生き物がフラッと飛び出してきた。


「何だ、ありゃ?」


 マキトが呟いた瞬間、その生き物はバタッとその場に倒れてしまった。

 慌てて駆け寄り、ラティとロップルが生き物の様子を見る。ラティが言うには、この生き物は魔物であるとのことであった。


(なんかフェレットみたいだな。いや、フェレットとは違う気もするけど……)


 長い胴体に可愛らしい顔つきが、マキトの頭の中で、地球に生息していた小動物の姿を思い出させる。ライトセーブルの毛並みがとても柔らかそうだ。

 しかし、それも見た目だけの話かもしれない。

 実は鋭い牙を持っていて、容赦なくガブリと獲物に噛みつくのではと、少しだけ想像してしまった。


「マスター。この子どうやらお腹がペコペコのようなのです」


 ラティにそう言われ、マキトはとりあえず携帯食料を一本出してみる。

 マキトからそれを受け取ったラティは、そっと倒れている魔物の口元に差し出してみると、携帯食料の匂いを嗅ぎつけた魔物は目を覚まし、勢いよく携帯食料にかぶりついた。

 凄まじい勢いで食べるその姿に、マキトたちは思わず唖然としてしまう。そして食べ終わった魔物は落ち着いたらしく、改めてマキトたちの存在に気づいた様子を見せた。

 マキトやコートニーというヒトの存在に、警戒心を抱いていた。


「大丈夫なのですよ。このお二人は良い人たちなのです」

「キュウッ♪」

「ピキー」


 ラティ、ロップル、そしてスラキチの三匹が、笑顔で警戒する魔物を宥める。

 そしてスラキチがマキトの肩に乗り、大丈夫だというアピールをすると、魔物が少しだけ警戒心を緩めつつ、マキトたちに近づいてきた。

 マキトがしゃがみながら魔物に手を差し伸べる。魔物は小さい鼻でマキトの手を嗅ぎ、そしてジッとマキトの顔を見つめる。


「くきゅー」


 魔物がひと鳴きしながら大人しくなる。どうやらマキトたちを大丈夫だと認めてくれたようであった。

 改めてマキトたちが魔物の体を調べたところ、特に傷らしい傷も見当たらない。本当にお腹が空いていただけだったようだ。


「とりあえず良かったな……ラティ? どうかしたのか?」


 ひと安心したその時、ラティが真剣な表情で魔物を見つめていることにマキトが気づいた。

 そしてラティはしばし考えた後、マキトのほうを振り向きながら言った。


「マスター。この子……もしかしたら『霊獣』かもしれないのです」


 ラティがそう言った瞬間、一筋の風が森の中を通り抜ける。ザワザワと葉っぱの音が、妙に大きく鳴り響くのだった。



次回は木曜日の0時~1時(水曜日深夜)あたりに更新する予定です。

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