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たった一人の魔物使い  作者: 壬黎ハルキ
第五章 エルフの里
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第九十話 リオとサリア



 リオとサリアはお互いに天涯孤独の身である。しかしリオの場合、生まれてすぐに母親を流行り病で失ったとしか判明していない。

 要するに、彼の父親がどこの誰なのかは全くの不明なのである。

 リオは魔法剣士の適性を持っていたが、リオの母親は魔法の才能については、本当にそこそこでしかなかった。ということは、リオの適性――特に魔力は、父親から受け継がれたのだろうと判断された。


「ある日フラッと出ていった娘が、いきなり子供を身籠って帰ってきおった。里はもう大騒ぎだった。ワシもあの時は若い年頃で、自分と同世代の娘に子供ができたと知った時は、正直どう反応したら良いのか分からんかったよ」


 セルジオ曰く、リオの母親というのは里の中でも人気のあった娘だったらしい。告白する男は多かったが、その分だけ見事に玉砕されていたのだとか。

 そんな光景をたくさん見ていたせいか、セルジオはとても告白する勇気は出なかったとのこと。しかし、人並みに気になっていたことも確かであり、揺れ動く自身の気持ちに悶々としたことも、少なくなかったらしい。

 あの頃のワシは、本当に若かった。セルジオはそう言いながら、しみじみと懐かしそうに頷いていた。


「結局、父親が誰なのかは分からなかったの?」


 マキトの質問に、セルジオは頷いた。


「あくまで聞いた話だが、とある人間族の男と、ひと夏の恋を過ごしたらしい。それはもう何度も聞かされたモノじゃ。里の若い連中は、その話を聞く度にため息をついておったよ。無論、ワシも含めてな」

「それで生まれてきたのが、俺のお父さんってこと?」

「うむ。予定よりかなり早く生まれたのだが、とても元気の良い赤ん坊でな。里の大人たちは大いに喜んでおったよ」


 しかし、良いことばかりではなかった。リオが生まれて間もない頃、エルフの里に流行り病が襲ってきたのだ。

 出産で大幅に体力を消耗していたリオの母親は、流行り病に耐え切れなかった。結局リオは母親のことはおろか、父親が誰なのかも知らずに育ったのである。


「父親が誰なのかは、未だ分かっておらん。何せアイツは、頑なに喋ろうとしなかったからの。魔法の才能に長けた人物であるらしいが、証拠としては到底役に立つモノではなかった」


 しみじみと語るセルジオに、マキトはどこか訝しげな表情を浮かべる。


「もしうっかり喋ったら、里の連中がその父親に手を出すんじゃないかって、そう思ったんじゃないか?」

「……かもしれんな」


 普通にあり得そうだと思ったセルジオは、思わず苦笑してしまう。


「ちなみにリオだが、流行り病には全くかからなんだ。皆が苦しんでる中、楽しそうにキャッキャと笑う声もあった。先代の長老は、そんなリオを見て思った。この子は強い子に育つだろうとな」


 やがて流行り病が収まり、先代の長老は一つの意見を提示した。リオの父親を捜すことは諦め、生まれてきたリオを、里の皆で立派に育て上げようじゃないかと。

 セルジオを含め、里の皆がその意見に賛成したのだという。

 そしてその期待どおり、リオは魔法剣士としての才能に恵まれて育った。厳しい修行を乗り越え、立派な冒険者として世界を渡り歩いていった。

 特に大きな病気を抱えることもなく、むしろ元気すぎるくらいに。

 リオの活躍が広がり、エルフの里にも冒険者や兵士たちが、魔法の修行に訪れるようになった。どうやらリオがあちこちで、エルフの里を宣伝していたらしい。

 小さな集落で慎ましく暮らしていた者たちにとって、突然訪れた賑やかさには、てんてこ舞いになっていた。里に人が訪れれば、それなりの持て成しをしなければならないからだ。

 それでも、人は慣れる者であった。気がついたら里の片隅には訓練場が設立されており、冒険者や王都の兵士たちが当たり前のように出入りするようになり、里の者たちもそれを当たり前のように受け入れていた。

 行商が馬車に乗って訪れることも珍しくなくなり、もはや集落を超えて、一つの立派な村として成り立っていた。

 しかし、そもそものキッカケを作った張本人といっても過言ではないリオは、里に殆ど帰って来ていなかった。


「どこぞで活躍しておるというウワサは聞いておったから、少なくとも生きておるのだろうとは皆が思っておった。ワシが先代から長老の座を引き継ぎ、たくさんの書類を片手に、忙しい日々を送っておったその時だった」


 突然、能天気に『ただいまー』という声が里に響いてきた。外に出てみると、そこには更にたくましく成長した青年が立っていた。

 リオが数年ぶりに里へ帰ってきたのだ。

 しかしセルジオは、リオ以上に目に留まる部分があった。


「久々に帰ってきたと思ったら、まさか嫁さんを連れてくるとは思わなんだ。おまけに数匹の魔物たちにも囲まれておったよ。その娘……サリアが魔物使いであることを知った時は、それはそれでワシも驚いた」


 リオの説明によれば、サリアとはシュトル王国で出会ったらしい。

 どこまでもマイペースに生きていて、あまり人と接することを好まない性格で、表情も口数も少なかった。おまけに自分には全く笑顔を見せてこないのに、魔物には無邪気に明るく笑いかけていた。

 それがどうにも、リオには悔しくてならなかった。サリアの笑顔を自分にも向けさせたいと思うようになった。

 武者修行でシュトル王都に向かう途中であったことなど完全に忘れ、リオは半場強引にサリアと同行することに決めたらしい。

 そんなセルジオの話を聞いたラティとコートニーは、揃って苦笑を凝らした。


「……なんだかマスターみたいですね」

「うん。魔物使いの才能も含めて、マキトはきっとお母さんに似たんだろうね」


 それを聞いたマキトは、どうにも実感が湧かずに首を傾げる。


「そんなに似てるかな?」

「似てるよ」

「似てるのです!」


 ラティとコートニーから断言され、マキトは納得できないながらも、とりあえず受け入れることにするのだった。


「そろそろ話を続けるぞ? そんな感じで出会った二人は、いつしか恋仲となり、夫婦という関係にまで上り詰めたのだ。もっとも、その間に何があったかは、ワシも含めて誰も知らんのだがな」


 リオの母親と同じく、周囲には頑なに二人だけの秘密としていたらしい。

 なんだかんだで母親譲りの部分もあることが分かり、セルジオは妙な嬉しさを感じたという。

 そしてリオとサリアは冒険者夫婦として活動し、やがて一人の男の子を設ける。

 マーキィと名づけられたその男の子は、リオと同じくとても健康で、母親と同じく魔物に好かれやすい特徴を持っていたとのことであった。


「恐らくマキトというのは、後から誰かに付けられた名前だろう。チキュウという世界に飛ばされた際、無意識に名前を呟いたか何かで、それを現地の者がマキトと聞き取った、と考えるのが関の山だろうな」


 マーキィとマキト。確かに幼い舌っ足らずな口調で言ったのならば、知らない者が間違えるのも無理はない。

 しかしコートニーは、それ以前の問題が気になっていた。


「でも、今の話を聞く限りだと、別にマキトが異世界召喚で飛ばされる理由には、どう考えてもならないような気がするんですけど……」

「わたしもそう思ったのです。何か他に理由でもあったのですか?」


 コートニーに続いてラティも問いかけると、セルジオが重々しい表情に切り替えながら口を開いた。


「理由はあった。しかし、両親が我が子を愛する気持ちが深くなり過ぎたために、ややこしい事態を引き起こしたと見ても良いだろう」

「ん? それって、どういうこと?」


 マキトは首を傾げながらセルジオに尋ねる。するとセルジオは、マキトに視線を向けながら噛み締めるように言った。


「そもそものキッカケは……マキトが生まれながらに持つ資質にあったのだ」


 セルジオがそう言った瞬間、コートニーや魔物たちもマキトに注目する。マキトは驚きで言葉を失い、口をポカンと開けていた。



 ◇ ◇ ◇



 マキトには生まれつき、魔物使いとしての大きな素質を持っていた。それが発覚したのは、マキトが一歳になる頃だった。

 なんと一匹の大型のドラゴンが、自らマキトに懐き、一緒に遊んでいたのだ。

 いくらそのドラゴンが人の従えていたドラゴンだったとはいえ、その状況には誰もが驚いていた。

 流石は私の息子ね、とサリアは笑顔で大喜び。そしてリオは、血は争えないということか、と表情を引きつらせていた。

 物理的強さがなくとも、凶悪な魔物さえ従えてしまう資質を持つ子供。いつしかそんなウワサが他の国まで広まり、やがてマキトを自身の出世の道具にしようと企む貴族が出てきた。


「無論、ワシらは猛反対した。どれだけ金を積まれようと、どれだけ権力で脅してこようと、決して首を縦に振らんかった。しかしそんなある日、幼いマキトがさらわれる事件が起こった。犯人はなんと里の者だった」


 マキトは無事に保護されて事なきを得たが、その時の犯人はこう言った。

 自分が捕まっても、他のヤツらがその子供を狙ってくるぞ。金の生る木が目の前にあるのに、それを黙って見過ごすワケがないんだ、と。

 それを聞いたセルジオは、バカバカしいにも程があると思った。しかしその言葉はむしろ正しかったと、後になって知ることとなった。

 事件後、マキトを貴族の養子に出してはどうかという打診が、里の者から次々と出てくるようになったのだ。

 このままでは里の平和が乱れてしまう。マキトだって、貴族の家の子として暮らしたほうが、幸せな人生となるに違いないと。

 確かにその言葉だけならば、決して頷けないわけでもない。しかしセルジオは、どうしても良い顔はできなかった。

 打診者の皆が、揃って目を血走らせており、必死さがにじみ出ていたのだ。

 密偵を使って打診者を調べたところ、全員が何かしらの理由で、生活に苦しんでいるということが判明した。そして貴族と秘密裏に接触していることも。


「ワシやマキトの両親を説得し、マキトを貴族へ養子に出すことに成功させれば、多額の報酬金を出す。そう言われておったらしい。もっとも貴族側が、その約束を本当に果たそうとしておったかどうかは、正直微妙なところではあるがの」

「エサだけチラつかせ、目的を果たした瞬間、煙のように逃げ出してしまう、ってところか?」


 マキトの問いかけにセルジオは頷く。


「うむ。貴族に限らず、金のやり取りを持ちかける者が良くやる手段だ」


 セルジオが断言すると、コートニーやラティたちが感じ悪いと言わんばかりの表情を浮かべる。


「話を元に戻そう。そんな貴族絡みの出来事に、リオとサリアは段々と追い詰められていった。マキトをどうにかして安全な場所まで逃がしたい。その気持ちに妙な狂いが生じてしまい、やがて危険な手段に手を染め始めた」


 セルジオの言葉を聞いていたマキトは、ある一つの単語が思い浮かんだ。


「……異世界召喚魔法?」

「正確には、異世界『転移』魔法と言ったほうが正しいかもしれんがな。とにかくワシが気づいたときには、もう色々な意味で手遅れだったよ」


 セルジオは深いため息をつきながら、儀式を行うリスクについて語る。

 儀式を行うには、溢れんばかりの魔力が必要であった。幼いマキト一人を転移させたいだけだとしても、リオの魔力だけでは足りないほどに。

 そこで二人は危険な賭けに出た。本来魔力を持たないサリアに魔力を注入することで、無理やり媒体に仕立て上げたのだ。

 儀式を行うための魔力は、ヒトに宿る魔力でなければならない。リオからそれを聞いたサリアは、マキトのためにと快く媒体になることを選んだのだった。


「ワシらが駆けつけた時には、既に儀式が行われた後だった。そこでワシらが見たのは、既に息絶えたリオとサリアのみ。マキトの姿はどこにもなかった」


 セルジオは二人の墓を建てつつ、後悔の念に駆られた。

 三人を失わずに済む方法はなかったのか。自分はリオたちの手助けをしたつもりだったが、実はその素振りを見せていただけだったのではないか。

 リオとサリアは息絶え、マキトは消息不明となった。しかし多くの者は、マキトの命はもう消え去ったのだと思い込んだ。


「たとえ転移させたいだけで、本当の異世界召喚儀式とは少し違う。それでも皆、誰もが失敗だったと思っておった」

「で、でもでも、マスターはちゃんと……」


 慌てふためいくラティを、セルジオは優しい笑みとともに右手を軽く掲げる。


「ラティの言うとおり、ワシもおかしい部分に気づいた。リオとサリアの亡骸はちゃんとあったのに、マキトの亡骸だけ影も形もないというのは、流石におかしいと思った。そこでワシは別の可能性を考えてみた」


 セルジオの言葉を聞いた瞬間、マキトは以前、彼から聞いた話を思い出した。


「確か魔法は、不完全だったって……」

「そう。ワシが前にマキトに話したとおり、幼子一人を飛ばすにも、絶対的に魔力が足らんかったのだ。ワシが先々代のスフォリア国王に頼み込んで調べ、発覚したことだから、恐らく間違いない」


 ここでセルジオが立てた予測は、一時的な効果でしかないというモノだ。転移は成功したという前提条件は、セルジオがマキトが生きていることを望んでいたが故のことであった。


「不完全であるが故に、魔法の効果が消滅すれば、自然と元の世界に戻ってくる。まさか十年も効力があったとは、流石に予想外だったがな。まぁ確たる証拠というワケでもないが、辻褄は合うだろう」


 話は大体こんなところだ。そう言ってセルジオは一息ついた。

 重苦しい空気から解放されたかのように、マキトは上を見上げて思いっきり息を吐きながら言う。


「なんか凄すぎて、どう反応したらいいのか、全然分かんないな」

「無理もない。いきなり全てを受け止めるのは酷な話だろう」


 セルジオが笑みを浮かべてそう言うと、今度はコートニーが質問を投げかける。


「あの、貴族と繋がっていた人たちは、その後どうなったんですか?」

「ワシが墓を建て終わった頃には、こぞって里を出ておったよ。結局は利用されただけだったのかどうか、最後まで分からんままだ」


 セルジオはゆっくりと立ち上がり、改めて墓を見る。そしてマキトたちを見下ろしながら言った。


「随分と長く話してしまったな。そろそろ戻るとしようか。お前さんたちも長旅で疲れただろう。ワシの家でゆっくり休むとよい」


 そしてマキトたちも立ち上がり、セルジオとともに墓を後にしようとした。

 大きな伸びをしながら、最後にマキトも歩き出そうとしたその時――


「……ん?」


 後ろから――つまり墓から気配を感じた。マキトは振り返ってみるが、そこには誰もいなかった。


「マスター、どうかしたのですか?」

「いや、なんでもない」


 気のせいかと思い、マキトは今度こそ墓を後にする。

 去りゆくマキトたちの姿を、二人の男女が見守っていたのだが、それに気づいた者は誰一人としていなかったのであった。



次回は火曜日の0時~1時(月曜日深夜)あたりに更新する予定です。

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