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たった一人の魔物使い  作者: 壬黎ハルキ
第四章 スフォリア王都
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第七十四話 危険な笑顔



 時はほんの少し前に遡る――――

 王宮へと続く西の林の中でビーズ、ミネルバ、そしてエルヴィンが、揃って肩で息をしていた。逃げ出してからずっと走り続け、ようやくの休憩となっていたのだ。

 特にエルヴィンは体力的にも限界だったらしく、地面にドサッと寝転がる。服が汚れることなど、完全にお構いなしだ。


「はぁ、はぁ……くそっ! まさかここに来て走らされるなんて……」

「情けないですわね。少しはこの私を見習いなさいな」

「はぁっ……バケモノじみたアンタの体力と一緒にするなよ」


 もはやエルヴィンは、ミネルバに対して下手に出る様子は見せない。今更ゴマすりしたところで、何の意味もないことくらい分かっていた。エルヴィンはもっと早く気づいていればと後悔していたが、それこそ今更過ぎる話である。


「それにしても、お母様の魔力を打ち破るとは……アナタって凄いんですのね」

「お褒めにあずかり光栄です。こんなこともあろうかと、用意しておいて正解でした」


 素直に感心するミネルバに対し、ビーズは相変わらずのニコニコ顔をしていた。

 それをエルヴィンは疑わしい視線で見る。本当に何を考えているのか分からない笑顔だった。まだ何か隠していることがあるんじゃないかと、エルヴィンはビーズを完全に信用していなかった。

 自分たちが小屋に閉じ込められたのは、本当に事故だったのか。実はそれも、ビーズが用意した筋書きだったとしたらどうだろうか。わざとフィリーネに小屋を発見させた可能性も拭いきれない。

 しかし、それならそれで、わざわざそうする理由も分からなかった。

 自分もそうだが、作戦は気づかれないに越したことはない。ビーズの場合は、自分の能力を売り込むことだが、まだこの時点では、バレるのはよろしくないハズなのだ。

 どう考えても、エルヴィンはビーズが怪しいとしか思えなかった。


(これ以上この男と一緒にいるのは危険だ。早くなんとかしなければなるまい!)


 エルヴィンは直感でそう思い、ワザとらしく笑顔を振りまい始めた。


「いやぁ、無事に逃げ出せて良かった良かった! ここでひとつ提案なのですが、二手に分かれるというのはいかがでしょうか?」

「急にどうしたんですの? 態度まで変えて気持ち悪い」

「まぁまぁ、聞いてくださいって! 僕とミネルバ様の目的と、そこのビーズの目的は違うでしょう? これ以上三人一緒にいても目立つばかりなのは明白。ならばこのあたりで、目的別に分かれて行動するべきです! 僕の直感がそう囁いてなりません! ミネルバ様、どうかここは、僕の考えを受け入れてはくれませんか?」


 ミネルバの冷めきった表情と声にもめげることなく、エルヴィンは笑顔で身振り手振りを大げさにしながら捲し立てていった。

 やがてミネルバは、そのうちフムフムと頷く姿勢を見せ、そして聞き終えると同時に、ニヤリと笑みを浮かべる。


「アナタ、意外と良い提案をなさるじゃない。特別に褒めて差し上げますわ」

「ははぁーっ! ありがたき幸せ!」


 エルヴィンは直角に腰を曲げ、頭を下げながら大声で言う。そして、このチャンスを逃すまいと、更に畳みかけていこうとした。


「そこのビーズという男は、一度王宮を追われております。ミネルバ様が目的を確実にこなすためにも、ここで別れておいたほうが、動きやすいのではないかと思います」

「確かに言えてますわね。良いですわ、アナタの意見を採用しましょう」

「ありがたき幸せ!」


 完全なる土下座を披露するエルヴィンに、もはや自身のプライドはなかった。全てはビーズから逃れるため、このくらいは些細なことだと思っていた。

 そしてエルヴィンはガバッと勢いよく立ち上がり、笑顔でビーズに向き直りながら高らかに言う。


「というワケなのだよビーズ君! キサマとはここでお別れだ。とっとと好きなところへ行きたまえ!」

「寛大なお心遣い、本当に感謝いたします。それでは、いつかまた会える日まで」


 ビーズは丁寧にお辞儀をして、そのまま王宮とは違う方向へと歩いて行った。

 その後ろ姿を見送るエルヴィンは、飛び跳ねるような気持ちとなり、凄まじく歪んだ笑みを浮かべる。


(安心しろ。そんな日は二度と来ないだろうからな。全てが終わったらパパに頼んで、ヤツをスフォリア王国から追放させてやる! ヒャーッハッハッハッ!!)


 ちなみにミネルバは、そんなエルヴィンの様子を気持ち悪そうな目で見ており、何か悪い魔力にでも憑りつかれたのかと、本気で思っていた。

 そしてビーズはというと、歩きながらニヤッと怪しげな笑みを浮かべていた。


「まさかここまで想像どおりに動かれるとは……本当に分かりやすい方々だ」


 懐から小さな装置を取り出し、そのボタンをポチッと押す。その瞬間、小屋の方向から大爆発する音が聞こえた。

 ビーズは装置を床に落として思いっきり踏んづける。数秒後には、装置が突然真っ赤な炎に包まれ、跡形もなく燃え尽きてしまった。


「さて、少し様子を見ましょうかね」


 ビーズの含み笑いが不気味さを交えて、林の中を駆け巡っていった。



 ◇ ◇ ◇



「大丈夫ですか、皆さん!?」

「はい。全員無事です!」


 魔力の壁を生成しながらフィリーネが叫ぶと、オースティンが代表して答える。


「いやー、コイツは驚いたわい」


 セルジオが誇りをはたきながら、ゆっくりと立ち上がる。


「まさか急に小屋が大爆発するとは……迂闊だったな」

「恐らく、ビーズが仕掛けたのでしょう。そしてこの大量の魔力も……」


 オースティンが空を見上げた先には、爆発した小屋から噴き出した、大量の黒い魔力が浮かんでいた。その魔力は風に乗って瞬く間に、王都中へ散ってしまう。


「私としたことが、まんまと一杯食わされたか!」


 悔しがるオースティンが拳を地面に叩きつける様子を見て、ブレンダも表情を歪ませながら、ギリッと歯を鳴らす。

 フィリーネもウェーズリーも同じような表情だった。セルジオはあまり表にこそ出していなかったが、いつもの軽口が一切出てこないところを見ると、オースティンたちと似たような気持ちであることが分かる。

 その時だった――


「遂に本性を表しおったな、悪党どもめ!」


 怒りに満ちた中年男性の声が、静まり返った中央部に響き渡る。フィリーネたちが慌てて振り向いてみると、ミシェールがそこに立っていた。

 ついさっき手を下したブレンダは、目を見開いて体を震わせていた。


「バ、バカな……確かに私が気絶させたハズなのに……」

「ふんっ! この国の一大事という時に、おちおち寝てなどおれんわ! この私にしでかしたことについては、後でたっぷりと礼をするからな!」


 こんな時にバケモノじみた復活劇を見せなくてもいいのに。そんなことをブレンダが思っている横を、ミシェールがカツカツと大股で通り過ぎる。

 そして怒りで真っ赤に染まった顔を、フィリーネにぶつけるのだった。


「キサマの狙いは読めておる。私をここにおびき寄せ、小屋を爆発させて私の命を奪うつもりだったのだろう? しかしどうやら失敗に終わったようだな。さぞ悔しかろうが、これもまた神が与えてくださった運命。せいぜい潔く諦めるが良い!」


 怒りに身を任せていたと思いきや、途中から誇らしげに目を閉じ、まるで酔いしれるかのように、ミシェールは高らかに言う。

 周囲が唖然とする中、セルジオが深いため息をつきながら、ミシェールにハッキリと告げた。


「お前さん一人だけの命を狙うのならば、もっと安全な方法を取っておる。現に今だって、フィリーネやオースティンも普通に危なかったぞ。王族が捨て身の方法をとるなど、普通はあり得んわい。ほんの少し考えれば分かることだろう」

「黙れ! たかが里の長老如きがこの私に楯突くな! 少しは身の程を知れ!」


 ミシェールは再び怒鳴るが、その言葉は全くセルジオには届いていなかった。特に言い返すこともせず、ひたすら哀れみの表情でミシェールを見つめる。

 それに対してミシェールが浮かべたのは、完全なる嘲笑だった。


「ふん。都合が悪くなると何も言い返せんか。これだから弱者は困ったモノだな。少しはその古ぼけた頭を使いたまえ。潔く諦めるのも確かに大事だが、少しでも良い方向に状況を打開するべく足掻くことも、時には大事なのだぞ? この私の言葉をありがたく受け取ることだな! ハーッハッハッハッ!!」


 実に気持ち良さそうに笑い声をあげるミシェールに対し、周囲は揃ってポカンと口を開け、完全にドン引きしていた。


(潔く諦めろとか、少しでも足掻くことが大事とか……さっきから何が言いたいのか分からんな、この男は……)


 心の底から呆れ果てるセルジオの口からは、もはやため息の一つすら出ない。

 フィリーネもこれ以上相手にしたくないと思いつつ、恥ずかしい気持ちにも駆られていた。自分の目が曇っていたと言ったほうが正しいかもしれない。

 エルヴィンの人となりは、何度もウワサで聞いていた。それでもフィリーネは期待していたのだ。今は子供でも、将来は立派な貴族に成長してくれるだろうと。

 しかしそれは甘すぎた。期待していた自分を、フィリーネは魔法で焼き払いたいとすら思った。

 エルヴィンの人となりは、間違いなく父親からの遺伝だ。もはや単なる甘やかしだけではなかったということだろう。

 フィリーネはそう思いながら自責の念に駆られるが、どうにか持ち直した。

 まずは目の前の問題を解決しなければならない。こんなところで悩んでいる場合ではないのだから、と。

 まず最初にするべきことは決まっている。フィリーネはそう思いながら、表情を引き締めた。


「ミシェール殿。もしまだ私たちを疑われるのであれば、もうしばらくお付き合いください。私たちがどのように動くのかをご自身の目で確かめた上で、改めて判断をしていただければと思いますが」

「ふん、良いだろう。必ずキサマらの化けの皮を剥がしてくれるわ!」


 意気揚々とミシェールは頷き、そして再び大声で笑い出す。

 しかしさっきと違い、周囲はドン引きしておらず、むしろフィリーネに対して笑みを浮かべていた。

 特にセルジオはうんうんと、心から感心するかのように頷いていた。よくぞ言った、フィリーネはそう言われたような気がした。


(それにしても、なかなか厄介なことになってきたわね……)


 空を見上げてみると、王都中に歪んだ魔力がはびこっているのが良く分かる。

 これでは外の魔物たちにも影響が出る可能性が高い。もしかしたら既に出ているかもしれない。

 目の前の小屋は、もはやただの廃墟――いや、瓦礫の山だ。魔力も既になく、ここにいても全く意味がないことは明白であった。


「町の中心部に行きましょう。外の魔物の様子も気になります」


 フィリーネの掛け声に、ミシェールを除く全員が頷いた。

 林を抜け、建物が並ぶ道に出ると、たくさんの冒険者や兵士たちが駆け回っていた。切羽詰まっている様子から、どんな状況なのかは考えるまでもなかった。

 中心部では東西南北に道が分かれていることもあり、だだっ広い広場のような感じでもあった。そのど真ん中には大きな噴水があり、いつもは明るくに賑やかな声が聞こえてくるのだが、今は状況が状況なだけに、どよめきばかりが聞こえてきていた。


「フィ、フィリーネ様? こちらに来ておられたのですか!?」


 一人の兵士がフィリーネたちの存在に気づき、慌てて駆け寄ってくる。その声に他の冒険者たちも反応し、皆揃って驚きを隠せない様子であった。

 オースティンが前に出て、問いかけてきた兵士を宥めながら言った。


「少し気になることがあってな。こうして出向かせてもらったのだ」

「左様でございましたか……それにしても、これはまた結構な大人数ですな……」


 そう言われて、フィリーネたちは改めて思い返してみる。確かに女王や王子、そしてギルドマスターやエルフの里の長老までもが勢揃いと来ているのだ。驚くなというほうが無理な話というモノだろう。

 思わず一同が苦笑してしまっていたところに、西側から一人の兵士が、血相を変えて走って来た。

 激しく息を乱しているその兵士は、傍にフィリーネたちがいることにすら全く気づいていなかった。それだけ切羽詰まっているということであり、それだけ良くないことが起きているのだと思わされる。

 なんとか少しだけ息を整えた兵士が、大声でハッキリと告げるのだった。


「た、大変ですっ! 外にいる魔物たちが、街門を突き破ろうとしています!」



次回は土曜日の0時~1時(金曜日深夜)あたりに更新する予定です。

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