第七十二話 追い詰められた三人
朝を迎えても、王都は騒ぎが広がる一方であった。
街門は全て封鎖しており、魔物たちが王都へ入ることはできなくなっていたが、逆に冒険者や商人たちが、王都から出ることもできなくなっていた。
街の人々は不安が募るばかり、そして貴族は我こそを先に守れと、王宮に助けを求めて駆け込んできている。その際に自分はこれだけの量を尽くしてきましたと、悪あがきに等しいアピールまでしてくる者も。
大臣と待機している騎士団たちが入り口で抑えているが、このままではこちらも危険だと思っていた。
追い詰められた者が思わぬ力を発揮することは、よくある話だ。我を失い、護身用に隠し持っている武器で襲い掛かってきてもおかしくない。
その点も含めて、女王の間にいる者たちは、こぞって頭を悩ませていた。
「貴族との内部戦争まで起こらないといいのだけどね」
「せめて思うだけにしませんか? 正直かなり冗談に聞こえませんから」
途方に暮れるフィリーネの呟きに、護衛としているブレンダがため息をつく。それを見たフィリーネは、慌ててコホンと一つ咳払いをして、キリッとした表情になった。
「魔物たちの動きも変わりない。魔導師の結界が効いているけど、それもいつまで持つことか。とにかく今は、様子を見るしかないわね」
「そうですね」
ブレンダは頷くも、不安さは拭えなかった。自然発生でないことは明らかであり、何かしらの原因があるハズ。それを取り除かない限り、この騒ぎが収まることはないだろうと思っていた。
「もしかしたらこれは、ビーズが関わっている可能性がありますね」
フィリーネが思い出したように言う。ある意味スフォリア王都でも有名な男の名は、ブレンダも聞き覚えがあった。
「ビーズが宮廷魔導師を目指していたのは、趣味としていた魔力装置の発明に、より力を注ぐためでもありました。危険性がとても高いモノを作る傾向があり、宮廷魔導師として相応しくないと、私は判断しておりました」
「それで直々に告げられたんですよね? そしてその後、彼は王宮を去って行った」
ビーズがフィリーネ直々に、宮廷魔導師になれないと言い渡された事実は、精霊の里にも伝わっていた。ブレンダも里で訓練をしている
「えぇ。まさか今でも宮廷魔導師を目指して、発明を続けていたとは……」
「人々の行動全てを把握するのは、到底無理な話です。ましてや、自ら去っていった者が相手ならば、尚更だと私は思いますよ」
頭を押さえながら後悔するフィリーネに対し、ブレンダは言葉をかける。大した慰めにもならないだろうが、言わないよりはマシだろうと思いたかった。
その時、女王の間の扉が勢いよく開いた。
「失礼いたします!」
兵士の一人が駆け込んでくる。なにやら慌てている様子に、フィリーネもブレンダも緊張を走らせた。
「西の林の奥地で、奇妙な小屋を見つけたという情報が入りました。なんでも、建物が強力な魔力で覆われていて、中に入りたくても入れないのだとか」
それは確かに奇妙だと、フィリーネもブレンダも頷く。更に兵士の報告は続いた。
「王宮に所属する魔導師の一人が言うには、特殊な魔力が暴れ回っているそうでして。現在はオースティン様が向かわれておりますが、そのオースティン様から、女王様にもお力を貸してほしいとのことです」
「分かったわ、案内して。ブレンダも来てちょうだい!」
「はっ!」
フィリーネが立ち上がったところで、兵士が人差し指を突き立てながら言う。
「それからもう一つご報告が。小屋の中から、ミネルバ様と少年の怒鳴り声が聞こえてきたとのことです。少年のほうは恐らく、マクレッド家のご子息ではないかと思われますが……」
兵士の報告にフィリーネとブレンダが硬直する。薄々予感こそしていたが、いざ的中すると、やはり驚いてしまう。
ミネルバとエルヴィンは、ビーズと手を組んでいた。もはや言い逃れは許されない。自分の娘に思い天罰を下す覚悟を、フィリーネはするのだった。
「行きましょう」
冷たい声が妙に響き渡る気がした。兵士も、そしてブレンダも、思わず身震いをしてしまうほどであった。
じきに容赦なく巻き起こるであろう大嵐の規模は、さぞかし果てしないモノだろう。ブレンダはそう思わずにはいられなかった。
案内する兵士を先頭として、フィリーネとブレンダが小屋へ向かう。
一応護衛という名目であるため、ブレンダは一番後ろを歩く形となっていた。正直、助かったと心の中で思う。先頭を歩く兵士は、大量の冷や汗を流しており、ブレンダは無力で済まないと、念じる形で謝罪するのだった。
兵士からしてみれば、無責任にもほどがある言葉だっただろうが。
「ふふっ……どうしてくれようかしらね♪」
フィリーネの呟きについては、兵士とブレンダは聞かなかったことにするのだった。
◇ ◇ ◇
その小屋は誰が見ても、魔力に包まれていることが分かるほどだった。紫色のオーラが小屋を包んでおり、見るからに毒々しい気配を醸し出している。
オースティンも兵士たちも、そしてフィリーネもブレンダも、皆揃って唖然としてしまっていた。
「確かに……この状態だと入れないわね」
引きつった表情でフィリーネが呟く。入れないどころか近づきたくない、という意見が殆どだろうと思えてくる。
実際、魔力は未だに暴れるような反応を見せており、時折パチパチッと弾ける様子も見られる。放っておいたら爆発するのでは、という不安が過ぎる中、フィリーネが小屋のドアへと近づいていく。
「皆、少し離れていてちょうだい!」
フィリーネの掛け声に、周囲にいた者たちが一斉に後退した。
呪文の呟き声が聞こえるとともに、フィリーネの体から金色のオーラが湧き上がる。そのオーラが小屋を包み込み、一瞬にして紫のオーラ全てを吹き飛ばした。
オースティンが剣を持ちながら、小屋のドアを勢いよく開ける。
するとそこには――――
「いい加減にしなさい、この無礼者っ!!」
「無礼者はキサマのほうだ! 王女だからといって、いい気になるなっ!」
「たかが貴族如きが偉そうにするなど、片腹痛いですわね!」
「んだとぉっ? 貴族をナメたら痛い目見るぞ、このお子様王女が!」
「図体デカいクセして、親に甘えまくっているドラ息子が聞いて呆れますわね!」
「キサマあぁーっ!」
ミネルバとエルヴィンが言い争っていた。それはもう見苦しいほどに。
オースティンが突入したことに全く気づいておらず、ギャーギャーと騒ぐことを止めようとしない。このまま黙って立ち去りたい気持ちに駆られるが、そうするわけにもいかず、声をかけようとしたところで、ビーズがオースティンの存在に気づいた。
「おやおや、オースティン様ではございませんか。そういえば結界も解かれてますね」
ビーズも小屋の隅っこに座り込んで、装置のようなモノをいじっていた。それが何なのかを尋ねようとしたその時、ミネルバが振り向いて表情を輝かせる。
「お兄様っ!」
ミネルバが涙を浮かべながら、オースティンにひしっと抱き着く。
「お待ちしておりましたわ、お兄様。ミネルバはこんな小汚い小屋に閉じ込められて、とてもとても辛くて苦しゅうございましたわ!」
「ミネルバ……アナタという人は……」
「さぁ、お兄様。私をここから連れ出してくださいまし! そしてあそこにいる無礼者たちを闇に陥れましょう!」
「ミネルバ、話を聞きなさい」
「そして私はお兄様と二人でこの国を担うのです! 実に輝かしい未来ですわ!」
「ミネルバっ!!」
「うるさいですわね。今は大事な話をして……」
忌々しそうに声のした方を振り向くと、表情をヒクつかせながら笑みを浮かべているフィリーネの姿があった。
ミネルバもエルヴィンも、そしてビーズも、その圧倒的な威圧感に委縮してしまう。
「さて……この女王である私に、何か言いたいことはあるかしら?」
妙に優しい声色が、逆に三人の――いや、周囲全体を恐怖で支配していった。
大量の冷や汗を流しながら、たどたどしくフィリーネに説明する三人に、空気は悪くなる一方であった。
(これもまた、不思議な縁というモノか……)
目の前の三人の集結に、ブレンダはそう思えてならなかった。
本当に偶然が重なっただけだろうか。全て神様が仕向けたことではないかと、本気で考えてしまっていた。
三人の目的が一致しているのならばまだ分かる。しかしビーズに限って言えば、全然違う方向だ。あくまで利害が一致しているだけに過ぎない。
共通している点があるとすれば、三人それぞれが、他二人を利用しようとしていたことぐらいだろうか。名言こそしていなかったが、ミネルバたちの話を聞く限りでは、どうもそうとしか思えなかった。
利用価値があれば、自然とその人に近づきたくなるモノなのかもしれない。ブレンダは改めて、そんな気がしていた。
そうこうしているうちに、言い訳同然の話も終わったようだ。フィリーネがこめかみを押さえながら、絞り出すように声を出す。
「要するにアナタたち三人が全ての原因、ということで良いのね?」
「それは誤解ですわ、お母様! 全てはこの醜い妄想を抱く殿方たちのせいです。私はただ、無理やり巻き込まれただけに過ぎませんわ!」
「デタラメを言うなっ! むしろお前が直々に僕を巻き込んだんじゃないか!」
「お黙りなさい! 王女であるこの私に口出しするなど……」
またしてもミネルバとエルヴィンの言い争いが始まってしまう。もはや子供のケンカではないかと、ブレンダはため息をつきながら思った。
「いい加減になさい!」
フィリーネの盛大なる一喝により、場の空気が一瞬にしてピシッと固まる。
「全くアナタたちは……どれほど見苦しい言い訳をしているのか分かってますか?」
「そ、そんな言い訳だなんて……」
ミネルバは震えながら周囲を見渡す。なんとかこの状況を打開しなくてはと考えていたその時、ビーズの姿が目に入り、ミネルバは笑みを浮かべた。
「そうですわ! そもそもこんな騒ぎになった直接の原因は、そこにいるビーズという男の発明した装置が、無様にも暴走したからのこと。ですからこの責任は全て、あの男が請け負うべきだと私は思いますわ!」
「ぼ、僕も同意見にございます! 女王様、どうか是非ともご再考を……」
ミネルバとエルヴィンは、必死に責任を逃れようと、ビーズに全てを押し付けようとしていたが、全てムダな行動でしかなかった。
現にフィリーネは深いため息をつき、完全に失望していたのだから。
「事情はどうあれ、加担している時点で立派な罪。アナタたち三人には、これから重い処分が待ち受けていることを、存分に覚悟しておきなさい!」
そしてフィリーネは後ろに控えるオースティンたちに告げる。
「あれが装置ね。今すぐ回収なさい。素手で触っても、悪影響はなさそうだから」
「はっ!」
兵士たちが小屋の中央にある装置を回収する。既に壊れており、魔力が出ている以外は何も起こらなかった。
フィリーネは安心したかのように小さな笑みを浮かべると、すぐに次の指示を出す。
「それでは帰ります。アナタたちはすぐに小屋から出てちょうだい」
オースティンたちは慌てて小屋から出ると、フィリーネはミネルバたち三人に魔法をかける。するとミネルバたちは何故か足が動かせず、立ち上がれなくなった。
「お母様、これは一体……」
「心配することはありません。ほんの数秒だけ動けなくするだけですから」
ミネルバの問いに、フィリーネはそれだけ答えて外に出る。そしてドアを閉めると、更に膨大な魔力を小屋全体に張り巡らせた。
神々しい金色のオーラが小屋と一体化した瞬間、中からドアを思いっきりドンドンと叩く音が聞こえてきた。
「お、お母様! ここから出してください!」
「ダメです。騒ぎが落ち着くまで、そこで少し反省していなさい!」
「どうしてこんな……お母様ああああぁぁぁーーーーっ!!」
ミネルバの叫びを無視し、フィリーネはそのまま踵を返して立ち去る。オースティンたちもそれに続いて歩き出した。
ブレンダがチラッと後ろを振り返ると、金色のオーラがほんの一瞬だけ歪み、すぐに元通りになるのが見えた。凄まじい結界の強力さに、ブレンダは思わず表情を引きつらせるのだった。
「オースティン、魔導師数人をこちらに派遣して。念のために見張りをつけます」
「りょ、了解いたしました!」
フィリーネからの指示を受け、オースティンは慌てて走っていく。空を見上げると、依然として黒雲が王都を覆い被さっており、未だ晴れる様子は見られない。
「さてと、後は各所の魔物たちね。これで少しは収まってくれるといいけど」
生暖かい風に乗って唸り声が聞こえてくる中、フィリーネはそう呟くのだった。
次回は火曜日の0時~1時(月曜日深夜)あたりに更新する予定です。