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たった一人の魔物使い  作者: 壬黎ハルキ
第四章 スフォリア王都
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第七十一話 アクシデント



「では、そろそろ実験も良いでしょう。あとは実践あるのみです」


 ビーズたち三人は、いよいよ小屋の中で計画を実行しようとしていた。

 愛しそうに装置を撫でるビーズに対し、エルヴィンは大いに不信感を込めた表情を浮かべていた。


「本当に大丈夫なんだろうな? もう何十回も試したとはいえ、スライムだけでは物足りない気がするが……」

「むしろこれだけ試したのですから、それこそ何の心配もありませんよ」


 そう言いながらビーズは装置をテーブルの上に置き、魔力を送り込む。すると装置が起動し、生暖かい風とともに自然の魔力が動き出した。

 スフォリア王都全域に範囲を広げているためか、実験の時よりも動いている魔力の量が多かった。魔力の粒子が王都中を駆け巡っており、装置が無事に起動していることを示している。

 ミネルバもエルヴィンも、この現象に驚愕の表情を浮かべている。ビーズの発明した装置の底力を、改めて垣間見た瞬間であった。

 エルヴィンが勝ち起こった笑みとともに、実に愉快そうな叫び声を上げる。


「フフフフフ……ハーッハッハッハッ! これでセドもあの魔物使いの人間族もオシマイだな! この王都のどこかで、ヤツらの化けの皮が剥がれ、盛大に叫ぶ声が聞こえてくるようだぜ!」


 ちなみにエルヴィンもミネルバも、ずっと小屋に閉じこもっていたため、マキトたちが王都を離れていることを全く知らない。当然、セドとバウニーが同行していることも含めてだ。

 要するにこの二人は、ターゲットとなる人物がいないにもかかわらず、堂々と王都の中で作戦を開始しているのだ。ロクに下調べもせずに。

 もはやこの作戦、ビーズ以外に得をする者はいないといっても過言ではない。

 別に彼はマキトたちに被害が及ぼうが及ばなかろうが、どうでも良いのだ。広範囲で装置の成果が証明できれば大成功。失敗しても逃げ出して終わりだ。何も分かってない姫と貴族が身代わりになってくれると、ビーズは心の中で笑っていた。

 そしてミネルバもまた、始まったばかりにもかかわらず、既に作戦が成功したという妄想にふけっていた。


(ムフフ……これであのロクデナシも今度こそ終わりですわ。そうすればお兄様からもきっと、お褒めの言葉をいただけるに違いありません!)


 ミネルバの脳内で、最愛の兄、オースティンとの会話が繰り広げられる。



『ミネルバ。どうやら私の目は酷く曇り切っていたようだ。やはりお前は優秀で強くて実に素晴らしい王女だよ』

『お兄様ったら褒め過ぎですわ。私は当然のことをしたまでです!』

『世の中には当然のことをできない者も多い。お前にはもっと胸を張って欲しいんだ。これも兄の愛だと思って、どうか受け止めて欲しいのだがね』

『愛だなんて……お兄様ったら大げさすぎますわ。それにその言い方だと、周囲に誤解を招いてしまいますわ。おかしなウワサが流れるなど……』

『ならば、決して誤解ではないと判断されるようにしてみるかね?』

『お、お兄様いけませんわ! そんな……私たちはたった二人の兄妹なのに……』

『そのとおりだ。もうセドはいないのだから、私たち兄妹の仲を邪魔する者はいない。今まで構ってやれなかった分を、今から取り戻そうじゃないか!』

『ああっ、お兄様っ!!』



 ミネルバの思考は完全に暴走していた。それは現実でも笑い声となって現れる。


「ムフ、ムフフフフフフフ――――♪」


 ビーズとエルヴィンが、ギョッとしながらミネルバを見る。そこには今まで見たことがない彼女がいた。

 虚ろな目に、よだれを垂らしながら、実にだらしなく笑っている。本当に彼女は我が王国の王女様なのだろうかと、ビーズたちは心の底から問いただしたくなっていた。

 するとミネルバは思いっきり目を瞑り、そしてクネクネと激しく動き出す。


「いやあああぁぁんっ、もうお兄様ったら大胆なんですからあぁっ!!」


 ミネルバが叫びながら思いっきり装置を叩いてしまう。そして『バキィッ!』という見事な鈍い音を叩き出してしまうのだった。


『あっ……!』


 エルヴィンとビーズの声が重なる。小刻みに揺れる装置からは、次第に煙が登り始めており、そして不吉を表すかのように大きく光り出した。

 宙を舞う魔法の粒子が狂いだす。ただの強風から、まるで暴風のように変化する。それは止まる様子を見せない。むしろこのまま全てが吹き飛ぶのではと、そう思えてしまうほどに。

 三人は目の前の光景に釘付けとなっているため、外の様子にまで影響が出ていることに気づいていなかった。

 風が強くなる。空を覆う黒雲がうごめき、雷のような重苦しい音を唸らせる。そしてその黒雲は、更なる広がりを見せる。それに合わせて魔力の粒子もまた、荒れ狂いながら増量していくのだった。


「な、何なんですの、これはっ!?」

「どう見ても装置が暴走していますね。えぇ、間違いありません」


 慌てふためくミネルバに対し、ビーズは冷静に分析する。


「どうやらこの様子だと、魔力そのものにも異変を来していますね。魔物を暴れさせる以外にも多大な影響を及ぼす可能性が考えられます」

「冷静に分析している場合か! とにかく僕はここから逃げさせてもらうぞ!」


 エルヴィンが外に出ようとドアノブを回すが、全くビクともしない。


「あ、あれっ? ど、どうなっているんだ! ドアが全然開かないぞっ!?」


 ガチャガチャという音が響き渡る。次第にエルヴィンとミネルバの表情が絶望に染まっていく。鍵穴のないドアが、どうして施錠されているのか。ワケが分からず、二人は混乱していた。


「ちょっと失礼しますよ」


 ビーズがエルヴィンを押し退けつつ、ドアノブをジッと見つめ、そして淡々と言う。


「魔力施錠装置が作動してますね。この狂った魔力の影響によるモノでしょうな」

「な、なんですの、それは?」

「私が発明した魔力装置の一つですよ。女王様に売り込もうと思いましてね」


 恐る恐る訪ねてくるミネルバに、ビーズはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに笑顔で応える。

 それにイラッとしたらしいエルヴィンが、険しい表情で怒鳴りつけてきた。


「だったら早く開けろ! お前が作ったんだろう?」

「無理ですね。狂った魔力のせいで、もはや何も受け付けません」

「じゃ、じゃあ僕たちは一生、ここに閉じ込められたままか?」

「魔力が収まれば自然と解除されますよ。もっともそれがいつになるかは、僕にも分かりませんがね」


 ふーやれやれ、と言いながらテーブルに戻っていくビーズ。ミネルバは脱力して座り込み、エルヴィンは拳を強く握り締めながら、ワナワナと震えていた。


「キサマ……よくも僕にこんな仕打ちをしてくれたな! パパやフィリーネ様に言いつけて、漆黒の闇に突き落としてやる!」

「別にそうしたいのであれば構いませんが、そうなったらアナタの行動も、包み隠さず打ち明ける必要がございますよ? アナタのお父様はともかく、女王様が見逃してくださるとは思えませんがね」

「ぐっ……!」


 エルヴィンは言い返せず、言葉を詰まらせる。しかし自分の失態だけは何がなんでも認めたくない。その見苦しい気持ちから、矛先をミネルバに切り替えるのだった。


「そ、そもそもこうなったのはミネルバ様のせいだ! おかげでこの僕も逃げられなくなったじゃないか!」

「なっ! ど、どうして私が悪いんですの? 王女に対して、少しは口を慎むということを覚えて欲しいモノですわ!」

「やかましいっ! 王女だからと言って、何かにつけて偉そうにしやがって……そのせいで僕たち貴族がどれほど苦労しているのか、キサマは一度も考えたことなどあるまいっ!」

「そういうアナタこそ! いつもいつも身勝手な行動ばかりして……おかげでお母様はいつも頭を悩ませていましたのよ? 子供じみた悪ふざけばかりだったのが幸いでしたけれどもね!」

「こ、子供じみたとは何だ!? そういうキサマこそ、女王様やオースティン様の素晴らしさを縦に、自由気まましまくっているではないか! そんなキサマにだけはうるさく言われる筋合いはないぞっ!!」

「お母様たちを侮辱するのですか!? アナタの発言は重罪に値しますよ! この私が王女として、マクレッド家を闇に突き落として差し上げますわ! せいぜいその身を持って後悔することですね!」


 感情の赴くままに言い争う中、ミネルバがビシッと指を突き出しながら宣言する。それに対してエルヴィンは、心の底から呆れ果てた表情を浮かべるのだった。


「チッ……第二王子を始末しようとしていた分際のクセして……偉そうに上から目線で語るなど、おこがましいにも程があるわ!」

「なんですって? それこそアナタにだけは言われたくありませんわ! セドお兄様に復讐しようと企んでいたクセに!」

「おやおや、姫君ともあろうお方が実に言葉遣いの悪い。少しはこの国のために、おしとやかになったほうが身のためでございますよ?」

「その減らず口を閉じなさいっ!」

「がっ! な、何をするのだこの無礼者が!」

「無礼者はそちらでしょう!?」

「いだだだだっ! ほ、ほのれぇーっ(お、おのれぇーっ)!」

「ふぁなひまはいっ(放しなさいっ)!」


 ミネルバとエルヴィンが掴みかかり、もはや言い争いを越えて、単なる子供のケンカと化していた。

 それを遠巻きに見ながら、ビーズはマイペースに装置の様子を見ていた。


「ふむ……まぁ、これはこれで想定の範囲内ですかね。それでは僕も、第二の手を用意するとしましょうか」


 どったんばったんと暴れ回る音を聞きながら、ビーズは慌てる様子もなく、戸棚の中身を漁り始めるのだった。



 ◇ ◇ ◇



「グルルルルルルル――――――」


 野生の魔物たちが唸る。目が赤く光り出し、ユラユラと揺れながら動き出す。

 その足取りは王都に向けられていた。まるで導かれるように。より濃度の高い魔力の粒子を求めているかのように。

 外壁は登れず、空から侵入しようとしても、魔力の壁に阻まれて叶わず。魔物たちは自然と、王都の街門を目指して歩いているのだった。


「ガルルルルルル!!」

「ギャース!」

「ビイイイィィーーーッ!!」


 段々と魔物の数が増えてくる。唸り声や鳴き声をあげながらゆっくり、確実に王都へ向けて一直線に迫る。

 既にウェーズリーから連絡が入っており、各所の門番たちにも、かつてないほどの緊張が走っていた。

 魔物の力は底が知れない。普通の状態でなければ尚更だ。ただ単に門を固く閉ざしているだけでは不安過ぎる。自分たちは無事に朝を迎えられるのだろうかと、本気で思うほどであった。


「なんだよアレ? もう完全に大群そのものじゃないか!」


 見張り台に登った門番の一人が、望遠鏡を覗き込みながら戦慄する。そして下に控えている門番を見下ろし、慌て気味に叫び出した。


「お、おい! ちゃんと街門は閉ざしてあるんだろうな!?」

「間違いなく完璧であります! たった今、確認してまいりました!」

「そうか……何かちょっとでも異変が起きたら、すぐに俺に知らせるんだぞ!」

「了解いたしました!」


 下にいる門番は敬礼しつつ、駆け足で持ち場に戻っていく。

 そして再び望遠鏡で街門の外の様子を見ながら、見張り台の兵士は忌々しそうな表情で舌打ちをする。


「ミネルバ様とマクレッド家のバカ息子が突然消えて、その上魔物騒ぎかよ。全く一体全体、何がどうなってるってんだ!?」


 次から次へと沸き起こる騒ぎに、もう本当に頼むからいい加減にしてくれと、見張り台の兵士は心から願った。

 その願いが実に儚いモノであることも、心のどこかでなんとなく予想していた。



次回は土曜日の0時~1時(金曜日深夜)あたりに更新する予定です。

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