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たった一人の魔物使い  作者: 壬黎ハルキ
第四章 スフォリア王都
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第五十七話 眠れる過去



「ふーん、なるほどねぇ……それであの森にいたのか」


 ラティの通訳のおかげで、子タイガー亜種の経緯をマキトたちも知ることができた。子タイガー亜種がパンナの森にいたのは、修行の一環としてらしい。

 キラータイガーは皆、生まれて間もなくして、親元から巣立たせるための修業を施されるらしい。これは長年の歴史で、常に繰り返されてきたことなのだという。

 そういうモノなのかと、マキトは驚きながらも頷いていた。

 まだ地球で暮らしていた時、図書館などで動物の生態について書かれた本を読んだことがあり、常に厳しい世界を生きていることは知っていたのだ。

 自分に寄り添っている子タイガー亜種も、近々親元を離れて暮らすのだろうと、マキトは予感する。それが彼らの絶対的な掟である以上、黙って見守るしかないことも、分かっているつもりであった。


「グワアアァーーッ!!」


 親タイガー亜種が空に向かって吠え出した瞬間、その口から真っ赤な炎が放たれる。どうやら合図のようだが、もしも敵を相手に放った場合、多くはひとたまりもないことだろうと、マキトは思っていた。


「キラータイガーの亜種って、炎も吐けるんだな」

「全ての個体がそうだとは限らんよ。詳しい理屈は未だ分かっておらんがの」


 セルジオの説明に、マキトは興味深そうに頷いた。

 魔物にも色々な種類が存在しており、生息している地域によっても、生態系は大きく変化するとのことであった。中には冷気のブレスを吐くキラータイガーもいるとのことであり、その情報がマキトの興味をそそらせる。

 そして数分後、ひと回り大きな一匹のキラータイガーの寝そべっている姿が見えた。どうやら長で間違いないらしい。

 親タイガー亜種の気配を察知したのか、長タイガーはゆっくりと起き上がった。動きはかなり衰えているようだが、その目力はまだまだ衰えていない。長という立場なだけのことはあると、マキトは思った。

 タイガー亜種親子とはそれなりに打ち解けているが、もしかしたら力試しがてら襲いかかってくるかもしれない。そう思ったセルジオとブレンダは、少しだけ緊張している様子であった。

 一方、マキトと魔物たちが何を考えていたのかというと、キラータイガーの長と何の話をしようかという、実に呑気な内容であった。

 そして実際に目の当たりにしてみると、マキトとラティは思わず呆けてしまう。


「ふやぁー、本当におじーちゃんって感じなのです」


 実際近くで見ると余計にシワが目立って高齢であることが分かり、ラティがマキトの肩から身を乗り出しながら、感嘆の声をあげる。


「グルルルゥ……」


 重低音の唸り声が響き渡ってきた。単なる風に乗ってを通り越して、体の内部にまで突き抜けてくるかのような。

 実際マキトたちは、思わず揃って硬直してしまっていた。そんな彼らの様子を見て、長タイガーは顔を上げながら唸り声を上げる。


「グルルル、グルグルグルルゥ」

「そう緊張しなくても良いと、おじーちゃんタイガーは言ってるのです」

「って言われてもなぁ……」


 表情を引きつらせながらマキトが言う。すると足元を子タイガー亜種が移動していくのが見えた。


「ニャア」

「ピ?」

「ニャニャニャ、ニャアッ!」

「ピキィッ!」


 子タイガー亜種がスラキチに話しかけている。それを聞き取ったラティが、マキトに内容を告げた。


「一緒にお散歩に行こう、とスラキチを誘っているのです」

「いいんじゃないか? 折角だし、行ってきなよ」

「ピキー」


 了解と言わんばかりにスラキチは頷く。それに続く形で、セルジオが口を開いた。


「それなら付き添いが必要だな。ブレンダ、この役目はお前に任せる」

「え、私がですかっ!?」


 指名されたことに驚くブレンダに、セルジオは深く頷いた。


「お前を見込んでのことだ。魔物と交流を深める良い機会でもあるだろう」

「……分かりました、お受けします」


 しぶしぶながら首を縦に振ったブレンダに、セルジオは満足そうに笑った。

 スラキチと子タイガー亜種が意気揚々と駆け出す。それに驚きながらも、ブレンダは二匹の後を追いかけていくのだった。

 スラキチたちを見送ったマキトたちに、親タイガー亜種が声をかける。ラティが再び通訳に入った。


「長と話をしてほしいと言っているのです」

「あぁ、分かった」


 マキトたちは親タイガー亜種とともに、長の元へ向かった。


「どうやら、わたしたちを敵とは見なしていないようで、良かったのです」

「だな」


 ラティの言葉にマキトが頷くと、なにやら長タイガーがマキトを見ていた。

 しばし妙な時間が流れた後、視線をラティに向けて語り始める。


「グルル……ガウガウ、ガルル……」

「あ、えっと、はい。確かにわたしなら、マスターに伝えられますけど……」


 どうやら長タイガーは、妖精のラティがヒトと会話できることを知ってらしい。ラティにその確認を取った上で、通訳してもらおうとしているようだ。


「ガウガウ、ガウ、ガルルルルル……グルルウゥ、ガウッ……」

「え、そんなまさか……」


 神妙な感じで語っていく長タイガーに、ラティが突然驚きの声を上げる。

 そして、信じられないと言わんばかりに強張った表情で、ラティがマキトのほうを振り向いた。


「おじーちゃんタイガーは、小さい頃のマスターを知っているみたいなのです」


 マキトとロップルの表情が止まった。セルジオと親タイガー亜種も驚きの表情は浮かべているが、あくまで意外な繋がりがあったんだな、という認識に過ぎない。

 それぞれが色々と疑問に思う中、長タイガーは話を続ける。


「遠いその昔、幼かった私を少年少女が助けてくれた。そなたはあの時の少年なのだろう? 立派に成長したのだな……って、言ってるのですけど……」


 ラティが動揺しながら、長タイガーの言葉をそのままマキトに通訳する。

 流石にどう返答したモノか少しだけ迷ったが、やはりここは誤魔化さずに、本当のことを話そうとマキトは思った。


「嬉しそうなところ悪いけど、少なくともそれが俺ってのは、まずあり得ないよ」

「えらく否定するのう。何か根拠でもあるのかね?」


 訝しげな表情を浮かべるセルジオに、マキトは申し訳なさそうな苦笑しながら、ハッキリと告げた。


「実は俺、別の世界から来たんだ。この世界の人間じゃないんだよ」

「なんと……」


 セルジオが目を見開きながら呟いた。長タイガーや親タイガー亜種も、よく理解できていないらしく、どういうことなのだと問いかけている雰囲気であった。

 自分はこの世界の者ではない。マキトのその告白は、あまりにも突拍子がないとしか言えないモノであった。まさかこんなにあっさり言うとは思ってなかったラティもまた、どこか居心地が悪そうにソワソワとしていた。

 そんな周囲の様子を見渡しつつ、マキトは苦笑を浮かべながら頬を掻き、呆然としているセルジオに向けて口を開いた。


「とりあえず、そこらへんのことをザックリと話すから、聞いてくれないか?」

「う、うむ……」


 セルジオが戸惑いながらも頷くのを見て、マキトは語り出す。

 自分は『チキュウ』という世界で暮らしていたのだが、ある日の夜、この世界に突然降り立ってしまった。近くに住んでいた老人に助けてもらい、それからずっとこの世界で、魔物使いとして生きている。異世界召喚魔法によって呼ばれたワケではなく、召喚された原因は未だ全く分からない。

 話を黙って聞いていたセルジオは、恐ろしく困惑する様子を見せていた。にわかには信じられないが、ウソを言ってるようにも見えなかったからだ。


「グルル、グルルルル……ガウガウガウッ!」

「おじーちゃんタイガーは、マスターがあの時の少年に思えてならないって……」


 長タイガーの言葉をラティが通訳し、少しばかりの沈黙が漂った後、セルジオが重々しく口を開いた。


「……済まんが皆、少しワシの話を聞いてはくれないか?」

「じいさんの話をか? どんな?」

「十年前、エルフの里で起こった事件についてだ。概略程度になるが……」


 殆ど反射的に問い返したマキトの言葉に、セルジオが表情も視線も変えないまま答える。話す内容は確かに分かったが、それはそれで疑問が残る。

 そう思ったマキトが首を傾げているところに、再度セルジオの重々しい口調での言葉が放たれる。


「少し思うところがあるのだ。どうかここは聞いてほしい」

「お、おぉ、分かった」


 どことなく気迫を感じたマキトは、大人しく話を聞く姿勢を取る。

 改めて周囲の皆が黙って注目し出したところで、セルジオが話を切り出した。


「昔、とあるハーフエルフの青年と人間族の女性が、里で暮らしておった……」


 その二人は愛し合っており、やがて一人の男の子を授かった。

 女性は魔物使いの素質を持っていた。それも、類い稀と言われるほどの強さを。その素質は息子にもしっかりと受け継がれており、実に将来が楽しみだと、周囲からも評判の家族であった。

 しかし、その子の力を疎ましく思う者たちが現れた。役立たずの職業という烙印が消え、世の中が大きく変わることを恐れたのだ。

 ずっと見下していた存在が、突如として優位に立たれる。それを断じて我慢できない者が立ち上がることは、いつの時代でも決して変わることはなかった。

 二人はどうしても息子を助けたかった。自分たちの身を犠牲にしてでも、未来を閉ざすようなマネだけはさせないと、胸に誓っていた。

 息子に対する強すぎる気持ちが、二人を『禁忌』へと導いてしまったのだった。

 当然ながらセルジオを含む、周囲の誰もが猛反対した。しかし、二人はもはや聞く耳を持っていなかった。ただ息子を助けることしか考えられなくなっていた。

 結局セルジオは、二人を止めることは終ぞできなかった。


「今でも後悔しておるよ。どうして体を張ってでも止めなかったのかとな」


 セルジオが地面を見つめながら、深いため息をつく。重々しい口調からして、本気でそう思っていることが、マキトたちにもしかと伝わってきていた。


「それで……どうなったのですか?」


 ドキドキしながら訪ねるラティに、セルジオが淡々とした口調で答える。


「二人の息子は、この世界から文字通り『逃がした』のだ。そのこと自体は見事に成功したに違いないと、二人は心の底から大喜びしておったよ」

「……あの、なんかそれだと、本当に成功したのか……」

「そう。成功したという保証は一切ない。だが二人は心の底から信じておった。そうとでも思わなければ、自我を保ってられなかったのかもしれんがな」


 セルジオは二人が犯した禁忌についての詳細は語らなかった。そもそも最初から話そうと思っていなかったようにも見えた。

 マキトはとりあえず、何か物凄い魔法でも使ったのだろうと思うことにした。


「その後、二人は自ら命を絶った。それを最後の『仕上げ』としてな」

「仕上げって……どういうことなのですか?」

「証拠隠滅、と考える者は多かったな」


 セルジオは重々しい表情でそう言った。ラティもロップルも悲痛な表情を浮かべている中、全くと言って良いほど表情を出していない者が一人いた……。


「で? 何でまたじいさんは、突然そんな話を始めたんだ?」


 マキトのアッサリとした口調が、重々しい空気をバッサリと切り崩す。今までの話なんか至極どうでもいいと言わんばかりに。

 セルジオもマキトの表情からして察してはいたらしく、特に驚くこともせずに、淡々と言い出した。


「お前さんが大きく関係しておるかもしれないから、といったところだな」

「え、俺が? まさか、その男の子が俺だっていうんじゃ……」

「…………可能性があるというだけに過ぎんがな」


 ためらいながらも告げるセルジオに、マキトは笑いながら上下に手を振る。


「またまたそんなの……って、冗談でもなさそうだな」


 セルジオが厳しい表情を崩さない様子に、マキトの表情からも笑顔が消えた。本当にそんなことがあり得るのかと、問いただしているかのように。

 そんなマキトの視線に答えるべく、セルジオは再び重々しく口を開いた。


「禁忌とはズバリ……『異世界召喚魔法』だ」


 語尾を強めて言うセルジオに、マキトは思わず息を飲んだ。



次回は火曜日の0時~1時(月曜日深夜)あたりに更新する予定です。

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