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たった一人の魔物使い  作者: 壬黎ハルキ
第四章 スフォリア王都
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第五十二話 マージリィとレオノーラ



 大通りは人という人で溢れており、賑やかさが絶えないでいた。

 その一角にあるカフェのオープンテラス席にて、マキトたちはこれまでのことを語り合っていた。


「ふーん。じゃあ、新しい母親とは上手くやってるんだな。良かったじゃん」

「ありがとう。少し暴走しちゃうところはあるけどね」


 同じ魔導師として魔法の修行を付けてもらったり、一緒に買い物に行ったりしていると、コートニーは語っていた。その表情はとても楽しそうであり、決して無理をしていないということがよく分かる。

 別れる前に見せていた不安そうな表情は、影も形も見られない。


「その新しいおかーさんも、凄い冒険者さんなのですか?」

「うん。先月ぐらいに、お父さんと一緒にランクAをもらってたよ」

「要するに、最高ランクってことか?」


 驚いた表情を浮かべるマキトに、コートニーは苦笑する。


「そうなるのかな。ただ、お父さんもお母さんも、ランクSを目指すつもりでいるみたいだけどね」

「ランクSって確か、頑張ってなれるもんじゃないって聞いた気がするけど?」


 マキトの疑問に、コートニーは苦笑を凝らしながら言う。


「それはお父さんたちもよく分かっているよ。冒険者たる者、目標は常に高く設定しておくべきだってね」

「アハハ……あのおとーさんらしい気もするのです……」


 ラティの苦笑に、マキトもコートニーも釣られていた。

 スラキチとロップルは、現在パフェのフルーツに夢中となっており、どうやら話は全く聞こえていない様子であった。


「そう言えば、コートニーのランクって、今どんな感じなんだ?」

「ボクはランクDだよ。ほらっ」


 コートニーがギルドカードの腕輪を起動させて、マキトに見せてくる。そこには確かに『D』という文字が刻み込まれていた。


「そっか。あれから二つもランクが上がったんだな」

「お父さんたちに鍛えられたからね。マキトの今のランクは?」

「まだランクFだよ」


 苦笑しながらマキトがギルドカードを見せると、今度はコートニーが驚いた。


「ホ、ホントだ……もしかして、クエストとか受けてなかったの?」


 コートニーは聞かずにはいられなかった。あんなに幸先の良いスタートを切っておきながら、まさか自分より二つもランクが下だとは思わなかった。

 自分と別れた後も順調にクエストをこなし、既に自分と同じくらいのランクに到達しているだろうと、コートニーは思っていたのだ。

 もしかしてサボっていたのだろうか。そんな考えがコートニーの中を過ぎった。

 あの後受けたクエストで失敗を重ねたのならば、あり得ない話でもない。とはいえ、そのままにしておくとも思いたくないと、コートニーは心の中をザワつかせる。

 そんな中、マキトがコートニーの問いに、苦笑を凝らしながら答えた。


「いや。むしろ受けられなかったんだ。トラブルに巻き込まれて、そのままサントノを旅立つ羽目になってな」

「ちなみに、結構ややこしいので、あまり聞かないでくれると助かるのです」

「うん、それは良いけど……ちょっとビックリしちゃった……」


 コートニーが驚きながらも、少しだけ安心した。やむなき理由があってのことだったのだと分かったからだ。

 そんなコートニーの心情が顔にしっかりと出ており、マキトはなんとなく申し訳ないと思い、苦笑を浮かべた。

 ちなみにどちらのせいでもないということは、双方ともによく分かっていた。


「けど確かに、ずっとランクFのまんまってのもなぁ……少しこの町に滞在して、クエストを色々受けてみるか。そろそろ資金稼ぎもしたいところだし……」

「わたしはそれで賛成なのですよ」


 ラティが同意するとともに、スラキチとロップルも鳴き声で賛成の意志を見せる。それを見たマキトは、ニカッと笑った。


「じゃあ、決まりだ。目指せランクアップってな」


 今後の方針が決まり、マキトの声に魔物たちは改めて元気よく返事をした。

 お茶をカップを持ちながら、コートニーが思い立った表情を浮かべる。


「ケーキ食べたら、またギルドに戻ってみる? もう殆どクエストは残ってないだろうけど、どんなクエストがあるかは、ランクごとに確かめられるからさ」

「へぇー、そんなのできるんだ。じゃあ、そうしようか」


 ならば早く食べてギルドへ行こう。マキトがそう言おうと思った時だった。



「あ、いたいた♪ やっほー、コートニーっ♪」



 弾むような年上らしい女性の声が聞こえてきた。

 呼ばれたコートニーはビクッと反応し、周囲をキョロキョロと見渡す。マキトたちも揃って見渡してみると、二人の人物が近づいてきているのが見えた。

 一人は杖を持った魔導師らしきエルフ族で、スタイル抜群で母性溢れる大人の女性。そしてもう一人は、獣人族で大柄で屈強としか思えない剣士らしき男性だった。

 獣人族の男性のほうは、マキトたちも知っている人物だった。


「お、お母さん……それにお父さんも……」


 コートニーが恥ずかしそうに顔を赤らめながら、向かってくる二人を見る。

 人が溢れかえっている中で、親が自分のことを大声で呼ぶのは、流石に恥かしいことこの上なかった。しかし叫んだ当の本人は、どうしてコートニーが恥ずかしがっているのか、まるで理解できていないようであった。

 それに気づいた獣人族の男性は、深いため息をつきながら口を開いた。


「レオノーラ。前々からコートニーも私も言ってるだろう? 人前で大声で呼ばれるのは恥ずかしいのだとな」

「あら、マージリィさんったら。母親がカワイイ息子を呼ぶのは、至極当然のことじゃないですか」

「……その呼び方に問題があると言っているんだがな」


 呆れた表情を浮かべるマージリィの隣で、レオノーラと呼ばれた女性は、どこまでもマイペースに笑顔を見せる。

 この人がコートニーの新しい母親なのかと、マキトは思っていた。


「……えっ?」


 マキトの顔を見たレオノーラが、驚きの表情を見せた。

 しかしほんのわずかなことであったため、マキトもコートニーたちも気づいてはいなかった。更にマージリィが前に出てきたことによって、意識は完全にそちらに向いてしまうのだった。


「マキト君、久しぶりだな」

「お久しぶりです。その、俺たちも今日、この町に着いたばかりでして」


 やや緊張気味にマキトが答えると、マージリィはそうだったのかと、笑顔を浮かべてきた。

 しかしその直後、マージリィの表情に陰りが出る。コートニーがそれに気づき、首を傾げながら問いかける。


「何かあったの?」

「あぁ、実はまたしても、長期の仕事が入ってしまってな……」


 マージリィが再び、深いため息をつく。


「母さんと一緒に指名されてな。しばらくこの町を留守にすることになった。ようやく少しは落ち着けると思ったのだがな」

「ふふっ、それだけマージリィさんの人気が高いということですよ♪」


 少しばかりからかいが混じったような言い方をするレオノーラに、マージリィが訝しげな表情を浮かべる。


「別にそこまでは言わなくてよろしい。それよりお前も、コートニーの友達に挨拶くらいしたらどうだ?」

「やだ私ったら……ゴメンナサイ、うっかりしてしまって……」


 完全に素で挨拶するのを忘れていたレオノーラは、慌てて姿勢を正し、マキトたちに向かって深々とお辞儀をする。


「初めまして。私はエルフ族の魔導師で、レオノーラと言います。今はコートニーの母親でもありますね。マキトくんたちのことは、息子からよく聞いてました」

「あ、いえ、こちらこそ……」


 思わず立ち上がり、マキトも慌ててお辞儀した。

 そして再びマキトが座った後、レオノーラが申し訳なさそうに笑みを浮かべる。


「すみませんが、私たちはもう行かないといけません。マキトくん。コートニーをどうかよろしくお願いいたします」

「えっ?」


 突然レオノーラからそう言われ、マキトたちは思わず呆気に取られてしまう。すると今度はマージリィが咳ばらいを一つし、コートニーのほうを向いた。


「コートニー。お前の冒険者としての活躍を、父さんたちは楽しみにしているぞ」

「今度会った時には、たくさんの話を聞かせてほしいわ♪」

「それでは、私たちはこれで失礼する。話の邪魔をして済まなかったな」


 マージリィとレオノーラは、コートニーたちの返事を待たぬまま、踵を返して去って行ってしまった。

 やがて人ごみに紛れて姿が見えなくなり、ようやくそれぞれが我に返る。


「まぁとりあえず、また一緒にいられることになったワケだな。よろしく頼むよ」

「よろしくなのですー」


 マキトとラティが手を差し伸べる。スラキチとロップルも鳴き声をあげながら、コートニーに笑顔を向けた。

 途端に嬉しくなった。また数ヶ月前みたいに、一緒に冒険ができるのだ。自然と涙が込み上げてくるのを我慢しながら、コートニーは笑顔を見せる。


「うんっ、こちらこそ!」


 コートニーは両手で勢いよく、マキトたちの手を握るのだった。



 ◇ ◇ ◇



 人で賑わう大通りを歩くマージリィは、さっきの息子の笑顔を思い出す。

 恐らくコートニーが、自分たちと家族で冒険者活動をすることは、殆どないだろう。それどころか、次の仕事を終えて王都に戻ってきた際には、息子たちがクエストで遠出をしている可能性だって十分あり得る。

 マージリィは喜ばしいと言わんばかりの笑みを浮かべていたが、レオノーラはどこか思うところがある様子であった。


「さっき、マキト君を見て驚いていたな? どうかしたのか?」


 マージリィが語りかけると、レオノーラは少しばかり陰りを含む笑顔を浮かべた。


「昔の知人を思い出しまして……もういないんですけどね」

「そうか。まぁ無理には聞かないでおこう」


 話はこれで終わりだと言わんばかりに、マージリィは前を向いたまま黙る。

 レオノーラはそんな彼に感謝の気持ちを抱きながら、さっき強く感じた大きな疑問を頭の中に蘇らせる。


(マキトくんを見た瞬間……何故かあの二人の顔が思い浮かんでしまった……)


 封印されていた遠い日の記憶が、急に蘇ってきた。疑問に思うレオノーラの考えは、一つの可能性に辿り着く。


(もしかして彼は……リオとサリアの子? まさかね……あり得ないわ)


 無意識に首を横に振るレオノーラ。そんな彼女の脳裏には、とある光景が蘇ってきていた。

 昔、親友だった男女と、その二人が授かった、一人のカワイイ男の子のことを。

 唐突に訪れた悲しい別れに、涙を流すことしかできなかったことを。


(どうかしているわね。どうして今更、それを思い出しているのかしら?)


 レオノーラは頭の中の光景を無理やり振り払い、マージリィにこれからの予定などについて話しかけていく。

 近い将来、その記憶内容がマキトたちの身に大きく関係することとなり、それを後になって息子から聞かされ、立ち会えなかったことを子供の用に悔しがる母親の姿と、その母親に対して、ただひたすら呆れる父親の姿が目撃されるのだが――

 今はまだ誰も――全く知る由もない話なのであった。



次回は木曜日の0時~1時(水曜日深夜)あたりに更新する予定です。

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