第五十二話 マージリィとレオノーラ
大通りは人という人で溢れており、賑やかさが絶えないでいた。
その一角にあるカフェのオープンテラス席にて、マキトたちはこれまでのことを語り合っていた。
「ふーん。じゃあ、新しい母親とは上手くやってるんだな。良かったじゃん」
「ありがとう。少し暴走しちゃうところはあるけどね」
同じ魔導師として魔法の修行を付けてもらったり、一緒に買い物に行ったりしていると、コートニーは語っていた。その表情はとても楽しそうであり、決して無理をしていないということがよく分かる。
別れる前に見せていた不安そうな表情は、影も形も見られない。
「その新しいおかーさんも、凄い冒険者さんなのですか?」
「うん。先月ぐらいに、お父さんと一緒にランクAをもらってたよ」
「要するに、最高ランクってことか?」
驚いた表情を浮かべるマキトに、コートニーは苦笑する。
「そうなるのかな。ただ、お父さんもお母さんも、ランクSを目指すつもりでいるみたいだけどね」
「ランクSって確か、頑張ってなれるもんじゃないって聞いた気がするけど?」
マキトの疑問に、コートニーは苦笑を凝らしながら言う。
「それはお父さんたちもよく分かっているよ。冒険者たる者、目標は常に高く設定しておくべきだってね」
「アハハ……あのおとーさんらしい気もするのです……」
ラティの苦笑に、マキトもコートニーも釣られていた。
スラキチとロップルは、現在パフェのフルーツに夢中となっており、どうやら話は全く聞こえていない様子であった。
「そう言えば、コートニーのランクって、今どんな感じなんだ?」
「ボクはランクDだよ。ほらっ」
コートニーがギルドカードの腕輪を起動させて、マキトに見せてくる。そこには確かに『D』という文字が刻み込まれていた。
「そっか。あれから二つもランクが上がったんだな」
「お父さんたちに鍛えられたからね。マキトの今のランクは?」
「まだランクFだよ」
苦笑しながらマキトがギルドカードを見せると、今度はコートニーが驚いた。
「ホ、ホントだ……もしかして、クエストとか受けてなかったの?」
コートニーは聞かずにはいられなかった。あんなに幸先の良いスタートを切っておきながら、まさか自分より二つもランクが下だとは思わなかった。
自分と別れた後も順調にクエストをこなし、既に自分と同じくらいのランクに到達しているだろうと、コートニーは思っていたのだ。
もしかしてサボっていたのだろうか。そんな考えがコートニーの中を過ぎった。
あの後受けたクエストで失敗を重ねたのならば、あり得ない話でもない。とはいえ、そのままにしておくとも思いたくないと、コートニーは心の中をザワつかせる。
そんな中、マキトがコートニーの問いに、苦笑を凝らしながら答えた。
「いや。むしろ受けられなかったんだ。トラブルに巻き込まれて、そのままサントノを旅立つ羽目になってな」
「ちなみに、結構ややこしいので、あまり聞かないでくれると助かるのです」
「うん、それは良いけど……ちょっとビックリしちゃった……」
コートニーが驚きながらも、少しだけ安心した。やむなき理由があってのことだったのだと分かったからだ。
そんなコートニーの心情が顔にしっかりと出ており、マキトはなんとなく申し訳ないと思い、苦笑を浮かべた。
ちなみにどちらのせいでもないということは、双方ともによく分かっていた。
「けど確かに、ずっとランクFのまんまってのもなぁ……少しこの町に滞在して、クエストを色々受けてみるか。そろそろ資金稼ぎもしたいところだし……」
「わたしはそれで賛成なのですよ」
ラティが同意するとともに、スラキチとロップルも鳴き声で賛成の意志を見せる。それを見たマキトは、ニカッと笑った。
「じゃあ、決まりだ。目指せランクアップってな」
今後の方針が決まり、マキトの声に魔物たちは改めて元気よく返事をした。
お茶をカップを持ちながら、コートニーが思い立った表情を浮かべる。
「ケーキ食べたら、またギルドに戻ってみる? もう殆どクエストは残ってないだろうけど、どんなクエストがあるかは、ランクごとに確かめられるからさ」
「へぇー、そんなのできるんだ。じゃあ、そうしようか」
ならば早く食べてギルドへ行こう。マキトがそう言おうと思った時だった。
「あ、いたいた♪ やっほー、コートニーっ♪」
弾むような年上らしい女性の声が聞こえてきた。
呼ばれたコートニーはビクッと反応し、周囲をキョロキョロと見渡す。マキトたちも揃って見渡してみると、二人の人物が近づいてきているのが見えた。
一人は杖を持った魔導師らしきエルフ族で、スタイル抜群で母性溢れる大人の女性。そしてもう一人は、獣人族で大柄で屈強としか思えない剣士らしき男性だった。
獣人族の男性のほうは、マキトたちも知っている人物だった。
「お、お母さん……それにお父さんも……」
コートニーが恥ずかしそうに顔を赤らめながら、向かってくる二人を見る。
人が溢れかえっている中で、親が自分のことを大声で呼ぶのは、流石に恥かしいことこの上なかった。しかし叫んだ当の本人は、どうしてコートニーが恥ずかしがっているのか、まるで理解できていないようであった。
それに気づいた獣人族の男性は、深いため息をつきながら口を開いた。
「レオノーラ。前々からコートニーも私も言ってるだろう? 人前で大声で呼ばれるのは恥ずかしいのだとな」
「あら、マージリィさんったら。母親がカワイイ息子を呼ぶのは、至極当然のことじゃないですか」
「……その呼び方に問題があると言っているんだがな」
呆れた表情を浮かべるマージリィの隣で、レオノーラと呼ばれた女性は、どこまでもマイペースに笑顔を見せる。
この人がコートニーの新しい母親なのかと、マキトは思っていた。
「……えっ?」
マキトの顔を見たレオノーラが、驚きの表情を見せた。
しかしほんのわずかなことであったため、マキトもコートニーたちも気づいてはいなかった。更にマージリィが前に出てきたことによって、意識は完全にそちらに向いてしまうのだった。
「マキト君、久しぶりだな」
「お久しぶりです。その、俺たちも今日、この町に着いたばかりでして」
やや緊張気味にマキトが答えると、マージリィはそうだったのかと、笑顔を浮かべてきた。
しかしその直後、マージリィの表情に陰りが出る。コートニーがそれに気づき、首を傾げながら問いかける。
「何かあったの?」
「あぁ、実はまたしても、長期の仕事が入ってしまってな……」
マージリィが再び、深いため息をつく。
「母さんと一緒に指名されてな。しばらくこの町を留守にすることになった。ようやく少しは落ち着けると思ったのだがな」
「ふふっ、それだけマージリィさんの人気が高いということですよ♪」
少しばかりからかいが混じったような言い方をするレオノーラに、マージリィが訝しげな表情を浮かべる。
「別にそこまでは言わなくてよろしい。それよりお前も、コートニーの友達に挨拶くらいしたらどうだ?」
「やだ私ったら……ゴメンナサイ、うっかりしてしまって……」
完全に素で挨拶するのを忘れていたレオノーラは、慌てて姿勢を正し、マキトたちに向かって深々とお辞儀をする。
「初めまして。私はエルフ族の魔導師で、レオノーラと言います。今はコートニーの母親でもありますね。マキトくんたちのことは、息子からよく聞いてました」
「あ、いえ、こちらこそ……」
思わず立ち上がり、マキトも慌ててお辞儀した。
そして再びマキトが座った後、レオノーラが申し訳なさそうに笑みを浮かべる。
「すみませんが、私たちはもう行かないといけません。マキトくん。コートニーをどうかよろしくお願いいたします」
「えっ?」
突然レオノーラからそう言われ、マキトたちは思わず呆気に取られてしまう。すると今度はマージリィが咳ばらいを一つし、コートニーのほうを向いた。
「コートニー。お前の冒険者としての活躍を、父さんたちは楽しみにしているぞ」
「今度会った時には、たくさんの話を聞かせてほしいわ♪」
「それでは、私たちはこれで失礼する。話の邪魔をして済まなかったな」
マージリィとレオノーラは、コートニーたちの返事を待たぬまま、踵を返して去って行ってしまった。
やがて人ごみに紛れて姿が見えなくなり、ようやくそれぞれが我に返る。
「まぁとりあえず、また一緒にいられることになったワケだな。よろしく頼むよ」
「よろしくなのですー」
マキトとラティが手を差し伸べる。スラキチとロップルも鳴き声をあげながら、コートニーに笑顔を向けた。
途端に嬉しくなった。また数ヶ月前みたいに、一緒に冒険ができるのだ。自然と涙が込み上げてくるのを我慢しながら、コートニーは笑顔を見せる。
「うんっ、こちらこそ!」
コートニーは両手で勢いよく、マキトたちの手を握るのだった。
◇ ◇ ◇
人で賑わう大通りを歩くマージリィは、さっきの息子の笑顔を思い出す。
恐らくコートニーが、自分たちと家族で冒険者活動をすることは、殆どないだろう。それどころか、次の仕事を終えて王都に戻ってきた際には、息子たちがクエストで遠出をしている可能性だって十分あり得る。
マージリィは喜ばしいと言わんばかりの笑みを浮かべていたが、レオノーラはどこか思うところがある様子であった。
「さっき、マキト君を見て驚いていたな? どうかしたのか?」
マージリィが語りかけると、レオノーラは少しばかり陰りを含む笑顔を浮かべた。
「昔の知人を思い出しまして……もういないんですけどね」
「そうか。まぁ無理には聞かないでおこう」
話はこれで終わりだと言わんばかりに、マージリィは前を向いたまま黙る。
レオノーラはそんな彼に感謝の気持ちを抱きながら、さっき強く感じた大きな疑問を頭の中に蘇らせる。
(マキトくんを見た瞬間……何故かあの二人の顔が思い浮かんでしまった……)
封印されていた遠い日の記憶が、急に蘇ってきた。疑問に思うレオノーラの考えは、一つの可能性に辿り着く。
(もしかして彼は……リオとサリアの子? まさかね……あり得ないわ)
無意識に首を横に振るレオノーラ。そんな彼女の脳裏には、とある光景が蘇ってきていた。
昔、親友だった男女と、その二人が授かった、一人のカワイイ男の子のことを。
唐突に訪れた悲しい別れに、涙を流すことしかできなかったことを。
(どうかしているわね。どうして今更、それを思い出しているのかしら?)
レオノーラは頭の中の光景を無理やり振り払い、マージリィにこれからの予定などについて話しかけていく。
近い将来、その記憶内容がマキトたちの身に大きく関係することとなり、それを後になって息子から聞かされ、立ち会えなかったことを子供の用に悔しがる母親の姿と、その母親に対して、ただひたすら呆れる父親の姿が目撃されるのだが――
今はまだ誰も――全く知る由もない話なのであった。
次回は木曜日の0時~1時(水曜日深夜)あたりに更新する予定です。