第五十話 いざ、スフォリア王国へ!
すみません。
うっかり早く寝てしまい、いつもの時間に更新できませんでした……。
今回のお話で、第三章のラストとなります。
時は少しだけ前に遡る――――
アリシアはブリジットと一緒の席に座り、飲み物を片手に話をしようとしていた。
「本当に久しぶりだねぇアリシア。元気そうでなによりだよ」
「こちらこそ。ブリジットも相変わらずみたいだね」
アリシアはとても嬉しそうな表情で、ブリジットと握手を交わした。
それは相手も同じであったが、途端に怪しいと言わんばかりに目を細めてくる。そんなブリジットの様子に、アリシアは思わずビクッとしてしまう。
しかしながらブリジットは、お構いなしに疑問に思ったことを口に出す。
「昔馴染みとの感動の再会を果たしたところで、早速聞かせておくれな。さっきの魔物を連れた少年は一体何者なんだい? そもそもいつも一緒にいるハズのラッセルや他の仲間たちの姿も見えないし……もしや方向性の違いで、解散でもしちゃったとか?」
前のめりになって覗き込むように問いかけるブリジットは、実際そうなんじゃないかという妙な自信が、自分の中であった。
アレだけ魔物に懐かれる人間族はそうそういないし、さっきも仲良さげに歩いている姿をバッチリ目撃していたのだ。
昔から彼女をよく知る魔導師仲間として、驚かずにはいられなかった。その時飲んでいた紅茶を、思わず勢いよく吹き出してしまったくらいだ。
おまけにラッセルやオリヴァーの姿がどこを探しても見つからない。そして何故だかジルもいない。
その事実が更に、ブリジットの驚愕に拍車をかけていたのだ。そして現在、その驚愕は揺ぎなき興味津々へと切り替わっていた。
さぞかしアリシアも顔を真っ赤にしていることだろうと、ワクワクしながら視線を向けてみる。するとブリジットの目に映ったのは、呆れた表情とともにため息をつくアリシアの姿であった。
「いや、解散なんてしてないから……まぁワケアリではあるんだけどね」
言いにくそうに視線を逸らすアリシアに、ブリジットは小さなため息をつく。
「もし良ければ話してごらんよ。私とアリシアの仲じゃないか」
「あ、うん。ありがと。じゃあ聞いてくれるかな?」
アリシアはサントノ王都で起こったイザコザを、話せるだけ話した。
それを聞いたブリジットは、盛大なため息を吐き出していた。
「はぁーん、そういうことねぇ。あの王女様のことは、私もよーく知ってますよ。去年ぐらいだったかな。サントノ王都へ遊びに行ったときに、ちょいと王女様から声をかけられてね。世間話をしていたら突然、目を潤ませながら私に迫って来たんだよ。『お姉さまっ!』って高らかに叫びながらね」
ブリジットが淡々と語るのを聞いて、アリシアは唖然としていた。
「……まさかブリジットも被害者だったなんて思わなかったよ」
「といっても、私の場合はすぐに返り討ちにして、遠慮なく王様たちに報告して、それでお咎めなしで帰ってこれたんだけどね」
ちなみにその場にはダグラスとごく数人の兵士しかいなかったらしく、大きな騒ぎにも発展はしなかったらしい。
なんとも運の良い子だろうと、アリシアは羨ましく思った。
「私は思わず逃げ出しちゃったよ……ブリジットみたいに立ち向かえなかった」
「いやいや、普通はそうなると思うよ? 落ち込まなくて大丈夫だって」
落ち込むアリシアを、ブリジットは苦笑しながらフォローする。
この数ヶ月でいつになく濃い体験をしてきたんだなぁと思いながら、ブリジットは話を続けていった。
「要するにこの数ヶ月間、アリシアはあの男の子と一緒だったってワケだね」
「そういうことかな。色々と大変なこともあったけど、結構楽しくやってる感じだよ」
はにかむアリシアに、ブリジットは何かを感じ取った。しかし断定はできないため、とりあえず様子を見ることにした。
「やっぱり、野生の魔物を相手にしたりするのは、随分と勝手が違うようだね」
「それもあるんだけど、マキトはまだ、冒険者としては駆け出しだからね。私が色々と教える場面も多かったんだよ。私のほうが二歳年上だから、尚更しっかりしなくっちゃって、思ってるんだよね」
落ち着いた声色で、しみじみと語るアリシア。そんな彼女の姿に、ブリジットは目を見開いた。
まるで空回りしていた歯車同士が繋ぎ合わさって、上手く回り出したかのように。
「なるほどねぇ。そういうことだったのかい」
フッと小さな笑みを浮かべるブリジットに対し、アリシアは首を傾げる。それに気づいてゴメンゴメンと手を横に振りながら、ブリジットは苦笑した。
「いやなに、久々に見たアリシアが、どうにも芯がしっかりとしていて、内面的に強くなっているように感じたんだよ。その謎も解けた。そのマキト君とやらと一緒に行動していたおかげで、キミは変われたんだろうね」
今度はアリシアが驚く番だった。まさかそんなことを言われるとは思わなかった。
実感なんて勿論ないし、なによりいつも一緒にいるメンバーがいないため、比較することもできないのだ。
まさかの評価をもらったアリシアは、戸惑わずにはいられなかった。
「か、変わったのかな、私……」
「変わったさ。常に一歩後ろを歩く控えめな少女から、一歩前もしくは並んで歩いて、誰かの面倒を見ているしっかり者のお姉ちゃん、って感じでね」
ブリジットは目を閉じてしみじみと頷く。その声はどこか嬉しそうであるようにも感じられた。
アリシアに対して、ブリジットは心配していた。ラッセルたちがいなかったら、何もできないのではないかと。
それ故に、今日の彼女を見て驚いたのだった。
いつも以上に表情が生き生きとしており、いつも以上にハッキリと話すようになっていた。本人も自覚していないらしく、ごく自然とやっていたことが分かる。
アリシアは変わった。知らない間に成長していた。しかも新しく出会った仲間たちがキッカケだというのだから、これまた驚きである。
「おーい、ブリジットー?」
「え? あぁ、ゴメン、なんだっけ?」
感慨にふけっていたブリジットは我に返る。それに対してアリシアは、訝しげに目を細めてきた。
「いや、何も喋ってないけど……大丈夫?」
「へーきへーき! 私は今日も元気いっぱいだからさ♪」
とりあえずここは誤魔化してしまおうと思い、ブリジットはからかいの意味も込めて話を切り出した。
「しかしまぁ、一つ安心したよ。愛の逃避行かと思ったけど、違ったみたいだね」
「なっ、あ、あのねぇ……勝手なこと言わないでよ!」
即座に顔を真っ赤にして否定するアリシアだったが、ブリジットはケラケラと笑いながら手を振る。
「テレなさんな。もしかしてだけど、アレがアリシアの思い出の男の子だったりするのかい? だとしたら完全に運命的な再会じゃないですか、やっだーっ♪」
腰をクネクネさせながら、ブリジットはテンションを上げる。
ここで大いに慌て出すかと思いきや、アリシアは呆れ果てたかのような深いため息をつきながら言った。
「あのねぇブリジット。言っておくけど、マキトとあの男の子は無関係だからね。少なくとも、彼がスフォリア王国にいたっていう事実はあり得ないんだから」
アリシアは言い聞かせるように、ハッキリとそう言った。
誤魔化しでもなんでもない。彼は別の世界から来た存在なのだ。その事実を全て明かせば、この話はすぐに終わることだろう。
しかし本人でない以上、ベラベラと話すこともできない。そもそも話しても信じてくれないだろう。
これでなんとか引っ込んではくれないモノかと、アリシアが心の中で願っていた。
「え、そうなの?」
一方のブリジットは、意外な展開に思わず驚いてしまった。
特に強がっている様子もなく、誤魔化している様子も全くない。どうやら自分の予想が外れてしまったらしいと悟るのだった。
しかしそれでも、ブリジットはどうしてもマキトについて気になることがあった。
「んー……でもあの子からは、確かにエルフ族の鼓動を感じたんだけどなぁ……」
その瞬間、周囲の音が完全に掻き消されたような気がした。
アリシアは耳を疑った。ブリジットは今、なんて言ったのだろうか。
それは断じてあり得ないと言いたい。しかしアリシアは、ブリジットの言葉を否定することもできなかった。
とある理由で、彼女の言葉には信用できる要素が強いためである。
「それって、ブリジットが自分の能力で読み取ったの?」
「うん、そうだよ。見た目は人間族だから、クォーターなのかもしれないね」
ブリジットはあっけらかんと答える。
人々は種族関係なしに、特異体質を持って生まれてくることが稀にある。
ブリジットもその一人であり、当然彼女の昔馴染みであるアリシアも、そのことはよく知っていた。だからこそ信じられないけど否定もできず、余計に頭の中が混乱してきていた。
「……念のために聞くけど、ブリジットの勘違いってことはないよね?」
「それはないと思うよ。アリシアも知ってるでしょ? 私が感じ取れる鼓動は、あくまでエルフ族のモノだけだってことをさ。だからこそ余計にハズしたくないって気持ちは強いからね」
「う、うん……」
「もしあの子が純粋な人間族なら、私があの子から鼓動を感じ取れるわけがない。なのに私は感じた。もうこれ以上は言うまでもないだろう?」
アリシアは言葉が出なかった。思うことは色々とあるのだが、一体何をどこから整理していけば良いのか、全く見当もつかなかった。
ちなみにこの話自体は結構単純であり、異世界から来たマキトがエルフ族の血を宿している、という事実が明かされただけに過ぎない。
あくまで些細な謎の一部に過ぎず、頭の片隅に置いておくだけでも事足りるのだ。
それをアリシアが、十年前の記憶と絡ませているのだから、余計に考えが複雑化しているのだ。もっとも本人を含め、誰も知る由はないことなのだが。
「……まぁでも、私の能力も絶対確実とは言えないだろうからねぇ。もしかしたら本当に、私が鼓動を読み違えているって可能性も十分にあり得る話だ。それこそ勘違いってことも、あながち否定はできないかな」
アリシアが酷く混乱していることを悟ったブリジットは、取り繕うように明るく言い始めた。それでも表情は変わらず、更に彼女は言葉を続ける。
「それにホラ、仮に私の言ったとおりだとしてもさ、あの子が本当に例の男の子かどうかは分からないでしょ? これ以上話をややこしくしてもアレだし、あんまり気にしないほうが良いんじゃないのかな?」
「……そうだね。うん、確かにそう……って!」
力なく返事をしたアリシアは、突如何かに気づいた反応を見せる。
そして表情は一転、恨みがましいジト目となって、ブリジットに向けられた。
「そもそもブリジットじゃん。この話をややこしくしたキッカケはさ!」
「……あ、あれ? そうだっけ?」
「うん、今回に限って言えば、間違いなくそーだったよ!」
アリシアにそう言われて、ブリジットは思い返してみる。確かに元はと言えば、自分がテンション高くからかい始めたのがキッカケだったことに気づいた。
段々とブリジットは表情を強張らせ、やがて苦笑いに変わる。
「あはは、ゴメンゴメン。じゃあこれ以上変な方向へ行かないうちに、私は消えさせてもらうよ。まだ野暮用も残っているからね」
「え、ちょ、ちょっとブリジット?」
「まったねーっ!」
ブリジットはその場から走り出し、人ごみの中へと消えていった。
その場に残され、呆然と立ち尽くすアリシアは、しばらく動けないでいた。
「おーいっ! アリシアーっ!」
アリシアはその声に、思わず盛大にビクッと反応してしまった。
振り向くとマキトと魔物たちが歩いてきていた。
「そっちも話は終わったみたい……って、なんかあった? 顔真っ赤だぞ?」
覗き込むように問いただしてくるマキトに、アリシアは慌てふためく様子を見せる。
「や、別に大したことじゃ、ないんだけどさ……」
「ふーん…………そっか」
絶対何かあったな、とマキトは思ったが、ここで問いただしても誤魔化されるだけだろうとも思い、とりあえず深入りしないことに決めた。
「さてと、じゃあそろそろ行こうか。いよいよスフォリア王国へ突入だ!」
気を取り直して検問所のほうを振り向き、マキトはワクワクした笑みを浮かべる。
意気揚々と歩き出すマキトと魔物たちの姿に、アリシアは胸の中のモヤモヤが、どんどん晴れてくるような気がした。
(……まぁ、今は気にしなくても……良いよね?)
そう思ったアリシアは笑みを浮かべ、マキトたちの元へ走り出すのだった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
次回から『第四章 スフォリア王都編』を開始します。
また、話のストックがなくなってきたため、
次回から数日おきの更新に切り替えさせていただきます。
次回は土曜日の0時~1時(金曜日深夜)あたりに更新する予定です。