第四十六話 故郷にバイバイ
シルヴィアとの激闘も無事に終わり、マキトたちは後始末を行っていた。
傷ついた妖精たちを介抱し、シルヴィアを森の神殿の地下室に寝かせ、ようやく落ち着いたところで夕食の時間となった。
木の実や果物の寄せ集めというメニューではあったが、それでも全員揃って喜びながら飛びついていた。
首飾りのおかげで、変身後も気絶せずに済んだラティであったが、エネルギーを大幅に消耗するという点は相変わらずだったらしく、他の妖精たちがビックリするぐらいの量を食べていた。
ちなみにスラキチやロップルも、ラティほどではないが凄い食欲を見せていた。その結果、蓄えていた木の実や果物が、殆どすっからかんになってしまう事態を作り出してしまった。
それに対してユグラシアは、また集めるから大丈夫と笑顔で許していた。
妖精たちがその言葉を聞いて大喜びしたその時、ロズの喝が飛んだ。そして明日から、木の実集めを行うよう言い渡すと、妖精たちが文句を言い、そして再び喝が放たれる。
そんな賑やかな食事も終わり、マキトたちが眠りに就こうとしたその時だった。
「済まんが……お前さんたちに話しておきたいことがある。聞いてくれんか?」
ロズが深刻そうな表情で話しかけてきた。
疲労で重たくなった体をなんとか動かして移動し、マキトたちはユグラシアの執務室にやってきた。そこでロズが、マキトたちを見据えなから言う。
「単刀直入に言おう。お前さんたちは一刻も早く旅立つべきじゃ」
ロズの言葉に、マキトたちは驚いて目を覚ます。
「なんか前にも聞いたような言葉だな……やっぱり、あのお姫様のことか?」
「うむ……確かに闇の魔力は完全に浄化されたようじゃが、あの姫君の想いまでは変わっておらん。再びその目で想い人を見た場合、果たしてどうなるか……少なくともワシには、とても良い方向に転がるとは思えんのじゃ」
「私もロズ様には同意見です。お疲れかもしれませんが、後の面倒を考えた場合、これが最善であると思いました」
ロズとユグラシアの意見には、マキトたちも頷くほかなかった。
闇の魔力に関係なく、シルヴィアがアリシアに対して熱を込め過ぎていることは確かなのだ。とどのつまり、あくまで静かになっただけで、事態そのものは未だに収束しきっていない、ということだ。
実際、暴走前からたくさん暴れていたんじゃないだろうかと、マキトは思った。そしてその予測は限りなく正しいのだが、流石にそこまでは知る由もない。
「わたしたちが旅立ったとしても、追いつかれたら意味ないのでは?」
「大丈夫よクーちゃん。この森がどんな森であるかは、クーちゃんもよく知っているでしょ?」
「……そういえば、ユグラシア様の魔力で、迷いの森となっているって……」
アリシアが思い出したような反応を見せると、ユグラシアが笑みとともにコクリと頷いた。
「えぇ、シルヴィアさんは私が責任を持って、森の外へ出さないようにするわ。一度は突破されちゃったけど、もう同じ失敗は二度としないと誓う。賢者としての汚名を晴らす意味も込めてね」
胸を張って力強く宣言するユグラシア。それを聞いたマキトは、失敗って何のことだろうと疑問に思っていたが、まぁ別にいいかとすぐに気にしないことにした。
「ユグラシア様の張り巡らせた魔力に抵抗するのは、本来は至難の業じゃ。闇の魔力が浄化された今、あの姫君も簡単に森を抜けだすことはできんじゃろう。そこに我々妖精が力を合わせれば、より確実性は増す。お前さんたちの安全は、ワシらが責任を持って保障することを誓おうぞ」
ロズの言葉に、マキトはありがたいと思いつつ、ラティたちに尋ねた。
「じゃあ明日の朝早くにでも旅立つか?」
「賛成なのです。今日はとっても疲れましたし、ゆっくり寝たいのです」
「そうだね。スラキチやロップルも、完全にグッスリだし……」
アリシアはソファーのほうに目を向けながら言った。寄り添って気持ち良さそうに寝ている二匹を見て、思わず笑みを零してしまう。
そんな中、ユグラシアが温かい笑みを浮かべて頭を下げてきた。
「ありがとう。ささやかながら、私から旅に役立つ物資を提供させてもらうわ」
そうしてマキトたちは、ユグラシアの協力の元、手早く旅支度を終えた。
飲料水と保存食、焚き付け用の燃えやすい材料なども分けてもらい、次の行き先についてもバッチリ確認をした。
目指すは北の国境。森を出たらまずは東へ向かい、そして荒野を北上する形だ。
北へ真っすぐ進みたいところだが、大森林の北東部分を高い山が広く囲うようにそびえ立っており、東側から迂回しなければ国境には行けないのだ。
東へと道なりに歩いて行けば、北と南に大きく分岐している場所がある。そこを北に向かえば、自然と国境に辿り着ける仕組みであった。
それほど道も険しくないため、普通に進めば一ヶ月程度で到着できそうだと、マキトたちは予測する。
やがてマキトたちは、明日に備えて就寝する。ロズは妖精たちに指示を出さなければと言いながら、部屋を後にしていった。
部屋に一人残されたユグラシアは、窓から外の景色を見た。
「静かね……さっきまで激しい戦いがあったなんて、全く思えないわ」
忙しそうに動き回っている妖精たちを見下ろしながら、ユグラシアは小さな笑みを浮かべていた。
◇ ◇ ◇
翌朝、マキトが大きなバッグを背負い、神殿の廊下を歩いていた時だった。
「少年よ。少し構わんかの?」
「ん、いいけど?」
ロズに呼ばれてマキトは立ち止まる。ラティたちは先に外で待っているため、ここにはマキトとロズしかいない。
自分一人に用があるのは明らかであったが、一体何だろうかと、マキトは自然と身を強張らせてしまう。
「大したことではないのじゃが……確かめたいことがある。少しお前さんに触れさせてほしい。別に魔法をかけるわけでもないぞ?」
「はぁ……じゃあどうぞ」
疑る気持ちが拭えないまま、マキトはロズの言葉を受ける。
マキトの心臓のあたりにロズが右手をかざし、スッと目を閉じる。そのまま数秒が経過し、やがてロズが目を開いた。
「……なるほどのう……そういう結果が出おったか……」
どうやら終わったらしい。魔法をかけている様子はなかったが、何かをしたことは間違いない。
マキトは戸惑いが拭えないまま、ロズに問いかけてみる。
「なんだったんだ?」
「気にするな。さっきも言ったとおり、大したことではない。ワシの用事はこれで終いじゃ。皆も待ちわびておることじゃろう。さ、早く行ってあげなされ」
「あ、あぁ……」
マキトはワケが分からないと首を傾げながら歩いて行く。
その後ろ姿をジッと見つめながら、ロズは重々しく息を吐いた。
(なんとなく気になっておったが……これは一体どういうことじゃ? 確かにあの少年からは、ワシの予想した通りのモノが流れておった。普通なら不思議でもなんでもないことなんじゃが……あの少年に限っては、まるで話が別となってくる)
どうしても気になって仕方がない。特に悪い予感があるワケではないが、疑問をこのままにしておくのは、あまりにも目覚めが良くない。
いくら考えたところで答えは出てこない。タイミングを見つけて、ユグラシアに話してみようとロズは思っていた。
「本当に何者だと言うんじゃ? あのマキトという少年は……」
様々な疑惑が頭の中を交錯する中、ロズはそう呟くのが精いっぱいであった。
◇ ◇ ◇
マキトたちはユグラシアやロズ、そして妖精たちに別れを告げて出発する。
ユグラシアが森の出口までを一本道にしてくれたおかげで、半日もあれば森から出られるとのことであった。
「バイバーイッ!」
ラティがブンブンと両手を振りながら、ユグラシアたちに別れを告げる。
見送っている妖精たちも同じく手を振り続け、歓声を上げていた。中には大粒の涙を流す妖精の姿も見られた。
森の中はとても穏やかで気持ちが良かった。野生の魔物たちも姿こそ見えるが、特に襲いかかってくる様子はない。むしろジッと佇んで警戒心を込めてない視線を向けてくるその姿は、マキトたちを見送っているようにも感じられる。
妖精たちはこの森を遊び場にもしており、自然と妖精たちの言葉が、他の魔物たちの耳にも入ってくる。
マキトたちがユグラシアや妖精たちと仲良くしている姿を、実際に見たりウワサを聞いたりしていたのかもしれない。少なくともマキトはそう思っていた。
「ラッセルたち……今頃どうしてるかな?」
アリシアが斜め上を見上げながらボソッと呟く。
久々に思い浮かべた、自身の仲間たち。思わぬ形でサントノ王都から別行動する羽目になったわけだが、あれからもうすぐ一ヶ月になろうとしていた。
もうそんな時期になるんだと、アリシアは心の中で驚いた。
大森林にいたのは今日を含めて三日。残りの三週間はマキトたちとの荒野の旅のみであった。いずれにしても、あっという間だった気がする。
魔物がはびこる中を旅する以上、常に安全を保てたワケでもなかった。しかし、とても充実していたように思えてならない。
変わり映えしない風景が続きながらも、毎日が賑やかで楽しい。ラッセルたちと一緒にいる時とは、また一味も二味も違う感じであった。
そして同時に思う。この関係が終わってしまうのが、寂しくて仕方がないと。
「案外、もうスフォリア王国に戻ってたりするんじゃないか? もしくはお姫様を迎えにここまで来ようとしているとか……」
「あり得そうなのです。もしかしたら、途中でバッタリ会うかもなのです」
マキトとラティの明るい声に、アリシアはなんとか笑顔を浮かべる。
「……うん、確かにその可能性はありそうだね」
しかしその笑顔は、どうしても作り物の域を出ていなかった。
アリシアも分かっているつもりではいたのだ。自分はあくまでラッセルたちと一緒のパーティメンバーであり、こうしてマキトたちと一緒にいるのは、一時的なモノでしかないのだと。
それでもやはり、この関係が――この時間が終わってしまうのが本当に惜しい。
アリシアはそう思えてならなかった。
「もしラッセルさんたちとバッタリ会ったら、どうなるのですかね?」
「そりゃあ、そこでバイバイするってことになるんじゃないか? それならそれで、俺はちょっと寂しいと思うけど」
「わたしもなのです」
マキトの言葉にラティは頷き、スラキチとロップルもしょんぼりした表情を浮かべていた。
アリシアと離れるのが寂しいと思っているのは、マキトたちも同じだったのだ。
そのことについてアリシアが嬉しく思う中、マキトは何かを思いついたようなそぶりを見せる。
「……まぁでも、どうせ俺たちもスフォリアに行くんだから、ギルドとかですぐにまた会えるんじゃないか?」
「あ、そう言われてみればそうですね」
ラティはポンと手を叩きながら納得する。アリシアも確かにそうだよねと、心の中で頷いていた。
同時にアリシアの中で、胸の中がスーッと静まってくるのが分かった。
(そうだよね。別にこれっきりになるワケじゃないんだから)
足取りが軽くなるのを感じながら、アリシアはマキトの隣に並ぶ。
魔物たちを交えて雑談し、楽しく笑い合いながら、深い森の中を進んでいく。そして数時間後、マキトたちは何事もなく森の出口に到着した。
外に出た途端、荒野の熱い空気が一斉に襲いかかり、マキトたちは顔をしかめる。森の中の空気がどれだけ快適だったのか、改めて思い知らされるのだった。
周囲を見渡してみるが、他の冒険者らしき姿は見当たらない。
ここでジッとしていても仕方がないと判断し、マキトたちは東に向けて歩き出した。
「わたしたちの場合、分岐点までは来た道を戻る感じなのですね」
「そういうこと。あの時はキラータイガーの乗ってたから早かったけど、歩きだと時間かかっちまうかもな」
「今日は分岐点近くまで行ったら、早めに休んじゃおう? 流石に昨日の今日だから、無理は禁物だと思うからね」
「さんせー」
「なのですー」
脱力しながらマキトとラティが返事をした後、一行は再び歩き出す。
ラッセルたちと遭遇することも、魔物が襲い掛かってくることも一切なく、無事に分岐点まで辿り着いた。
少しだけ高台となっているその場所では、東西南北全ての方角がよく見える。道のりの確認までは難しいが、遠くの景色を一望することは容易であった。
アリシアは南の方角を見渡す。ラッセルたちが近づいてるかもしれないと思ったからだ。しかし、どれだけ見てもそれらしき影は見えなかった。
その一方でマキトたちは、北の方角に目を向けていた。遠くにうっすらとだが、国境らしき大きな桟橋が見えていた。一見すると近くに思えるが、実際にはかなりの距離なのだろうと、マキトは思っていた。
その時後ろのほうから、南を見ていたアリシアの声が聞こえてきた。
「まだラッセルたちは、こっちには来ていないみたい」
「そっか。じゃあとりあえず、テント張れそうな場所でも探そうぜ」
マキトは分岐点の周囲を魔物たちとともに探し回り、手頃な岩陰を見つけた。
そこに荷物を下ろして、野営用の簡易テントを組み立てる。続けて焚き火をするための薪を探した。
流石に森と違って木が少なく、枯れ枝が見つけにくかったが、それでも全くないワケではなかったため、集めることはできた。
そしてユグラシアに分けてもらった、焚き付け用の材料を使ってみると、あっという間に火が燃え上がってしまい、思わず驚いてしまうほどであった。
夜が訪れると、三匹の魔物たちをテントの中で寝かしつけ、マキトとアリシアが交代で見張りを務めることとなった。
魔物たちが寝てしまっているため、自然とマキトが最初に休むことが決定した。やはりまだまだ疲れていたらしく、テントに入るなりすぐに爆睡してしまった。
「ふふっ……さて、私もしっかり見張りをしないとね」
アリシアは優しげな表情で微笑みながら、テントの入り口を静かに閉じた。
◇ ◇ ◇
森の神殿――ユグラシアの私室では、シルヴィアが静かにグッスリと眠っていた。
「たとえシルヴィアさんといえど、眠りの腕輪には勝てなかったみたいね」
「魔力によって装着した者を眠らせる。しかも、ワシとユグラシア様の魔力をたらふく施したモノじゃ。数日どころか数週間は目覚めんでしょうな」
ユグラシアとロズが、シルヴィアの左腕に装着されている腕輪を見る。魔力によって淡く緑色に光っている様子が、効果を発揮していることを示していた。
「こうして大人しくしていれば、優しそうな感じの娘なんじゃがな。全くどんなふうに教育を間違えたのか……育てた親の顔が見てみたいわい」
深いため息をつくロズの姿を見て、ユグラシアは驚きの表情を浮かべた。
「珍しいですね。ヒトに対してそのような感想を述べるなんて」
「少年と接したおかげでな。ワシも少し、見解が変わったような気がするんじゃ」
「はぁ……」
思わずため息のような返事しかできなかった。それくらいユグラシアは衝撃を受けていたのだ。
しかし良いことであるとも思った。それこそマキトが来なかったら、妖精たちは一生閉鎖的な考えを押し付けられたことだろう。
マキトが妖精たちを救ったといっても、まんざら過言ではないのかもしれない。そうユグラシアは思えてならなかった。
「ところでユグラシア様。その少年について、少しばかり相談しておきたいことがあるのですが、よろしいでしょうかな?」
「はい。実は私も少し気になっていたんですよ」
「やはりあなたもでしたか……」
二人の表情が神妙なそれに切り替わる。
そして神殿の中へ歩き出しながら、ユグラシアはロズに言った。
「ひとまず場所を移しましょう。ここでは落ち着いて話せませんからね」
ユグラシアの提案に、ロズは無言でコクリと頷くのだった。