第三十一話 激闘!魔物たちの底力
「な、なに……あれ?」
ジルの震える声に、アリシアもラッセルも答えられなかった。
突然変異を起こして生まれる魔物ならまだしも、いきなり姿を変える魔物など、今まで見たことはおろか聞いたことすらない。これが全て夢だと言われたら、間違いなく信じてしまうだろう。
ラッセル、アリシア、ジルの三人の気持ちは一致していた。
一体どういうことなんだ、頼むからこの状況を説明してほしいと、マキトにそう問い詰めてやりたかった。もしオリヴァーが起きていれば、いの一番に声を荒げていただろうと、ラッセルは思っていた。
そしてそれは相手も同じであった。シルヴィアは目を見開いており、驚愕していることが良く分かる。
だがそれは、変身したラティにとって、大きな隙にしか見えなかった。
「はあああぁぁーーーっ!」
ラティは目にも止まらぬ速さで、魔力を宿した拳をみぞおちに叩き込む。シルヴィアは吹き飛ばされながらも、すぐに体勢を立て直してくるが、その表情は途轍もなく歪みまくっていた。
腹に伴う鈍い痛み、そして攻撃されたことによる忌々しさが、シルヴィアの中に眠る怒りを湧きあがらせている。もはや驚く余地などない。目の前に立ちはだかる敵を沈めることが、今の自分のするべきこと。
シルヴィアはそう判断しつつ、両手を掲げて周囲の魔力を集め、魔力弾を生成しようとする。しかし瞬時にラティが懐に入り込み、強力な拳の一撃を再び叩き込んだ。
シルヴィアの体から黒い魔力が次々と放出されていく。ラティが攻撃を与えれば与えるほど、その量はどんどん増していった。
「くぅっ! チョウシに……のるナァッ!」
もはや王女のカケラも見られない口調で、シルヴィアは気合を込めて叫ぶ。
なんと周囲を浮かんでいた魔力が一斉に動き出し、ラティ目掛けて飛んでいく。次々と蹴りや拳で払い落としていくが、流石に量が多すぎたため、ラティは何発かの魔力を受けてしまうのだった。
その衝撃でラティは尻もちをついてしまい、シルヴィア攻撃する絶好のチャンスだと認識した。
すかさず両手に魔力を急速に集め、大きな黒い塊を作り出していく。ハッキリ言って形はとても歪であったが、凄まじい威力を誇っているであろうことは想像できる。
「墜ちろオォーっ!」
黒い魔力の塊が、ラティに思いっきり投げつけられた。シルヴィアは勝利を確信し、ニヤリとこれ見よがしな笑みを浮かべる。
しかし魔力の塊は、ラティの体に触れた瞬間、粉々に消し去ってしまった。
「なにィ?」
シルヴィアは目を見開いていた。何故ラティが今の攻撃で無傷なのか?
その答えは彼女の肩にしがみついていた、真っ白な可愛らしい生き物であった。
「でかしたぞ、ロップル!」
ガッツポーズをしながらマキトが称賛を送る。
アリシアとジルは驚いていた。正直もうダメだと思っていたからだ。ラッセルは今の一連の流れを見ており、右腕を押さえながら一筋の冷や汗を流す。
(上手いな。妖精が尻もちを付いた隙に、フェアリー・シップが飛び乗ったんだ。そのおかげで危機を回避できた、ということか……)
その際、マキトは特に口を出して指示を出してはいなかった。全てアイコンタクトで頷いただけで、事を成し遂げたのた。
駆け出しの冒険者とは思えないほどの落ち着きぶりに驚きながら、ラッセルはロップルの能力についても注目する。
(しかし見事な強化能力だな。フェアリー・シップの力は、色々とウワサで聞いてはいたが……まさかこれほどとは思わなかった……)
ここにきて、マキトたちに驚かされっぱなしだなと、ラッセルは苦笑する。腕の痛みはまだ大きく残っているが、もはやそれどころではなかった。魔物たちの底力もさることながら、それを引き出している魔物使いの少年も実に侮れない。
正直ラッセル自身も、魔物使いという存在を下に見ていたほうだった。
口に出してこそいないが、かつて仲間を募集した際に、魔物使いがいると聞いて避けようとしていたこともあった。その魔物使いがすぐさま引退してしまったことを知り、厄介者が消えてくれて助かったと思っていた。
これだけ聞けば最低だと思うだろうが、魔物使いに対する考えとしては、むしろ普通なのだった。実際、口に出して言わないラッセルは、まだマシなほうだったりする。これ見よがしに声を出して笑う連中も、決して少なくないからだ。
(役立たずで足手まといな職業とは……とても思えないな)
ラッセルは自虐的に苦笑する。現にこうして助けられているのだ。
戦っているのはあくまで魔物たちではあるが、魔物たちを導いているのは、紛れもなくマキトなのだ。単に高みの見物をしているわけではないことを、ラッセルは感じ取っていた。
「はぁっ!」
攻撃を防がれてひるんだシルヴィアに、ラティは再び立ち向かっていく。
小さな攻撃は相殺したり躱したりして凌ぎ、大きな攻撃はロップルの防御強化でダメージをなくす。
旅立ちの時には動きに制限があった防御強化も、ここまでの旅路でそれなりの成長を遂げていた。多少動いている間もオーラが消滅しなくなったのだ。
まだパンチや蹴りなどの激しい動きは禁物なのだが、そこはラティの立ち回りでカバーしている状態である。
ラティとロップルは冷静に立ち回り、徐々に押し始める。魔力で強化されたシルヴィアのスピードにもピッタリ張り付いており、一発ずつ確実に攻撃を繰り出していた。
段々とシルヴィアは焦りを見せ始め、それが余計にラティを有利にさせる。
「チョコザイなっ!」
「それはこっちのセリフなのです! いい加減早く倒れるのですっ!」
ラティの表情も、段々と冷静さが失われてきていた。見守っていたラッセルたちも疑問に思い、アリシアが代表してマキトに問う。
「ね、ねぇマキト? ラティは大丈夫なんだよね?」
「いや、結構ヤバくなってきたな。モタモタしていたら時間切れになる」
顔をしかめるマキトに、アリシアとジルが言葉を失う。ラッセルは反応こそ見せていたが、そこまで驚いているほどではなかった。
「やはり時間制限があるのか。だとしたら、このままでは……」
ラッセルが歯をギリッと噛み締める。
あれだけ大きな力が、無制限に使えるハズがない。それ相応のリスクが伴ってこそだろうと、予測はしていたのだ。
しかしこの状況下では、実に望ましくないとも言えていた。もし途中でラティの変身が解けてしまえば、今度こそ自分たちは終わりだからだ。
シルヴィアの動きもかなり鈍ってきており、大きな一撃でも与えれば決着がつくような気がしていた。ラティ自身も限界がきていることを感じており、次あたりで決めないとマズいと判断していた。
ラティは小さな魔力弾を地面にぶつけ、その衝撃でわずかに土を跳ねさせる。それによってシルヴィアがひるみ、その隙にラティはありったけの力を込めて、大きな魔力弾を作り出そうとする。
(よし、これでなんとか時間切れになる前に……なっ!?)
魔力を集めるラティの目が見開く。既にシルヴィアも、大きな魔力を集めていた。
その集まる速度は、明らかにラティよりも速い。既にシルヴィアのほうが、魔力弾の大きさも勝っている状態だった。このままお互いに発動すれば、間違いなくシルヴィアに軍配が上がるだろう。
ラティが顔をしかめるその後ろでは、アリシアたちの表情が絶望に染まっていた。
「まだあんな力があっただなんて……」
ずっと拳を握っていたジルの両腕が、ダランと力なく下がる。
今度こそ本当に終わりだと思っているのだ。逃げ出しても悪あがきをしても、結果は変わらない。絶望を通り越して笑えてくる。実に乾いていて潤いなど一切感じられないジルの笑い声が、ラッセルとアリシアの顔をしかめさせる。
「これで、これでようやく終わりデスワ! オネエサマと永遠のシアワセをっ!」
勝利を確信したシルヴィアが、高らかに笑い出す。その時ラッセルが、左手に剣を持ちながら、力を振り絞って立ち上がろうとする。
「俺が出よう。お前たちを逃がすくらいのことはできる!」
「いや、大丈夫だ」
マキトに制され、ラッセルは一瞬呆けるが、すぐにその表情が歪みだした。一対一の勝負に水を差すんじゃないと、そう言われたのだと思った。
ラッセルがマキトに対して声を荒げようとする。しかし次の瞬間、それは全くの誤解であったと気づかされるのだった。
「スラキチっ!」
マキトが叫んだその直後、凄まじい炎の玉がシルヴィアを横から襲った。
右手を見てみると、いつの間にか離れた場所に移動しており、息を切らしているスラキチがそこにいた。
炎をまともに食らった衝撃で、シルヴィアが生成していた魔力弾は粒子となり、跡形もなく消えた。魔力で守られていたためか、彼女の体に焼け跡は見られない。
攻撃を解除されたシルヴィアは無防備となり、このチャンスを逃す手はなかった。
「今だ、ラティっ!」
「はああああああぁぁぁぁーーーっ!!」
マキトの叫びとともに、ラティが溜めていた魔力弾を一気に解き放つ。
眩い光がシルヴィアを包み込み、大爆発を起こして吹き飛んだ。同時にラティの体も真っ白に光り出し、元の小さな妖精の姿へと戻っていく。ラティとシルヴィアはそのまま倒れ、気絶してしまうのだった。
「か、勝ったのかな?」
「多分……」
ジルとアリシアが唖然とした表情で呟くように言った。
傍でガランという鈍い音が聞こえた。ラッセルの左手から剣が落ちたのだ。緊張が一気に抜け落ちたのか、ラッセルは地面にドサッと座り込んでしまう。
「ピキーッ!」
眠るラティを介抱するマキトの元へ、スラキチが飛び跳ねながらやってきた。
その表情は笑顔で満ち溢れており、マキトの胸にポスンと受け止められ、嬉しそうに鳴き声をあげながらマキトを見上げる。
「ありがとうスラキチ。お前のおかげで勝てたよ」
マキトが優しく撫でてあげると、スラキチはくすぐったそうに震える。
足元ではラティがグッスリ眠っている。とても気持ち良さそうにしており、特に問題はなさそうであった。
ようやく全てが片付いた。そう思ってマキトは顔を上げると、未だに黒い魔力の粒子が宙を浮かんでいることに気づいた。
安心するのはまだ早いのかと、マキトが目を細めたその時だった。
「ウソ……また魔力が?」
「もうヤダぁ! 冗談キツイって!」
魔力の粒子が再び動き出し、気絶しているシルヴィアに集まっていく。このままだと再び彼女を取り込み、暴れ出してしまうかもしれない。
そうなってしまえば、今度こそ手が付けられなくなる。彼女の意識がないことから、余計にタチが悪くなる可能性も拭えない。
流石にもう打つ手がない。今度こそ終わりだとマキトたちは観念したその瞬間、浮かび上がっている黒い魔力が更に不規則に動き出した。
黒い魔力はそのまま次々と白くなっていく。まるで元の輝きを取り戻しているかのようだ。そして白くなった魔力は、そのまま空中に消えてなくなっていった。
「な、何だ?」
思わずマキトは周囲を見渡してみると、広場の入り口に一人の女性が立っていることに気づいた。
その女性は、杖を掲げて魔法を発動していた。周辺に浮かぶ黒い魔力が、次々と白くなっては消えていく。
一体何が起こっているのか。あの女性は一体誰なのか。マキトがそんなことを考えていると、更に女性の後ろから、立派な甲冑に身を包んだ騎士が走ってきた。
「遅くなってしまって申し訳ない、ラッセル殿!」
「ダグラスさん。いえ、俺たちは一応、このとおり大丈夫ですから」
「いや、どう見てもアンタは大丈夫じゃないでしょ」
土下座をする勢いで頭を下げるダグラスに、ラッセルは右腕を押さえながら笑みを浮かべる。しかしそれをジルが冷たい視線で、容赦なくツッコミを入れた。
やがてオリヴァーも目を覚ました。ジルの口から全て片付いたことを知って、心の底から悔しそうにする。更に、マキトと三匹の魔物たちが大活躍だったことも聞かされたオリヴァーは、どうして俺はそんな大事な場面で気絶していたんだと、悔やんでも悔やみきれない様子を見せていた。
ここでダグラスもマキトたちの存在に気づき、魔物と一緒にいる姿を見て、あのウワサは本当だったのかと目を見開いた。
ダグラスが言うには、人間族の魔物使いの少年の話が、ギルドを通して王宮に届いていたらしい。あくまでウワサだとして当初は軽く聞き流していたのだが、あまりにもウワサが絶えないので、少しばかり気になっていたことを明かす。
マキトとダグラスが自己紹介がてら握手を交わしたその時、ダグラスはマキトの顔を見て、何か気づいたかのような反応を見せた。
「済まない……キミとは前に、どこかで会ったことはなかっただろうか?」
一瞬、マキトは何を言われたのか理解できなかった。
前に会うもなにも、自分は数ヶ月前にこの世界に来たばかりなのだ。サントノに来てからも王宮へは一度も行ってないし、騎士団長は勿論のこと、騎士団の姿すら見たことがない始末だ。
何かの勘違いだろうとマキトは結論付け、ハッキリと告げることにした。
「全くないですね。そもそも俺、サントノ王都には昨日初めて来たんですよ?」
「そ、そうだったのか。変なことを聞いてしまって申し訳なかった」
焦りながら頭を下げてくるダグラスに、マキトは別に良いですよと答えた。
何でいきなり聞いてきたのか聞こうとする前に、ダグラスは連れてきた騎士団の一人に呼ばれて、そそくさと行ってしまった。
「マキト? 何かあったの?」
「いや、なんでもない」
アリシアの問いかけに、マキトはさらっと答えて、ラティの様子を見に戻る。
その後ろ姿をアリシアは少しだけ見つめて、目覚めたオリヴァーの介抱に向かうのだった。
突然、ガラガラと崩れ落ちる音が響き渡った。音がした方向を見ると、森の祠が小さな瓦礫の山と化していたのだ。魔法を発動していた女性が、杖を下ろして深く息を吐いた後、周囲を見渡しながら笑顔を浮かべる。
「シルヴィア様に取り憑いていた魔力は浄化されました。もう大丈夫ですよ!」
透き通るかのような女性の声に、周囲から歓声という歓声が弾け飛ぶ。
騒がしい声にマキトはゲンナリとした表情を浮かべるが、スラキチやロップルも喜び始めたことで、小さな笑みが零れ落ちる。
ダグラスの指示により、未だ気を失っているシルヴィアを、騎士団が総出で運び去っていった。王宮を勝手に抜け出していたため、すぐにでも連れ戻さないと面倒なことになるとダグラスから説明された。
危機が完全に去ったのを見届け、マキトは深く長い息を吐いた。そこに魔法を発動していた女性が、興味深そうな表情でやってくる。
「あなたがウワサの魔物使いくんね。こうしてお会いできて嬉しいわ」
メルニーと名乗るエルフ族の女性は、自己紹介がてらマキトと握手を交わす。
その瞬間、マキトはメルニーがとても人気者であることを知った。騎士団からの視線が、嫉妬の入り混じるギラギラしたモノになっていたのだ。メルニーもそれに気づいたらしく、苦笑交じりにマキトから離れると、視線は再び柔らかい笑みに戻る。
あからさますぎる切り替わりに、マキトは引きつった表情を浮かべるのだった。
「マキト君。もうすぐ日が沈む。今日は皆で、この場で野営といこう」
ラッセルの提案を聞いたマキトは、ふと空を見上げてみる。西に沈みゆく真っ赤な夕日が途轍もなく眩しかった。
日が沈んだら王都の街門は閉じてしまう。今から急いで森を出ても間に合わないだろう。それにラティたちも、今日はこれ以上無理をさせたくない。マキト自身も流石に疲れていた。
考えた結果、マキトはラッセルの提案に賛成することに決めるのだった。