第二十七話 邂逅
「あたしはジルって言うの。よろしくねマキちゃん。それに魔物さんたちも」
「私はアリシア。察してるかもしれないけど、ハーフエルフなんだ。よろしくね」
バンダナの少年改めマキトと魔物たちは、ジルやアリシアと自己紹介をした。
三匹の魔物たちも、二人が安全だと判断したらしく大人しくしている。ロップルがいち早く二人に心を許していたのは意外だったが、エルフ族がたくさんいる国にいたのだから、当然と言えば当然かと、マキトは思っていた。
「あぁ、よろしく。てゆーか、そのマキちゃんってのは……」
「そんなのあだ名に決まってるじゃん。もしかして不満だった?」
「いや、別に良いけど……」
不満というよりは、味わったことのない気持ちにむず痒さを覚えたと言ったほうが正しいだろう。
自分のことをあだ名で呼ぶ人なんて、今までいたこともなかったのだから。
マキトがそう思っていると、ジルが興味深そうに話しかけてくる。
「昨日ギルドで見かけた時、少し気にはなってたんだよね。珍しい魔物を連れてるだけならまだしも、それが魔物使いだってんだからさ」
「正直、かなり目立っていたよ?」
アリシアも続いて発言すると、マキトとラティが目を見開いて顔を見合わせる。
「マジかよ……全然気づかなかった」
「わたしもなのです」
マキトとラティの反応に、アリシアとジルは少しばかり戸惑いを覚える。
ただ単に相手にしていなかったのなら分かるが、まさか素で気づいていなかったとは思わなかった。
それだけ鈍いということなのか、それとも普段から周りを気にしていないのか。どちらにせよ、マキトたちは少し特殊なのかもしれないと、そう思わずにはいられないアリシアたちなのだった。
「ところで、アリシアだっけ? さっきハーフエルフって言ってたけど、それって普通のエルフとなんか違うの?」
なんとなく尋ねてみたマキトだったが、アリシアとジルが目を見開いたことで、何かマズいことでも聞いたのかと不安になる。
しかしジルから返ってきた言葉は、ある意味で予想が外れた言葉であった。
「ねぇ、キミって何者? てゆーか今までどこに住んでたのさ?」
「何者って言われてもなぁ……どう答えりゃいいのか……」
「少なくとも今の質問に限って言えば、言葉だけなら誰もが知ってることなんだけどね」
つまり常識レベルということだと、ジルは言っているのだ。それを当たり前のように知らないとなれば、普通じゃないと判断されるのはむしろ当然のことだ。
これはもう、自分の事情を話してしまったほうが早い。そんなマキトの決意にラティも感づき、慌てながら顔を上げる。
「マスター。もしかして話しちゃうんですか?」
「下手に誤魔化すのも面倒だからな。別に俺も隠すつもりないし……そもそも言ったところで、信じてもらえるかどうかも怪しいだろうけどな」
苦笑するマキトに、ジルの表情が苛立ちを募らせてくる。
「良いから言ってみてよ。話を信じるかどうかは、あたしたちで決めるからさ」
「分かった。じゃあ今から俺のことについて話すから、どうか最後まで聞いてほしい」
突如マキトの雰囲気が変わり、二人は思わずゴクッと息を飲んだ。そして語り出されていったのは、これまでのマキトの出来事であった。
自分がこの世界の人間でないこと。ある日突然、この世界のシュトル王国に召喚されてしまったこと。召喚儀式を行って形跡自体が全くなく、原因は未だ分かっていないこと。それらを話せるだけ話した。
当然、クラーレに助けてもらったことや、魔物使いの性質を持っていることも。
ラティたちと出会った経緯も、同じように話せるだけ話した。話をボカすことは一切せず、本当に包み隠さず明かした。
どの話も普通じゃないことから、アリシアもジルも終始困惑していた。
実はウソを言っているのではと思いたくなっていたが、マキトたちの様子からして、本当のことなのだと分かってしまう。
全てを聞き終えたアリシアとジルは、ぐったりとした表情を浮かべていた。
「流石に信じられない、と言いたいところなんだけど……」
「あり得ない話でもないからね。むしろ今の話を聞いて、マキトがハーフエルフのことを知らないのも納得できたよ」
アリシアの意見にはジルも納得だったらしく、確かにねと呟いた。
そして体勢を崩して思いっきり両腕を上げて伸びをしながら、ジルは心から残念そうに喋り始める。
「あーあ、折角アリシアの『運命の男の子』に出会ったと思ったのにねぇ。見事にハズレてしまったというわけですかい」
「ちょ、い、いきなり変なこと言い出さないでよ!」
アリシアが顔を真っ赤にして叫ぶと、ジルはこれ見よがしにニヤリと笑った。
「とか言って本当は残念だと思ってたりして?」
「それはまぁ少し……って、だからそうじゃないんだってばあっ!」
「何? 運命がどうかしたの?」
これといって特に興味なさげに聞くマキトであったが、ジルはその質問を待っていましたと言わんばかりに笑みを浮かべ、実に楽しそうに話そうとする。
「いやいや、ちょっと聞いてくださいよマキちゃん。この子ってば十年前に……」
「か、勝手に話さないでよ、ジルっ!」
「いーじゃないの。マキちゃんが包み隠さず話してくれたんだから、こっちも話すのがスジってもんでしょーが!」
アリシアは何も言い返せなかった。ツッコみたかったが、言ってることは確かにその通りだと思ったからだ。
それにモヤモヤしているのをスッキリとさせたい気持ちもある。思い切って全部話してみるのも、案外悪くないかもしれない。
自分の中でそう結論付けたアリシアは、十年前の出来事を語り出す。
スフォリア王都の近くの森で、一人の男の子に助けてもらった時のことを。何故かは分からないが、さっきマキトと出会った時の光景が、その男の子と出会った時の光景と見事に重なったことを話す。
男の子の名前は聞きそびれてしまったが、多分人間族だったような気がするとのことであった。
「つまり、そのアリシアが昔出会った男の子が、俺と似ていたってことか?」
「そーゆーことだろうね。マキちゃんは違う世界の人だから、流石に本人ってことはないと思うし……」
「まぁ、似ているヤツがいたとしても、なんら不思議じゃないとは思うけどな」
「確かにね」
マキトたちが笑い合う中、ふとアリシアは傍に流れている川を見ながら想う。
十年前の光景が目の前に映し出されていた。幼い男の子が魔物と一緒に、冷たい水を掛け合って楽しそうに遊んでいる姿が。それを遠くから見ていて、その男の子が自分の存在に気づき、笑顔で自分に向かって手を振っている。
その笑顔に自然と吸い込まれるような感覚に陥り、自然と足が動いていた。そこからの記憶は、白くボンヤリと霧がかっており、あとはいつもの思い出の場面のみが鮮明に蘇ってきていた。
思い出せる場面が少し増えていた。これもマキトと出会ったおかげだろうか。そんなことを考えながらも、アリシアは記憶の中の少年に思いを馳せる。
(あの時の男の子……今頃どこで、何をしているのかな?)
記憶の中で楽しそうに笑う少年の笑顔に、アリシアは自然と笑みを零していた。
◇ ◇ ◇
サントノ王宮の王の間に、ラッセルとオリヴァーはいた。
訓練場で発生したシルヴィアの一件を、ダグラスが国王へ報告した際に、国王が二人を招き入れたのだ。
王妃、大臣、そしてダグラスが見守る中、国王はラッセルたち二人に深々と頭を下げながら謝罪の言葉を送る。
「この度は、娘が多大な迷惑をかけてしまった。国王として、あの子の父として、深く詫びをさせてほしい」
「いえ、そんな……特に危害はありませんでしたから。それよりも一国の王が、そんな簡単に頭を下げられては……」
ラッセルが戸惑いながらそういうと、国王は頭を下げたままハッキリと告げた。
「確かに私は国王であるが、同時に一人の父親でもあるのだ。娘が起こした迷惑に頭を下げるのは、親として当然のことだ!」
まさかの国王の言動に、ラッセルとオリヴァーは驚きを隠せない。
王妃たちを見ると、苦笑しながらも黙って見守っている。どうやらサントノ国王の行動としては、ごく普通のことであるのだと、ラッセルたちは認識せざるを得なかった。
ようやく頭を上げた国王は、コホンと小さく咳ばらいをしつつ、語り始める。
「シルヴィアのアレは生まれつきでな。決して珍しくない問題ではないし、そのことで差別する考えや行動を起こすつもりもないのだが、そこに王族という肩書きが加わろうモノなら、自ずと話は変わってくるのだよ」
「せめて王女として、立派に振る舞えるよう育ててきたつもりでした。それなりの成果はあったと自負しておりますが……」
国王と王妃の言葉に、ラッセルは頷く。
「そこは間違いないと自分たちも存じ上げます。な、オリヴァー?」
「えぇ。最初に出会った際、俺たちに丁寧な自己紹介をしてくださいましたから」
オリヴァーの言葉を聞いた国王たちは、嬉しそうに微笑みながら頷いた。
今まで何度か似たような言葉を耳にしたことはあったのだが、心のどこかで信用できないでいた。王族を相手に気を使っていると、そう思っていたのだ。
少なくともラッセルやオリヴァーの二人からは、王族に対して機嫌を取ろうとしている様子は感じられなかった。だから今の言葉に対しても、素直に嬉しいと思うことができたのだ。
国王と王妃が嬉しそうにしている様子に、ラッセルとオリヴァーも釣られて笑みを浮かべる。そこで、オリヴァーは何かを思い出したかのような反応を示した。
「そういえばスフォリア王国では、シルヴィア様には婚約者が一人もいたことがないってウワサを聞きましたね。それってもしかして……」
「えぇ、それは本当のことです。原因はもう、話すまでもありませんね」
王妃の返事に、やはりそういうことかとラッセルたちは思った。
第二王女とはいえ、婚約者が一人もいないというのは、普通ならば考えられない話である。なにかしらの深い事情でもない限りは。
今回ラッセルたちは、シルヴィアの特殊な姿を、この目でハッキリと見た。これなら確かに無理もない話だろうと、心の底から納得したのだった。
ちなみにサントノ王都の国民全員も、このことはちゃんと知っている。流石に特殊な点は否めないが、それを差し引いたとしても立派な王女であると、ちゃんと認められているのだ。
誰しも欠点があるというのは分かるが、これは流石に極端なキツさだと、ラッセルが思っていたその時、大臣が呟くように言った。
「レティシア様がお帰りになられたら、さぞかし嘆かれることでしょうな」
「そうですわね。あの子はシルヴィアのことを、とても可愛がっておりますから」
突然出てきた知らない名前に、オリヴァーはラッセルに小声で「誰だ?」と聞いてみるが、あいにくラッセルも聞いたことはなかった。
そんな二人の様子を見た国王は、まだ話していなかったことを思い出した。
「おぉ、そういえばまだ話していなかったな。レティシアというのは我が国の第一王女で、シルヴィアの姉でもある。ちょうど今、シュトル王国へ視察に出ているところなのだよ」
「そうでしたか。お会いできなかったことを残念に思います」
「すまぬ。また時を見て遊びに来てほしい。その際に改めて紹介するとしよう」
国王とラッセルとの会話により、場の空気も少しは和らいだかと思った、まさにその時であった。
バーンと勢いよく扉が開くとともに、一人の兵士が王の間に飛び込んできた。
「た、大変でありますっ! シルヴィア様がいなくなりましたっ!」
「なんだとっ! 見張りは一体何をやっていたのだ!?」
駆けつけた兵士からの報告に、ダグラスは仰天しながら怒鳴り散らす。
大臣や王妃は顔面蒼白となりながら目を見開いており、国王はわずかに顔をしかめながら冷や汗を垂らす。
ラッセルが未だ顔を真っ赤にして拳を震わせるダグラスに近づき、声をかける。
「落ち着いて下さい、ダグラスさん。まずは彼から、ちゃんと話を聞かないと」
「……そうだな、確かにそうだ。取り乱して済まなかったな。では改めて、お前の報告を我々に聞かせてくれ」
ダグラスが落ち着いてくれたことで、兵士も幾分冷静さを取り戻した。そして兵士の口から、報告内容が語られた。
それを全て聞いたダグラスや国王たちは、自然と頭を抱え出す。
訓練場に駆け付けた国王により、シルヴィアは私室での謹慎が言い渡された。それを聞いたシルヴィアは血相を変えて反抗し、その衝撃で兵士数名がケガを負ってしまうほどであった。それでもなんとか再び押さえつけ、ラッセルやオリヴァーも協力しつつ、シルヴィアを私室まで運び入れたのであった。
部屋は厳重にカギをかけ、数名の兵士たちを見張りにつけた。何があっても絶対に開けてはならないと、ダグラスが厳命した上で。
しかし、ダグラスたちが部屋から遠ざかったところを見計らって、シルヴィアはすぐさま行動を開始したらしい。なんと、部屋の中で発煙させて自ら命を絶つ芝居を打ったのだそうだ。これが芝居か本気であるかなど、見張りの兵士たちに見抜くことなんてできるわけがなく、すぐにドアのカギを開けたのだという。
シルヴィアは見張りの兵士たちを一瞬でなぎ倒し、そのまま逃走してしまった。今現在、城の兵士たちが総出で探しているが、見つかる様子はないらしい。完全に行方をくらませてしまったのだそうだ。
「一生の不覚です! まんまと欺かれてしまいました!」
「いや、今の話を聞く限りでは、流石に致し方ないだろう。報告ご苦労であった。すぐにお前も、シルヴィア様の捜索に向かってくれ」
兵士は敬礼しながら大声で返事をして、駆け足で王の間を後にした。
そして表情を引き締めつつ、ダグラスが国王のほうを向くと、国王が小さく頷きながら命ずるのだった。
「ダグラス。なんとしてでもシルヴィアを捕らえるのだ。多少の手荒も許可しよう」
「はっ、必ずや!」
「ラッセル殿、済まんがそなたらにも、どうかこの件について協力を願いたい」
「お任せください!」
「必ずお姫様を見つけ出してみせまさぁ!」
ラッセル、オリヴァー、ダグラスの三人が、王の間から勢いよく飛び出した。
今のシルヴィアは明らかに普通ではない。騒ぎをムダに広げないためにも、必ず王宮内で保護すると胸に誓っていた。
しかし、その誓いは既に意味がなくなっていると後で知ることになる。
シルヴィアは既に人知れず王都を飛び出しており、現在進行形で荒野を爆走していたのだから。
「オーッホッホッホ! この私を閉じ込めておける者なんて、もはやこの世にはおりませんことよ! 私とお姉さまの愛は無限大ですわ、オホホホホホホホ――」
もはやシルヴィアは完全に狂っていた。
血走っている目は瞳孔が開かんばかりに見開いており、壊れた人形を想像させるような笑い声を叫びながら、ただひたすら勢いよく爆走している。
サーベルを腰に携えた甲冑姿を見て、これが王女様であることを予想できる者はいないだろう。
「待っててくださいお姉さま。あなたのシルヴィアが、今そちらに参りますわ!」
高らかに笑いながら、シルヴィアは真っ直ぐ南に向かって爆走する。
近くをうろついていた野生の魔物たちは、近づいたら危険だという直感が働き、慌てて離れるように逃げ出していた。
程なくして、シルヴィアが南の森に向かったという情報が、ラッセルやダグラスたちの耳に入ることとなる。