第二十五話 サントノ王国の第二王女
サントノ王宮内にある兵士たちの訓練場に、ラッセルたちは顔を出していた。
メルニーを交え、仲間たちがラッセルをイジるという事態こそあったが、それもどうにか収束させていた。ジルの巧みな言葉回しのおかげで、いつもの正義に満ち溢れるラッセルが戻ってきたのである。
陰でボソッと「また上手く誤魔化したもんだな」と、オリヴァーの呟き声が流れていたことに、ラッセルは当たり前のように気づいていなかった。
「うわー、皆さん揃って気合い入ってるねぇ」
「王宮の訓練場なんざ、大体こんなもんだろうよ。スフォリア王国でもそうだしな」
感嘆するジルに、オリヴァーが顎に手を当てながら言う。
兵士たちが威勢の良い掛け声を上げつつ、木剣を使った素振りを行っている。物凄い気迫を醸し出しており、ジルとアリシアは驚きを隠せず、オリヴァーは無意識ながらに体を疼かせていた。そんなオリヴァーを見て、きっと訓練に混ざりたいんだろうなと、ラッセルはなんとなく思っていた。
邪魔にならないよう退散しようとしたその時、指導を施していた騎士団長のダグラスから声をかけられた。良かったら見やすい場所に来て、遠慮せず好きなだけ見ていってくださいと。
そう言われたラッセルたちは、折角なのでお言葉に甘えることにした。同時に、兵士たちの気合いが数割増しになっていた。
ジル、アリシア、そしてメルニー。この三人の女性の存在が、兵士たちの士気を大いに上げさせる起爆剤となったのだ。
ダグラスが準備運動と称して行われている木剣の素振りも、既に数百回は繰り返されている。しかも兵士たちは皆揃って、全くへこたれる様子を見せていない。
「こりゃまた凄まじいッスね……」
「なんのこれしき。まだまだ準備運動も同然ですよ」
オリヴァーが思わず笑いを過ぎらせると、ダグラスがニヤリと笑みを浮かべた。
既に昼時な時間帯であり、朝から数時間は特訓を続けているハズであった。
要するにまだまだ本番ではない、ということが言いたいのだろうが、その本番が果たしてどれほどの凄まじさを見せるのか。
ラッセルたちは、ある意味で楽しみだと思っていた。
「ところで、これから兵士たちの模擬戦を行うのですが……よろしければラッセル殿やオリヴァー殿も、ご一緒にいかがですか?」
ダグラスがそう提案してくると、ラッセルが返事をするよりも先に、オリヴァーが身を乗り出しながら目をギラリと輝かせる。
「良いんですかい!?」
「えぇ。我が兵士たちにとっても、良い刺激となってくれるでしょうから」
「よっしゃあ! ラッセル、俺たちの力を見せてやろうぜ!!」
まるで子供のようにはしゃぎ出すオリヴァーに、ラッセルは苦笑をこらえきれない。とりあえず落ち着けと宥めつつ、ラッセルはダグラスに告げる。
「折角の申し出を断るのは忍びないですし、俺たちも参加させていただきます」
「ありがとうございます。今日の訓練はより良いモノになるでしょう」
ダグラスがそう言った瞬間、野太い兵士たちの歓声が広がる。それにやや押されながらも、後ろで見ている女性陣はラッセルたちに言った。
「訓練とはいえ、気をつけてくださいね」
「あんま調子に乗らないでよ?」
「ここで応援してるからね」
メルニー、ジル、アリシアの言葉に、ラッセルとオリヴァーが強く頷いた。
「分かっているさ」
「おうよ。ちょっとばかし体を動かしてくるだけよ」
腕をブンブンと振り回すオリヴァー、そして口調こそ冷静だが、闘志を燃やしているラッセル。二人がそれぞれやる気満々であることは明らかであった。
ダグラスはそんな彼らの様子に多大なる期待を抱きながら、素振りを続けている兵士たちに声をかける。
「よーし集合だ。これから模擬戦を始めるぞ! 今日は特別に、スフォリア王国の冒険者二名を交えて試合を行う。近々ランクBに昇格する方々の剣だ。しっかりとその目で見て体験し、お前たちの経験に繋げるんだ!」
兵士たちの声が一つとなり、まるで地響きが起きたかのようであった。
他国の強い冒険者と戦える純粋な嬉しさ、自身のレベルを上げようとする闘志、そして美少女たちに良い恰好を見せようとする気持ち。
様々な視線や態度が飛び交っていたが、皆が皆、全力でやる気に満ち溢れていることは確かであった。
男たちによる熱い模擬戦が始まろうとしていたその時、一人の声が一瞬にして、場の空気を変えてしまうこととなった。
「ダグラス。その模擬戦、この私も参加させてもらえないかしら?」
何の前振りもなく、後ろから放たれた女性の凛とした声。
上質の甲冑を身に纏い、煌びやかな銀髪のセミロングをなびかせながら、一人の女性が堂々と訓練場に入ってきた。
お世辞抜きで美人と称するにふさわしく、尚且つ気品に溢れていた。鎧の上からでも分かるくらいに大きな胸もまた、人々の視線を惹きつける立派な魅力と化しており、それが単なる色気だけではないこともまた良く分かるほどだった。
実際ラッセルたちも、彼女の美しさに対して、完全に見入ってしまっていた。
「シルヴィア様? どうしてこのような場所に?」
「アナタたちの訓練に参加するためよ。そんなに驚かなくても……あら、お客様がいらしたのですね。みっともない姿をお見せしてしまい、申し訳ございません」
血相を変えるダグラスに対して、シルヴィアは涼しい顔のまま答える。
そして、彼の隣に立つラッセルたちの存在に気づき、丁寧にお辞儀をしながら、改めて自己紹介をする。
「お初にお目にかかります。私の名はシルヴィア。我がサントノ王国の第二王女を務めております。此度はようこそ、我が国の王宮においでくださいました。今後ともどうぞお見知りおきくださいませ」
「こちらこそご丁寧に。私はスフォリア王国で冒険者を務めております、ラッセルと申します」
ラッセルが一歩前に出ながら、丁寧にお辞儀をする。するとシルヴィアが、口に手を当てながら驚いた。
「では、あなた方がメルニー殿の護衛を? そうですか。つまり、それほどまでの腕をお持ちであるということですね」
なにやら勝手に一人で納得しているシルヴィアの様子に、周囲は困惑した様子でザワついていた。
そしてシルヴィアはニヤリと笑みを浮かべ、視線をラッセルに向けてハッキリと言い放つ。
「うん、気に入ったわ! ラッセル殿、この私と勝負なさい!」
あまりにも突然すぎる言葉に、ラッセルたちもダグラスも唖然とするのだった。
◇ ◇ ◇
「良いんですか、本当に?」
ラッセルはシルヴィアを前に、大きな戸惑いを覚えていた。
「遠慮はいりませんわ。これでも私は、そこのダグラスから剣の稽古をつけていただいておりますの。仮に私が傷を負ったとしても、それは私の力不足に過ぎませんわ」
「私からもお願いいたします。ラッセル殿、どうかシルヴィア様と、真剣に勝負をしてくださいませ」
シルヴィアからは自信に満ちた表情で言い放たれ、ダグラスからは深々とお辞儀をされてしまっては、もはや何も言い返す余地などなかった。
兵士たちからの視線も期待が込められており、どうやら覚悟を決めるしかないとラッセルは思わされる。
「分かりました。この勝負、謹んでお受けいたします」
「ありがとうございます。重ねて申し上げますが、手加減は無用ですわよ?」
シルヴィアは訓練用の木剣を握り、中央へ移動して構えを取る。数秒前とは打って変わって気迫が増し、彼女が本気であることが良く分かる。
そう認識するとともに、ラッセルも訓練用の木剣を構え、シルヴィアと対峙する形をとった。
審判を務めるダグラスが、右手を挙げて高らかに叫ぶ。
「それでは、ラッセル殿とシルヴィア様による模擬戦を行います。……始めっ!」
ダグラスの号令を皮切りに、二人の模擬戦が開始される。
そのぶつかり合いは凄まじかった。特にシルヴィアから繰り出される剣捌きは、華奢な見た目からは想像もつかないほどであった。
見物している兵士たちも、目の前の光景に驚愕している。特に一番驚いているのは、シルヴィアに対してであった。冒険者のラッセルはともかくとして、まさか王女がこれほど剣を使えるとは、夢にも思っていなかったのだ。
(そう言えば今ここにいるヤツらにとっては、シルヴィア様の戦う姿を見るのは初めてになるのか。ならば驚くのも無理はない)
兵士たちの驚く様子を見て、ダグラスはそのことに気づいた。
特に伏せているわけではなかったのだが、シルヴィアはあくまで、ダグラスから直接教えてもらっていただけであった。少なくとも、一般兵士に交じって訓練をしたことはなかったのだ。
ましてや王女が直々に出撃することなど、基本的には起こり得ない話である。
今こうして兵士たちが驚きに満ちた表情をするというのは、ある意味当たり前とすら言える光景なのであった。
(くっ! この私が押されている?)
二人の剣が凄まじくぶつかり合う中、シルヴィアがわずかに顔をしかめる。
互いに一歩も引かず、それでいて冷静さを保ちつつ相手の様子を観察し、勝利に導くための隙を慎重にうかがっている。
しかしラッセルに対して、どうにも決定的な一撃が入らない。押していると思っていたら、あっという間に巻き返されていく感覚に陥るのだ。
少なからず腕には自信を持っていただけあって、シルヴィアは打ち合いながらも、心の中で感じていた。少しでも油断したら、間違いなく負けてしまうだろうと。
(強いな……下手に手加減していたら、あっという間に負けてしまう!)
そしてラッセルもまた、シルヴィアと同じ気持ちを抱いていた。
相手が王女であるがゆえに、無意識に手加減していたことは否めない。しかし、もう気持ちは完全に切り替わっていた。
彼女は本気だ。自分に対して勝負を挑んでいるのだ。だからこそ、こちらも全力でそれに応えなければならないと、ラッセルは覚悟を決めた。
押し合っている木剣同士が反動で離れ、お互いに距離ができる。ほんのわずかに長くジャンプしていたのは、シルヴィアのほうであった。
そこにラッセルは隙を見出した。彼女が着地した瞬間を狙い、思いっきり足を踏み込んでいく。
「はあっ!」
ラッセルの木剣が、シルヴィアの胴体をスパァンという音とともに打ち抜いた。その瞬間、ダグラスが右手をあげながら宣言する。
「そこまでっ! この勝負、ラッセル殿の勝利といたします!」
張りつめていた空気が一気に解除され、ラッセルは深く息を吐いた。
(危なかったな……もし踏み込むのが一瞬でも遅れてたら、確実に俺が負けていた)
王女という肩書きを持っていることから、知らず知らずのうちに油断していたと気づかされる。自分はまだまだだと、ラッセルは反省していた。
アリシアとジル、そしてオリヴァーも駆け寄り、ラッセルの健闘を称える。そこにシルヴィアが近づいてきて、ラッセルに右手を差し伸べた。
「完敗いたしました。私もまだまだ修行不足のようですね」
「いえ、貴方は十分に強いですよ。本気を出さなければ勝てませんでしたから」
ラッセルとシルヴィアは、ガッチリと握手を交わした。
素晴らしい模擬戦を見せてくれたと、ダグラスも笑顔で頷いていた。周囲の兵士たちも感動したらしく、大歓声の嵐が巻き起こる。
シルヴィアが遠慮がちに話しかけてきたのは、まさにそんな時であった。
「ところでその……一つだけ、お願いがあるのですが……」
ラッセルから恥ずかしそうに視線を逸らすシルヴィアの頬は、赤く染まっている。そんな彼女の様子を見て、ジルとオリヴァーは背筋がゾクッと震えた。
(ヤベェ! またしてもラッセルの虜になる女が出てきちまったってのか?)
(しかも今回は一国の王女だよ? 後始末のランク高すぎだよ! もうあたしたちじゃ手に負えないよ!)
ラッセルは冒険者として強いだけでなく、れっきとしたイケメンでもあることから、肩書きを問わず、女性からのファンは昔から絶えない。それに加えて、彼自身が誰かと恋愛関係になったことは、今まで一度もなかったりする。
自分には強くなるという使命がある。そう言って頑なに彼が告白を断り続け、見事に玉砕された女性の数も計り知れない。
更にラッセルの周囲には、常に仲間であるアリシアたちがついている。フラれた女性たちの嫉妬の矛先が、仲間たちに飛ぶことも少なくなかった。
彼が首を縦に振らないのは、アナタたちの存在が邪魔をしているからだと。
勿論それは、単なる言いがかりに過ぎない。更に言えば、余計な相手をする必要すらも全くないのだ。しかしラッセルは律儀に相手をしてしまう。単に良かれと思って。
(普段のアイツは鋭いのに、女に対してだとマジで鈍くなっちまう。現に女からの遠回しな告白なんざ、今までこれっぽっちも届いた試しがねぇときたもんだ)
(おまけにいつもいつも肝心なところで聞こえてないんだよね。その度にアイツは必ず言うんだよ。「え、なんだって?」ってさ……)
(やっぱりラッセルはモテるなぁ。フォローの準備をしといたほうがいいかもね)
苛立ちを募らせるオリヴァーとジルに比べ、アリシアはどこかマイペースに事の成り行きを見守っていた。
この後すぐ、何かしらの面倒な事態に発展するだろう。そう三人は思っており、完全に身構えていた。
そして当然のように、ラッセルは全くそんな様子に気づいていない。
「どうされました? 自分たちにお願いとは?」
「あの……是非とも私と、末永く仲良くしていただきたいと思いまして……」
「それは勿論ですよ。王女様と親密になれるなんて、とても光景にございます!」
「あ、ありがとうございます! とても嬉しゅうございます!」
あーこりゃもうダメだと、ジルとオリヴァーはあからさまにガックリ項垂れる。
ラッセルには、今度こそ自分たちからビシッと言わねばと、オリヴァーたちの間で固く決意した瞬間でもあった。
とりあえず三人は、しばらく見守っておこうと思った。下手に介入して拗らせてしまっては本末転倒。余計なことなどしないに限る。そう心に刻み込みながら、とにかくジッとしていた。
嬉しそうに顔を赤らめながらシルヴィアは近づき、そして熱っぽく瞳を潤ませ、両手をギュッと包み込んだ。
しかし、その相手はラッセルではなく、彼の隣に立っている――――
「巡り会えて嬉しいですわ……アリシアお姉さまっ!」
アリシアに向かってシルヴィアが叫ぶ。その瞬間、訓練場の周囲がしんと静まり返ってしまった。
ジルとオリヴァーは、口をあんぐりと開けた状態で『え……そっち?』と、全く同じセリフが頭の中を駆け巡る。
ダグラスも兵士たちも、唖然とした表情を浮かべていた。ラッセルに至っては、一体何が起こったのか理解できず、周囲をキョロキョロと見渡している。
「いや、あの、その……」
両手を握られているアリシアは、どう反応していいか分からなかった。シルヴィアの様子からして、とても冗談とは思えない。
「私……お姉さまに一目惚れしてしまったのです! お姉さまのお顔を見た瞬間、途轍もない衝撃が走りました。これはもう、運命の相手に違いないと!」
シルヴィアは語りながらも、アリシアにグイグイと迫っていく。アリシアは両手を突き出しながら、どうにかして抑えようと必死に言い出す。
「ま、待ってください! 私は見てのとおり女なんですけど……」
「存じております。お姉さまとは一生を添い遂げたいと願っております!」
「いえいえ、添い遂げるも何も、女同士でそーゆーのは、流石にどうかなーと……」
「お姉さまも意外と細かいのですね……はっ! もしやお姉さまは、私の第二王女という肩書きを気にされておられるのですか? なんとお優しいことでしょう。そして実に煩わしいですわ。やはり王族の恋愛には、大きな壁が立ちはだかるモノなのですね」
完全に自分の世界に入り込んでおり、もはやシルヴィアにまともな答えは期待できないだろうと、この場の誰もが思っていた。
そしてそれを強く感じたのは、未だに手を握られっぱなしのアリシアであった。
(……ダメだ。私の言うことを全然聞いてくれない。どうしよう?)
手詰まりという言葉が、アリシアの頭の中に浮かんできた。
この状況を打開する手段が思い浮かばない。冷静になれば考えられるのかもしれないが、如何せんまだ戸惑いが拭えず、思考がままならない状態であった。
だからこそ、隣で動き出そうとしているジルの存在にも、全く気づかなかった。
「とおっ!」
「きゃあぁっ?」
ジルがわざとらしくアリシアとシルヴィアの間に割り込み、握られている両手を無理やり解かせた。
「アリシア、こっちっ、早くっ! オリヴァー、あとはヨロシク!」
「任せておけ!」
オロオロするアリシアの手を掴み、ジルは訓練場の出口に向かって走り出す。
「お待ちくださいお姉さまっ! 私を置いて行かないでくださいまし!」
「行かせるかっ!」
追いかけようとするシルヴィアの前に、オリヴァーが颯爽と立ちふさがる。
シルヴィアは力づくで通り抜けようと木剣を振りかざす。それを真剣白羽どりで受け止めたオリヴァーは、そのままシルヴィアとの力比べに持ち込む。
ダグラスは唖然とした表情から我に返り、焦りに等しい口調で、呆然としている兵士たちに叫ぶように命じる。
「お前たちも続けっ! シルヴィア様をなんとしてでも押さえ込むんだ!」
「し、しかし……」
「全ての責任は私が受け持つ! だから遠慮はいらん!」
『……はっ!』
兵士たちが総出でシルヴィアを押さえつけ、うつ伏せで倒れる形となった彼女は、全く身動きが取れなくなった。
「お姉さま、お待ちください……おねえさまあああぁぁーーーっ!!」
アリシアとジルが逃げて行った方向へ、シルヴィアは必死に手を伸ばす。まるで劇場などでよく見られる、悲劇のヒロインのようであった。
一方で、兵士たちは困惑もしていた。上品で美しいシルヴィアの姿しか見たことがなかったため、今しがた発生した展開が理解できないでいるのだ。
ダグラスですら悪い夢を見ているのではと思いたくなっていたが、顔を横に振りながらこれは現実であることを無理やり認識する。
そして、目の前の王女をなんとかするべく、ダグラスは次の一手を考える。
(とりあえず、国王様と王妃様を呼ぼう。考えるのはそれからだ)
傍にいた兵士の一人に、ダグラスは国王と王妃を連れてくるよう命令する。
慌てて訓練場を飛び出していく兵士を見届けた後、再びシルヴィアの姿を見る。涙をボロボロと流して泣き崩れている姿は、もはや王女という名の威厳もカケラも感じられない。
ダグラスは途轍もなく深いため息をつきながら、心の中で呟いた。
(嫌な予感がする。これ以上、厄介なことにならないでほしいモノだが……)
しかし、ダグラスは同時に強く思っていた。こういう時に限って、悪い予感というのは当たってしまうんだよなぁと。
深いため息をついていたその時、ラッセルがようやく我に返る。
「はっ! しまった、アリシアが……俺の大事な仲間が大変なことに?」
「うるせぇっ! 今頃我に返ってんじゃねぇよ、この……おバカリーダーが!!」
キョロキョロしながら戸惑うラッセルに、兵士たちにのしかかられた状態となっているオリヴァーが怒声を上げる。
二人の叫び声が、この緊迫した空気を、見事なまでに吹き飛ばしたのだった。