第十八話 歯車を動かすもの
今回の話で、第一章のラストとなります。
シュトル王国とサントノ王国を繋ぐ、大きな国境という名の鉄橋。
単なる検問所だけでなく、土産物屋や食事処、武具や調薬などの道具屋が、しっかりと備わっている。
まだ日が昇ったばかりなのに、大勢の冒険者と商人で賑わっている。マキトは思わず感激の声を上げていた。
「こりゃ凄いな。まるで小さな町みたいじゃないか」
「どの国境も大体こんな感じだよ。王国の入り口であるからこそ、自分たちの国の良さを伝えるには、絶好の場所でもあるってわけさ」
「へぇー……」
マキトが周囲を見渡していると、なにやら注目されていることに気づく。試しに耳を澄ましてみると、露骨なヒソヒソ話が聞こえてきた。
「なぁ、あの小僧が連れてるのって、魔物じゃねぇ?」
「確かにそうだな。どう見ても人間族っぽいし、珍しいこともあるもんだ」
「なんか羽根を生やした小人っぽいのがいるけど、アレも魔物かな?」
「あの白いモフモフっぽい魔物、僕は見たことないなぁ……」
「真っ赤なスライムなんて初めて見たかも……もしかして亜種?」
「でも三匹とも額にマークが付いてるな。まさかとは思うが、テイムの印か?」
「マジ? じゃああの子って、フツーに魔物使いだったりするのっ?」
「それこそあり得ないよ。だって不遇扱いされてる職業だよ?」
「ですよねぇー……アハハッ!」
そんな言葉を耳にしたマキトは、特に表情を変えることもなく呟いた。
「なーんか俺たち、結構目立ってるみたいだな」
「う、うん、そうだね……魔物を連れて歩いてるのが珍しいのかな?」
「やっぱりそんなもんなのか。まぁいっか。俺たちもさっさと、あのでっかい橋を渡りに行こうぜ」
マキトはコートニーたちにそう促して、検問所まで歩いて行こうとする。幸い並んでる人も少ないため、早めに橋を渡れそうだった。
周囲からの視線は変わらず集まっていたが、もはやマキトもラティたち魔物も、全く気にしていなかった。それを見たコートニーも苦笑しつつ、自分も気にしないでおこうと思うのだった。
検問所でもラティたちを連れていることに驚かれたが、特に悪い方向に疑われることもなく、すんなりと橋を渡る許可が下りた。
いざ橋の上を歩いてみると、マキトは予想以上の凄さに驚きを隠せなかった。
「すっげーな! なんてゆーか……いや、ホント凄すぎだって、コレは!」
大陸同士を繋いでいることもあり、その広さと絶景は見事なモノであった。
初めて国境の実態を体験するマキトや魔物たちは、目を輝かせて興奮している。その様子に目立つかと思いきや、他の冒険者で同じ反応をしている者も多く、むしろ平然としている者のほうが少ないくらいであった。
巨大な吊り橋となっているケーブルは、見上げても良く見えない。戦いが起きても良いように、その横幅もかなり広くなっているのだ。
「でもマスター。さっきの説明だと、気をつけたほうが良いかもしれないのです」
ラティがそう言うと、マキトはさっき検問所で受けた説明を思い出す。
野生の魔物は出ないらしいが、冒険者同士の争いが稀に起こるので、渡る際は注意するよう言われたのだ。もっともあくまで稀であって、普段は滅多に起こらないらしい。
それを裏付けるかの如く、コートニーが優しい口調でマキトたちに言った。
「ボクがサントノ王国から来た時も、何事もなく通れたからね。気をつけてれば、多分大丈夫だと思うよ」
「それなら良かったのです。争いなんてしないに越したことはないのです」
マキトはそんなラティの平和主義的な言葉に、とても魔物の発言とは思えないなと、ひっそり苦笑してしまう。
そして改めて先へ進もうとした、まさにその時であった。
「オラァ! このオレ様を誰だと思ってやがる!」
突如、野太い声が響き渡ってきた。どうやらすぐ近くらしい。
マキト、コートニー、魔物たちの表情が、晴れやかな笑顔から一転、引きつったそれに切り替わる。
声のしたほうを見てみると、一人の冒険者の大男が、二人組の獣人族の行商に、真っ赤な顔をして詰め寄っていた。
「もしかしなくても、稀なことが発生したんじゃないか?」
「あ、あはは……そうかも……」
苦笑いを浮かべるコートニーも、まさかこんな時にいざこざが発生するとは思わなかったため、それ以外の反応ができなかった。
どうやら見ていると、大男が商人から物を買おうとする際、値切ろうとしたが、それに応えてくれずにブチ切れ、今に至るようだ。
コートニー曰く、アレはアレで珍しくはないとのこと。
実力の高い冒険者には安く売る。そう思い込む身勝手な輩も多いのだそうだ。目の前にいる大男が、まさにその典型的なパターンなのだとマキトは思った。
大男は腰に携えた長剣をゆっくりと抜き取り、それを大きく振り上げた。
「この俺様の剣が目に入ら……アレッ?」
振り上げた瞬間、大男の手から剣がすっぽ抜け、後ろのほうに飛んでいく。つまりそれは、マキトたちに向かって飛んでくるという意味でもある。
大男や商人たちは勿論のこと、他の冒険者たちもそれに気づき、どこからか悲鳴があげられる。このままでは間違いなく、マキト自身が大参事な結果を迎えるのは避けられないだろう。
マキトも三匹の魔物たちも、黙ってやられるつもりなどなかった。ロップルが素早くマキトの肩に乗っかり、マキトが叫んだ。
「ロップル、頼むっ!」
「キュッ!」
防御強化能力が発動し、飛んできた剣はマキトにぶつかり、そのままバキンッと真っ二つに折れてしまった。
ガラン、ガランと剣の柄や折れた刃の落ちる音が、周辺に大きく響き渡る。
周囲の冒険者たちも、一体何が起こったのか分からなかった。腰を抜かしている二人の商人も、あまりの出来事に声が出ない。
大男も唖然としていたが、すぐに我を取り戻し、あからさまに怒りの表情を浮かべながら、マキトに向かってきた。
「おうおうおうっ! テメェ、一体なんてことしてくれやがるんだ! 俺様の剣をへし折るとは、いい度胸にもほどがあるじゃねぇか!」
指をバキバキと威勢よく鳴らしながら、大男がマキトに近づいてくる。
ふと、マキトの肩に乗っているロップルの姿を見て目を見開き、そして周囲にいるラティやスラキチの姿を見て、今度は若干呆れているような視線を向けてきた。
「あん? なんだそれ、もしかして魔物か? 珍しいもんだ……と思ったが、見るからに弱っちそうなのばっかじゃねぇか。スライムなんざ連れてても、なんの役にも立たねぇよ。それぐらい知っとけってんだよ、ハハッ!」
明らかにバカにされている言い方だが、マキトの表情は特に変わらなかった。
我慢している様子も見られず、心の底からどうでも良いと思っているようにしか見えない。正確に言えば、早く終わらないかなぁとウンザリ気味な表情でもあるのだが、大男がそれに気づいている様子はない。
その証拠に、大男はとても気持ち良さそうに浸っている感じであった。
どうやら自分の放った言葉に酔いしれているらしい。それだけ自分がカッコいいことを言ったのだと、心の底から思っているのだ。
自分の世界に入り込んでいる大男は、やや芝居がかった口調で、マキトに太い指をビシッと突き立てる。
「おっと話が逸れちまったな。どんな方法を使ったかは知らねぇが、ハイレベルな俺様の剣をへし折ることがどれほ……(ガンッ!)……ごぉっ?」
大男が話している途中で、後ろから大きな橿の杖が、脳天に振り下ろされた。
そのまま崩れ落ちた大男に変わって、長めの銀髪を後ろで結わえた青年が、後ろから姿を見せた。
突然の出来事に唖然としているマキトたちをよそに、銀髪青年は橿の杖で肩を叩きながら、倒れている大男に説教を始める。
「今のはどう見てもお前が悪いだろ、アーダン。あれほど問題を起こすなと言ったのが分からなかったのか? このことがギルドに報告でもされてみろ。俺たちは今度こそタダじゃ済まな……っておい、聞いているのか!」
アーダンと呼ばれた大男は、全く反応しないばかりか、ピクリとすら動かない。
その様子に苛立ち始めた銀髪青年の脇から、茶髪にターバンを巻いた背の低めな青年が、気まずそうに声をかける。
「グレン。ちょっとグレンってば!」
「なんだマーチス? 俺は今、この脳筋リーダーにしっかりと……」
「もう完全に気絶して聞いてないって。容赦なさすぎ!」
「……あっ」
銀髪青年のグレンは、マーチスと呼ばれるターバンの青年からの指摘を受け、ようやくアーダンの状態に気がついた。
数秒後、仕切り直しを込めた咳払いをしつつ、グレンはマキトたちに向き直って頭を深く下げる。
「済まなかったな。俺たちのリーダーが、多大な迷惑をかけてしまった」
「あ、いや。俺らも別に、ケガとかはなかったから」
「なのですっ!」
マキトとラティの言葉に、グレンは表情を柔らかくした。しかしその直後、なにやら疑問に満ちた表情で尋ねてくる。
「キミはもしかして、魔物使いなのか?」
「それが何か?」
「いや……単に珍しいと思ってしまってな。気にしないでくれ」
意味ありげな言い方に首を傾げるマキトだったが、グレンは魔物使いについて、それ以上言ってくることはなかった。
そして、改めて笑みを浮かべ、柔らかいながらもハッキリとした口調で、グレンはマキトたちに告げる。
「サントノ王国へ行くのなら、一つだけ忠告しておこう。サントノ王国の魔物は、ここ最近かなり活発化してきているから、十分に注意することをオススメするよ」
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして。本当に済まなかったな」
グレンは未だ目を覚まさないアーダンを引きずり、そのままシュトル王国側へと歩き出す。マーチスは折れた剣を回収し、マキトたちに小さく会釈しながら、すれ違うように去っていった。
「何だったんだろ、今のって?」
「さあ?」
まるで嵐が去ったような感覚を味わいながらも、マキトたちは再び西に向かって歩き出した。
ちなみに先ほど絡まれていた二人の行商は、もう姿が見えなかった。ドサクサに紛れて逃げ出してしまったらしい。
知り合いでもないので、別にどうでもいいやとマキトが思ったその時、行商二人がいた場所に、何かが落ちているのを発見した。
「ん、あれは……」
マキトが近づいて見てみると、一冊の書物が落ちていた。どうやらそれは図鑑のようだった。質の良さを漂わせる茶色のハードカバーが、決して安くない代物であることを表している。
試しに拾ってパラパラとめくってみると、数多くの薬草が記載されていた。
「さっきの行商さんが、落として行ったのでしょうか?」
「多分そうだね。薬草図鑑かな?」
「うん。なんかそうみたい。結構見やすくて良いな。他の草も載ってるし」
「毒草や食草……ほぼ世界中のあらゆる草花を羅列してるんだね。値段はそんなに高くなさそうだけど、かなり役に立つ図鑑だと思うよ」
「ふーん」
マキトは図鑑を見ていた顔を上げ、周囲をキョロキョロと見渡す。
騒ぎが収束したせいか、もう周囲の冒険者たちは、マキトたちのことなど気にも留めずに、どんどん通り過ぎて行っている。
さっきの獣人族の行商たちも、全く戻ってくる気配がない。図鑑を手に取ったまま、マキトは少し困ったような表情を浮かべていた。
「どうしよう、コレ? 持ってっても平気かな?」
「良いんじゃないですか? 周りの人たちも全く気にしてないですし」
「そっか。じゃあ、遠慮なくもらっておこう」
マキトはそう決めると同時に、図鑑をカバンの中に押し込んだ。
隣でコートニーが妙な苦笑いを浮かべていたが、マキトもラティも、全く気づくことはなかった。
「よし、じゃあ行こうぜ。サントノ王国まであと少しだ!」
マキトの掛け声に、コートニーや魔物たちは威勢良く返事をする。
そして、傾いた太陽の眩しさに目を細めながら、西のサントノ王国へ向かって、思いっきり走り出していく。
途中、ワイン色のローブを羽織った人物とすれ違ったのだが、マキトたちは全く気づくことはなかった。
◇ ◇ ◇
「ふむ……彼らは無事に、サントノ王国へ向かいましたか……」
ワイン色のローブをなびかせながら、ライザックが小さな笑みとともに呟く。
その笑みは、獲物を狙うような鋭いモノではなく、純粋に興味を抱いているようなモノであった。
(彼らも含めて、周囲の方々は全く気づかれてなかったようですが、あの大男の剣は、かなりの上質な素材で作られた特注品。それを呆気なくへし折ってしまうとは……あのフェアリー・シップも、なかなか油断ならない存在ですね)
変身する妖精、炎を吐くスライム亜種、防御強化を施すフェアリー・シップ。
こんなにも特徴ある三匹を、マキトは魔物使いとして従えている。ライザックにしてみれば、気にかけるなと言うほうが無理な話であった。
魔物使いと言う職業そのものが、世間的に受け入れられにくい傾向が高いため、尚更だと言えた。
(彼はあくまで通りすがるだけ。しかしその行動が、他の何かを動かしていく)
確かに今はまだ、小さな動きに過ぎない。しかし今後、その動きが周囲にどのような影響を及ぼしていくのか、ライザックは興味が湧いて仕方がなかった。
ヒトという生き物は、時間が経てば変化する。そこに影響という二文字が加われば、更にその変化は著しくなり、それはやがて周囲にも広がっていく。そして広がった変化は当たり前と化し、また更なる変化を求めて動き出す。
そうして色々な意味で繰り返し、動き続けていくのだ。一つが動けば、自然とそれに合わせて周りも動く。まるで『歯車』のように。
(果たして彼の動かす歯車は特別なのか、それともありふれたモノなのか……僕がこれほどまでに興味を持ったのは、キミが初めてかもしれませんよ、マキト君)
興味は心を揺れ動かす。ライザックは今まさに、それを体感していた。
これまで行ってきた実験が、本当にただのヒマつぶしにしか思えなくなる。それぐらい夢中になれるとすら思えてきていた。
しかしライザックは、思わず抱えているモノを無視してしまうほど、我を忘れてはいなかった。
(今後もキミたちを追いかけたいところですが……残念ながらしばしの別れです。今回の実験の成果を一から見直し、更に磨き上げなければなりませんからね。これも全ては僕の目的のため。ここで放り出すわけにはいかないのです)
ライザックはゆっくりと、マキトたちとは反対方向へと歩き出す。
日が沈みゆく中、橋を渡る冒険者や行商が増えてきており、必然的に賑やかな喧騒と人々の流れも増えてくる。
ライザックはその流れに乗りながら、心なしか踊るような声色で呟いた。
「キミがどのように歯車を動かしていくのか、僕はそれを楽しみにしてますよ」
その小さな声は誰にも聞こえることなく、喧騒の波に飲まれて消えていった。そしてライザックの姿もまた、いつの間にか忽然と消えてしまっていた。
次回から『第二章 サントノ王都編』を開始します。




