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たった一人の魔物使い  作者: 壬黎ハルキ
第九章 魔法都市ヴァルフェミオン
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第百五十三話 無双



 何枚も立ちはだかる魔力の壁。それを次々と打ち砕く魔物たちの魔力。フォレオとラティが道を切り開き、マキトたちは前に進み続けていた。

 警報は鳴り続ける。しかし今のところ、それ以外何も起きていない。

 罠が作動したり魔物が出てきたりするのかと思っていただけに、マキトはどうにも不気味な感じがしてならなかった。


「とりあえず、進めるだけ進んでみるしかないか」

「キュウ!」

「くきゅー!」


 戸惑いを込めたマキトの呟きに、ロップルとリムが力強い鳴き声で応える。同時にラティがもう一枚、壁を魔力でぶち抜いていた。


「こんな簡単に壊せる壁なんて、一体何の役に立つのでしょうか?」

『特に全力を出す必要もない感じだもんねー』

「まぁ、武器や拳とかは普通に通らない感じだからな。きっとそれらのために作られたんじゃないか?」


 呆れた口調のラティとフォレオに、マキトも思わず苦笑してしまった。確かに言えてるよなぁ、と心の中で大きく頷きながら。

 魔力で作られた立ちふさがる壁。侵入者を足止めするためのモノであることは間違いない。しかし自分たちは、足止めの『あ』の字にもかすっていないほど、サクサク進めてしまっている。

 いくらなんでも上手く行き過ぎだ。もしかして知らず知らずのうちに敵の罠にハマってしまっているのではないか。

 そんな予感がマキトの頭の中を過ぎるが、既に進んでしまっている以上、考えていても仕方がないと思い、余計なことは考えるまいと決めるのだった。


「ところで、ラティもフォレオも、魔力のほうは大丈夫か? いくら全力出してないとはいっても、かなりたくさんぶっ放してるだろ?」

『全然大丈夫だよ! ここすっごい魔力が多いから、取り込むのも簡単なの!』


 元気満々なフォレオの返事を聞いたマキトは、あることに気づく。


「あ、そうか。大気中の魔力に、魔物もヒトも関係ないんだったっけ?」

『うんっ。ぼくたち魔物とヒトでは、胎内に宿る魔力は違うけど、あくまでそれだけの話なんだよ』

「元の魔力は共通していて、体内に取り込む際に変換している感じなのです」

「なるほどね」


 マキトはしみじみと頷いた。


「とりあえず魔力切れを起こす心配はなさそうか」

「ハイなのです! この地下通路だったら、無限状態も同然なのです!」

『強い敵が出てきても、思いっきり吹き飛ばしちゃうよーっ♪』

「そ、そうか……それは頼もしいな」


 気合いを込めた言葉に、どことなく物騒なモノを感じたマキトは、思わず表情を引きつらせてしまう。

 そこに――


「……キュウ」

「……くきゅー」


 ロップルとリムが不満そうな鳴き声を出す。ラティとフォレオに、出番を取られてしまっているからだ。

 マキトは苦笑しながら、しょうがないなと思いつつ、自身の頭の上と左肩にしがみついている二匹に声をかける。


「そう拗ねるなって。今はまだ出番がないだけなんだからさ」

「くきゅー?」

「キュー?」

「ウソじゃないよ。リムやロップルの力も必要になる時が絶対来るよ……多分」

「キュウッ、キュウッ!」

「いて、コラッ、頭を叩くなよロップル。どうなるか分かんないんだから、俺にも断言なんてできないんだってば!」

「くきゅーっ!!」

「ちょっ、リムも頭グリグリしてくんなっての! そもそも今のところ誰もケガとかしてないんだから、回復の出番がないのは仕方ないだろ!」


 そんなマキトの様子を、ラティが呆然とした様子で見ていた。


「……なんかマスター、普通にリムとロップルと会話してる気がするのです。もしかして、魔物の声が聞こえるようになったのですか?」

「聞こえてないけど、なんとなく分かるんだよ! いてっ、わ、悪かったから機嫌直してくれよ……ったくもう……」


 ロップルがマキトの頭をペシペシと叩き、リムがマキトの耳たぶを噛んだり、ほっぺたを顔でグリグリ擦ったりして、精いっぱいの不満を叩きつける。

 その光景もまた、いつものじゃれ合いの一つだった。故にラティもフォレオも、特に不安に思うことはない。マキトも困った表情をしつつも、慌てている様子は全くなかった。

 とりあえずこのまま前に進もう。

 フォレオとラティがそう頷き合い、再び地下通路を進み出すのだった。


(いつか本当に、マスターが魔物さんの声を聞ける日が来るかもしれませんね)


 ラティはそう思いながら、壁に思いっきり魔力を叩きつけた。



 ◇ ◇ ◇



 そんなマキトたちの様子を、サヤコは魔力玉を通して見ており、その表情は驚愕に包まれていた。


「数十年の成果がたったの数十秒で……あ、あの小僧たちは一体何者なんだい?」


 問いかけるサヤコに答える声はない。その間にもマキトたちは、どんどん壁を壊して進んでいく。そんな彼らは皆、涼しい表情をしていた。

 ドラゴンのブレスも、羽根を生やした大人の女性が放った魔力も、全力には程遠い感じだ。そんな軽々と破壊されていく様子が、サヤコの苛立ちを止めどなく募らせているのだった。


「これは何かのテレビ番組……いやいやそんなワケがないよ! この世界にそんな化学めいたモンは……」


 サヤコが頭を抱えながらブツブツと呟いている。それに対してクラーレは、首を傾げた後、小さなため息をついた。


「さっきから『てれび』だのなんだの、よく分からん単語が聞こえてくるのはともかくとして……その映像の出来事は本物じゃろ。紛れもない現実じゃ」

「そんなことは分かってるよ!」


 サヤコがクラーレに怒鳴り散らした瞬間、映像の中でまた一つ、壁が破壊される音が聞こえた。そして再びサヤコは頭を抱えて呟き出す。


「ア、アタシが数十年かけて作り上げた傑作を……物理攻撃や魔法攻撃、魔物の攻撃すらも通さない代物なんだよ! それを何であんな簡単に……これはきっと何かの間違いだ! そうとしか言いようがないよ!」


 頭をブンブンと振りながら、サヤコはヒステリックに叫ぶ。

 両手でグチャグチャに掻きむしった白髪が乱れに乱れており、その表情は恐ろしいの一言だった。ユグラシアたちだけでなく、周囲に控えている研究所の魔導師たちですら、身震いしてしまうほどに。

 ユグラシアはなんとか意識を切り替え、簡単に壁が壊れるカラクリを考える。


(フォレオちゃんにラティちゃん……その攻撃の源は、どちらも……っ!)


 とある結論に行きついたユグラシアは、目を見開きながら言った。


「魔物が発する魔法……それがあの壁の決定的な弱点なんじゃ?」

「なるほど、そういうことですか。僕たちヒトと魔物では、体内に宿す魔力の種類が大きく異なりますからね」


 エステルの言葉に、ユグラシアはそのとおりですと言わんばかりに頷く。


「魔力を宿している魔物は、妖精や霊獣など、普段は人前に姿を見せないような子たちばかりです。だから普通の冒険者のように成長することも殆どありません。表立って戦ったり鍛えたりすることもないんですから」

「ふむ……しかしラティたちは違う。マキトにテイムされ、世界を旅したことで、自然と強さを身に付けていった。まさに魔物使いのマキトだからこそ、成し遂げられたということじゃな」


 上機嫌な様子でクラーレが頷いていると、ボサボサの白髪を揺らしながら、サヤコがユラリと立ち上がった。


「魔物使いだと? まさかこのご時世に……迂闊だったねぇ、十年ちょい前に消えたサリアとかいう小娘以来、魔物使いが出てくることはないと思ってたのに……」


 ユグラシアはハッと息を飲んだ。マキトから話に聞いていた名前が、まさかこんなところで出てくるとは思わなかったからだ。

 しかもその口ぶりからして、何かしらの関係がありそうであった。ユグラシアは意を決して、サヤコに問いかけてみる。


「サリアさんのことを知ってるようですね?」

「知ってるも何も、アタシがあの子に、異世界転移魔法を教えてやったのさ。今から十年ちょっと前だったかね。アンタたちなら何があったのか、知らないわけでもないだろう?」


 三人はそれぞれハッと息を飲んだ。それに構わずサヤコは続ける。


「しかしまぁ、悲劇なもんだよ。未完成の魔法を急ごしらえで仕立て上げ、成功したんだか失敗したんだか分からない結果となっちまってさ。その時の息子とやらも消えちまったらしいし、どうなったんだか……まぁ、アタシにはなんも知ったこっちゃない話だがね」


 左右の手のひらを上にしながら、やれやれのポーズを作るサヤコに、三人は避難の視線を送る。しかしそれでもサヤコは笑みを絶やさない。


「だがおかげで、アタシらも研究を進める大きな手掛かりを得た。今となっては、それなりに感謝もしているよ。息子を想う母親の愛を、思う存分利用させてくれてありがとうってねぇ」


 恍惚な表情を浮かべるサヤコに対し、三人は言葉も出なかった。マキトの過去を知るユグラシアでさえも、呆然としてしまっていた。

 無意識に思った。もうこの老婆には何を言ってもムダだと。もはや暴走を止めることは不可能なのだと。

 自然と身構える三人を前に、サヤコの表情から笑みが消えた。そして熱が冷めるかのように落ち着きを取り戻しつつ、深く息を吐いた。


「ふぅ……余計なことを喋っちまったね。お前たち、コイツらを足止めしな。その間にアタシはアレの準備をするよ」

「はっ!!」


 声をかけられた黒いローブの魔導師たちは、我に返りつつも返事をする。

 魔導師たちがユグラシアたちの前に躍り出ると同時に、サヤコは再び隠し扉から姿を消してしまった。


「研究所の内部構造は、ここへ来る前にあらかじめ把握してきました。サヤコさんがどこへ向かったのかについては、ある程度の想像はつきます」

「えぇ。あとは……」


 エステルの言葉に頷きつつ、ユグラシアは前を見据える。


「この魔導師たちを相手にしなければならない、ということね。できるだけ時間をかけたくはないのだけど……」

「ならばここは、ワシが引き受けようぞ!」


 クラーレが意気揚々と前に出ると、魔導師たちが揃ってあからさまに嘲笑する。


「おいおいジイさんよぉ。年寄りが無理するんじゃ……」

「やかましいわ!!」


 クラーレの両手から炎の魔法が炸裂する。何人かのローブに炎が燃え移り、熱さと驚きで暴れ回った。

 なんとか炎をかき消したときには、クラーレたちは目の前ではなく後ろに移動した後だった。そしてクラーレ一人だけが、魔導師たちと戦う姿勢を見せる。


「マキトと魔物たちを頼む」

「はい。必ず!」

「クラーレさんも気をつけて」


 エステルとユグラシアが研究所の奥へと走り出す。クラーレは足音が遠ざかるのを確認し、ニヤリと笑みを浮かべた。


「さぁ来い! 年寄りの底力を見せてくれるわ!!」


 クラーレは叫ぶと同時に、強大な炎を両手から噴き出すのだった。



 ◇ ◇ ◇



「……なんにも出てこないな」

「警報も止んでますし、もう何もないんじゃないですかね?」


 壁を壊しながら進み続ける中、マキトは拍子抜けしていた。あれだけの警報に対して罠が一つも出てこない。これは一体どういうことなのだろうかと。


「ラティの言うとおり、本当にもう何もないのかな? あるいは最後の最後で、何か大きなモノが飛び出してくるとか……」

「……マスター。あまり怖いこと言わないで欲しいのです」

『そうだよ。気にしすぎだよ!』

「だったらいいんだけど……おっ?」


 ラティとフォレオの言葉に生返事したところで、マキトは奥が明るくなっていることに気づいた。

 同時に緊張を走らせる。果たして待ち受けているのは天国か地獄か。そう思いながらマキトは、魔物たちに声をかける。


「油断だけはするなよ。何が出てくるか分かんないからな」

「大丈夫なのです。いざとなったら、わたしの魔法で吹き飛ばしてやるのですよ」

『ぼくだって頑張るもんっ!』

「キュウッ、キュウキュキューッ!」

「くきゅくきゅー!」


 ラティに続き、フォレオ、ロップル、そしてリムも力強く応える。

 とても頼もしく感じ、胸がじんわりと暖かくなる。マキトは自然と頬を緩ませながら頷いた。


「あぁ、それじゃあ行こうか!」


 その掛け声に魔物たちは再び力強く応え、一行は光の先へと進んでいく。薄暗い地下通路を抜けたそこは、途轍もなく大きな広間だった。

 中央には円形の陣が描かれている。そこで儀式か何かが執り行われるのではと想像させられる。

 そこには誰もおらず、とても静かであった。故に余計不気味に思えてならない。マキトは警戒心を高めつつ、周囲を見渡していった。


「……出口とかってないのかな?」


 扉らしきモノや通路へ続きそうな出入り口が見当たらない。まさかの行き止まりということか。そんな不安が過ぎってくる。

 その時――遠くの壁が開いた。奥からはローブを羽織った人物が数人、一人の老婆とともに姿を見せた。


「随分と暴れてくれたようだねぇ……お前たちの行動はずっと見ていたよ」


 驚きで声も出ないマキトたちに対し、老婆ことサヤコは、皮肉めいた口調でニヤつきながら言った。


「だが、ここまでだ。アタシの傑作品を壊し続けてくれた礼に、そこのドラゴンをアタシのしもべにしてやるよ!」


 サヤコがそう叫ぶと同時に、取り出した小さな装置を起動させる。それはふんわりと浮かび上がり、光り輝きながら一直線に飛んできた。



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