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たった一人の魔物使い  作者: 壬黎ハルキ
第九章 魔法都市ヴァルフェミオン
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第百五十一話 ヴァルフェミオンの真実



「そうか……アドレーもここまでのようだな……」


 地下研究所のとある一室。そこで黒いローブの魔導師から報告を受けた所長は、深いため息をついた。


「元々アイツも捨て駒に過ぎない存在。無能ではあるが、表に出しておけば良くも悪くも目立つ故、我らの隠れ蓑にはちょうど良いかと思ってたが……どうやら切り捨てるのが遅すぎたようだな」

「そんなことを言ってる場合じゃないだろう?」


 再び所長が深いため息をついたところで、傍に控えていた老婆が声をかける。


「もはやここの存在が明らかとなるのは避けられないだろうさ。そうなれば、これまでの研究もまた……マサノブがそこまで落ち着いていられる理由が、アタシには全くもって理解できないよ」

「ハハッ、サヤコも相変わらず手厳しいことだな」


 サヤコと呼ばれた老婆に、マサノブと呼ばれた所長が苦笑する。


「だが案ずることは……と言っているヒマもなさそうだ」


 マサノブが苦笑したその直後、部屋の扉が勢い良く開けられ、ローランド、ネルソン、そしてダグラスの三人が乗り込んできた。

 それぞれ武器を構えており、先頭に立つローランドが剣を突き付ける。


「あなたがこの研究所の所長ですね? 是非とも詳しい話をお聞かせ願いたい」


 ローランドが一歩前に出ると、周囲に控えていた魔導師たちが、マサノブを庇うように躍り出る。


「所長やサヤコ様には、指一本触れさせんぞ!」


 魔導師の一人が叫ぶと同時に、数人の魔導師たちから魔力が解き放たれる。それらはローランドたち目掛けて一直線に飛んでいくが、ローランドもネルソンもダグラスも、それぞれ全く慌てる様子はない。

 無言のままローランドが剣を一振りすると、その魔力があっという間に真っ二つに切り裂かれ、そのまま粒子となって宙に消えていった。

 魔導師たちが目を見開く中、ローランドは小さくため息をつく。


「ムダな戦いは好きじゃないんだが……仕方あるまい」


 眼を細くさせながら、ローランドが動き出す。ネルソンやダグラスも、同時に走り出した。魔導師たちも負けじと立ち向かっていくが、その戦いは見事過ぎるくらいに一方的だった。

 放たれる魔法を次々と躱し、その手に持つ杖を剣で弾き飛ばし、拳や手刀で一人ずつ気絶させていく。誰一人として、ローランドたち三人に魔法を命中させられた者はいなかった。

 魔導師たちは慢心していたのだ。自分たちは魔法で遠距離射撃ができる。武器を持って突っ込むことしかできない騎士に負けるわけがないと。

 騎士団長の肩書きを持つほどの実力者が、魔導師を相手にする対策を考えてないワケがないというのに。

 しかし残念ながら、魔導師たちがそれに気づくことはなかった。

 何故こんな展開になっているのか分からないまま、気絶させられることとなり、残ったのはマサノブとサヤコだけとなっていた。


「ふむ……流石は騎士団長の肩書きを持つ者たち、といったところかな?」


 マサノブは笑みを浮かべる。慌てている様子は見られない。追い詰められている自覚がないかのようだ。

 ローランドはそれを不審に思いながら、マサノブに向き直る。


「改めてお尋ねします。あなたがこの研究所の所長であり、ヴァルフェミオンの真の創立者で間違いないありませんね?」

「いかにも。ワシの名はマサノブ。そこの婆さんはサヤコと申す」


 形だけの紹介を済ませ、マサノブは話を続ける。


「アドレーは単なるワシらの駒に過ぎん。もっと早く切り捨てておけば良かったと後悔しておるよ」

「ほぉ、随分と冷たい言いようだな。ちったぁ労るモンかと思ってたんだが?」

「ふんっ! キサマのようなシュトル王国の人間族が何を偉そうに!」


 ニヤついた笑みを浮かべるネルソンに対し、マサノブが凄まじい憎悪を込めた視線を向けてくる。

 まさかそこまで怒るとは思わず、ネルソンは勿論のこと、ローランドやダグラスも戸惑いを隠せないでいた。

 ネルソンの鎧には、シュトル王国の紋章が刻み込まれている。彼がどこの国に所属しているかはすぐに分かることであるため、自己紹介していないのに見破られたことは、大して問題ではない。

 しかし何故、ネルソンがそこまで憎しみの視線を向けられるのか。

 少し考えてみた結果、ローランドはある点を見つけた。


「ネルソン殿にというより、シュトル王国に恨みを抱いてるようですね。それもかなり長きに渡ってのことだと見受けられます」

「……そりゃ、俺もなんとなく分かるが、一体俺たちの国が何したってんだよ?」


 ため息交じりにネルソンが言うと、今度はサヤコが、怒りで体を震わせる。


「よくも抜け抜けと……アンタたちの国が異世界召喚などしたせいで、アタシらの人生がどれほどメチャクチャにされてしまったか……アンタはそれを少しでも想像したことがあるってのかい!?」


 激しく顔を歪ませながら怒鳴り散らすサヤコ。よく見るとマサノブも、杖を持つ手を震わせている。まるで激しい怒りを込めているかのように。

 そして今の言葉を聞いて、ローランドの頭の中である仮説が思い浮かんだ。


「まさか……あなた方は……」


 ローランドの問いかけにマサノブは重々しく頷いた。


「あぁ、そうだ。ワシらは数十年前、シュトル王国が行った異世界召喚によって、地球という世界から無理やり飛ばされてきたのだよ!」


 その叫び声を聞いたローランドたち三人は、驚きで言葉が出なかった。



 ◇ ◇ ◇



 ある日突然、戦争の行われている世界へ飛ばされた。

 その世界は日本でも――ましてや地球とは違う、聞いたことも見たことのない世界だった。飛ばされた少年少女たちは、そこで戦いを強要された。

 夢なら早く醒めてくれと、何度願ったことか。平穏な生活が一瞬にして、血で血を争う過酷な生活に切り替わった。生き残りたければ勝て、逃げ出せば死を与えてくれる。そんなことを平気で言い放つ国王は、悪魔としか思えなかった。

 人間族に勝利をもたらすべく、異世界からやって来た英雄。

 そんなふうに祀り上げられたマサノブたちだが、ちっとも嬉しさなどなかった。

 勝手に呼び出して国の駒として扱われ、結果を出しても当然だと言われるだけで称賛なんかされず、結果を出せなかったら貶されるのだ。

 わざわざ王家の血を犠牲にしてまで召喚したのに、なんと情けないのだと。

 マサノブもサヤコも耐えた。いつか必ず自分たちは助かる。元の世界に絶対帰れるのだと、そう信じて。

 しかしある日、耐えられなくなり、国王に向かって吠えた者がいた。

 俺たちだって好きで召喚されたんじゃねぇ、と。

 その者はすぐさま処刑された。国王の一声によって、あっという間に首を落とされてしまった。

 まさに見せしめだった。もはやどこにも逃げられない絶望感が、マサノブたちに降り注ぐ。


『もしも帰りたくば、この戦争に勝つことだな』


 淡々とした低い声が聞こえてきた。そして気がついたら、目の前で炎が燃え盛っていた。それが処刑された仲間の遺体であり、邪魔だから魔法で掃除した、という魔導師の言葉を、マサノブもサヤコも忘れることはできなかった。

 同時に心の中で誓った。戦争を終わらせて元の世界へ――地球へ帰るのだと。そのために戦争を終わらせてやるのだと。

 それから数年後、戦争は終わりを迎えた。

 世界は荒れ果てたが、マサノブたちの心は明るく輝いていた。当然だろう。これで元の世界へ帰れるのだから。

 しかし、その嬉しい気持ちは裏切られてしまう。


『お前たちを返す魔法など存在しない。そんなくだらないことよりも、お前たちはこれからとある大陸へ向かい、そこで隠居してもらう。これは決定事項だ。逆らうことは許さんぞ』


 戦争を終わらせてシュトル王国へ帰還した際、国王から放たれた言葉であった。

 笑顔とは程遠い、厄介者扱いしているかのような苦々しい表情。更に詳しい話が当時の大臣から話された。

 異世界召喚魔法が禁忌と指定された。それに伴い、マサノブたちの存在が、自分たちにとって不都合極まりないモノとなってしまったのだ。

 マサノブたちは戦争でも大きく活躍した。悪さも一切していないため、易々と処刑することもできない。

 だから仕方なく、誰も暮らしていない大陸での隠居を命じた。これも国王の温情なのだと大臣は誇らしげに言った。

 流石にこの始末については、マサノブたちも我慢することができなかった。

 どうせ帰れないなら、この場で大暴れし、国王を惨殺して自分たちも処刑されたほうがマシだと、本気でそう思っていた。

 しかし、それは叶わなかった。マサノブたちの足元に、魔法陣が現れたのだ。

 それは転移魔法だった。あらかじめ魔導師たちを待機させており、暴れ出す前にマサノブたちを飛ばしてしまおうと、国王は考えていたのだ。

 ちなみに当時の転移魔法は質がとても悪く、魔導師たちが全ての魔力を引き換えにしなければならないくらい、魔力の消費量は莫大だった。

 国王は魔導師たちにさっさと飛ばしてしまえと、他人事のように言い放つ。

 マサノブたちはその目に焼き付けた。

 自分以外の人を駒扱いとしかしていない国王の表情を、そして魔導師たちの、悲痛な表情を。

 その全てを自分たちの恨みに加え、必ず生き永らえてやると誓いながら。


「ワシらが飛ばされた大陸は、戦争時代に破壊された大陸だった。お世辞にも息をしているような土地ではなかった。厄介者は厄介な場所へ置いておけばいい。恐らく当時のシュトル国王は、そう思ったのだろうな」


 マサノブは憎たらしい顔を思い出し、歯をギリッと噛み締める。


「それから数十年、ワシらは生きてきた。何度も泥水をすすり、地面を這いつくばってきた。今でも恨んでおるよ。身勝手な異世界召喚で人生を弄ばれた、この世界そのものをな!」


 叫び声が室内に響き渡る。ローランドたちは何も言えなかった。

 気持ちは分からないでもなかった。しかし本当の意味で、彼らがどれほどの凄まじい人生を歩いてきたのかは、想像してもしきれない。

 そしてマサノブは、どこかガッカリしたかのようにため息をついた。


「まぁ、キサマらに言ったところで理解はできんか。話を続けるとしよう」


 マサノブたちは、地球へ帰ることを諦めきれなかった。

 そこで一つの考えに辿り着いた。帰れる魔法がないのならば、自分たちで作ってしまえば良いじゃないかと。

 その場にいた全員の意見が一致し、マサノブたちは計画を練り上げ、それを実行していった。

 まず必要だと考えたのは、異世界転移魔法を創るための魔法研究施設だ。しかしそれを表立って行うことは不可能であるため、それを魔法学校という名のフタで覆い隠すことを思いつく。

 そして単なる学園だけでは、満足に魔力を持つ魔導師たちが集まらないと思い、更に巨大魔法都市を建設することを考えた。

 この数十年で、計画は順調に遂行されていき、やがて魔法都市ヴァルフェミオンが完成した。そこで学びたいという魔導師や魔法剣士もたくさん現れた。

 マサノブたちはとても嬉しかった。これで自分たちの研究もはかどると。魔導師や魔法剣士がたくさん集まるということは、それだけたくさんの魔力が集まることを意味するからだ。


「ちょ、ちょっと待てよ!」


 ネルソンが手を突き出しながら、慌てて制する。


「その言い方だと、まるでこのヴァルフェミオンに集められた魔導師たちが、単なる爺さんたちの実験材料みてぇじゃねぇか!」

「みたいも何も、それ以外にないわい」


 バカなことを聞くんじゃないと言わんばかりの細めた視線に、ネルソンは正気かと言いたくなってきた。

 そしてダグラスやローランドもまた、苦々しい表情を浮かべていた。


「自分たちの願いを叶えるために、多くの人々を犠牲にしようだなんて……」

「……理解に苦しみますね」


 そんな二人の言葉に――


「黙れ! キサマら異世界人にだけは言われたくないわ!」


 マサノブは目をクワッと見開きながら叫んだ。


「元はと言えば、キサマらがワシらを身勝手に呼び込んだからだろうが! 例えキサマらが当事者でなかったとしても、ワシらからすれば同じ異世界人に何の変わりもないわい!」


 またしてもローランドたちは押し黙ってしまった。ここで何を言ったところで綺麗ごとにしかならない。彼らの耳には届かないだろうと思ったからだ。

 その時、マサノブが鼻息をふんと鳴らしながら言った。


「折角だから教えてやろう。数ヶ月前に起きたシュトル王国の事件、アレはワシが仕組んだも同然のことなのだよ!」

「なっ、そ、そりゃ一体どういうことだ!?」


 突然の言葉に、ネルソンが思わず驚愕しながら叫び出す。そこにローランドが、顎に手を当てながら呟くように言った。


「私も疑問には思ってました。異世界召喚魔法の極意を記した巻物は、戦争終了と同時に処分されたハズ……闇商人がそれをどこからか手に入れ、それをたまたまシュトル王国で取引しようとしていた……果たして本当に偶然だったのかと」

「まさか……巻物は元々、彼らが所持していたモノだった?」


 ダグラスがそう予測を立てると、マサノブは嬉しそうな笑みを浮かべた。


「正解だよ。二年前にそれをシュトル国王へ届けるよう、闇商人に渡したのだ。もっとも期待はしておらんかった。闇商人の裏切りは珍しくないからな」

「そして案の定、闇商人は巻物を盗賊に売りつけ、自分はトンズラしようと企んでいたんだ。あまりにも想像どおり過ぎて、思わず笑っちまったよ」


 マサノブに続いてサヤコが言いながら苦笑する。


「しかし幸か不幸か、第三者が盗賊たちを闇魔法で陥れ、あのような大事件に発展させてくれた。そのおかげで、まんまと巻物は国王の手に渡ったというワケさ」

「シュトル国王も大臣も、元々腹に黒い野心を抱えておられた。アナタ方はそれに期待し、何か騒ぎを起こしてくれるのではと期待した」

「そういうことだ」


 ローランドの言葉にマサノブは頷いた。


「そして見事、あの野心家国王は盛大にしでかしてくれた。ワシらはもう、愉快過ぎて笑いが止まらんかったよ」

「はぁ……つまりアンタたちの間接的な復讐に、ウチらはまんまとハマっちまったってことかい」


 ネルソンが忌々しそうに頭を掻きむしる。それを見たマサノブは、更に愉快そうな笑い声を上げた。


「ヒトは皆、欲望には勝てない。自分たちのいた世界でも、この異世界でも、それは全く変わらない。強い力に惹かれる姿はどこも同じなのだよ」


 そしてマサノブは更に明かしていく。

 魔導師による転移魔法の魔法具盗難事件も、研究所の魔導師たちがシルヴィアたちを襲ったのも、全てはマサノブたちが焚きつけて起こった出来事だった。

 事件を通して魔法具の効果や、学園の生徒たちの実力を測り、自分たちの研究に役立てようとしていたと。


「まさか森の賢者が乗り込んでくるとは予想外だったが……まぁ、これはこれで、新たなデータを仕入れる良い機会と言えるだろう」


 そしてマサノブはローランドたちに視線を向け、歪んだ笑みを浮かべる。


「勿論キサマらにも、ワシらの研究の実験体になるという名誉を与えてやろう。散々ワシらを苦しめた報いを心ゆくまで味わえば良いわ。ハッハッハッ!」


 狂ったように笑い出すマサノブ。サヤコもそれに同意するかのように、ドス黒い笑みを浮かべ、頷いていた。

 ローランドは思った。まるで子供のケンカではないかと。

 自分たちがやられたことをやり返す。そんな子供のつまらないケンカを、目の前にいる老人たちは、本気で行おうとしているのだと。


(話を聞いてしまった以上、このまま放っておくわけにもいかないが……)


 ローランドは現在の状況を再確認してみた。

 マサノブたちの企みを阻止し、ヴァルフェミオンの平和を――魔導師や魔法剣士たちの夢を守る。そのために自分たちはこの地下研究所へ乗り込んできた。

 そして別行動を取っているユグラシア、エステル、クラーレの三人。彼らはマサノブたちが研究してきた魔法の証拠を掴もうとしていた。恐らくその場所へたどり着くのも時間の問題だろう。

 シルヴィアとシャウナ、そしてアリシアたち三人は、アドレーの見張りがてら学園内を見回っている。他に何か異常がないかどうかを確かめるためだ。

 今のところ表沙汰にもなっておらず、ヴァルフェミオンにムダな騒ぎを発生させる心配もなさそうであった。

 しかし――


(恐らく今の我々は、彼らの手のひらの上で踊っているだけに過ぎない)


 全ては計算内。彼らの表情が、それを証明しているも同然だった。

 マサノブもサヤコも狼狽えてなどいない。多少追い詰められたところで、自分たちならばどうにでもできる。そんな自信に満ち溢れたような雰囲気を、ローランドは感じてならなかった。


「あの爺さんたち……何か仕掛けてきそうだな」


 ローランドの後ろから、警戒心たっぷりなネルソンの声が聞こえてきた。



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