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たった一人の魔物使い  作者: 壬黎ハルキ
第九章 魔法都市ヴァルフェミオン
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第百四十九話 地下通路を突破せよ



 地下通路は真っ暗ではなく、ボンヤリと明るかった。壁に描かれている紋章が光っているのだ。おかげでランプを使わずに済みそうなのはありがたいが、どんな仕組みなのかがマキトは気になっていた。


「まぁ、きっと魔力か何かなんだろうけど……ラティはどう思う?」

「マスターの言うとおり、間違いなく魔力ですね。ヴァルフェミオンで感じていたモノと同じなのです」

「ということは、ここはヴァルフェミオンの地下ってことか」

「恐らく」


 マキトの呟きにラティが頷いた。


「きっとさっきの魔法陣で、ここに飛ばされてきたんだと思うのです」

「だろうなぁ。知らない遠くの場所じゃなさそうだし、すぐに危険な何かが起こるってワケでもなさそうか」


 小さなため息をつきながら、マキトは周囲を見渡してみる。

 紋章が描かれている壁も、そして通路も綺麗に整えられており、自然に出来上がったモノであるとは、到底思えなかった。


「どう見ても誰かが作ったって感じだよな」

『うん。洞窟というより建物の中って感じがするよ』

「野生の魔物さんの気配とかも全然しませんし、たくさんの魔力もありますけど、なんか妙な感じがするのです」


 フォレオとラティの言葉に対し、マキトはため息をつきながら周囲を見渡す。


「何かあると思っておいたほうが良いんだろうな……待ってても助けなんて来なさそうだし、先へ進んでみるしかないか……」


 後ろは壁となっているため、ちょうど通路の端っこのように思える。道は一本しかないため、進む方向の選択肢も一つだけだった。


「とにかく移動しよう。くまなく歩けば、どっかに出口の一つくらいはあるだろ」

「賛成なのです。こんなところはさっさと出てしまうに限るのです!」

『ぼくもさんせーっ♪』

「キュウ!」

「くきゅーっ!」


 四匹の魔物たちが賛成したことで、マキトも小さな笑みを返す。そして皆で地下通路を歩き出すのだった。


「ここから脱出したら、そのままヴァルフェミオンを出よう。もうじいちゃんと話もしたし、特にこれといって用もないし……」


 その時マキトは、目を見開きながらピタッと止まる。


「マスター?」


 魔物たちがどうしたんだろうと見上げる中、ラティが代表して訪ねる。しかしマキトにその声は届いていなかった。


(そういや俺、なんかじいちゃんに言い忘れてることがあるような……)


 マキトはなんとか思い出そうとするが、全然思い出せない。出かかっているのに出てこない。そんなもどかしさが募り募ってくる。

 そして――


(まぁ、いっか。思い出せないってことは、大したことじゃないんだろうし)


 結局いつものように面倒になり、考えることを放棄してしまった。

 ちなみに答えは、マキトが実はこの世界で生まれた存在であることを話す、というモノである。

 エルフの里で判明した出生の秘密を、マキトはいつかクラーレにも話そうと考えてはいた。しかし再会する機会に恵まれなかったことに加え、マキト自身が出生の秘密に対してすぐに興味を薄れさせてしまい、とうとう今日の時点で、完全に話すのを忘れてしまうまでに至っていたのだ。

 クラーレの中では、未だにマキトは地球という名の異世界から来た存在だとしか認識していない。だから本来なら誤解のないよう話すべきなのだが、マキトからしてみれば、生まれた場所など、もはやどうでも良かった。

 今が楽しければいい。魔物たちと一緒に旅をすることしか興味がない。

 マキトが心の中で呟いたように、自身の出生の秘密など、完全に大したことじゃないことになっているのである。


「どうかしたのですか?」


 ラティが覗き込むように訪ねたところで、ようやくマキトは我に返る。


「ん、あぁ、いや、なんでもない。単なる思い過ごしだ」

「なら良いのですけど……何か気になることがあったら言ってくださいね?」

「おぅ、ありがとうな」


 マキトが笑みを浮かべながら、ラティの頭を撫でる。するとラティは気持ち良さそうに目を細めた。

 他三匹もそれを見て、ズルいと叫びながら撫でることを要求してくる。そんないつもの光景に、一同からムダな緊張を取り除く良いキッカケにもなるのだった。



 ◇ ◇ ◇



「そうか、遅かったか……」


 学園のとある一室にて、ダグラスから報告を受けたクラーレが重々しく呟いた。

 捕まえた怪しげな魔導師は囮だった。魔法具を持ち出した真犯人に脅され、ワザと目立つ形で捕まったことが明らかとなった。

 そして更に、路地裏で魔法具が発動したことが察知され、ローランドたちが急いでその場所へ向かった。しかしそこには誰もおらず、壊れてガラクタと化した魔法具と、学園に所属する魔導師が着る黒いローブが残されていた。


「ワシを呼びに来たエルフ族の青年も、真犯人の協力者じゃったとはな」

「彼もまた、金の問題で脅されていたようです。クラーレ殿の行動を監視するよう命じられていたとか」

「犯人に協力した時点で愚かなことじゃよ。どうか厳しく処分してやってくれ」

「無論、そのつもりです!」


 ダグラスが応えると、クラーレは一番気になっていたことを問いかける。


「マキトたちは見つかったのか?」

「いえ。あの店と現場の場所からして、遭遇している可能性が高いかと。そして持ち出された魔法具が、本当に発動したのならば……」


 魔法具の発動に巻き込まれた。クラーレもそれを予想しており、今一度盗まれた魔法具の詳細を思い出す。


「転移魔法を施した試作品……じゃったかの? 発動すればどんな場所へも一瞬で飛べる代物じゃが、あくまで範囲はこのヴァルフェミオン内のみ。安全性の試験を行う以前に、試験を行えるほどの安全性は皆無だと言われておったハズじゃ」

「エステル殿もおっしゃってました。無暗に発動すれば、暴走する危険性は非常に高い段階だったと」


 ダグラスの言葉に、クラーレの表情は苦々しくなる。

 恐らく魔法具が発動した際、真犯人の所持する魔力が根こそぎ奪われたのだろうと想像していた。真犯人の命も消えたことは、もはや考えるまでもない。

 クラーレは深いため息をつきながら、呟くように言った。


「まぁ、それを盗み出した理由の見当はついておる。闇商人などを通して、魔法具を売りさばき、多額の金を得ようとしておったのだろう。大方、研究資金が尽きて困っておったというところか」

「……流石ですね。エステル殿も全く同じことをおっしゃってました」

「こんなの少し考えれば容易に想像つくわい」


 若干、呆れたような口ぶりのクラーレに、ダグラスは苦笑する。ここでクラーレは話の方向を戻してきた。


「そんなことより、マキトと魔物たちが転移魔法でどこかへ飛ばされたのならば、この町のどこかで発見されておるハズじゃが……」

「えぇ。オランジェ王国の騎士たちに協力してもらい、総出で町中を探してもらっております。しかし未だ、魔物を連れた少年の姿は発見されておりません」

「ならば可能性は限られてくる……たとえばそう、地下はどうじゃ?」


 クラーレが目を細めながら問いかけると、ダグラスは軽く身じろぎをする。


「この町の地下には、巨大な魔法研究施設があるという。お前さんも一度くらいは聞いたことがあるじゃろう?」

「え、えぇ……ですがあれは本当に、確証も何もないウワサ話のハズ……」

「恐らくそのウワサは本当じゃ。いくつか心当たりもあるでな」


 動揺するダグラスに対し、クラーレはニヤリと笑う。


「とにかく調べてみる価値は十分にある。創立者のアドレーなら、何かしら知っておるハズじゃ。早速ヤツの部屋へ向かうとしようぞ」


 クラーレが立ち上がりながら言ったその瞬間、ノックもなしに部屋のドアが勢いよく開けられた。


「アドレー殿の部屋へ向かわれるのであれば、私たちも付き添いましょう」


 そう告げながらローランドが、続いて後ろに控えていたネルソンとエステルが入ってくると、クラーレが目をパチクリとさせながら呆然とする。


「これはまた凄い面々が揃っておるのう」

「それだけ事態が大きくなりつつあるということです。失礼ながら、今の話は全て聞かせてもらいました。恐らく我々の手も必要となってくることでしょう」


 ローランドが淡々と告げたところで、エステルが前に躍り出てきた。


「この学園には、アドレー殿の許可がないと通れない扉があるんですが、今までその許可をもらった人物はいないそうなんです。そこも踏まえて尋ねてみる価値はあるんじゃないかと思いますが」

「そうか。それはなかなか良いことを聞いたわい♪」


 エステルの情報に、クラーレは楽しくなってきたと言わんばかりにワクワクした表情を浮かべる。


「さぁさぁ、こうしちゃおれんぞ。早速アドレーの元へ向かおうではないか。場合によってはひと暴れすることも考慮せねばならんなぁ」


 ニンマリと笑うクラーレに、エステルも同じような笑みを浮かべ出した。


「実に良い提案ですねぇ。ついでに少しで良いので、どうか僕たちの給料と休みも増やして欲しいと、さりげなく進言してみたいところですよ♪」

「うむ。ではついでに提案してみよう。ついでにな」


 クラーレとエステルの口から、不気味な笑い声が漏れ出る。そんな姿を目の当たりにした三人は、完全に引きつった表情をしていた。


「……どうやら俺たち三人が付き添う選択肢は、間違ってなかったみてぇだな」

「そうですね……実にそう思います」


 ネルソンとローランドの呟きに対し、ダグラスもまた、無言のまま頷いた。



 ◇ ◇ ◇



 カツ、カツ、カツ、カツ、カツ――――――

 薄暗い通路に規則正しい足音が響き渡る。黒いローブを羽織った人物が、歩きながらニヤリと笑みを浮かべるその姿は、まさに不気味の一言。そしてそれを隠そうともしない。周囲に人がいないからというモノではなく、ただ単に周囲を全く気にするつもりがないだけだ。

 故に余計タチが悪い。そして彼がそれに気づくこともなかった。


「もうすぐです。もうすぐ私は日の光を拝める時が来ます……フフッ♪」


 フードから覗かせる顔は、野望という名の笑顔で歪んでいた。それはもうおぞましいと言えるほどに。

 かつて、スフォリア王都で大きな事件を起こし、投獄され二度と日の目を拝むことはないと言われていたその男は、薄暗い環境の中でしっかりと生きていた。

 彼はわずかな隙を突いて王都を脱走した。それから彼を見た者はおらず、これといって大きな事件も発生せず、平穏な日々が続いていた。きっとどこかで朽ち果てたのだろうと思われ、人々の記憶からも忘れ去られた。

 ビーズという名の危険な魔導師は、闇の中でしぶとく生き残っており、虎視眈々と這い上がるチャンスを伺っていることなど、世間は知る由もない。

 別人を装い、他国の土地で自身の研究能力を売り込みまくり、このヴァルフェミオンに流れ着いたことは、誰も想像すらしていない。


「失礼いたします」


 ビーズが扉を開け、深々と頭を下げながら入室した。


「遅くなりまして申し訳ございません、所長」

「構わんよ」


 所長と呼ばれた魔導師の老人は、水晶のような魔法具を操作していた。


「例の魔法具だが、どうやら失敗に終わったようだ。お前の目論見通りにな」

「そうですか。しかし本当に盗み出すとは、正直驚きましたよ」


 ビーズがおどけたように言うと、所長は苦笑を浮かべる。


「これが人間……いや、ヒトの悲しき部分よ。皆、欲望には勝てんということだ。ワシやお前も決して例外ではないだろう。そうは思わないか?」

「……思いますね。それはもう憎たらしいくらいに」


 苦笑しながら言うビーズだったが、その細めた目には力が込められていた。所長もそれを察し、どことなく嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「どうやら冒険者らしき少年が巻き込まれたようだ。しかもワシらが作った巨大通路に落ちたらしい」

「それはそれは……なんとも運が悪いことで。助けに向かわれないのですか?」


 心配さのカケラもない口調でビーズが尋ねると、所長は淡々と答える。


「この施設の存在が知られることだけは避けねばならん。そのために多少の犠牲を出すことは、やむを得ないだろう。少年らのことは放っておくさ」

「よろしいのですか?」

「どうせ『壁』を突破することなどできんよ。そんなことよりも、今はこっちだ」


 所長は件の少年を記憶から除外しつつ、水晶の魔法具を起動させる。黒いローブを身に纏った魔導師が数名、廊下を移動している姿が目の前に映し出された。


「……見たところ、研究施設の魔導師の方々が動かれているようですが?」

「少しばかりワシが焚きつけてやった。そして狙いはこれだ」


 所長は魔法具を操作し、ヴァルフェミオンの学園の様子を映し出した。

 とある講義室。そこには学園の女子生徒が二人、そしてその二人と話している冒険者の少女が三人ほど。


「サントノ王国の第二王女シルヴィア様、そして彼女の相方であり、学園最強の魔導師とさえ言われるシャウナ嬢でございますね。二人は学園最強コンビとしても有名だと伺ってますが」

「うむ。彼女らのような強い魔導師を相手にできないようでは、研究の合格点は与えられんと言ってやった。そして今は、彼女らの知り合いも来ておる様子。恐らく冒険者だろうな」

「そこに彼らが向かわれていると? 彼女たちを施設へと引きずり込むために?」


 ビーズが問いかけに、所長はそのとおりだと言わんばかりに頷いた。


「彼らは自滅でもしたいということでしょうか? シルヴィア様とシャウナ嬢の二人だけが相手だったとしても、結果は考えるまでもないでしょうに」

「ヤツらもまた、欲望には勝てんかったということだ。直にここも騒がしくなることだろう。お前もその旨、心得ておくように」

「承知いたしました。場合によっては、ほんの少し暴れるかもしれませんが」


 ニヤリと笑いながら見上げるビーズに、所長も小さく笑みを浮かべる。


「構わんよ。折角だから、お前の成果を見せるのも良いだろう」

「ありがたき幸せ。それでは、これで失礼いたします」


 大げさに芝居じみたお辞儀をして、ビーズは部屋を後にする。そして所長は、魔法具の軌道を止めて映像を消し、深いため息をついた。


「本当に変わらんな……どんな世界でも、人間の中身は同じということか……」


 物悲しげに呟きながら、所長はギュッと握り締めた右手に視線を落とした。



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