第百四十七話 いざ、ヴァルフェミオンへ!
マキトたちを乗せた定期便は、大空を快調に飛んでいた。係員に見送られる形で飛び立ってから数時間。ラグとベラは、未だ疲れる様子を見せていない。
目の前に広がるオランジェ王国の絶景に、マキトと魔物たちが歓声をあげる。そして、マキトの傍らを飛んでいる小さな飛竜もまた、楽しそうな表情で鳴き声を上げているのだった。
息子が楽しそうに飛ぶ姿が嬉しいらしく、ラグとベラもまた、機嫌が良さそうにしていた。ブライアン曰く、ここまで快調に飛ばせるのはとても珍しいらしい。
しかしそれ以外の面々は違っていた。
まず御者台に座っているブライアンは、戸惑いを込めた表情で、前と右側をチラチラと交互に見ている。
そう――ベラの背にまたがっているマキトを。
発着所でマキトがゴンドラに乗ろうとしたその時、ベラが自ら言ったのだ。折角だから自分の背に乗ってみてはどうだろうかと。
ラティが通訳したことに加え、ラグとベラも肯定の意志を込めた頷きを改めて見せてきたことで、それが紛れもない事実であることは容易に判明した。
しかし、ブライアンは信じられなかった。
まさか背中に誰かを乗せることを、飛竜自ら許可するとは。しかもマキトは、慣れた様子で飛竜を乗りこなし、楽しそうに笑っている。
(こりゃあ、二十年前のときと同じじゃねぇか……まさかこの少年……)
魔物を連れた女性と、血縁関係があるのではないか。ブライアンはそんな気がしてならなかった。そう考えれば、顔が似ているというのも納得がいくからだ。
いずれにしても、とんでもない状況に出くわしていることもまた確か。世の中には色々な者がいるんだなぁと、ブライアンは思わされるのだった。
そして、ゴンドラの中では――
「話には聞いてたけど……驚かされるもんだねぇ」
「もはやドラゴンライダーよりも乗りこなしているように見えてきますよ」
ブリジットとセシィーが、ドラゴンの背に乗るマキトたちを、呆然としながら見上げていた。
そんな二人に対し、アリシアが苦笑を浮かべており、ユグラシアもニコニコと笑みを浮かべているばかりであった。マキトたちと関わった時間の違いが、大きく表れているとも言えるだろう。
ここでブリジットが、アリシアに視線を向けながら訪ねてきた。
「ねぇアリシア。一体あのマキトって子は何者なんだい?」
「とりあえず、色々と珍しいことに愛される、たった一人の魔物使いって思えば良いんじゃないかな?」
「……また慣れたような反応をするもんだねぇ……妙に納得しちゃうけどさ」
サラリと答えるアリシアに、ブリジットはため息をつく。もはや彼女としても、どこから驚けばいいのか分からない状態であった。
それこそ、一周回って驚きが薄れてしまうほどに。
やがてブリジットとセシィーは、いつまでも驚いていても仕方がないと考えに整理をつけ、細かいことは気にせず空の旅を楽しむことにした。
そんな二人の様子に、こっそりと安心した様子を見せるアリシアは、ユグラシアが優しい笑みを浮かべて見ていることに気づいた。
ワケが分からず妙に恥ずかしくなり、アリシアは思わず視線を逸らした。
そんなこんなで、マキトたちを乗せた竜の定期便は、山の間を抜けるようにして進んでいく。日が沈み始めてきたところで、河原に降り立つ。ブライアン曰く、この辺は定期便を通す際に、よく野営地として利用しているらしい。
簡易テントを組み立てている途中、ゴンドラを括りつけたドラゴンが空を飛んでいくのが見えた。ブライアンが手を振っている姿を見ると、別の定期便であることが分かる。
飛竜は基本的に真夜中でも飛ぶことができ、一晩中飛べるくらいの体力は当たり前のように持っている。普通ならば野営をする必要は全くない。
しかし今回に限っては必要だった。何故なら小さな飛竜が一緒だからだ。
「ソイツはまだ子供だから、一晩中飛べる体力はねぇ。だからと言って、途中からゴンドラの中で休ませるってのもできねぇんだ。ドラゴンってのは、魔物の中でも特に気難しく、人に懐くことは……基本的にはねぇからな」
ブライアンがマキトに説明をする。最後に言い淀んだのは、マキトが至極当たり前のように、小さな飛竜を手懐けているからである。
そんなことなどこれっぽっちも察することなく、マキトはじゃれつく小さな飛竜の頭を撫でながら頷いた。
「なるほどねぇ。しかも空を飛ぶ修行を兼ねている以上、ちゃんと最後まで自分の力で飛ばせる必要があるから、野営してでもそれを成し遂げるってことか」
「まぁな。だからこそ料金も安くなっちまうワケなんだが」
「野営をすれば危険が増えるから?」
「そういうこった。野生の魔物だけでなく、客がドラゴンにチョッカイをかけちまうことも少なくねぇんだ。まぁ、もっとも今回は……」
ブライアンがラグやベラと話しているラティたちに視線を向ける。
「お前さんが連れてる魔物たちのおかげで、その心配も殆どなさそうだがな」
そして軽く伸びをしながらブライアンは言う。
「さぁ、そろそろ晩メシを食おう。ヴァルフェミオンまではもう少しだ。明日の昼前には着くだろうぜ」
◇ ◇ ◇
ひんやりとした朝を迎え、昇ってくる朝日を眩しく感じながら、ラグとベラは快調に空を飛ぶ。
昨日引き続き、マキトと魔物たちはベラの背中に乗っている。小さな飛竜もマキトの真横を陣取っており、楽しそうにしながら飛んでいた。
もはや小さな飛竜は、マキトがテイムしているといっても過言ではなかった。
男の子らしくヤンチャな部分が多く見られ、ブライアンの言うこともあまり聞かないが、マキトの言うことには素直に耳を貸している。現に今も、マキトが何かを教えているようであり、小さな飛竜はそれを熱心に頷きながら聞いていた。
飛竜って実はとても人懐っこいのではないか。
昨晩の野営時にセシィーはそう思い、小さな飛竜に近づいてみた。すると小さな飛竜は態度を急変させ、激しい怒りとともに威嚇してきた。
あまりの出来事に周囲は驚いたが、マキトが落ち着けと言いながら頭を優しく撫でていくと、小さな飛竜はすぐさま大人しくなっていた。
『セシィーは悪い人じゃないから大丈夫だよ』
そうマキトが口添えしたことで、小さな飛竜は威嚇を止めた。まるでペットを落ち着かせる飼い主のように。
「マキトさんって、やっぱり凄い方なんだなぁって、昨日改めて思いましたよ」
セシィーがため息交じりに言うと、ユグラシアが苦笑を浮かべた。
「ラグさんやベラさんも、息子さんをマキト君に託すと言ってたものね。旅を通して鍛えてほしいって願っていたそうだから」
「ただ、すぐには無理だとブライアンさんが言ってたね。あの小さなドラゴンは、もう既に定期便の魔物として、正式に登録しているみたいだし」
「でもブライアンさん、ちゃんと約束してくれたよ。ちゃんとマキトがテイムして連れて行けるよう、申請して許可をもらうって」
頬杖をつきながら言うブリジットに、アリシアが言葉を続ける。
「きっと近いうちに、ドラゴンに乗って旅をするようになるんだろうなぁ」
羨ましそうに呟くアリシアの声を聞いて、ユグラシアはほくそ笑んだ。もうそれは既に実践していることだと、心の中で言いながら。
マキトはまだ、フォレオがドラゴンに変身できることをアリシアたち三人に話していない。隠しているワケではなく、話すのを忘れているだけである。
流石に自分が勝手に教えるのはよろしくないだろうと、ユグラシアは思う。教えなければマズい情報でもないため、特に気にしなくても良いかと、考えに整理を付けるのだった。
「あーっ、マスターっ! もしかしてアレじゃないのですかーっ!?」
高い山を越えたところで、ラティの叫び声が聞こえた。
「間違いなくアレだね」
前方を見据えながら、ブリジットがニヤリと笑う。
「切り出された高台のてっぺんに建つ町……まさにギルドで聞いたヴァルフェミオンの特徴そのものだ」
「って、もはや丘というより、巨大な塔に見えるんですけど……」
「確かにね」
表情を引きつらせるセシィーに、アリシアが同意する。
「物凄く目立つし、ヴァルフェミオンが新しいオランジェ王都になるんじゃないかってウワサも、本当になるような気がしてきたよ」
「あんなところによく町なんて建てたわね……大変だったでしょうに……」
頬に手を当てながら、ユグラシアが呟くように言う。それを聞いた三人も、確かに言えてるよなぁと思っていた。
仮に地上から頂上まで、ちゃんと高台を登る道があったとしても、その高さ故に徒歩はおろか、馬車ですらも登るのは骨が折れそうだ。
やはり飛竜の定期便で来たのは正解だったと、アリシアたち三人は同時に思う。
一方、マキトたちのほうでは、少しばかり違う展開が訪れていた。
「キュゥーイ……」
小さな飛竜が寂しそうな鳴き声を出す。もうすぐお別れだと悟っているのだ。
できればすぐにでもテイムしてやりたいが、そういうワケにもいかない。だからマキトは、優しく頭を撫でながら小さな飛竜に語り掛ける。
「もう少し待っててくれな。必ずお前のこともテイムしてやるからさ」
小さな飛竜は、無言でマキトにすり寄った。絶対忘れないでね、と言う意思表示であることはすぐに分かった。
その光景を見ていたアリシアも、マキトたちがどんなやり取りをしているのかをすぐに悟り、そして改めて思ったことを口に出す。
「ヴァルフェミオンに着いたら、マキトたちともお別れなんだね」
アリシアたちもヴァルフェミオンに長期滞在を予定しており、更に三人の行動も決めているため、マキトたちとは到着次第お別れとなる。このことは定期便に乗る前にあらかじめ話してあり、マキトたちの理解も得ている。
なにより、一緒にいたのはたったの一日だけ。だから寂しくなんてならない。そう思っていたのだが、アリシアは妙に寂しいと感じてしまっていた。
それだけ嬉しかったのだ。弟のように思っている少年と再会できたのが。一緒に旅していたときのことを思い出すくらいに。
そしてもう一人、表情を落としている者がいた。
「そうね。割と長く一緒だったから、少し寂しく感じるわ。この数ヶ月、本当に凄く楽しかったもの」
「ユグラシア様……」
アリシアが心配そうに呟くが、ユグラシアはすぐに明るい表情を見せた。
「まぁでも、今生の別れというワケでもないからね。いつかまた一緒に、あの子たちと旅をしてみたいわ」
「えぇ。私も、そう思ってます」
そしてアリシアも、少しだけ明るさを取り戻した表情で頷いた。
マキトたちを乗せたラグとベラは、高台の上に立つ魔法都市に向かって、迅速かつ快調に飛んでいくのだった。
◇ ◇ ◇
「なんじゃと? 魔物をたくさん連れた少年とな?」
ヴァルフェミオンのとある一室にて、エルフ族の魔導師から話を聞いた人間族の老人が、興味深そうに振り向く。
今朝到着した冒険者パーティがウワサをしていたのだ。頭にバンダナを撒いた十代半ばの少年が、途轍もない美人のお姉さんと一緒に旅をしていたと。その少年は確かに妖精を連れていた。もしかしたら彼が、ウワサの魔物使いではないかと話しているのを、エルフ族の魔導師はたまたま耳にしたのだった。
「定期便の発着所で、ドラゴンの子供に速攻で懐かれていたらしいですよ。もしかしたら、前にクラーレ殿が話してくださった少年ではと思いましてね」
「ふむ……そうか」
人間族の老人クラーレが、手を顎に当てて考える素振りを見せる。エルフ族の魔導師は小さく笑い、踵を返して扉へ向かった。
「じゃあ僕は失礼します」
「おぉ、わざわざ済まんかったな」
顔を向けずに返事だけをしたクラーレに軽く一礼し、エルフ族の魔導師は部屋を出ていった。そしてクラーレも立ち上がり、そのまま黙って部屋を後にする。
(あの子が来ておるかもしれん。様子を見に行ってみようかの)
クラーレはワクワクした表情とともに、廊下の角を曲がっていった。
そしてその反対方向から、騎士の恰好をした魔人族の青年が現れ、クラーレの部屋をノックする。しかし返事はない。
訝しげな表情とともに部屋を開けてみると、中は見事にもぬけの殻だった。
「はぁ……またあの人は勝手に……」
魔人族の青年がため息をついていると、そこに同じく騎士の恰好をした、人間族の青年と獣人族の青年がやってきた。
「よぉ、ローランド。まーたクラーレの爺さんが抜け出したのか?」
「そのとおりですネルソン殿たちは……見てないですよね」
「見なかったな。まぁでもよ、いつものことじゃねぇか。そうあまり目くじらを立てるなって」
人間族の青年ネルソンがそう言うと、ローランドと呼ばれた魔人族の青年は、再度深いため息をつく。
それに対して、獣人族の青年が苦笑しつつ、ローランドに言う。
「ローランド殿のお気持ちも、分からなくはありませんがね。私も母国で、王女様を相手に、何度深いため息をついたことか」
「シルヴィア様ですか……ダグラス殿もご苦労なされていたようで」
ローランドの言葉に、獣人族の青年ダグラスが肩をすくめる。
「苦労はお互い様でしょう。ネルソン殿も例外ではないとお見受けしますが」
「まぁな。ウチは前の王様が盛大にやらかしてくれたから、もうこの数ヶ月は本当に大変だったんだぜ?」
「……本当にあなたとは仲良く出来そうですよ。同じ苦労する騎士団長として」
「確かに言えてら」
ダグラスがそう言った瞬間、ネルソンは思わず吹き出してしまう。そこでふと気づいた様子を見せつつ、ローランドに問いかける。
「そういや、スフォリア王国にも騎士団長っていたよな?」
「一応、役職としては用意されてるみたいですが、事実上いないに等しいと、前にメルニー殿から聞いたことがありますね。何せスフォリア王国は、魔法王国として名を広めてもいますから」
「なるほどねぇ……」
ダグラスの言葉にネルソンがしみじみと呟く。そこに小さなため息をつきつつ、ローランドが口を開いた。
「まぁ他所の国の問題ですし、我々が議論しても仕方がない……っと、そうだ。こんなところで話している場合じゃなかった!」
「おいおい、ただ事じゃなさそうだな。何があった?」
表情を一転させたローランドに、ネルソンが驚きながら問いかける。そして改めてローランドから、二人に事の次第が説明された。
ヴァルフェミオンにある魔法学園から、研究中とされている危険な魔法具が持ち出された。
犯人は研究員として所属している魔導師で、今も逃走中。ローランドはそのことをクラーレに知らせるべく、こうして訪れたらしい。
「今のところ、町が騒ぎになっている情報は出てきていません。事が大きくなる前にカタを付けるべく、オランジェ王国の兵士たちが総出で動いています」
「なら俺たちも、それを手伝うとしようかね」
「えぇ。騎士団長として、放っておくわけにはいきません」
「……感謝します」
重々しく頭を下げるローランド。それは、自分の国の問題に巻き込んでしまった申し訳なさからなのか、それとも他国の騎士団長に協力してもらうという、自身への不甲斐なさを感じているのか。
少なくともネルソンとダグラスは、それを知ることはなかった。
「とりあえず、俺とダグラスで、町の裏側でも見回りに行ってみるか。ついでにエステルのヤツも誘おう。アイツここ最近ずっと研究室に籠りっきりだからな。たまには新鮮な空気を吸わせてやらねぇと」
「いや、エステル殿は大事な講師。この件に巻き込むワケには……」
ネルソンの言葉にローランドは制しようとする。しかしそれに対し、ダグラスが柔らかい笑みを浮かべてきた。
「いいじゃないですか。相手は魔導師なんですから、むしろ魔法の能力が高いエステル殿がいてくれたほうが、我々としてもありがたい限りだと言えますよ」
「……それはそれでごもっともな意見ですね」
悔しそうに頷くローランドを見て、ネルソンは満足そうに笑った。
「じゃあ決まりだな。俺たちはちょっくら行ってくるわ」
「何かあったら連絡しますので」
そしてネルソンとダグラスは、ローランドの返事を待つことなく、そそくさとその場を後にしてしまった。
残されたローランドは一人、盛大なため息をつき――
「はぁ……面倒なことにならなければいいが……」
重々しい呟きが、誰もいない廊下に、寂しく響き渡っていくのだった。