第百四十二話 隠れ里の魔力スポット
「ふむ、魔力の量を増やしたいのか……良いだろう、ワシについて来なされ」
そう言って長老スライムは、泉の奥へ向かって進み始める。それをマキトたちは呆けた表情で見ていた。
無理もなかった。ラティたちの魔力を増やしたいから、魔力が宿る木の実や水か何かないかと尋ねてみたら、アッサリとその場所へ案内してくれるというのだ。
いくらクラーレの知り合いとはいえ、おいそれと見せるワケにはいかん――みたいなことを言われるんだろうなと思っていたら、まさかの展開だった。
もしかして耳が遠くて、聞き違いをしてるのではないだろうか。
そうマキトは思っていると、長老スライムは後ろから誰も付いてこないことに気づいたらしく、疑問顔で振り向いた。
「おーい、何をしておるのだ? 早く来なされ。魔力を増やしたいのだろう?」
なんてことなさそうに長老スライムはマキトたちに言う。どうやら本当に、目的のモノをマキトたちに見せてくれるようだ。
「……とりあえず、あのおじーちゃんスライムについてってみましょうか?」
「そうだな」
ラティの言葉にマキトは頷きつつ、周囲を見渡す。ここのスライムたちとすっかり仲良くなったラームが、楽しそうに遊んでいる姿を見つけた。
「ラーム、俺たちちょっと向こうへ行ってくるけど、お前はどうする?」
「ピィ、ピィ、ピィーッ!」
「ここで皆と遊んでる、と言ってるのです」
「そうか。じゃあ行ってくるわ」
「ピィッ!」
ラームの返事とともに、他のスライムたちもマキトたちに向かって、行ってらっしゃいと飛び跳ねながら鳴き声を上げる。
こんなに早く馴染んじゃうとはなと思いつつ、長老スライムの向かう泉の先へとついていく。
何本もの木の根っこが集まり、覆い囲って道を作っている。例えるならば、木の洞窟と言ったところか。
しばらく歩いていくと、覆い囲う道が開け、目の前の光景がマキトと魔物たちを更に驚かせる。
「何だこれ……魔力?」
たくさんの緑色の粒子が飛び交うその場所を見て、マキトが思わず呟く。
大自然の中にある水と木の実。それらを緑色の粒子が照らし、実に神秘的な光景を作り出している。
その粒子が魔力だと思ったのは、スフォリア王国にあるパンナの森を思い出したからだった。しかしここは、パンナの森の比べ、その粒子の量が段違いであり、ここがとんでもない場所なのだということは、魔力を持たないマキトでさえ一目で思えてしまうほどだった。
「凄いのです。こんなにたくさんの魔力が溢れてるなんて!」
『しかもなんかすっごいあったかーい♪』
ラティとフォレオが感激の表情で声を上げ、ロップルとリムも、それぞれマキトの頭の上と左肩から身を乗り出し、粒子に触れようと手を伸ばしている。
「ふぉっふぉっふぉっ、驚いたようだな。ここは泉の隠れ宝庫みたいなモノだ」
そんなマキトたちの様子に笑みを浮かべながら、長老スライムが語り出す。
「この大陸を流れる魔力の多くが、ここから湧き出ておる。もしもこの場所が外部に知られれば、たちまち荒らされてしまうだろう。だから滅多なことでは、泉に誰かを通すことはあり得んのだ」
「そうだったのか……それなら尚更、俺たちが来るのはマズいんじゃないのか?」
マキトが訪ねると、長老スライムは目を閉じながら答える。
「お前さんたちなら大丈夫。それぐらいの判断がすぐにできんようでは、長を務める資格などないわ。ヒトの何倍も生きておるワシの目に曇りはない」
「そーゆーもんなのか? まぁ、長老さんがそれで良いなら……」
あまりにもハッキリと言い切る長老スライムに、マキトは判断に困りながらも強引に納得する。
すると長老スライムは、急に表情を引き締めながら言った。
「だが念のため、改めて言わせてもらう。くれぐれも、この場所のことは……」
「誰にも言わないよ。ちゃんと約束は守るさ」
マキトが頷くと、ラティたち魔物もそれぞれ鳴き声で返事したり、コクリと強く頷いたりして、マキトと同じ気持ちであることを示す。
それを見た長老スライムは、安心したと言わんばかりの穏やかな笑みを浮かべ、視線を前に戻した。
「さて、少し長く話してしまったな。魔力を増やしたい者は、それぞれあそこにある木の実や水を摂取すると良い」
「良いのですかっ!?」
ラティが興奮しながら問いかける。それほど魔力が増えるのが嬉しいのだと、マキトは思った。
それは長老スライムも同じだったらしく、苦笑を浮かべつつラティを見上げる。
「構わんよ。元々そのつもりで案内したのだからな。ただし少しずつだぞ。いっぺんに多く摂ると体が魔力対応しきれず、大変なことになる」
「分かったのです。どうもありがとうなのですっ!」
ラティがびゅんっと木の実の場所まで飛んでいく。ロップル、リム、フォレオの三匹も後に続いて走り出した。
まずはラティが木の実を一個もぎ取り、それを一口かじってみる。すると体がボンヤリと暖かくなり、奥底からじわじわと力が湧いてくるような感覚に陥った。
下からロップルたちの声が聞こえたラティは、木の実をいくつか落とす。それをロップルとフォレオが一個ずつ拾って食べてみると、二匹もラティと同じような反応が出てきた。
リムも魔力を宿す水を少し飲んでみると、やはり体の奥底から、じんわりと暖かい何かが混み上がってくる感触を得る。そしてラティが落とした木の実を一口かじってみると、また同じような反応が出るのだった。
そんな魔物たちを様子を見ていたマキトが、驚きの表情とともに呟いた。
「なんか効果出てるっぽいな」
「うむ。後は増えた魔力が体に馴染めば、自ずと魔法が強化されることだろう」
長老スライムが頷く目の前で、木の実を食べ終えたフォレオが動き出した。
『これ結構おいしい。もっと食べるー♪』
そう言いながらフォレオは、たくさんの木の実を口の中へ放り込む。それを見たマキトと長老スライムは血相を変えた。
「あ、おいフォレオっ!」
「少しずつ食べろと言ったろうが!」
必死に叫ぶがもう遅い。フォレオは魔力の宿した木の実を、一気にたくさん腹の中へ納めてしまった。
それを見たラティたちも、大丈夫なのかと言わんばかりに目を丸くする中、フォレオだけが満足そうな笑みを浮かべている。
『はぁ、おいしか……っ!』
フォレオがビクンっと反応した瞬間、体から魔力のオーラが噴き出した。そしてそのままフラフラと動き、やがてフォレオは倒れてしまう。
「フォレオっ!!」
マキトやラティたちが慌てて駆け寄ると、フォレオは完全に脱力し、起き上がれなくなっていた。
『にゅぅ……なんかすごくだるい……動けないよぉ』
「魔力が急激に増えたせいで、体がついていかなくなったのだろう。むしろその程度で済んだことを、幸運に思うことだな」
下手をすれば体の中で大量の魔力が暴れ回り、最悪の展開を迎える可能性も十分にあり得る。フォレオが霊獣という特殊な魔物であることが幸いしたのだと、マキトたちは予想するのだった。
命に別状はなさそうであるが、動けそうもないフォレオの様子に、長老スライムは大きなため息をつく。
「しょうがないな。今日はもうこの泉に泊まっていきなされ。そやつの魔力が安定するまで、ゆっくり休んでいくが良い」
長老スライムの申し出にマキトが歯切れの悪そうな表情を浮かべる。
「なんか悪いな」
「まぁ、これも親睦を深めるいい機会だ。ウチのスライムたちも喜ぶだろう」
「ありがとうなのです。今日はお世話になるのです」
長老スライムの割り切った様子にありがたみを覚えつつ、マキトたちはラームたちが待つ泉へと戻っていくのだった。
◇ ◇ ◇
「ピーピーッ!」
「ピィピィピィ、ピィピィーッ!」
泉を中心にスライムたちが楽しそうに遊んでいる。ラームがすっかり、その中心的存在と化していた。ラティたち他の三匹も、それぞれスライムたちと走り回ったりじゃれ合ったりしており、とても眩しい笑顔を振りまいている。
そんな魔物たちから少し離れた木陰に、マキトは座っていた。
まだ回復しきっていないフォレオを膝に乗せ、優しく頭を撫でながら寝かしつけている。フォレオも目を閉じて安らかな寝息を立てており、少しは落ち着いたようだと安心した。
そこに長老スライムが、ゆっくりとマキトのほうに近づいてきた。
「どうやらお前さんの魔物は、すっかり馴染んだようだな」
「あぁ。楽しそうだ」
長老スライムの言葉にマキトは頷く。すると長老スライムは、ラームに興味深そうな視線を向けた。
「特にあのラームは、ウチのスライムたちから完全に慕われるほどの関係を築き上げたようだ。おまけにとんでもなく強いときておる」
そう言いながら長老スライムは、傍に寝かせてある魔物の亡骸を見る。仕留められたイノシシの魔物であった。そのとても大きな体は、さぞかし食べごたえがあるだろうと思わされる。
マキトたちが泉の奥地から戻ってきたら、既に仕留められていたのだ。
ラーム曰く、どうやら留守中に泉に迷い込んできたらしい。それをラームが持ち前の戦闘力で倒したのだそうだ。
それがキッカケで、ラームはここのスライムたちと、更に打ち解けたのだ。
話を聞いた長老スライムも、ラームの実力を認めるのだった。
「あーゆーことはたまに起こるモノだ。ワシも年を取ったし、若くて強いスライムがいてくれれば助かると、前々から思っておった。お前さんのラームが、ここに残ってくれるのならば、これほどありがたい話はないと思うのだがな」
しみじみと語る長老スライムに、マキトは小さく笑う。
「それはラームが決めることだ。ラームが自分から残りたいって言ったときは、俺も素直に認めるつもりだよ」
「……ふむ、確かにワシらが勝手に決めることではないな。変なことを言ってしまって済まんかった」
「いや、まぁ、あんなに楽しそうなところを見たらなぁ……」
苦笑しながらマキトは、内心その選択肢もアリなんじゃないかと思えてしまう。
後でそれとなく聞いてみてもいいかもしれない。どんな答えであろうと、後悔だけは絶対にしてほしくないから。
楽しそうに笑うラームを見ながら、マキトがそんなことを考えていたところに、長老スライムが話しかける。
「ところでお前さん、この泉についての話を聞いてはみないかね? 折角だから話してみようと思ったのだが」
「あ、うん。俺も聞いてみたいな」
フォレオも寝ていてしばらく動けないため、ちょうどいい時間潰しになるかとマキトは思った。
どこか気合いが入っている様子で、長老スライムは語り始める。
「これはワシが、とある方から聞いた話なのだがな。昔はこの地に自然などなく、単なる荒れ果てた山でしかなかったそうだ」
とある魔力の扱いに長けたその者が、この地に魔力のタネを残した。そのタネから湧き出た魔力が、この隠れ里に大自然を作り上げたらしい。
最初は単なる自然豊かな泉でしかなかった。しかしいつからか、そこの水や木の実に魔力が宿るようになっていた。長い年月をかけて魔力がしみ込んだのか、突然変異でそうなったのかは、未だ不明であるとのこと。
ちなみにこの地で暮らすスライムたちは、長老を含めて魔力を持たないらしい。故に魔力が噴き出していること自体は分かっていても、それがどれだけ凄いのかまでは理解できていなかったらしい。
長老スライムがそれを理解したのは、近くに住み始めたばかりのクラーレがこの里を訪れ、魔力についての説明を受けたからなのだとか。
「まさかお前さんが、クラーレ殿と縁のある者だったとはな。おまけに魔物を従えておると聞いたときは更に驚いたぞ」
ほっほっほっ、と長老スライムが笑い、そして話を続ける。
「それからもクラーレ殿は、定期的にこの泉の様子を見に来てくれた」
吊り橋の補強や魔物たちの様子、怪しいモノが入り込んでないかどうかを確認して回っていたらしい。
だがどうしても、自分一人で泉を守るのは限界がある。そう思ったクラーレは、とある神族のヒトに協力を頼んだのだという。
別の大陸にある深き森。その奥で暮らす森の賢者と呼ばれる女性が、泉周辺の森に強力な魔力の結界を貼り込んだらしい。
「それって……」
マキトは驚きながら、脳裏にある人物を思い浮かべていた。ラティの故郷でもある大森林で暮らす森の賢者、ユグラシアのことを。
(ラティが大森林と似てるって言ってたのは、こーゆーことだったのか)
使われている魔力が大森林のそれと同じなのだとしたら、尚更疑問に思えることだろう。あとでラティにも話してやろうと思いつつ、マキトは長老スライムに問いかけてみることにした。
「その森の賢者って、もしかしてユグラシアって名前じゃないか?」
「おぉ、確かにユグラシア様のことだが……なんだ、お前さん知っておったのか」
「知ってたっていうか……」
マキトは長老スライムに明かした。自分たちが森の賢者と知り合いであること。ラティの故郷がユグラシアの大森林であることを。
それを聞いた長老スライムも、納得の表情を浮かべていた。
「そうだったのか……縁というのは不思議なモノだな」
長老スライムは感慨深そうに頷きながら、マキトのほうを見上げる。
「もしまた、ユグラシア様にお会いしたら伝えてくだされ。ワシらスライムは、おかげで今も元気に暮らしておりますとな」
「あぁ、ちょうど俺たちもオランジェ王国へ行こうとしてたから、ついでに寄り道がてら伝えに行くよ」
そんなマキトの言葉に、長老スライムは嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「それはありがたいな。もしオランジェ王国でクラーレ殿にも会ったら、よろしく伝えてくれると助かるのだが……」
「分かった、必ずじいちゃんにも伝える……って、ちょっと待った! じいちゃんって今、オランジェ王国にいるのか?」
まさかの情報に、マキトは思わず驚きの声を上げる。それに対し、長老スライムはキョトンとしながら目をパチクリとさせる。
「なんだ知らんかったのか。とある用事でしばらく留守にすると、わざわざ伝えに来てくださっての。魔法都市がどうとか言っておったような……」
「魔法都市……そういえばオランジェ王国に、そんなのがあるって聞いたな」
マキトが聞いたのは、ギルドで冒険者たちが話していたウワサだった。
ここ数年でかなりの急成長を見せている魔法都市で、数年後にはその魔法都市がオランジェ王国の王都と化す可能性もあるらしい。
いつか気が向いたら行ってみようかとだけ思っていたのだが、そこにクラーレがいるかもしれないのならば、すぐにでも行ってみたくなる。
それぐらいマキトの中で興味が湧いていた。
「ワシも深いことまでは聞いておらんが、もし気になるなら、その魔法都市とやらに行ってみてはどうだ? 何か分かるかもしれんぞ」
「そうだな。うん、そうするよ」
マキトは嬉しそうに頷いた。まさかこんなところで、クラーレに対する貴重な手掛かりが得られるとは思わなかった。
まだ行ったことがないオランジェ王国。そこへ向かう理由がもう一つできた。
そのことを喜びつつ、マキトは新たな旅の目的に思いを馳せるのだった。
◇ ◇ ◇
その夜、泉では盛大な宴が開かれた。
解体したイノシシの串焼き、そして色とりどりの果物や木の実、綺麗な水。それらの美味しさに、マキトたちは笑顔が溢れていた。
フォレオもすっかり元気になり、イノシシの肉を美味しそうに頬張っている。これなら明日にでも旅立つことはできそうだと、マキトは思った。
「マスター。いよいよ旅立ちですね。オランジェ王国が楽しみなのです」
「あぁ」
話しかけるラティに、マキトが笑顔で頷いた。そしてたまたま、スライムたちと楽しそうにじゃれあっているラームの姿が目に留まる。
まるでずっと前からここにいて、皆と楽しく暮らしていたかのような笑顔。それを見守るマキトの、ほんのわずかな笑みは、一体何を意味しているのか。
それは当の本人ですら、全くもって分からないことであった。
こうして、泉での賑やかな時間が流れている頃――山の中を闇が進んでいた。
「今からワクワクしちまうぜ。俺たちが名を馳せるのも時間の問題ってな!」
剣士の男が拳を固めながらニヤリと笑う。
「とうとう僕の魔法も、進化を遂げるときが来たというワケですね」
魔導師の青年が細い眼を鋭く光らせる。
「今のところ、この辺の魔物は眠ってるわ。魔法がよく効いてるみたい」
明かりのない暗闇で、器用に木の枝を飛び移りながら、シーフの女が言う。
「いよいよ明朝だ。必ず成功させるぞ!」
『おぉっ!』
魔法剣士の青年の掛け声に、他三人が小さめの声で応える。
黒い野心を抱えた冒険者パーティが、刻一刻と泉へ迫ってきていることを、マキトたちは当然ながら、知る由もないのだった。